福島事故や放射線の正しい知識と、汚染水問題の現状

  by 神埼 瑠玖  Tags :  

 『ウォールストリートジャーナル』は”原子力の安全性めぐるパラダイムシフト、誇張された被ばくリスク”という記事で「秒速1フィートで発射された弾丸で死ぬ確率は、秒速900フィートで発車された弾丸で死ぬ確率の900分の1だと言っているものだ」と発表した。

危険性については本当にその通りだよ。放射線は毒物と違って、毒が薄まれば悪いのが余計に広まると言うわけではない。放射線の強さは”強度”で評価される。つまり、ただの物理攻撃、弱まればダメージは無い。

 
 政府関係者は福島第一原発事故当時、「放射能は健康に対してただちに影響は無い」ということを連呼していたが、低強度の放射線は一般的には全く影響が無いと言って良いものだ。しかし、科学的には「全く影響が無い」とは言えない。ではどういうことか?
 ”腹パン”で例えてみる。『強い腹パンなら内臓破裂などで半数が死ぬかもしれない。弱い腹パンは何ともない。しかし、”腹パンで体勢を崩して倒れたところに石があって死ぬこと”は、絶対に無いとまでは言えない』。
 従って、科学的には『腹パンで死ぬ可能性が無いとは言えない』ということになる。ただそれだけのことであり、一般人が問題視すべきことではない。たぶん、政府はわかってなかったから、そういう表現になったんだろうけども。
 「年間100ミリシーベルト以下では、広島や長崎の原爆の被爆者を対象とした膨大なデータをもってしても、発がんリスクの上昇は認められない。つまり、100ミリシーベルト以下の低線量では、どれだけ被曝しようと、直線的関係は成り立たない」というのは『産経ニュース』の記事。
 
 
放射能はどの程度危険なのか?
 放射線を受けて”健康に影響が出る基準”は正確にはわかっていない。しかし、”どの程度で人が死ぬか“についてはわかっている。『4シーベルト。それを超えて被爆した人の50%が2ヶ月以内に死ぬ』。もちろん、β線など強めの放射線が出てなければそんな値にはならないので、実際にはメルトダウン中の原発敷地内で長時間、活動していた人たちだけがその値になりうる。福島では、現場の作業員ですら、そのような値にならないように注意していたはず。死亡者がいなかったわけではないが。
 また、メルトダウンが起こっている状況を至近距離で直視できるほど近づいた場合は、間違いなく死ぬ。だからこそ、それを止めるために放水作業した50人の消防隊員たちも、不必要に近づかないよう、十分に気をつけていた。
 
 日本では”ササッと閉幕”したプールへの放水報道だが、英語圏ではすごく盛り上がっていて、“Fukushima 50″としてノーベル賞を与えようという動きまで出ていたほどだった。
 なお、Fukkushima 50とは原子炉の作業員のことではない。大量の放射線を出す再処理燃料プール内へ海水をホースで注入し、メルトダウンを数時間で抑えた50人の消防隊員のことである。
 
 
福島原発のメルトダウン1
 まず、メルトダウンが起こったのは、”再処理燃料プール内”でのこと。再処理燃料プールとは、使用済み燃料棒、つまり『MOX燃料にする前段階の低レベル放射性廃棄物』が冷やされているプール。使用済み燃料棒をもっとわかりやすく言うと、『そのままでは核廃棄物だけど、再処理すればプルトニウム燃料にも原爆にもできる優れもの』のことである。
 
 さて、当時福島では津波によって電源が機能せず、流水が止まったことで冷却ができなくなった。そして、プール内の水が完全蒸発。

その数十分後に使用済み燃料棒が融けて(メルト)、溶岩のようにドロドロと溜まり、ぶ厚く重なった部分(その部分は多数存在するが)、それらが臨界点を超えていき、相乗的に過反応した。これがメルトダウン。開放系であり、爆発はしない。

だが、このメルトダウン中に放出された大量の放射線が一時は東京まで届いていたことから、健康への影響を心配する人も多かった。もちろん、距離が離れている東京にとっては低線量の被爆(しかも短時間)でしかないので、”一般的には”何の影響もない。もっと近くに住んでいた人でも、放射性物質が付着したホコリが服や体についたなら、(低線量だから)水で洗い流してしまえば良い。家の中にいたなら、被爆すらしていない。被爆量を気にしなければならないのは、原発の敷地付近で作業する人たちだけだろう。

(ただし、”科学的には”もし、降り始めの雨が屋根を伝って流れてきた雨どいの水を大量にガブ飲みした人がいたなら……。放射性を帯びたホコリが体内に蓄積して、内部被爆の影響が出てくるかもしれない。いないと思うけどね。)

 
福島原発のメルトダウン2
 次は、原子炉について。事故時に起こった原子炉内の水蒸気爆発は、釜内の蒸気圧が高まって爆発したもので、その爆発自体はメルトダウンとは関係ない。メルトダウンが起きたのは、爆発後に釜内に残った水が全て蒸発した後である。ただし、当時は「メルトダウンは起きていない」という報道があり、情報が錯綜していたのを筆者は覚えている。

 釜内でメルトダウンした燃料は現在、自身が発する高熱によって釜底を溶かし落下、その地下の床も溶かして土中に入ったところで、流れる地下水と接触して汚染水を生み出しているところだ、と考えられる。

つまり、流水で冷やされることによって、大気中への放射線の放出は少なくなっただろうが、代わりに大量の汚染水が発生しているということ。
 
 
未来への遺産
 汚染水問題を解決することは現状では難しい。湾の外に張り出したコンクリートの堤防をさらに外側へ増築し、地下水の放射線強度が十分小さくなるまで海上で薄めることは、できるかもしれない。あるいは、過度に恐れることをやめ、『100mシーベルト以下の放射線は健康への影響が認められない』と、国民を説得して”環境基準値を見直す”必要もあるだろう。そして、最終的には、原子炉地下に留まったはずの、溶融した燃料を安全に取り除く方法はあるのか、あるいは汚染水を放出し続けたまま、子孫に数万年後まで管理させるのか。そのお金はどこから出てくるのか。
 
 福島の例は、『原発を扱うときにはそういったことも考えていかなければならない』という教訓として、重くのしかかってくるようだ。
 
 
枠内の文章は筆者
画像は「写真素材 足成」より
参考
(ウォールストリートジャーナル)【オピニオン】原子力の安全性めぐるパラダイムシフト、誇張された被ばくリスク
http://jp.wsj.com/articles/SB12270577396625053624104581398672256005558
(産経ニュース)「われわれは愚かだった」 米有力紙が“反省” 誇張されすぎた被曝リスク
http://www.sankei.com/premium/news/151219/prm1512190024-n1.html
(NHKニュースweb)福島第一原発 2号機の新装置調査めど立たず
http://www3.nhk.or.jp/news/genpatsu-fukushima/20150805/0538_shinsouchi.html

中道派ライター。「俺にも記事が書けるはず」と過信してホームページを初めてみたものの、1ヶ月で挫折。今は、「やはり50字程度が性に合う」と開き直り、主にツイッターで活動している。 たまに長文を書きたくなる。

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