市役所に勤めていた頃、“農業振興”を担当したことがある。
九州の田舎から東京に出てきて、まさか農業を担当することになるとは思わなかった。
不慣れな農作業を農家に教わりながら、時には一緒に畑に入った。手際が悪く作業が汚い私は、いつも怒鳴られていた。
しかし、獲れたてのトマトを畑で丸かじりしたときは、農業を担当した幸せを噛みしめた。炎天下、脱水気味の体にとって、当時のトマトは世の中で最も美味しい食べ物だった。
農家を真似て私もプランター菜園を始めることにした。もちろん、大きなトマトを作りたかった。苗を分けてもらおうと農家を訪れたが反対された。「素人には無理だ」と。
「どうしてもやりたければ、“ミニトマト”から始めてみな」
今、大学生の就職活動をサポートする現場にいると、就職活動の進め方とトマト栽培が重なる瞬間がある。
例えば、大きなトマトを一つ一つ育てるように、余分な花芽を摘んでエネルギーを一点集中した学生の就職活動は必ずしも上手くいくわけではなく、リスクが大きい。
対して、一つ一つは小さくとも、ミニトマトのようにたくさんの果実を大切にしながら幅広く活動する学生は、手探りでもがきながらも、いずれその中で自分とマッチする企業に出会うことになる。
「“ミニトマト”は原種に近いから強いんだ。たぶん素人のあんたでも育てられるよ」
農家の言葉が蘇る。確かに、“ミニトマト”は強い。放っておいても実をつける。茎も太くたくましい。まるで、彼らのようだ。
トマトはストレスを糧に成長する性格をもつ。空港近くの圃場で育ったトマトは甘くなる。騒音によるストレスがトマトの甘味成分を増加させるのだとか。同様に、海沿いの圃場では、塩分が適度なストレスとなり、トマトは甘味を増す。
就職活動期、学生にかかるストレスは計り知れない。“卒業式”というリミットがある中で、企業から突き付けられる『お祈りメール(不採用通知)』に自身の社会的価値を疑いながら、明確な解法のない初めての体験を繰り返すのだから。
思えば、昨年の学生は、就職活動の“前”と“後”とで、別人のように変化を遂げた。声は大きくなり表情も頼もしくなり、一気に“社会人”らしくなった。
大きなストレスの中、苦しみもがいている就活生。魅力的な変化を知る立場にいると、今年のトマトたちの成長が今から楽しみでならない。
その一方で、今年のトマトの市場価格高騰は…深刻だ。