何もかもがトンチンカン!田舎侍のプロポーズ狂想曲
春の夕方、肥後国を飛び出してきた大夫の監が、瑠璃君(以下、姫)にプロポーズしにやってきました。背は高く頑健そうで、肌艶もよい。遠慮なくガラガラ声を張り上げてしゃべる男です。ガハハ、ガハハ!……見た目的にはそれほどダメではないけど、やはり田舎侍という先入観が邪魔してか、あまりいい感じとは言えません。
ここでナレーションが一言「求婚者は闇に紛れてやってくるから”夜這い”なのに、ずいぶん変わったプロポーズである。また、人恋しいのは秋の夕べと相場が決まっているのに、彼はどういうわけか春の夕方にやってきた」。要するに、時間も季節もトンチンカン。以下、監のセリフはなんちゃって熊本弁ですのでご容赦下さい。
「おばあちゃんが嫌がられっとは、おいが良くない女を集めとるウワサを聞いとっからでしょう。ばってん、こちらの姫さんば、そんな女と同じにゃせんたい。中宮、皇后さまとも思って、大事に大事にいたしますけん」。
乳母は祖母のふりをして「いえいえ、残念ですけど、とても人の奥方になれそうもない姫なんですの。本人もそれを気にして悩んでますから、こちらも気の毒で困っているんです」。と例の言い訳で応戦。
「そげんこつはヨカヨカ!体がどげんでん、おいが治しちゃるばい!国中の神さんと仏さんば、おいの味方たい!!」なんという思い上がり。確かに、なんでも思い通りになるんでしょうが。彼はこのまま結婚の日取りまで決めようとしてきたので、乳母はなんだかんだと口実をつけて逃げ回ります。
さらに、監は教養のあるところを見せようと、しばらく考えてから「君にもし心違はば松浦なる 鏡の神をかけて誓はむ」。現代人が聞いても、「チューリップ 色とりどりで きれいだな」みたいな、何のひねりもない内容だということはわかります。それにしても結構考えたのに、このレベル。
それでも監としては会心の一作だったらしく「どげんでっしょか。我ながら名作ばい」と罪のない笑顔。乳母は困り果てて(こんな人とのやり取り、どうしていいかわからないわ)と、娘達に返歌をせっつきますが(無理無理、絶対無理!!こんなの!)。
あんまり返事が遅いのもおかしいので、仕方なく乳母は震える声で「年を経て祈る心の違ひなば 鏡の神をつらしとや見む」。もしこんな男と姫を結婚させる事になったら、その時は神様をお恨みします、と思わず本音がぽろり。
監はもう帰ろうとしていたのですが、返歌を聞いて足を止め「うん?どげん意味ね?」。乳母はガタイの良い侍に近寄られた恐怖で失神。そこを娘達が「いえ、母はもうトシなのでちょっとボケ気味で、詠みそこなってしまったんですわ」。なんだかんだいいつつ、母娘ナイスプレー!
監は「ああ、そうねそうね。京の人の和歌は洒落とるばいね。ばってん、おいは田舎モンでも京の人に負けんばい」と、もう一首繰り出そうとしたのですが、ネタ切れだったらしくそのまま帰っていきました。アハハ……。
根回しで一家崩壊!長男vs次男・三男の対立
この漫画的なやり取りだけ見ると、大夫の監は憎めない男のようにも見えます。しかし裏で、彼は巧妙な根回しをしていました。乳母の3人の息子に、姫との縁談がまとまった暁には、お前たちを優遇してやろうと言ったのです。
最初は一丸となっていた三兄弟も、監の誘惑で次男と三男が寝返ります。「だって、ここでは監の後ろ盾がないとどうしようもないんだぜ。あいつに睨まれたら、到底暮らしていけないよ」。村八分にされたら暮らせない、ザ・ムラ社会。
「高貴なお血筋とはいえ、姫様がお父君に認めてもらえないなら意味ないじゃん。監があれだけ熱心に言うんだから、かえっていい結婚かもしれない。九州にやってきたのだって、こうなる運命だったからじゃないか?」。本当に、運命って都合のいい言葉ですね。
次男と三男はこんなことを言い出し、最後には口を揃えて「監はヤバイ男だよ。キレたらどんなことをしでかすかわからない男だぜ」と、逆に家族を脅す始末。すっかり監の手下になって、へいこらするようになってしまいました。情けないですが、彼らの言うことにも一理あります。かつて京から来たとは言え、九州で長年暮らして監の支配下に置かれているのですからね。
時代的にはこのあと武士の世の中がやってくるわけですが、きっと監のような豪族がどんどん勢力を伸ばしていったのだなあと感じます。
家族との辛い別れ、決死の夜逃げ大作戦
当の姫はこの件を大変心苦しく思っていました。黙って耐えているものの(あの男と結婚するくらいなら死のう)と覚悟している様子が伺えます。頼みの綱は、長男の豊後介(ぶんごのすけ)だけでした。
「監との結婚なんて絶対にダメだ。父さんの遺言もあるし、どうにかして京へ行こう」。監に刃向かえば、この地での仕事は一切できなくなる。家族も危険な目に遭うかもしれない。失敗のリスクを恐れつつ、豊後介は極秘に準備を進めます。何と言っても弟たちが敵なのですから、大変なミッションです。
監が結婚式の準備のためにいったん肥後へ戻った隙をついて、ついに夜逃げが決行されました(というか、乳母は結婚をOKしていなかったはずなのに)。姫についていくのは乳母と長男の豊後介、娘姉妹のうちの妹、夕顔に仕えていた童女で、今は成人して兵部の君という女房などです。姉は子どもが大勢いて、どうしてもお供できないと辛がります。
豊後介や兵部の君にもそれぞれ家庭があるのですが、絶対に計画がバレてはいけないので、何も告げぬままのお別れ。もう正真正銘の夜逃げです。闇に紛れて船に乗り込み、姫は早くも疲れと不安でぐったり。それでも、豊後介が用意した早船は追い風と相まってグングンと海を渡っていきます。やっぱり偏西風に乗ると早い。
船上での数日が過ぎた頃、誰かが「小さな船が飛ぶようにこっちへ来るぞ。海賊か!?」「いや、監が追手を差し向けたのでは?」村上水軍のご先祖?一行は海賊よりも監のほうが怖ろしい。逃げたのに気づいたらどんな報復をするだろうと思うと、もう気が気ではありません。
何ともスリリングでしたが、結局、船は何事もなく大阪湾へ。ここから淀川を遡上して、あとは陸路で入京です。ホッとして気持ちが落ち着くと、皆それぞれいろんなことを考えます。
姫は「嫌な想像にドキドキしていたので、響灘(現在の播磨灘)もそれに比べたらなんて事もなかったわ」。まったく、船酔いどころじゃなかったですね。
豊後介は舟歌に「愛する妻子を忘れぬ」の歌詞を聞いて、「本当に、気の利く家来たちは全部連れてきてしまった。妻子はひどい目に合わされていないだろうか。全く、後先考えずに飛び出してきてしまったなあ」と涙顔。
兵部の君も「思い切ったことをしてしまった。夫は私を愛してくれたのに、何も言わず急にいなくなってどう思っているだろう」。
ただただ、姫をお連れするためだけに、住み慣れた九州を離れ、愛する家族を捨てて京へやってきた一家。でも京には頼れる人もいないし、頭の中将に連絡を取る伝手もない。「これから、どうすればいいんだろう?」長年の目標が現実になった今、姫と乳母一家は新たな問題に直面していました。
簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。
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