「あなたこれ何?」夫の背後に忍び寄った妻は…
濃霧の小野の山荘で起きた、誰も真相を知らない夕霧と落葉の宮(女二の宮)の関係。彼の朝帰り姿が噂になり、宮の母・御息所は大ショック。夕霧の誠意を確かめるべく「あなたまさか宮をワンナイトラブの相手にしたんじゃないでしょうね?」と、具合の悪い中で必死に手紙を書きました。
さて、夕霧は六条院で午前中を過ごし、昼過ぎに自宅の三条邸に帰ってきました。正式な結婚なら、何があっても小野に行くべきです。が、「何もなかったのに花婿気取りもおかしいし、何より宮さまからの返事もないし……」と、モヤモヤ。
妻の雲居雁は怪しい朝帰りを不快に思いながら、自室で子どもたちの相手をして、あとはふて寝。何とも気まずい自宅の様子です。
夜に入ってようやっと小野からの手紙が来ました。待ち構えていた夕霧は飛びつきます。が、宮のお返事にしては様子がヘン。文字は震え、鳥の足跡のようになっています。何と言っても草書体、その読みづらさは推して知るべし。
どうやら御息所のお返事らしいが、一体なんて書いてあるんだろう……。夕霧は灯りを寄せ、その下で首をひねりながら真剣に解読作業を開始。
夫が熱心に手紙を読み込んでいる、あやしい……。見かねた雲居雁は背後にそっと忍び寄り、すばやく手紙を取り上げてしまいました。あなた、これ何?
「おい!何するんだ!これは……六条院の花散里のお母様のお手紙だよ。今朝行ったら、風邪気味だっておっしゃるから、心配で。
よく見てごらん。どう見ても色っぽいお手紙なんかじゃないだろ?にしても、君は行儀が悪いなあ!年々、夫を尻に敷くのになれきって……。女房たちだってどう思うか。こっちの身にもなってくれ」。
夕霧が手紙を取り返そうとしないので、雲居雁は拍子抜け。でもすぐに「あらそう、ごめんなさい」と返す気にもなれず「あなたの方こそ、私を見飽きてバカにしてるじゃない」とふくれっ面。
その顔が可愛いので、夕霧が思わず笑って「それはお互い様だろ。夫婦なんて、年数が経てばどこもそんなもんさ。だいたい、それなりの地位にある貴族の男が奥さんひとりだけなんて聞いたことがない。
世間の人も、影であいつは愛妻家のフリした恐妻家だ、何人も妻を持つ甲斐性がないだけだってバカにしてるんだよ。
君だって、ただひとりの奥さんでいるよりも、数多くの女性たちの中でナンバーワンとして愛される方が、ずっと自慢できると思うけどね。そうやって張り合いのある生活を送る方が、結局は倦怠感のない良い関係でいられるんじゃないの」。
なかなか興味深い意見です。厳密に言うと、夕霧にはもうひとり藤典侍という女性がいますが、彼女は身分が低いので奥さんの中にはカウントされません。でもこっちにも何人も子供がいて、花散里が養育したりもしています。
夕霧が論をこねてそれとなく手紙を取り返そうとするも、雲居雁は離しません。
「それは大変結構ですこと!私はもうオバサンだから、到底ついていけないわ。もともとそういう性格ならともかく、今まで真面目なあなたに慣れていたから、いまさら急にプレイボーイになられてもどうしていいかわかんないわよ……」。ちなみに雲居雁は31歳、夕霧は29歳くらい。
「なんでそんな風に思うんだ。おかしいね。またどうせ君の女房が悪口を吹き込んでいるんだろう。大昔に僕の六位の浅葱色をバカにした前科もあるし……。とにかく噂を真に受けて変な勘ぐりをするのはやめてくれ。あちら(落葉の宮)にもご迷惑だから」。
しかし夕霧の努力は実らず、なんだかんだで就寝時間。仕方なく平静を装ってベッドに入ったものの「ああ、内容が気になる……」とモヤモヤするばかりでした。
ドタバタ大騒ぎの中、懸命の捜索も……ない!
