大阪駅の地下構内から地上に上がる階段脇……すすけた暖簾の内側では行き交う人ごみに背を向けた男たちが一心に串カツをほおばっている。
ここは関西人なら誰もが一度は目にしたことのある串カツ店『松葉』。
戦後間もない頃から営業を続け、多くのファンをもつ名店だが、行政が主導する地下道拡幅工事の影響で6月10日を期限に強制退去を命じられている。
筆者が店を訪れたのは12日夕方。
店側は行政と争う姿勢で期限を過ぎても営業を続けているが、いつ無くなるかわからなくなったあの”味”を記憶に留めようと店前には長蛇の列が出来ていた。
松葉は昔ながらの揚げおきスタイル。
あらかじめ揚げられてトレーに並んだ串カツを自由に手にとれるシステムだ。
ぶつ切りの唐辛子や冷やし飴のブレンドされた特製ハイボールを片手に、心の赴くまま好きなネタをつまんでいけばいい。
キレのある王道の牛串、豚ミンチを丸めたホックホクの豚玉、カレー風味をまとったジューシーな若どり、からし醤油をかけてあっさりとイケるまぐろ……
いずれも大衆的だがひと工夫凝ってあり、長年油に向かってきた揚げ手の技量が光る。
「しみじみと美味いな……」
「二度漬け禁止」なんて観光客向けの野暮な文句もここでは聞こえてこない。
喧噪の中でただ自分だけにゆったりとした至福のひとときが流れるのだ。
この空間が間もなく大阪から消え去ってしまうのかと思うとなんとも寂しい気持ちがこみ上げる。
法律的には行政側に理があるのかもしれない。
しかし、松葉のような店を消し去って無闇やたらに街角を浄化してゆくことにいかほどの利益と本質的な正義があるのだろうか。
「子供の頃、父親に手をひかれてこの暖簾をくぐったな」
なんてことを思い出しながら店を後にした筆者であった。
『松葉 地下店』
【所在地】
阪神梅田駅構内。
阪神梅田駅からJR大阪駅に通じる18番階段前。
【営業時間】
月~土 10:00〜22:00
日・祝 9:45〜21:35
※退去をめぐり行政と係争中の為、いつまで営業を継続されるか不明です。