アカデミー賞予想はどのように行われているのか?

  by ニコ・トスカーニ  Tags :  

今年も映画界最大の祭典である米アカデミー賞の発表が近づいてきました。
今年の最優秀作品賞は『それでも夜は明ける』と『ゼロ・グラビティ』が2トップでそれを『アメリカン・ハッスル』が追いかける状況になっていると言われています。
昨年も下馬評どおりに『アルゴ』が作品賞を獲得しており、あまり混戦という感じではない今年も、上記3作品のうちのどれかが受賞するものと思われます。
さて、アカデミー賞予想はこちらのサイトhttp://homepage3.nifty.com/filmplanet/oscar/をはじめ、各所で行われていますが、その予想はどのように行われているのでしょうか?
今回はアカデミー賞の前哨戦といわれる各賞と、アカデミー賞の傾向について綴ってみたいと思います。

■アカデミー賞の特徴

 

アカデミー賞の対象作品の規定は下記のようになっています。
前年の1月から12月の間にロサンゼルス地区で1週間以上一般公開(有料。そして初めての上映であること)された40分以上の長編作品(35ミリ、70ミリ・フィルムを使っていること)
規定自体はまったくもってシンプルなものですが、「ロサンゼルス地区で公開」「有料の上映」となっていることからわかるとおり、対象作品は商業作品です。また、ロサンゼルス地区での上映が条件であることからわかるとおり、国際的によく知られた賞でありながら、あくまでもアカデミー賞はアメリカの映画賞であり、それも、ハリウッドのおひざ元であるロサンゼルス地区でのローカルな賞ともいえます。


それゆえ、今日までアカデミー賞を受賞してきた映画はその殆どがアメリカ映画です。同じ英語圏ということもあってか、イギリス映画も何度か受賞していますが、外国語の映画が受賞したことは一度もなく、唯一の非英語圏で制作された(フランス映画)受賞映画である『アーティスト』も舞台は往年のハリウッドでほぼサイレント。最後の方にほんの少しだけあるセリフも英語でした。
また、アカデミー賞の選考を行うアカデミー会員(現役のプロデューサー、監督脚本家、俳優、監督、撮影監督、編集者、美術監督、作曲家などの映画界で実績を残したプロの映画人たち。現在の会員数はおよそ5800人と言われている。)は年寄りが多いと言われており、その選考傾向は非常に保守的です。


そのため、正統派のシリアスドラマや正統派のミュージカルが非常に強く、コメディやアクションなどのジャンル映画は相性がよくありません。


比較的近年だと、クリストファー・ノーラン監督の『ダークナイト』(2008)が興行的にも批評的にも大成功を収めながら、主要部門から無視され、結局、ヒース・レジャーの助演男優賞以外目立った成果を挙げられなかったことは物議をかもしました。
しかし、保守的である一方でアート色の強すぎる映画はあまり好まれず、カンヌ国際映画祭やヴェネチア国際映画祭、ベルリン国際映画祭など、アート色の強い有力映画祭で絶賛された映画も、アカデミー賞からは無視ということが少なくありません。
今年のアカデミー賞でも、外国語映画部門からカンヌのパルムドールを受賞した『アデル、ブルーは熱い色』(フランス映画)がノミネート漏れしており、アート色の濃い映画が敬遠され気味ということがわかります。
よって、賞の傾向としては批評家好みの映画と大衆好みの映画の中間と言えそうです。

■有力な前哨戦

前項のとおり、アカデミー賞はアート色の強すぎる映画と、大衆性の強すぎる映画が敬遠されます。よって、有力な前哨戦と目される映画祭でも、同様の傾向のものが多く、それらの映画祭の受賞、ノミネート結果はアカデミー賞と一致することが多いです。

・放送映画批評家協会賞(ブロードキャスト映画批評家協会賞)

この賞はアメリカとカナダでテレビ、ラジオおよびインターネットに関わる批評家によって組織される放送映画批評家協会(Broadcast Film Critics Association)が授与する賞です。
放送映画批評家協会は1995年創設と歴史は浅いですが、200人近い会員が所属する北米最大の批評家協会で、アカデミー賞と同じく芸術性と娯楽性のバランスがとれた作品を好んで選出するためアカデミー賞との一致率は非常に高いです。


