映画『モテキ』が好評だ。 9月27日付けのシネマトゥデイの記事によると興業収入10億を突破。配給会社の東宝は20億突破確実だと報道している。
このニュースから一か月後、今更ながら10月15日に新宿ピカデリーへと足を運んだ。さすが
に満席ではないものの土曜日の14時30分の回で7割程の席が埋まっていて、その客のほとんど
が女性連れとカップルだった。普通の映画は一か月もすれば上映規模を縮小し、売上も下がっ
ていくものなのだが、いまだに上映映画の動員がベスト2に入る状態で(なぜかベスト1にはな
ったことがないようだが)この客の入りと、会場の盛り上がりを見て、まだまだ人気は続くと思った。
『モテキ』の原作はマンガ家の久保ミツロウがイブニングに連載していた恋愛漫画。29歳の
自意識過剰な青年、藤本幸世の元にある日突然、複数の女性にモテまくる「モテキ」が到来し
たことがきっかけで巻き起こる騒動を描き高い評価を得た。 その後、2010年、夏にドラマ化。テレビ東京のドラマ24という深夜枠での放送でありながらも、監督・脚本を担当した大根仁のツイッターを利用したゲリラ的な宣伝や、神聖かまってちゃんの『ロックンロールは鳴り止まないっ』を筆頭とするあまりドラマでは中々かからないタイプのマニアックな劇中曲や、団塊ジュニアのサブカル好きの心をくすぐるマニアックなネタが話題になり、視聴率こそ低かったもののDVD-BOXが多く売れ、このたび映画化されることとなった。
しかし映画制作の経緯を、大根仁の日記や対談によって記録した『モテ記』(扶桑社)による
と、大根はもちろんのこと、主演の森山未來や原作の久保ミツロウも含め、当初は映画化に対して乗り気ではなかったらしく、映画制作は紆余曲折の連続だったようだ。中でもドラマ版のヒロイン
を出すことに対してはスタッフ内でも賛否があったらしい。しかし東日本大震災を経験した後
、大根の中で何かが吹っ切れたのか、前作ヒロインの登場シーンをバッサリとカットし、映画
版の脚本が完成したという。
ほぼ日刊イトイ新聞 糸井重里×大根仁 映画モテキをほめさせてください。 第7回 地
震の後に撮る決意 より
この前作ヒロインの扱いが象徴的だが、ドラマ版の『モテキ』と映画版の『モテキ』は一見
同じようで正反対の作品である。簡単に言えば、映画版の方が、より広い客層を意識した作り
になっている。
細かい言及はここでは省略するが、基本的にドラマ版が藤本幸世の物語であったのに対し、
映画版の藤本はカメラのような存在で綿密に描かれているのは、むしろヒロインの側である。 その結果、ますます幸世は意味不明の最低の奴になったのだが、彼の「最低な行為」をネタ
的に消費し、恋愛あるあるネタを、懐かしのJ・POPと共に楽しむ一大エンターテイメントと
して見事に成功している。
ここらへん、『電車男』『デトロイト・メタル・シティ』『告白』『悪人』をヒットさせた東宝の敏腕プロデューサー、川村元気ならでは手口だが、この徹底したエグさも含めて見事だ。
CMでは映画版『モテキ』に登場する、長澤まさみ、麻生久美子、仲里依紗、真木よう子が
ガールズトークを繰り広げる姿が映されているが、あの構造がそのまま映画の構造になっている。 僕は映画版『モテキ』を見ていて何かに似ているなぁと思った。 平安時代の女流文学、紫式部の『源氏物語』である。『源氏物語』ではモテモテのイケメン貴族、光源氏が、数々の女性と浮名を流すのだが、おそらく藤本幸世は非モテ版・光源氏で、彼とリリー・フランキー演じる墨さんとの間を通りすぎていく女性たちの姿を身も蓋もなく描いたのが『モテキ』だったのだろう。
それにしてもテレビ東京の深夜枠で展開されていたニッチな恋愛ドラマが、一般のOLやカップルに、ここまで受け入れられたというのは圧巻だ。おそらく彼女らのほとんどはかつてはフジの月9を見ていたようなF1層の女性である。今期の月9では『私が恋愛できない理由』といういわゆるモテない女性のラブストーリーを描こうとしているが、一話を見る限りでは女『モテキ』には成りきれていない。
一部では『モテキ』をサブカルの死だと嘆く声もあるようだが、僕はむしろ逆ではないかと
思う。広く薄く普及することで、『モテキ』(とサブカル)は延命したのだ。 このあたりの議論を見ていると『電車男』が登場した後のオタクとネットをめぐる議論を思い出す。おそらく05年前後にオタク界隈で起きたことが、今はサブカル界隈で起こっているのだろう。
好き嫌いは別にして観客は、ここまで身も蓋もない恋愛物語を受け入れてしまったのだ。もしかしたらモテキ以前モテキ以後で恋愛ドラマは大きく変わるのかもしれない。
追記
本文中で省略した『モテキ』に対する論議をユーストで展開しています。
興味のある方はご視聴ください。
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