気まずいことの連続!一夫一婦制とは違う世界の悲哀
新しい妻・六の君を迎えたことで、ふたりきりの夫婦生活が壊れてしまった匂宮と中の君。ぎこちない空気の中、六条院から手紙の使いが戻ってきました。ご褒美をたくさんもらい、あちらでさんざんもてなされてベロンベロンに酔っ払っています。
タイミングの悪さと配慮のなさに(なんでこっちに来たんだよ。中の君がいる前で、六の君の手紙を読めってのかよ! もうちょっと気をつけろよ!!)と言いたいところですが、もうこうなったら隠してもしょうがない。中の君の前で手紙を開きます。
「差し出がましいことと存じますので、自分でお返事なさるようにおすすめしましたが、とても悩ましそうでしたので……。娘が一段としおれていますが、一体どんな風に置いていかれたせいでしょうか」。
文面は六の君の継母・落葉の宮の代筆のようです。六の君の生母は夕霧の正妻の雲居の雁ではなく、長い付き合いの愛人・藤典侍(とうのないしのすけ)。夕霧はそれを補うために、高貴な落葉の宮に養育を任せていました。その母は、さっさと二条院に戻ってしまった宮の対応を恨んでいる様子。
「こんな風に言われるのも厄介だな。当分はあなたとふたりでのんびり過ごそうと思っていたのに、意外なことになったもんだ」。六の君の立場になってみれば、何年もかけてやっと結婚に至ったけど、他に本命の人がいるあまり気のないお婿さんなわけで、結婚早々なんだかな~と言う気分でしょう。
そしてまた、中の君は少し違う気持ちでした。(宮さまはこう言っているけど、身分柄を考えれば、幾人もの妻が増えていくのは当然のこと。一夫一婦の平民とは違う。むしろ“宇治から出てきた中の君という方は、これほどまでに深く愛されてお幸せだ”位に思われているのだわ)。
一夫多妻システムの複雑さは今までもさまざまに見てきましたが、いずれにせよ、もう少しふたりだけのラブラブ夫婦生活が続くとばかり思っていたところに水をさされてしまった、でもそれが現実。更に、夫と妻の思いには隔たりがあります。
そして何より、世間知らずだった中の君も「貴族社会なんだから当然」と、頭でそれを理解したとしても、いざ自分の身におきてみれば大変に胸の痛む、苦しいことなのだと知ったのです。
「思えば辛いことの連続」望郷の念、出産への不安
宮は普段よりもこまやかに中の君をいたわります。「何も食べないのは良くないよ」と、美味しそうな果物を取り寄せたり、料理人に命じて特別料理を作らせたり。しかし、中の君は手を触れようとしません。
宮は「困ったことだ」と言いながらも、夕方になるとやはりウキウキ。身支度のため再び寝殿に戻ります。結婚第二夜は夜更けを待たず、早々に出かけるようです。独り過ごす中の君はひたすらに宇治が恋しく、帰りたくなります。
思えば、宮との結婚のはじめから、辛いことの連続だった。いきなり関係が始まったと思えば遠のき、お姉さまはそれを気に病んで亡くなった……。当時はどちらかというと宮をかばうように信じていた中の君でしたが、今はその思い出も疎ましいばかり。ほんとに、始まりからしていろいろと不幸続きでしたね……。
(お腹の赤ちゃんはどうなるのだろう。無事に出産ができるのだろうか。とても短命な一族なので、お産をきっかけに死ぬのかも)。そう思っても強いて生きたいとも思いませんが、やはり悲しく、妊娠中に死ぬのは罪深い、とも言われているのが気になって、眠れぬままに夜を明かします。お腹に赤ちゃんがいてそれでなくても不安定なのに、中の君の憂鬱は晴れません。
「どうしてうちのご主人は…」相変わらず結婚願望ゼロの彼
結婚第三夜。今夜はいわゆる披露宴です。夕霧は愛娘の晴れの日に花を添えようと、匂宮と親交深く、弟とは言え高貴な血を引く薫を直々に連れてきます。若いのに優秀で評判もいい控えめな自慢の弟(本当は死んだ親友の息子)。
兄の命に従い、真面目に何くれとなく式次第を手伝う彼に、夕霧パパは(ちょっとは「結婚できなくて残念だったな」くらいの様子を見せてくれてもいいだろうに)と、ついつい余計なことまで思うのでした。親バカ!
宵が少し過ぎた頃に宮は登場し、実に立派なお婿さんぶりを見せます。(こんな堅苦しい家の婿になんかなりたくないって言ってたのに、ずいぶん殊勝な花婿ぶりじゃないか)。料理のお膳から引き出物まで、見るも眩しい宴会が繰り広げらました。
薫がふと庭へ目を向けると、誰かがぼやいているのが聞こえます。「どうしてうちのご主人さまは、こちらのお婿さんにならなかったんだろう。つまんない独身貴族を続けてさ。俺たち、ただここで遅くまで眠いのに待たされてるだけだよ」。
声の主は、匂宮の使者がベロンベロンになるまでもてなされ、酔いつぶれて寝ているのをみて羨ましく思っていた薫の従者でした。薫はそれを聞いておかしく思いますが、一方でまったく結婚に興味がない自分を顧みます。
(今日の宮のお振る舞いは実に立派だった。世間では宮でなければ僕に娘を、と言う人が結構いるらしい。僕の評判もまんざらではないんだな。でも、陛下から女二の宮のご降嫁をお許しいただいているのに、相変わらず一向に気がすすまないのはどうしたものか。名誉だとは思うけど、どうしても心から嬉しいとは思えない。ああ、その方がせめて、亡き大君に似ていたらいいのに……)。社会的評価とは裏腹に、まったく満たされません。
自分ではどうにもできないが…娘に託した父の夢は叶ったか
さて、表舞台には登場しませんが、宮と六の君の結婚をきっと喜んだであろう人物がもうひとりいます。六の君の祖父・惟光です。源氏の腹心として数々の情事を取り持った彼は、自慢の娘の藤典侍に変な虫がつかないよう気を配っていましたが、夕霧との仲を聞いて「自分にも運が向いてきたかも」と、その関係を後押し。
源氏よりも遥かに真面目な夕霧なら、身分違いとは言え娘をおろそかにはしないはず。二人の間に生まれた孫娘がまた高貴な方の目に止まればもしかして……というのが彼の目論見でした。明石の入道が娘の明石の君を源氏に嫁がせ、その娘のちい姫(明石中宮)が皇太子を産んだように、自分の子孫にも栄華が開けることを期待したのです。そしてその夢は今夜、実現に大きく近づいた!と言ってもいいでしょう。明石入道に続き、2例目のサクセスドリームです。
列席した親族としては夕霧の正妻・雲居の雁の兄弟たちの名前が出てくるのみで、当然ながら身分の低い惟光のその後のこと、そして六の君の生母・藤典侍のことには触れられていません(そもそも惟光もかなりの年だと思うので、存命中なのかどうかもよくわかりませんが)。立場上、表だったことはできないのは仕方ないとして、母は娘の晴れ姿をちらとでも見ることができたのだろうかなど、色々気になります。
後宮にダイレクトに娘を送り込める大貴族とは違い、中流以下の貴族にとってはこの作戦が成功への道だったんだなあ、ということを思います。気の長い話で、身分という覆しがたい制度があった時代、そのもとに引き裂かれた辛さや悲しみが数多くあったでしょう。一夫多妻制といい、「幸せって何だっけ」という気がしますが、それも今とは大きく違う千年前の貴族社会の一面です。
簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。
3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html
源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/