妙にラブラブ!?色っぽいイケメンと少年の会話
今も光源氏を偲ぶ声が多い中、自慢の娘を源氏の孫・匂宮と結婚させたいと考える紅梅大納言。良い匂いが大好きな宮へと、庭の見事な梅の枝を折り、息子に持たせて宮中へ送り込みました。
匂宮は母の中宮のお座敷から自分の宿直所へ引き上げてくるところでした。多くの殿上人が宮のお供をする中、紅梅の息子を発見し「昨日はなんで早く帰っちゃったんだ? 今日はいつ来たの?」。
「昨日はずいぶん早く退出しました。それが残念で、宮さまがまだいらっしゃると思ったので急いできたんです」。子供っぽく甘えた調子でいいます。
「二条院にも遊びにおいで。男の子たちがいつもたくさん集まってきて、とても楽しいよ」。宮がこの子にばかり話しかけるので、人々は遠巻きにして行ってしまいました。ラブラブです。
「前は兄上(皇太子)も君にべったりだったのに、君の姉君(紅梅の長女)が来てからはそちらに夢中みたいだね。どう? ちょっとは寂しいか?」。
「皇太子さまが僕を離してくださらないのでちょっと困ってました。でも宮さまのお側なら……」。宮になついているこの子の言いようは、若き日の源氏と空蝉の弟・子君の親密さにもよく似て、なにやら色っぽい雰囲気です。ウフフ。
色も香りも揃った梅の枝! でも本当に欲しいのは……
宮は冗談っぽく「長女のお姉さんはオレをとるに足らないと思って皇太子妃になっちゃったんだな。それもそうだよな、ただの皇子だもんな。
ところでお前と同じお母様の、宮の御方と言う方は古い血筋の縁(=宮の祖父・源氏と、御方の父・蛍宮が兄弟)もあるんだし、こっそりオレと仲良くしてくれないかなぁ」。
息子はここで紅梅の枝を差し出します。「どうせなら気持ちが通じてからもらいたかったね」と言いつつ、香りものが大好きな匂宮はすっかり気に入った様子。「香りは白梅、色は紅梅なんていうが、色といい香りといい、兼ね備えた見事な枝だ」。
手紙には「心ありて風の匂わす園の梅に まず鶯の訪わずやあるべき」。紅梅が香りを漂わせて待っているのに、鶯がこないなんてことがあるでしょうか。お待ち申し上げております、ということのようです。
紅梅大納言は次女との縁組を望んでいるらしい。でも興味があるのは宮の御方。これはどうしたもんかと思いつつ「もう遅いから今日はここで泊まれ」。彼も姉と母の待つ皇太子のもとへは行かず、匂宮の近くでいい匂いまみれになって休むことにしました。行かなくていいの?
「昨日は弟のところに泊まったね?」移り香が握る物語の行方
同じ母を持つにもかかわらず、決して顔を見せない宮の御方は、弟のこの子にとっても神秘的な姉です。
母違いの長女や次女の姉たちは顔も見せてくれるので、普通のきょうだいと思って慕っていますが、引っ込み事案で奥ゆかしい宮の御方はなんだか特別。その将来を弟なりに案じています。
(上のお姉さまは皇太子さまのご寵愛でとても華やかに暮らしているんだもの。匂宮とご結婚なさったらいいなぁ。そしたらうちにも宮さまがちょくちょく来てくださって、僕も嬉しいし……)。
翌朝、彼は宮の返事を受け取って家に帰りました。「お心づかいはありがたいのですが……」。次女との結婚にはさほど興味がないところを、謙遜した体で遠回しに言います。
紅梅は苦笑いして「宮の度を越した女好きは有名なのに、私や夕霧の前では妙に真面目ぶるところがおかしいね。モテて当然の美男子でいらっしゃるのに、変に謙遜してもかえってつまらんだろうに」。畳み掛けるようにまた手紙をもたせますが、これにも宮ははかばかしい返事をしません。
本気でこられれば来られるほどお仕着せの結婚にハマりたくない宮は腰が引けますが、一方で(ホントに次女をオレに?)と思うと悪い気もしない。美人らしいし、気持ちの動くところではあります。
そうこうするうち、真木柱が宮中から退出してきました。
「あの子が宮中から下がった時にとても素晴らしい香りがしましたの。他の人は気づきませんでしたが、皇太子さまはすぐに勘付かれて“あれは匂宮の移り香だよ。なるほど、昨日はあっちに行っていたのか。私はフラレたんだね”と仰って。匂宮からこちらにご連絡はありませんでしたか」。さ、三角関係のもつれ……。
「いかにも。見事な梅の枝があったからあの子に持たせて献上したのだ。宮のお香はまた絶妙なブレンドだからね。宮仕えの女性たちでもあんなには焚きしめられない」。
今だったらそんなに匂いが移ったらもう大変です。当時の人の香りに対する感性は現代とはまったく違うものだと言うことが改めてよく分かりますが、実はこの“移り香”こそが、要所要所で物語の鍵をにぎることになります。
「結婚は考えていないのに」ちぐはぐなラブレター攻撃に困惑
匂宮は息子の彼に「おじさんなんかに邪魔されたくない。お前が頼りなんだよ」と言いくるめ、宮の御方にせっせとラブレター攻撃をはじめます。
恋のキューピッド役が嬉しい息子はいそいそと手紙を持ってきますが、当の宮の御方はしっかりした考えの人なので、結婚なんてとんでもないと思い決め、決して返事をしません。
紅梅の次女の方は引く手あまたで華々しい一方、宮の御方の周囲はいつもひっそり静かです。匂宮はその様子を聞いて、ライバルもいないのならますますオレがと身を乗り出し、降るような恋文を送るのでした。
夫は次女の婿がねにと望んでいるのに、ちぐはぐなことになってしまい、真木柱もため息です。「思いがけずこちらにばかりたくさんお便りをくださるなんて。本人は結婚なんて微塵も考えていないのに」。
匂宮は、光源氏と紫の上の祖父母に可愛がられ、両親の帝と中宮からも愛され、皇位継承もありうる有望株。でも一方で女好きの浮気性で、あまたの愛人がいることも知っています。そんな人と結婚したらつらい思いをするに決まっている。とても信頼して娘を任せられる相手ではありません。
しかし高貴な宮が躍起になって手紙を送ってくるのは恐れ多いことでもあり、苦肉の策で、時々は真木柱自身が代筆をして返事をしたりもしています。単にスルーできないのでそうしているだけで、早く諦めてくれたらいいのにと思っているのですが……。
穏やかな幸せを手に入れた真木柱ですが、子供の悩みはつきそうにありません。そして美しい年頃の娘を持つがゆえに、苦悩している家庭がもう一つありました。
簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。
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源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/