『B.M.P』(美少女ゲームミュージックパーティー)のMC及び『アキバサミット』を
開催させていただきました。
『とらのあなC館』!といえば
中央通りに面した最高のロケーション。
おお!こんなところでアキバサミットを開くことができるとは幸いであります。
美少女ゲームといえば秋葉原では大きなジャンルである、
18禁のものもあるなかなかディープな文化。
(池田代表作w)
門外漢である私たちウェルダンですがMCもやらせてもらうことに。
新作紹介と、とらのあな月間ランキングの発表。
いやー、緊張と不安の中・・・
いろんな発見がありました。
第5回目となるB.M.P。
最近アニメでFateにハマり、
美少女ゲームとはなんなのかわからなくなっていました。
スクリーンに投影されるのはあられもない女性の姿だったりして
「なんじゃこりゃ!」と知っていながらもショックを受ける。
しかし、新作紹介などで浴びるように映像を見ているうちに様々な発見がある。
まず、美少女ゲーム=エロゲーというのはまず間違った認識である、ということ。
シリアスなシナリオでほとんとセクシーなシーンのないもの、
ただかわいらしい女の子がでるだけの美少女ゲームもある。
そして、クオリティの高いアニメのようによく動く映像、
CGのセンスと、まずはそこに引き込まれた。
おっぱい連呼のあからさまな笑えるエロゲーもあれば
凌辱系のものもある。
前に、凌辱系や、グロ系のもののPVを見たときに人間の極限状態における
シナリオとしてホラーもののような印象を受けて、・・・深いなにかがその先にある、と思ったが、
今回はさらにその先に踏み込んだ気がする。
それは、・・・懐の深さ、というものである。
ゲームなど、常に動かないで口だけがパクパクするシーンを経ることにより、
アニメや現実にはない、感情移入の魔力があるのを知った。
そして、その画面の中の少女がにっこり笑うときに
放つ神々しい光・・・
wwこれは確かに、圧倒的にハマるのがわかる。
そして『アストラエアの白き永遠』という作品の中で
台詞の中に
「それは絶大な魅力だった」
というのがあって、なにか感銘を受けた。
ラノベなどにあるような大げさな表現。
絶大な魅力、それは、現実に感じ取れるものなのではないか。
リアルアニメという考え方を僕は
著書の中でも言及させていただいているが、
結局、アニメが足りない。
それはアニメの消費が足りないのではなく、
現実に対して、アニメは起こりうるというロマンチシズムなのだと思う。
ここにいる彼らはみな、ロマンチストなのではないだろうか。
しかし、現実のハードルを上げて、ありえない、綺麗なものを求めてしまうとすれば、それは違う。
ただ、心の内側に激烈な情熱を抱くことはきっと現実にできる。
心も現実も、もっと自由なのではないだろうか。
「部屋に入ったらコロス」という愛らしい
少女の部屋の掲げられた木の板の描写。
そのひとつひとつから、なにか大事な懐の深さをくみ取ることができないだろうか。
そう思うと、美少女ゲームがとてつもなく魅力的なものに見えた。
「ウェルダンさんにはどのように映るのですか?」
と聞いてくれたお客さんがいた・・・
僕には上記のように映った。
ただエロゲ、と括ることがいかに誤解を生むことか。
かといって、なんでもあり、というわけでもない気がする。
ただ、それゆえに懐の深さ、というものを考えさせられる文化である、と思った。
貴重な経験をさせていただきました。
BMPよ、ありがとう。
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http://bmp.tokyo/
『B.M.P』公式サイト