哀しき京都 「美意識」を取り戻そう!

  by 飯島麻夫  Tags :  

< 京都タワーより烏丸通を北に臨む 五条通から北は高いビルが増える(京都、JR京都駅 著者撮影/iPhone)>

< 京都タワーより京都駅ビルを臨む 「見苦しい」と思う…けど便利(京都、JR京都駅 著者撮影/iPhone)>


以前は京都が世界一美しい街だと思っていたが、最近ガッカリさせられている。中京区の大通り沿いには見苦しいビルが立ち並ぶし、嵐山やら北区、山科区等々の住宅街は景観に配慮する気がない住宅ばかりになった。道に迷いながら歩いていると、ふとわが千葉県の住宅街を歩いているような錯覚に陥ってしまう。「京都の美しい街並みを取り戻そう!」と叫ぶ以前に「もうすでに手遅れ」という印象。

行政としてもいい家を建てたい願っている人に「ボロっちくて今にも倒れそうな感じの家でないとダメです」とはなかなか言いにくいわけで、街の景観を守っていくことは特に京都のような古い街の場合、さぞかし頭の痛い問題だろう。

しかし、行政の問題以前に我々個人個人の美意識の問題が大きいのではなかろうか?家を買ったり借りたりする際に、間取りは?日当たりは?窓からの景色は?駐車場は?等々内側のことは大いに気にしても、自分の家が外側からどう見えるか?街の家々の中でどういう役割を演じることになるのか?なんてことは庶民は気にしない。隣近所に比べて特にみすぼらしくなければそれでいい…という感じだろう。

マイホームの夢を追うあまり、我々は自分の家をはじめとする身近な建築物に対する美意識を放棄してしまっているのではないか?でなければ、京都のビル街や住宅街は現在のような無節操な状態にはならないはずだ。自分の家だから好きに作っていいというものではない。街は住む人みんなで造るものなのだ。

例えば、小さなことからでいい。低層住宅中にそびえ立っている高層集合住宅を指さして「あれは見苦しい!」と声を出す、あるいは「見苦しいからあそこには住まない!」と決断することで、我々の「美意識」を取り戻すきっかけぐらいにはなるんじゃないか?

「人の10倍考える」を信条に色々とやってます。 元銀行員で現在も金融系のIT開発等に携わるフリーランス。JICA国際協力ボランティア(パプアニューギニア)

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