日本で最も有名な作家のひとり、太宰治。
死後半世紀以上たった今でも”現役の作家”といわれるほど、太宰治の作品は多くの人を引きつけています。
太宰治と言えば「走れメロス」や「人間失格」が有名ですが、その才能が特に発揮されるのはおそらく、一人称の短編作品でしょう。
語り手は太宰本人のこともあれば、友人の口を借りてみたり、女性だったりとさまざまです。
そのなかでもおすすめな5作品を、冒頭の100文字を取り上げて、10秒程度で読めるあらすじとセットでご紹介します。
1.懶惰の歌留多(らんだのかるた)
”私の数ある悪徳の中で、最も顕著の悪徳は、怠惰である。これは、もう、疑いをいれない。よほどのものである。こと、怠惰の関してだけは、私は、ほんものである。まさか、それを自慢しているわけではない。ほとほと、”
(「新樹の言葉」新潮文庫)
冒頭は私小説。『怠惰』の悪徳性について自虐的に書き綴っていたかと思えば、突然創作が始まります。いろはにほへと・・・一文字にひとつのものがたり。数ページのものも一行のものも、めちゃくちゃなようでちゃんとまとまっているところは、さすが商人(プロ)の作家という印象です。
2.親という二字
”親という二字と無筆の親は言い。この川柳は、あわれである。「どこへ行って、何をするにしても、親という二字だけは忘れないでくれよ。」「チャンや。親という字は一字だよ。」「うんまあ、仮に一字が三字であって”
(「津軽通信」新潮文庫)
戦争で娘を亡くした『無筆の親』との出会いを書いた作品。こずるそうに笑い、本人はもうあの世ですからと娘の貯金を酒代にする老人。にもかかわらず、わが子を奪われた苦しみがにじみ出ていて、太宰じゃなくても「みんな飲んでしまいなさい」と言ってあげたくなります。
3.禁酒の心
”私は禁酒をしようと思っている。このごろの酒は、ひどく人間を卑屈にするようである。昔は、これに依って所謂浩然の気を養ったものだそうであるが、今は、ただ精神をあさはかにするばかりである。近来私は酒を憎むこ”
(「ろまん燈籠」新潮文庫)
アルコールというものがいかに人間を卑屈に、そしていやしくするかを、これでもかと書きつづった作品。入手できる酒が制限されている時代背景もあいまって、飲みたい、飲まなきゃ損、飲むためなら何でもする・・・酒という『魔物』にとりつかれる苦しみが伝わってきます。
4.十二月八日
”きょうの日記は特別に、ていねいに書いて置きましょう。昭和十六年の十二月八日には日本のまずしい家庭の主婦は、どんな一日を送ったか、ちょっと書いて置きましょう。もう百年ほど経って日本が紀元二千七百年の美し”
(「ろまん燈籠」新潮文庫)
戦時中の生活を、妻の視点から描いた作品。日記の形式をとった一人称のため、当時の生活が静かなリアリティをもって伝わってきます。もちろん太宰も夫として登場しているため、「夫が妻の口を借りて自分自信の姿を描写する」という勇気ある試みがなされた一作でもあります。
5.服装について
”ほんの一時ひそかに凝った事がある。服装に凝ったのである。弘前高等学校一年生の時である。縞の着物に角帯をしめて歩いたものである。そして義太夫を習いに、女師匠のもとへ通ったのである。けれどもそれは、ほんの”
(「ろまん燈籠」新潮文庫)
太宰の自虐コメディ傑作のひとつ。若いころのおしゃれへの憧れ、それをあきらめた後もなお悩まされ続ける服装の問題。切実な思いをコミカルに語っています。人間失格とはまた違った手法で自身の「自意識過剰」な面を描いた作品です。
太宰治ならまず短編!
これから太宰治を読んでみようかな、と思われている人には、まず短編がおすすめです。
初期、中期、後期と、発表された時期によってイメージが異なり、また、コメディからじんとくるものまでジャンルも幅広いため、きっとお気に入りの一作が見つりますよ!
●画像 ウィキペディア、写真AC
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