第四十三回明治神宮野球大会大学の部で優勝したのは、法政でも亜細亜でもなく桐蔭横浜大学野球部であった。
関東選手権で東海大学、二回戦で大阪体育大学、準決勝で亜細亜大学、そして決勝で法政大学を破っての堂々たる優勝だ。
桐蔭横浜大学の選手達は皆雑草と言って良いだろう。高校時代からその名を轟かせていた選手は、ほとんど居ない。しかもグラウンドも隣接する系列高校桐蔭学園優先で午前中のみの使用だそうだ。しかし限られた時間の中で、選手達は確実に力をつけてきた。そんな彼らを象徴するような試合が去年あった。
昨年の関東選手権準決勝。今年讀賣に入団した菅野、坂口、オリックス入団の伏見、現JR東日本田中などを擁した東海大学と対戦である。勝てば神宮大会出場、負ければ終わりの一戦であった。当時のエースで現富士重工の東明と菅野の投げあいは実に緊迫したものであった。東明は東海大の強力打線を2安打に抑えていたものの、長打で1失点していた。その後の投球は、菅野をも凌ぐ鬼気迫る投球で、東海大にヒットすら許さなかった。しかし味方の援護無く東海大1点リードのまま、9回裏に突入した。
あの菅野と言う事を考えると、このまま終わるのではないか。そんな空気が球場を支配していた。1アウトを取られ、もう終わりだ、と言う空気は色濃くなった。
しかし桐蔭横浜は、ここから粘る。バントヒットでランナーを出すと動揺した菅野がデットボールを与え、1アウト2塁1塁。それでもやはり、「菅野が抑えるだろう」と皆思っていた。しかし続く打者の阿部が振りぬいた当たりは、鋭くライト線へ抜けていった。球場全体がどよめく中、2者が返り逆転サヨナラ。桐蔭の選手は全員飛び出し、大喜び。菅野はマウンド上で立ち尽くし、ライトを見るしかなかった。そして東海大を2安打に抑えた東明は試合後号泣した。
神宮大会では東北福祉大学にタイブレークの末敗れたものの、東海大を倒した奇跡は下級生に「やればできる」と言う自信を与えたはずだ。そして今年、東明の19番を受け継いだ小野を初めとする下級生達が東海大学、大阪体育大学を倒し、亜細亜大学、法政大学をも完封で勝利し、一年遅れで桐蔭横浜に栄冠をもたらせた。頂点に立ったのである。この偉業の陰に、昨年の「菅野倒し」があった事は間違いないだろう。
MVPに輝いた小野は「来年も優勝します」と宣言した。追う立場よりも追われる立場のほうが難しい事は重々承知の上だろう。創部七年での優勝は「奇跡」だが、来年からは優勝が「必然」になる。