夕霧は眠れるわけもなく、妻が寝静まったところを見計らい、さっき口論したリビングなどをゴソゴソやってみます。が、ない。どこを探しても、ない。結局見つけられないまま朝に。夕霧はすぐには起きられませんが、雲居雁は子どもたちに叩き起こされます。
ちびっこは朝から元気いっぱい!そこらじゅうで飛び跳ねるわ、お人形遊びはするわ、少し大きい子達は漢文の音読やお習字に大忙し。ママは一番小さい子に裾を引っ張られながらそれらを見て回ります。
一方、パパは子どもたちがドタバタやっている隙に、こっそり起きてウロウロと手紙を探し歩きますが、やっぱりどこにもない!! 早く返事を、と焦る一方、内容と食い違う返事を出すのもおかしいしと、もう頭の中はグチャグチャです。
みんなでお昼を食べ、子どもたちがお昼寝して静かになった昼過ぎ、夕霧はついにギブアップ宣言。
「昨日の手紙のことなんだけど……お返事をしないと失礼で六条院にも行けないから、なんて書いてあったのか教えてくれないか?」あくまでも手紙は花散里からの、という偽装を続ける夕霧。
雲居雁はここでやっと「あ!そうだ、昨日そんなことがあったわ」と思い出します。子供の世話が忙しすぎて、そんな事は今の今まできれいサッパリ忘れていたのです。
「ええと、そういうことなら、小野の山里で風に吹かれて体調を崩していました……とか、おしゃれに書いたらいいんじゃない?」
「まだそんな事を言うのか。僕がそんな事できるわけないだろ。何度言ったらわかるんだ。女房たちも呆れて笑ってるよ。いいからどこに隠したのか教えてくれ」。
それでも雲居雁は手紙の隠し場所を言いません。強情なのか、本人もどこにやったか忘れてるだけなのかわかりませんが……。
「もう泣きたい!」大失態に苦渋の決断
ドサクサに紛れ、あっという間にもう夕方。手紙が来てから24時間が経過しようとしています。
夕霧はいよいよ焦って「とりあえず今日中にお返事だけは書かないと。せめて墨だけでもすろう」とため息を付きながら、何を書くべきか悩んでいたその時、敷物の縁が少し盛り上がっているのが目に付きました。
もしやと思ってめくってみると……ビンゴ!!!あった!あったよ!!ここに隠していたのか、やっと見つけてやったぞ、とニヤニヤしながら手紙を開いた夕霧の顔は途端に凍りつきます。
あの乱れた文字は、相当具合が悪かったであろう御息所が書いた渾身の言葉だったのです。「夕霧くん、誠意って、何かね?」と(ドラマ『北の国から』風に)。
それなのに、昨日小野を訪れなかったばかりか、そんな手紙の返事を一日以上も放置してしまって、さぞや不誠実極まりない最低男と思われただろう。ああ、とんでもないことになった!
「ああ、雲居雁があんな悪ふざけをするからだ。でもそれも、もとを正せば僕の監督不行き届きだし……」夕霧はもう泣きたい気持ちでしたが、嘆いても時間が巻き戻るわけではありません。
今すぐ支度して小野へ向かおうと思いましたが、行ったところで宮が応じてくれそうにないし、御息所もあの調子だ。おまけに今日は占い的に日が悪い。結婚のはじめが縁起の悪い日では問題だと考えて、悩んだ末に、ここは手紙を出す方向にシフト。
「大変珍しいお便りを拝見しました。なにか思い違いをなさっているようなので、弁解するのも筋違いですが、私は決して宮さまに無礼を働いてはおりません」。
と書き、宮にはまた別に長々しい手紙を書きました。更に一番足の早い馬を用意し、使いの者には「昨日から六条院に伺っていて、今退出してきたところだからと伝えろ」と指示。彼は大急ぎで小野へ向かいます。
ことの重大さに気がついた後も、一目散に小野に行こうとはしなかった夕霧。もし源氏なら自分自身で猛ダッシュしたような気もしますが、こんな時でも変に真面目で冷静なのが夕霧らしいといえばそれまで。何にせよ、こういうときの選択というのは難しいもの。ですが、ここから事態はますますこじれていくことになります。
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