なお、このほかにも全米各地にはそれぞれの地域で構成された批評家協会賞がありますが、放送映画批評家協会賞以外はアート色の強い映画が好まれる傾向にあり、アカデミー賞との相性はよくありません。

 

とりわけ、ニューヨーク映画批評家協会賞、ロサンゼルス映画批評家協会賞、ボストン映画批評家協会賞は歴史も権威もある賞ですが、アカデミー賞との一致率はあまり高くありません。
なお、放送映画批評家協会賞の作品賞は『それでも夜は明ける』でした。

・ゴールデングローブ賞

ロサンゼルス在住の外国人記者で構成された団体であるハリウッド外国人映画記者協会の投票で決まる賞です。
創設は1944年と古く、世界的にも権威のある賞として知られています。アカデミー賞との一致率も過去の例を見ていくとかなり高いのですが近年はスター重視のミーハーな傾向に傾きつつあり、批判も少なくありません。


近年だと、ジョニー・デップとアンジェリーナ・ジョリーの2大スターが共演したものの、批評的にも興行的にも思いきりずっこけた『ツーリスト』(2010)がサプライズ候補になり物議を醸しました。
アカデミー賞と違い、作品賞と主演男優、主演女優賞がドラマ部門とミュージカル、コメディー部門に分かれています。前述のとおり、アカデミー賞はコメディーに冷たいため、ドラマ部門との一致率が圧倒的に高いです。

そのため、アカデミー賞では完全無視された候補がゴールデングローブ賞では最優秀賞になるということが珍しくありません。
比較的近年だと、アカデミー賞では主要部門から完全無視された『シャーロック・ホームズ』(2009)でロバート・ダウニー・jrが主演男優賞を獲得しています。
ちなみの今年のドラマ部門最優秀作品は『それでも夜は明ける』ミュージカル、コメディ部門は『アメリカン・ハッスル』でした。

・各種組合賞

欧米では労働者が非常に強い権利意識をもっています。アメリカ映画界にも数多くの業界団体が存在し、それらの組合に所属する現役のプロデューサー、監督、脚本家、俳優、撮影監督、編集者などが選出する賞が存在します。
特にアメリカ映画界の現役プロデューサーたちがすぐれた実写映画、アニメ映画、ドキュメンタリーに授与するアメリカ製作者組合賞、アメリカ映画界の現役俳優たちがすぐれた演技を見せた俳優に授与するアメリカ映画俳優組合賞、現役監督たちがすぐれた演出を見せた監督に授与するアメリカ監督組合賞は主要部門を占う重要な前哨戦で、アカデミー賞との一致率も高い賞です。

 

ナンパなゴールデングローブ賞に対して、組合賞は基本的に硬派で、正統派のドラマが強めです。
なお、制作者組合賞では『ゼロ・グラビティ』と『それでも夜は明ける』が最優秀作品賞を分け合いました。俳優組合賞では作品賞にあたるアンサンブル演技賞を『アメリカン・ハッスル』に授与しています。

また、主要部門ほどの影響力はありませんが、撮影監督組合省と編集賞も前哨戦としての影響力は強いです。

撮影も編集も映画作りにおいて非常に重要なパートだということが反映されていますね。

 

・イギリスアカデミー賞

 

イギリスのBAFTA(英国映画テレビ芸術アカデミー)が選出する賞でイギリスの映画産業においてもっとも影響力の強い賞です。
「イギリス」という冠詞がついてはいますが、イギリス国内のみのローカルな賞ではなく、世界的にもよく知られた権威のある賞でヨーロッパの映画賞の中でも特によく知られた賞です。


英国映画テレビ芸術アカデミーは会員数6500人を超える現役のプロデューサーや映画監督で構成された団体で会員の中には英国人の米アカデミー会員も数多く存在するため、米アカデミー賞の重要な前哨戦としても知られています。


特徴的なのは、作品賞が作品賞と英国作品賞と外国語映画賞に分かれており作品賞は広く英語圏の国の作品外国語映画賞は非英語圏の作品英国作品賞はその名のとおり、イギリス映画のみが対象になります。
そのため、作品賞とイギリス作品賞の両方に作品がノミネートされることがあります(今年もイギリス資本の『ゼロ・グラビティ』が作品賞とイギリス作品賞の両方で候補になっています)
前述のとおり、アカデミー賞は基本的にアメリカの映画賞ですが、選出する米アカデミー会員には英国人の会員も多く、他の有力な前哨戦でパッとしなかったものが、英国人アカデミー会員の影響で主要候補に挙がってくることもあります。


