「やっぱり結婚なんてろくなことない」食事も摂れず衰弱する姉
身分柄、出歩くのが難しい匂宮をなんとか中の君と逢わせようと、薫が計画した紅葉狩り。しかし息子の行動を見越した中宮からの追手が逢瀬を阻止し、恋人たちはあえなくニアミスという結果に……。しかも、この事にひどいショックを受けたのは、当の中の君よりも姉の大君でした。
もとより結婚願望ゼロだった大君はですが、ここへきてますます男女関係の空しさを痛感。
「薫だって今は好きだ、愛していると言っているが、それも言葉のアヤで、いずれこういう事態が起こりうるのだ。女房たちは性懲りもなく私と彼との縁組を望んでいるから、油断すれば無理矢理にくっつけられるかもしれない。
とにかく、姉妹ともども不幸な結婚などという、亡き両親をがっかりさせるような事になってはいけない。これ以上罪作りにならないうちに死んでしまえたら……」。
こうして大君は思いつめ、食事も摂れなくなっていきます。もともと身体も弱く、痩せて具合も悪かったのですが、あまりにもその意志が強すぎ、病気というよりまるでハンガーストライキみたいな感じです。
それでも気がかりなのは可愛い妹。彼女の幸せを願ったからこそ(薫との)結婚をしてほしいと思ったのに……。こんな風に軽く扱われて、いまさら世間並みの扱いを受ける立場になるのは到底難しいだろう。なんと不幸な我ら姉妹であることかと、ますます気落ちしてしまいます。
外出禁止令に縁談!諦めぬ息子へ母から驚きの提案
さて、宇治から大勢の取り巻きにさらわれるように帰京した匂宮は、またすぐに宇治行きの機会を窺います。が、宮が宇治に行きたがるのは中の君に逢いたいためであること、こういった軽々しいお忍び歩きを世間も非難していることなどが、中宮に報告されてしまいました。ところで世間って誰なんでしょうか。
中宮の嘆きはもちろん、帝からも「だいたい、いつまでも自邸で気ままに過ごしているからいけない」と厳しく叱責。ついには宮中から一歩も外に出られなくなってしまいました。更に、前々から夕霧が持ちかけていた六の君との縁談も、否応なしに決められてしまいます。
薫もこれを聞いて平静ではいられませんが、どうすることもできません。「宮が皇子である以上、こういった事態は避けられないのはわかっていたはず。大君もそれを危惧して、中の君と僕との結婚を望んでいたのに……。
宮は中の君と逢わせろとうるさかったし、大君が僕を避けて妹を押し付けるのに「はいそうですか」というのもシャクだったからこそ、僕は二人の仲を取り持ったのに。
考えてみればおかしなことだ。姉妹ともども自分の妻にしたところで、文句を言う人もいないじゃないか」。こんなことなら姉妹まとめて自分と一緒になればよかったんだと、薫のいつもの後悔グセが出ますが、今更こんなことを思っても仕方ありません。
まして匂宮は中の君が恋しくて、今頃いったいどうしているかとそればかり考えています。
そんな息子に中宮は「そんなに好きな人なら、私の女房のひとりとしてお迎えして、時々逢えばいい。将来あなたは皇太子になるかもしれないのですよ。こういったスキャンダルを取り沙汰されるのは慎まなくては」と、中の君を正式なパートナーと認めず、この件を大ごとにしないように繰り返し忠告されるのでした。
こういう時代なんだからと言えばそれまでですが、実の母から、ダイレクトに公の愛人扱いしなさいよって言われるのもねえ……。あの可愛かったちい姫がこんな事を言うようになるなんてちょっとショックです。
「姉弟じゃなかったら僕も……」暇を持て余し姉にセクハラする弟
宮中ですることもない匂宮は、姉の女一の宮のもとを訪ねます。激しい時雨の降る日でお仕えする人も少なく、彼女は静かに絵巻をみているところでした。幼い頃、共に紫の上が手元で可愛がったふたりはとても仲がよく、姉弟は几帳だけを隔てて和やかに話し合います。
我が姉ながら限りなく気高く、美しく、優しい感じのする女一の宮。やはりこれ以上の女性はこの世にいまい。この姉に匹敵するのは冷泉院の姫宮だけだろうと、まったく接点のないまま興味だけは失われないプリンセスについて妄想。冷泉院は娘に悪い虫がついてはいけないと厳重警戒しているので、何の発展もないのです。
しかしやっぱり、あの宇治の中の君の可憐さは姉に勝るとも劣らない。さまざまな絵巻の中には山里の風景をかいたものもあり、どことなく宇治の山荘にも似た雰囲気。姉の許可をもらって、そのうちこれを中の君に贈ってあげたいものだと宮は思いました。心の中が大忙しですね、まったく。
