「もういいわ。しずくが垂れるのが嫌だから」絶世の美女の生ボイスに大興奮! 自分で自分にツッコむほどイタい貴公子の狂想曲~ツッコみたくなる源氏物語の残念な男女~

  by 相澤マイコ  Tags :  

美人で賢くセンスも良い! 新たなターゲットは“宮廷の華”

浮舟の四十九日が過ぎ、薫と匂宮は悲しみの消えぬまま、京の暮らしへと戻っていきます。二人の今度のターゲットは、匂宮の姉の女一宮のもとに使える美人女房のひとり、小宰相(こさいしょう)の君という女性でした。

小宰相は才色兼備の女房で、楽器を弾いても、字を書いても、とにかく何をしても素晴らしくセンスが良い、まさに宮廷の華といった感じの女性。匂宮もこの人に以前から言い寄っていたのですが、気丈な彼女は「その手には乗りませんわ」。多くの女が宮にのぼせている中で、これは実にしっかりした人だと薫は思い、他の人には言えない胸の内などを明かすようになっていました。

浮舟のことで落ち込んでいる薫に、小宰相は「あはれ知る心は人におくれねど 数ならぬ身に消えつつぞふる」。私がその方に代わって差し上げられるものなら……と、お悔やみを送って来ます。

弱った心に染み入るようなお見舞いに、薫はお礼がてら彼女の部屋へ。普段なら女房の住まいを訪ねることなど絶対しないのですが、かなり嬉しかったのでしょう。小宰相は粗末な部屋に薫を迎えるのが申し訳ない気がしましたが、下手に卑下したりなどせず、感じよく応対します。

美人で気の利く小宰相の受け答えに(浮舟よりもずっと賢く、できた女性だな。どうして宮仕えなどしているのだろう。私の妻としても不足のない人なのに)。とはいえ、薫の心は、恋には進んでいきません。

ついに生ボイスが…! 突然の絶世の美女降臨に大興奮

夏の蓮の花の盛りに、明石中宮主催の法華八講が六条院で行われました。これは5日間にわたる先祖のための供養で、今日は光源氏、明日は紫の上などと日を分けて行われます。当時の仏事というのは華やかな一大イベントでもあったので、ひと目見たいとあちこちから見物に来る人もあるほどでした。

無事にイベントが終わり、部屋の飾りつけをもとに戻すためにバタバタしている中、女一の宮は西の廊下側の部屋に移っていました。普段は六条院の春の御殿で過ごしている彼女ですが、今回は母上のイベントのために場所をお譲りしていたのですね。普段は女房などが使うような廊下側の部屋ですが、お片付けの間ちょっとだけ、という感じです。

さて、薫はお坊さんのひとりに相談事があったのですが、もう僧侶たちは帰ってしまって誰もいない。暑いので庭の池の上に建てられた釣殿で一休みした後、例の小宰相の君にでも会おうか、とこの西側の部屋のあたりへやってきました。

衣擦れの音がするあたりの障子の隙間を覗いてみると、普段の女房部屋とは違い、綺麗な設えがしてあって、互い違いにめぐらされた几帳の間から向こう側がスッキリ見通せます。

氷をなにかの蓋の上に置いて割ろうと頑張っている女房たちが3人、そして童女。その奥には、シースルーの白い薄ものだけをまとった美女が、白い手に小さな氷の欠片のひとつを持ち、大騒ぎしている女房たちを少し微笑んで見つめています。そのお顔と言い、多すぎる御髪を斜めになびかせている様子といい、言葉を失うほどの美しさです。

(女一宮さまがこちらにいらしたとは!……今まで多くの美人を見てきたと思ったが、この方に匹敵する人は誰もいない!!)選りすぐりの美女であるはずの御前の女房たちも、宮と比べると月とスッポン。土人形か何かとしか思えないほどです。

よくよく注意してみていると、扇を使って朋輩を仰ぎながら「これでは、氷を割るのにかえって暑苦しいだけね。もう、このまま見てるだけにしません?」というなかなかチャーミングな女房が。その声で薫は(あ、これが小宰相だ)と初めてわかりました。この時代の常とはいえ、今までろくに顔も知らなかったんですね。

