【スペインの外国人】ジプシーの世界

  by 吉原 久美子  Tags :  

ヨ−ロッパ内で一番ジプシーの多い国がスペインです。
ボードレール『パリの憂鬱』に掲載されている詩『異邦人』(堀口大学が訳したものは『異人さん』)の解説でフランス文学者はよく『これはジプシーのことです。』と断言されてる場合が多いですがそれはやはりちょっと違うと思っています。彼ら自身自分をエトランジェとは思っていないと思います。

ジプシーにはジプシーの世界観があって、彼ら自身のカースト制のような身分制が存在しています。

スペイン語でジプシーはヒターノ(gitano)、そしてジプシー以外のスペイン人をパジョ(payo)と呼ばれます。パジョの意味は『無知な人』です。

カーストの頂点はもちろんジプシーです。その下にパジョ、そしてヨーロッパ系の人たちが来て、色々なエスニックが入るのですが、厳密な順位は知りません。ただ一番底辺にいるのが東アジア系、つまり中国人、韓国人、日本人です。スペイン大好きと自称されてる方たちがガルシア・ロルカの詩を読んでジプシーにロマンを感じ、ジプシーの人権について語られる方に出会うと、否、差別されてるのは私たちの方ですと言いたくなってしまいます。

彼らは子供達を叱るときに『なんてバカなの。まるで中国人(チノchino)みたい。』とか『さっさと歩きなさい。中国人みたいにのろまなんだから。』という風に言います。『でも私は中国人じゃないし』とあなたは言うかもしれません。でも彼らにとっては中国人も日本人も同じカテゴリーで顔ののっぺりした体の小さな弱そうな人たちの総称です。

娘がまだ小さかった時、小学校4、5年生の頃ジプシーの女の子にちょっとだけいじめられていました。私の母が日本から送ってくる可愛らしい小物類を取られたりするのです。都会のジプシーなら親に言ってもどうしようもないのですが、小さな村ではジプシーの親に談判するとちゃんと取り計らってくれます。取られたものをほぼ返してくれましたし(ほぼと言うのはたまに物々交換でどこか別のところに行ってしまって取り戻せない状態になっていました。)、ちゃんと娘さんを叱ってくれました。その叱り方がすごくておもしろくてよく夫とそのことを話して笑ったものです。

その叱り方というのは、ナバハ(nabaja)と呼ばれる大きめのナイフを取り出して首のところに押し当て、『いいか!中国人でも韓国人でもおんなじ人間なんだ!二度と盗んじゃいけねえ!わかったか。」と叫ぶのです。盗賊が持っているくらい大きなナイフだったので最初見た時は私の方がビビりました。そして韓国人を付け加えているところが一般の村人より知的だぞと思ったのです。なぜなら村人はまず韓国という国を知らないのですから。日本の車に乗っている人も多いのに日本や東京は中国の一部だと思っている人がたくさんいます。

ジプシーと言っても全部が一つの世界を共有しているわけではなく、クラン(clan)と言うグループに分かれています。それは家制度に一番近くて、わかりやすく言えば次郎長一家とか山口組とかそういう感じです。公立の小中学校にはだいたい一クラスに1〜2人のジプシーの子供がいますが、絶対に別クランの子供を一緒のクラスには入れません。マドリッドであまり経験のない校長先生が入学申し込み順にクラス分けをしてしまい、別クランの子供を同じクラスにしてしまったためにお迎えに行ったお母さん同士で『闘争」が起きたことがあります。毒ガス銃(と言っても軽度のもの)を持ってきて打ち始めたのです。数人の子供たちの目に入って大騒ぎになり警察まで来ました。

私の住んでいるアンダルシアの小さな村カソルラにいるジプシーは一つのクランでみんな仲良くやっています。ジプシーと言えばフラメンコと思っていらっしゃる方も多いと思いますが、カソルラ村のジプシーはあまり音楽は得意ではなくギターを調律できません。弾きたい時はよくご近所のオランダ人音楽家(彼はインドのシタールを弾きます)を訪ねて調律してもらっています。ジプシーの結婚式の夜は一晩中歌が聞こえます。それはいわゆるフラメンコよりももっと土着的な地面から溢れ出るようなうなりに近い歌です。

ジプシーの男の子で一人とても人懐っこい子がいて、彼は最初うちの息子を殴って自転車を取り上げようとしたりしてたんですが、なぜか私と友達になって私を見つけると『アミーガ(amiga・アミーゴの女性形女の友達)』と呼びかけくれました。小さい時からゴミを漁って使えるようなものを修理して売るのを生業にしていたのですが、ゴミの中から本などを見つけると私に持ってきてくれました。『アミーガ、読むのが好きなんでしょ?』と言って。

もう20歳に近くなるとそういう無邪気な呼びかけをしてくれなくなって道で会っても軽く会釈をするだけになってちょっと寂しいです。

写真は筆者撮影:カソルラの村で撮りました。多くのジプシーたちは動物を世話して生活しています。

スペインに住んで17年になります。 現在 日本人の全くいない 天本英世さんの灰が眠っている カソルラ山脈の麓の村に住んでいます。 夫はマドリッド出身のスペイン人。 子供は3人。 そして母は92歳まで13年間を私と一緒にスペインの生活を楽しみました。 コンセルバトリオのヴィオラの学生でした。アンダルシア認定調理師

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