伊勢物語の絵巻は、プレイボーイで有名な在原業平が、妹に琴を教えながら「うら若みねよげに見ゆる若草を人の結ばんことをしぞ思ふ」。自分が寝たいほど可愛らしい妹が、将来は誰のものになるのか気がかりだ、と思っているシーンでした。
ここで宮の悪いクセが出ます。「この絵みたいに、僕と姉上ともっと仲良くしたいです。いつもよそよそしいのがたまらなくて……」と、几帳の下から絵巻きを差し入れます。
どんな絵か、よく見ようと頭を下げた姉宮の長く美しい髪が、あたりにサラサラと広がるのを見ても「どうしてこの人と同じ親から生まれたんだろう」と残念な気がします。おいおい……。
思ったら行動に移さないと気がすまないのが匂宮。「若草の寝みんものとは思わねど 結ぼほれたる心地こそすれ」。姉弟だからさすがに寝たいとは言わないけど、やっぱりモヤモヤした気持ちが収まりません。と口に出してみました。
姉宮はびっくりして「事もあろうにおかしなことを」と絶句。当たり前ですよね。絵巻の中で業平の妹は「うらなく物の思はるるかな」(考えなく口になさったものね)と答えていますが、この絵の中の姫にも嫌な気分を覚えます。しかしこのやり方、本当に源氏にそっくり。
しかしセクハラの手口は似ていても、違うのは女性関係の発展の仕方。気の多い匂宮は、同腹の姉とは添えない悔しさ、中の君に逢えない寂しさを、姉の女房に言い寄る形で憂さ晴らしします。例外はあれど「身近な女、特に宮中の女には手を出さない」をモットーにしていた源氏と違うのはこの点です。
特に、中宮はひとり娘の女一の宮をこの上なく大切にしているので、女房たちも選りすぐりの精鋭ばかり。身分の高い貴族のご令嬢の中でも、特に教養高く性格も良いといった人ばかりが集められています。おかげでちょっとでも欠点があるようだと、恥ずかしくていたたまれないという有様です。すごい職場。
そんな美女がよりどりみどりの場所で、女好きの匂宮が我慢していられるわけもなく、とりあえずちょっと目新しい女がいれば手を出さずにいられない……という困ったクセを発揮しています。
宮がこんな風に欲求不満を解消しているとも知らず、宇治では今か、今かと訪れを待ち続けていました。
「僕がやらなきゃ誰がやる!」彼の必死の看病にわずかに解けた心
京の事情もよくわからず、宇治の姉妹が「いよいよ見限られたのだ」と諦めを深めていた頃、久しぶりに薫だけが来訪。聞けば大君の具合が悪いとのことで、びっくりして飛んできたのです。
彼は「はるばる山道を来たんですから、どうかお側で様子を聞かせて下さい」とせがみ、大君の寝所の御簾の前に座を占めます。大君は困ったと思いながらも、冷淡にもせず、少し枕をあげて返事します。
薫は例の紅葉狩りの詳細を説明し「どうか気長に構えて、あれこれ悩んで消耗しないで下さい」とフォローするものの、大君は「亡き父の教えはこういった事態を避けるためのものだったのですね。妹が哀れで……」と泣き声。
もとはと言えば自分が原因、薫は恥ずかしくなってきます。「人生というのは何事も思い通りにはいかないもののようです。
世間と交わらぬあなた方には不本意なことも多かろうと思いますが、どうか今は心を沈めて、時が解決するのを待って下さい。これだけで終わってしまう関係だとは、僕はまったく思っていません」。エラソーなことを言いつつ、なんでこんな所で人の恋路の心配ばかりしてるんだろうオレは。
夜になると大君は苦しそうです。薫がここにいると中の君が困るだろうと、女房たちはいつもの客間に移るように促しますが「こんなに弱っているのに放っておけない。看病の指図だって、僕以外に誰がきちんとできるもんか」と言い放ち、弁に命じて病気平癒の祈祷などを始めるように指示します。
間近で自分の看病を始めた薫。こんなことは恥ずかしい、死んでしまいたいとばかり思いつめている私のために、こんなにしてくださるなんて……。大君の心にも、薫の真摯な想いが伝わってきます。もうこの世とお別れしたいとばかり願ってきた大君も、薫の厚意を無にすることもできず、彼の願いによって生かされるのなら……という気持ちがわずかに萌します。
しかし、せっかくの希望もつかの間。再び大君をどん底へ突き落とす情報がもたらされるのです。
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