それでも女房はなんとか氷を割り、砕いたかけらをそれぞれ手にのせたり、胸元にあてたり、頭の上に乗っけてみたりと大はしゃぎ。いつもなら、美しい女たちがしどけない姿をあられもなく晒しているところを見れただけでもかなりラッキーですが、今日は最上級の美女がそこにいる(しかもお召し物がスケスケ!)。薫が夢中になっていると、小宰相は自分の分を紙に包んで宮へと氷を献上します。

宮は白く美しいお手を差し出し、その紙で手のひらを拭いながら「もう私はいいわ。しずくが垂れて困るから」。ほんの僅かに聞こえた上品なお声に、薫はもう感激しきりです。高貴な女性は取次での応対が基本のため、生ボイスというのは非常に貴重。というか、さんざん絶世の美女と評されてきた女一の宮が直に登場して、しゃべるセリフはこれだけ。そういう意味でも貴重です。

(まだ本当に小さい頃に幾度かお目にかかった事はあったが、その時ですら幼心になんとも可愛らしいお方だと思ったものだ。……成人以降、お姿を拝するチャンスはまったくなかったが、今こうしてお声まで聞くことが出来たとは、神仏のいかなる思し召しであろう。宇治の姫たちのときと同じく、煩悩苦悩を乗り越えろという試練??

薫がぼうっとしている所へ、この戸口を締め忘れた事に気づいた下級の女房が慌てて戻ってきたため、薫は急いでその場を立ち去ります。

しかし彼の心は引き続き(ああ、早くに出家していたなら、こんなことで心が乱れることはなかっただろう。長年ひと目拝見したいと思っていた願いが叶った今、これからはこの宮の面影を思い出しては苦しむ日々が続くのだ。宇治の姫たちのときと同じように……)と、悶々とするのでした。だめだこりゃ。

「何やってんだ自分」もはやイタい僕の悲しい渇望

翌朝、薫は妻の女二の宮の姿を見て、やはり姉の女一の宮と比較してしまう自分がいることに気づきます。(この宮もたしかに美しいが、けれど姉宮のあの言いようもないほどの美貌に比べると……。これも、昨日のあの一瞬が見せてくれた思い出補正なのだろうか?)。

そこで薫は「今日はとても暑いですから、もっと薄手の衣に召し変えては? ときには普段と違う格好をするのも素敵ですよ。ちょっと、薄ものを手配してくれ」。女房たちは、日頃宮に対して無頓着な薫が急にこんな事を言いだしたので、珍しい風の吹き回しにウキウキ。

昼頃になって、薫が再び妻の元を訪れると、オーダーした薄手の衣は几帳にかけられたままです。「どうしてお召しにならないの? 人が大勢いるときならともかく、今なら透ける素材のものを来ていても恥ずかしくありませんよ」と言って、自ら妻を着せ替えさせます。

幸いにも、女二の宮の袴の色も、昨日の姉宮と同じ色。髪の量と長さは引けを取りませんが、同じ格好をさせた所で、やはり昨日の感動は蘇りません。今度は氷を取り寄せ、女房に割らせて宮のお手にそれを乗せてみたりと、場面の再現を試みますが、昨日と同じわけがない。

(何やってんだ自分)と自分でツッコむ心がある一方(恋しい人を紙に描いて眺める人もなくはないというが、この方は血のつながった姉妹のはず。でもやっぱり、昨日のあの場面に自分も混ざって、あの方と心ゆくまで楽しく過ごせたなら……)。もう薫も三次元を諦めて二次元恋人にしたらいいじゃない!!