近年だと、他の前哨戦ではパッとしなかった『裏切りのサーカス』(2011)が土壇場で米アカデミー賞の主演男優賞と脚色賞にノミネートされたことなど英国人会員の影響力の強さがうかがえます。

 

また、その他のヨーロッパの映画賞だと、フランスのアカデミー賞にあたるセザール賞も非常に権威のある賞ですが、こちらはアカデミー賞とは相性がよくありません。

 

■その他の有力映画祭

カンヌ、ベルリン、ヴェネチアの3大映画祭がアカデミー賞と相性が悪いことは前述しましたが、3大映画祭以外にも有力な映画祭はいくつか存在し、アカデミー賞と割と一致率が高いものもあります。

有力映画祭でも3大映画祭や、それに次ぐ権威を誇るモスクワ国際映画祭、ロカルノ国際映画祭のようなアート色の強い映画祭は、アカデミー賞とまったく傾向が違いますが、この項で挙げるようなアカデミー賞と相性のいいものも存在します。

・トロント国際映画祭

トロント国際映画祭は3大映画祭に匹敵するほどの来場者数を誇る北米最大の映画祭です。3大映画祭のように審査員の合議で賞を決めるコンペティションがなく、最高賞は観客賞です。
トロントがカナダの英語圏であるため、北米のメジャー映画が出品されることが多く『スラムドッグ$ミリオネア』(2008)『英国王のスピーチ』(2010)など、アカデミー賞で作品賞を受賞した映画がトロントで観客賞を受賞しています。

同じカナダの映画祭で、こちらも有名なモントリオール映画祭は逆に一致率が低いです。モントリオールがフランス語圏ということもあり、フランス語の作品が多いためですかね。

 

ちなみにトロント国際映画祭の昨年の作品賞は『それでも夜は明ける』でした。

・インディペンデント・スピリット賞

製作費2000万ドル以下の比較的低予算で制作された商業作品を対象にした、名前の通りインディペンデント系映画を対象とした映画賞です。
アカデミー賞には毎年、比較的低予算の映画が一本は作品賞候補になっており、それらに関しては巷でインディペンデント枠などと言われています。
そのためか、インディペンデント・スピリット賞とアカデミー賞は相性が良く、インディペンデント・スピリット賞受賞作はアカデミー賞で作品賞候補まではいくことが非常に多いです。(受賞まではいかないことが多いですが)
また、インディペンデント系映画祭としてサンダンス映画祭というこちらもインディペンデント系で最高峰の権威を誇る映画祭がありますが、こちらはアカデミー賞との相性は非常に悪いです。


■2014年の受賞予想

 

昨年は監督賞の最有力候補だったベン・アフレックとキャサリン・ビグローがそろって落選するという(若くして成功したベン・アフレックへの僻みでしょうか?)波乱がありましたが、今年はほぼ下馬評通りのノミネーション結果が挙がっています。
前哨戦の結果今年の主要部門における賞争いは以下のような勢力図になっています
・作品賞は『それでも夜は明ける』が『ゼロ・グラビティ』を一歩リード。『アメリカン・ハッスル』が追いかける。
・監督賞はアルフォンゾ・キュアロンが最有力。スティーブ・マックイーンが対抗馬。
・主演男優賞は混戦模様。マシュー・マコノヒーとキウェテル・イジョフォーがややリード
・主演女優賞はケート・ブランシェットが最有力。エイミー・アダムスが対抗馬。


多少の番狂わせはあるかもしれませんが、下馬評は毎年ほぼ受賞結果と一致しており今年もここに挙がった名前が授賞式でコールされる可能性が高いものと考えられます。
米アカデミー賞の発表は現地時間の2014年3月2日、ドルビー・シアター(旧コダック・シアター)で行われます。

 

(画像・アカデミー賞公式サイトより)

 

青山学院大学大学院博士前期課程修了(英文学)、ネットワーク専門のエンジニアとしてIT商社勤務 双子の弟との共同制作、共同脚本、共同演出として自主映画数本を制作。近作で福岡インディペンデント映画祭の審査員特別賞を受賞 映画全般、日本アニメ、クラシック音楽、ジャズ、野球(観戦オンリー)が好き 学部生時代にイングランドに短期留学。英語がそこそこ話せる(旅行に行っても困らない程度)

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