元総理である細川護熙氏が、原子力発電(以下・原発)に依存しない社会の構築、いわゆる『脱原発』を掲げて都知事選に立候補表明し、同じく元総理でいまだ人気の衰えない小泉純一郎氏が応援を表明した。メディアでは脱原発が争点化されるのではといった見方も出ているようだが、実は東京都には少なくともオリンピックの開催される2020年までの約6年間は原発に反対しづらい事情がある。
15日付けの産経ニュースによれば、「東京都が原発に依存しない『省エネ都市』を宣言した上で、都が大株主の東京電力に対し、研究が進んでいる太陽光・風力発電に加え、木くずなどを利用したバイオマス発電を中心とした『再生可能エネルギー基地』の建設を要求する。原発については『即時ゼロ』ではなく、徐々に依存度を減らす」というのが細川候補の考えるエネルギー政策らしい。
まず、本題に入る前にはっきりさせておかなければいけなのは、東京都知事は国のエネルギー政策に関して何の権限も持っていないということである。確かに東京電力の大株主だとメディアでは報じられているが、持ち株比率は1.20%であり、さらに、ご存知の通り東京電力は実質国有化されている。細川氏は『再生可能エネルギー基地』なるものの建設を要求していくつもりらしい。震災の原発被害に遭われた方への補償もしなければならない国と東京電力が、そのような要求に応じるかは不明だが、提言するということにおいては意味があるのかもしれない。
さて、本題である『東京都が抱える原発に反対しづらい事情』についてだが、一つ目は、東京都の税収である。現在、東京都の税収に占める法人事業税収入は他の道府県に比べて非常に大きい。東京都は独自に高い法人事業税率を設けているのだが、この法人事業税というものは景気の変動に非常に大きく左右される。電力供給が不安定になれば、景気が減退することは簡単に予測がつくだろう。オリンピックの準備をしなくてはならない東京都としても、電力供給不足は財政収入的な死活問題になりうるのである。また、この法人事業税は一旦国に徴収された後、人口等に応じて再分配される。つまり、電力供給不安による各都道府県の法人事業税収入減は、ある意味では直接的に、日本の経済にも影響を与えうるものでもある。
では、現在の日本の経済はどうなっているのだろうか。震災以降、東京電力は全ての原発を停止させているが、日本経済は悪くなっているのだろうか。GDPの成長を基準にとってみると、なんと2012年1.9%、2013年4.0%と成長してきている。電力供給が制限されているにもかかわらず経済が成長しているが、これは企業や工場が、社員の出勤日を調整することや節電に努めることで、電力不足にうまく対応できたことが第一の要因である。さらに、日本の電力需要の約3割を占めていた製造業が低調だったことも影響している。つまり、日本の主要産業の一つでもある製造業が元の水準まで回復を見せると、一気に電力供給に余裕がなくなる可能性がある。
この電力供給と経済成長の問題に対する現実的で即効性のある解決方法として考えられる対策が、柏崎刈羽原発の再稼動である。現在、実用可能、または将来実用可能な東京電力の原発は二つある。一つは停止中の新潟県の柏崎刈羽原発。柏崎刈羽原発には稼動可能な原子炉が7基ある。もう一つは、2011年1月に着工し、青森県に建設途中(中断中)だった東京電力所有の東通原発1号機である。東通原発に建設中の東京電力所有原子炉はこの1基だけであるが、建設自体に時間がかかる上に1基だけでは電力供給を改善させるとは考えにくい。柏崎刈羽原発については、国と東京電力は7月の再稼動を目指すようだが、製造業の回復を含めたさらなる経済成長と夏場の電力需要を見越しての決断だろうと思う。東京都は、都内だけでなく関東全体の製造業の回復のためにも、柏崎刈羽原発の再稼動に反対しづらい状況である。
また、6年半後に行われるオリンピックの準備でオリンピック特需が発生すると思うが、この特需によって様々な産業分野が成長していく中で製造業も回復していくだろうし、日本経済全体も成長していくだろう。その場合、どうしても経済活動にさらなる電力が必須となってくる。もちろん自然エネルギーを含めた新たなクリーンエネルギーが主流となれれば良いのだが、現実的な手段としては、柏崎刈羽原発を再稼動させることが軸となっていくだろう。
オリンピック特需の経済的恩恵を東京や日本が最大限享受し、震災からの復興の完結へとつなげるためには、オリンピック前の東京都においては反原発というスローガンは不似合いである。また、それを主張できるのは、震災で原発被害を受けた福島や東北地方、そして、原発を所有する都道府県での首長選挙だろうと思う。こういった要素も踏まえて細川候補が脱原発政策を展開できるのか、都民だけでなく国民全体として注目すべきだと思う。
(写真は柏崎刈羽原子力発電所。東京電力ホームページより。)