憧れの女一の宮の姿に魂を奪われ、妻となった異母妹の女二の宮にそのコスプレをさせる薫。ここで女一の宮を大君に、女二の宮を浮舟に置き換えてもまったく同じことです。本当に得たい人は得られず、自分の所に迎えた妹で我慢しようとしてもしきれない薫の渇望。気の毒とは思いますが、ここまでくるともうちょっとイタい感じすらありますね……。

目指せ直筆! でっち上げを駆使した“お手紙大作戦”

コスプレも一段落した所で、薫は「ところで、姉宮さまと文通は?」「いいえ。宮中におりました時は、お父様のおすすめでやり取りしたことがございましたが、もう随分お手紙を出しておりませんわ」

これを聞いた薫にはあるひらめきが浮かびます。「臣下の妻になられたとからといって、ご姉妹の友情が途絶えてしまうのは残念ですね。中宮さまに、二の宮さまがそのことでひがんでいらっしゃるとお伝えしよう」

「まあ、ひがむなんて。そんな事ありませんのに」。妻の否定をよそに、薫は翌日さっそく中宮のもとへ。ちょうど匂宮も来ていましたが、薫は姉宮とよく似たこの宮の顔を見てもなんだかドキドキしてしまって、自分でも収集がつきません。

匂宮はたくさんの絵巻を持参しており、うちいくつかを姉宮の所へ届けに行きました。薫は残った絵巻を中宮とともに眺めながら「実は私のところにいる宮さまが、宮中を離れてたいへん寂しがっておられます。特に姉宮さまからお便りがないのを、臣下の妻となった者と見下げていらっしゃるのだと思っているようです。

時々で構いませんので、こういった絵巻とともにお便りなどを頂戴することはできませんか。私が持っていくことも出来ますが、それではあまりありがたみもないように思いまして……」。

中宮は驚いて「どうしてでしょう。そんな風に見下すなんて言うことはまったくありえませんよ。宮中にいらした時は時々やり取りがあったようですが、結婚を機に疎遠になってしまったというのはあるかもしれませんね。私からも一の宮にお便りを出すようにすすめるわ。でもそちらからだって、お手紙をくださればよろしいのに」。

中宮は薫の下心などつゆ知らず、真面目にこう応じます。まさか、薫がうっかり女一の宮を見てしまい、直筆が見たいがためにこんなでっちあげをしているなんて夢にも思いません。というか、そこまでしてほしいか、直筆……。こんなことにばかり頑張ってる君を見るのは悲しいよ! むなしすぎるよ!!

口止めの甲斐もなく…三角関係からの悲劇、ついに宮中へ

薫は中宮のもとから女一の宮のもとへ。例の小宰相の君に会う目的ですが、もちろんそこにはワンチャンへの期待が……。薫は日頃よりは長居をし、女房たちととりとめのない会話をします。

しかし残念ながら、女一の宮は入れ替わりに母の中宮のもとへ。彼女に付き従ってきた女房から、中宮は匂宮と薫と浮舟の一件を聞きました。息子が弟の愛人に手を出し、渦中の女はそれを苦に自殺したという顛末に、中宮は大変心を痛めます。

「一体誰がそんな噂をしているの。本当にお気の毒な、哀れなお話だこと。でも薫はそんな事はおくびにも出さず、ただ「宇治の一族は短命で本当に残念だ、世の無常を感じる」としか……」。

「本当かどうかわかりませんが、その宇治の山荘に務めていたという者が小宰相の実家に来て、まことしやかに話したそうです。自殺などということを世間に知られないように、きつく口止めをされたとか。ですから、薫の君も詳しくお話なさらなかったのではないでしょうか」。

「その話を言いふらしてはいけないと小宰相からきつく言うように伝えなさい。こういったところから、匂宮が身の破滅を招かないかと常々心配しているのに」。中宮は、女のこととなると見境のない放蕩息子の不祥事にため息。何より、右近や侍従があんなに頑張っても、やはり人の口に戸は立てられない模様。

浮舟との三角関係がついに中宮の耳に入ったことは後の展開に大きく影響してくるのですが、こうしてみると宇治と京の感覚がまったく違うのがよくわかります。宇治での流血沙汰への緊迫感や、自殺まで思いつめた浮舟のあり方は、宮中ではただ不吉で恐ろしい、気の毒な物語として伝えられるだけなのですね。住む世界が違うのはこういうことか、と思ったりもします。

簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。
3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html
源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/

こんにちは!相澤マイコです。普段、感じていること・考えていることから、「ふーん」とか「へー」って思えそうなことを書きます。

ウェブサイト: