「やっぱりあの2人は?」雨の日に思い出す懐かしい過去
髭黒が玉鬘を自宅へ連れ去ってから、六条院へは何の連絡もありません。「あれから一言もないなんて。こんな策略とは知らず、油断した」と苦々しく思う一方、玉鬘のいないこの家が寂しくて、寝ても起きても彼女の面影を思い浮かべています。
一方の玉鬘も、何から何まで合わない夫との生活に倦んでいました。季節の移ろいや、自然の美しさに心を動かされても、共感し合ったりできない人なのです。
ひどく雨の降る退屈な日。源氏は玉鬘と過ごした日々を思い出して、手紙を書きます。「こんな春の雨の日、あなたは私のことを思い出してくれていますか。いろいろ思うことはありますが、それをどう伝えたらいいのだろう」。玉鬘に直接ではなく、ついて行った右近あてに送りました。
右近が髭黒のいない時を見計らって手紙を見せると、玉鬘の目からは涙があふれます。複雑で素直に受け入れられなかったけれど、源氏と私は心が通い合っていた。恋人とも父親とも違う、名付けようのない関係だったけれど、そこには確かに両想いの気持ちがあった、と。
何気ない内容ですが、玉鬘には源氏の言いたいことが手に取るように伝わります。でも実の親ではないので、ストレートに「帰りたい、会いたい」とも言えず、やりきれない気持ちです。
右近はその様子を見て「やっぱりお2人は……?」といぶかしみます。玉鬘は源氏との危うい関係を口外していませんが、女房の右近は何かあるとうすうす感じていました。
真相は不明なものの、こうして泣いている彼女を見ると、「関係がどこまで進んでいたんだろう?」と改めて思うわけです。まあ、右近以外にも怪しく思っていた人はいそうですけどね。夕霧さえ見て誤解したものを、一番近くにいるはずの女房が見ていないというのは妙ですよね。
「去っていったあの人」あちこちで玉鬘ロス続く
玉鬘の返信を読んだ源氏は、文面から彼女の涙がこぼれてくるようで泣きそうです。でも養女の手紙を読んで泣くわけにもいかず、気分転換に琴を弾いてみます。が、一生懸命和琴を練習していた彼女の様子を思い出して、また胸がいっぱいに。一事が万事こんな感じで、まだまだ玉鬘ロスから抜け出せそうにありません。
帝も、玉鬘のことを思い出しては「去っていったあの人……」と、残念そうです。実際「また是非宮中に来て欲しい」と、こっそり手紙も送っています。来なければ来ないで諦めたでしょうが、なまじちょっとだけ会ったのがかえって逆効果でしたね。
しかし今の玉鬘には「嬉しいわ、また是非お会いしたい」という心の余裕はありません。「私の人生にもう恋愛なんて」と、真面目な返事をするのみ。もともと恋愛体質の人ではかったものの、ここへ来てますますそんな気もなくした、という感じ。
髭黒との退屈な日常に押し込められた玉鬘には、六条院で過ごした日々が輝いて見えます。何より、源氏は(セクハラもあったけど)自分を尊重し、決して嫌がることをしなかった。それがいかにありがたかったか、改めて思い起こされるのでした。
「いつまでも娘扱いして」夫VS養父!男の熾烈な応酬
更に時は過ぎ、季節はすっかり晩春。六条院では山吹や藤が見頃を迎えています。それを見るにつけても、山吹の花のように明るく華やかだった玉鬘がここにいないことが、寂しくてたまりません。
源氏は季節の品と共に、玉鬘へ贈ります。「連絡がなくて寂しいですが、それをあなたのせいだけにするのもおかしいですね。特別なことでもないと会えない間柄なのが残念です。我が家で育った雁の子を、誰が握って隠しているのだろう」。
雁の子は仮の子(=養女)の意。贈り物の中に雁の卵を入れたので、それにかこつけて髭黒に当てこすりを言っています。かなりダイレクト。
案の定、髭黒はそれを見て「おかしな方だな。嫁いだ娘は実の親でもちょくちょく会ったりしないものだ。ましてや、義理の父娘なのに。毎度のように“会いたい”と書かれているのはどういう意味か」。
夫がゲスの勘繰りでブツブツ言うのを、玉鬘は嫌な気分で聞いています。返事が書きづらくて困っていると、髭黒が代筆を買って出ました。
「代筆で失礼を。雁の子を隠したなどと、養女をいつまでもうちの子扱いなさるのは何故でしょう。いやはや、ちと冗談が過ぎましたかね」。源氏は髭黒の返しに表向きは笑ってみせましたが、内心は「玉鬘を自分のものにして得意になっていやがる」と、ムカつきまくっています。
アウェーな六条院では肩身が狭かった髭黒も、ホームでは何の遠慮もいらず、「源氏なんか怖くない!」とばかりに強気です。しかもこの時、既に玉鬘のお腹には赤ちゃんが。/strong>まさに取ったもん勝ち、髭黒の笑い声が聞こえてくるかのようですね。
「弟たちは楽しそうでいいな」長女の置かれた過酷な現状
さて、実家に帰った髭黒の奥さん(もう”前妻”と言った方が良さそうですが)と、その実家・式部卿宮家はどうしているでしょうか。
髭黒は玉鬘を自宅に引き取って以降、こちらへはまったく音沙汰なしの一方で、別れた妻への生活面の援助や、2人の息子たちの世話はしていました。慰謝料や養育の負担はちゃんとしているので、この点だけは前妻もアテにしています。
お母さんと一緒の真木柱はこの家から出られませんが、男の子たちは自由に行き来し、よくお姉ちゃんにも会っていました。「新しいお母さまね、とっても優しい方なんだよ」「毎日ね、いろいろ面白いことをして遊んでるの!」
無邪気な男の子たちは優しい継母・玉鬘になついている様子。お母さんというよりお姉さんが来たって感じでしょうね。多少気持ちも切り替わったのか、楽しく暮らす工夫もしているようです。
真木柱はそれをとても羨ましく思います。「弟たちはいいな、楽しそう。新しいお母さまは素敵な方みたい。どんな方なんだろう?私もそんな風に面白いことをして過ごしたいな。
お母さまの病気はますますひどくなるし、おじいちゃまとおばあちゃまはお父様の悪口ばかり。私もお父様に会いたいな。どうして男の子に生まれてこなかったんだろう……」。思春期の繊細な少女の心に、このネガティブ空間は辛すぎ。それでも、真木柱はこの現実に耐えるしかありませんでした。
「同じことなら…」姉の出産を手放しで喜べない理由
その年の11月、玉鬘は美しい男の子を出産。髭黒にとっては三男ですが、“彼の喜びようは書かなくてもわかるだろう”と省かれるほど喜び、盛大な誕生祝いを行います。実父の頭の中将も孫が生まれて「やっぱりこれでよかった」と嬉しそうです。
そんな中、かつて玉鬘に想いを寄せ、実の兄弟とわかった柏木は複雑な気持ち。「同じことなら、帝のご寵愛を受けて生まれた皇子様だとよかったのに。家門の栄えにも繋がっただろうに」なんて思っています。というのも、冷泉帝には未だに皇子がいないため。皇子が生まれれば次の皇太子にと、そういう夢も抱けたからです。
しかしそれも、今となっては夢のまた夢。玉鬘は在宅での尚侍の仕事は続けるものの、宮中へ参内する予定はなく、髭黒との結婚生活も落ち着いたものになっていきます。波乱万丈、本人も周りも大いに翻弄された彼女の半生も、ここで一つの区切りを迎えたのでした。
「ウチと遊ばへん?」爆弾娘、逆ナン女王へ進化
玉鬘の話が落着したところで、お口直し的に語られるのが近江の君の近況。尚侍になれなかった彼女は、不満のエネルギーを異性へ向け、逆ナン女王に進化を遂げていました。
水くみトイレ掃除くらいなら笑い話で済みますが、ハレンチな事件を引き起こされては一大事。姉の弘徽殿女御は「今に何かやらかすのでは」とオロオロ、父の頭の中将からも「もう人前に出るな」と注意されています。
でも、もとよりお父ちゃんなんか怖くない近江の君にはどこ吹く風。しゃしゃり出てはイケメンチェックを欠かしません。この調子で軽率にうっかりデキちゃった!とかになったら大変だよ!
女御の前でプライベートな音楽会が開かれた時のこと。他の貴公子たちと共に夕霧も参加し、仲間内の気楽さで珍しく女房たちとふざけあっていたことがありました。
女房たちが「やっぱり夕霧さまって素敵」とウワサしあっているところへ、近江の君が乱入。「夕霧さんってどの人?この人?」。周りが「ちょっと静かにしなさいよ」「あんた出てっちゃダメじゃないの」と静止するのも聞かず、ズケズケと甲高い声で言いました。
「あんたが夕霧さん?雲居雁さんのことをいつまでも想い続けてるってホンマ?フリーなんやったら、ウチと遊ばへん?ほらこうして、寄っていってあげるで」。
夕霧はダイレクトな逆ナンにビックリ。「いつもおしとやかな人ばかりなのに、こんな変な人がどこから?……もしかしてウワサの近江の君?」夕霧、ビンゴ!
相手を特定できた夕霧は、「フリーでも、気のない人とは遊んだりしないよ」と一蹴。堅物で有名な夕霧にこんなことを言えるのも近江の君ならでは。周りも「うわぁ……」と思ったとか思わなかったとか、ちゃんちゃん。と、この話が終わります。
簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。
3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html
源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/