ラスベガス・ストリップの東側、ヴェネチアン・リゾートの裏手に、突如として現れる巨大な球体。高さ112メートル、直径157メートル。
これが今世界中の観光客を吸い寄せている 「Sphere(スフィア)」だ。外側は地球儀にも月にも変わる巨大LEDボール、内側は16K解像度のドーム型スクリーンと振動する座席で、観客を物語の中に放り込む装置で、この記事ではスフィアそのものの概要・歴史・人気・入場の流れを整理した上で当時上映された『オズの魔法使い(The Wizard of Oz at Sphere)』の体験を紹介したい。
Sphere(スフィア)とは何か
スフィアは、ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンを運営してきたSphere Entertainment社がラスベガスのヴェネチアン・リゾート東隣に建設した「球体型の体験施設」である。
外観・内観のどちらも世界最大級のLEDディスプレイで覆われており、コンサート、映画上映、スポーツ中継、企業イベントなど、あらゆるエンタメ用途に転用できる。「映画館」でも「ライブハウス」でも「テーマパーク」でもなく、そのどれでもあると言うフレーズこそがスフィアの正体だそうだ。
計画の発表は2018年、当初は「MSG Sphere」という名称で、ニューヨーク老舗のマディソン・スクエア・ガーデン社(以下、MSG)と ラスベガス・サンズの共同プロジェクトとして発表。
建設は2019年2月、サンズ・アベニューとサウス・コヴァル・レーンの交差点で着工。総合請負は AECOM、設計は Populous が担当している。敷地造成だけで11万立方ヤードを超える残土が運び出されたとニュースもあり、まさに桁違いの工事である。
建設費は何度も上方修正され2019年時点で約12億ドルとされていた予算は、コロナ禍を挟んで建材費・人件費が急騰し、最終的に約23億ドルにまで膨張、結果「ラスベガス史上最も高価なエンタメ施設」となった。
途中でMSGはエンタメ事業を分社化し、Sphere 専業会社 「Sphere Entertainment」 を切り出している。
これに伴い 2023年に「MSG」の冠も外され、現在の正式名称は単に「スフィア」となった。
落成式に選ばれたのが、アイルランドのロックバンドU2の公演である。開業日は2023年9月、チケットは即完売、結局2回にわたって追加公演が発表され、最終的に40公演を実施して大盛況と言える盛り上がりだった。
Sphere(スフィア)への道
結論から言うとスフィアは「いまラスベガスで一番ホットな箱(丸いけど)」と言って差し支えないかもしれない。
外装は夜になるたびにWindowsの昔のスクリーンセーバーのように地球儀・目玉・スマイル・スポンサー広告・国旗などへ姿を変え、ストリップを走る車のドライバー、隣接するハイローラへの広告効果は抜群。
観覧車の搭乗客、ヴェネチアンホテル、ホリデーインに泊まる宿泊客が誰もがスマホを向ける「ラスベガスの新しい巨大な看板」になっている。
スフィアの住所はストリップ中心部のヴェネチアン・パラッツォの真裏で、歩いて行ける距離にある。アクセス方法はいくつかあってヴェネチアンまたはパラッツォに宿泊しているなら、屋内の空調が効いた 「インドア・スカイブリッジ」 経由でに移動が一番ラク。
ヴェネチアンのコンベンションセンター側から、コの字に伸びた連絡通路を5〜7分歩くだけでスフィアのアトリウムに直接向かえます。夏のラスベガスは外気温45度に達するそうなので、このルートのありがたみは絶大と言えます。
ストリップ側から徒歩で向かう場合は、サンズ・アベニューを渡って「Bridge Entry」と書かれた階段を上がる。
ここは「Standard Admission(一般入場)」用の動線だ。入場ゲートにある検査ポイントで荷物チェックがあるので、公演開始の30分以上前には到着しておきたい。
さて現在上映されているのは1939年公開の不朽の名作『The Wizard of Oz』 、そうオズの魔法使いだ。あの著名なミュージカル映画を、スフィア内部の16Kドームで上映できるように作り直したのが 「The Wizard of Oz at Sphere」 (オズの魔法使い@スフィア)である。2025年8月28日に開幕し、現在もロングラン上演中(2026年5月時点)。本編は約75分(オリジナルは102分)に再編集されているそうだ。
面白いのは、単なる「大画面化」 で済ませていないところだ。ワーナー・ブラザース、Google、Google DeepMind が共同で、オリジナルの35mmネガをスキャンしてAIに学習させ、オリジナル映像の周囲(フレーム外)を補完したという現代技術を全力で投入した作品だ。
スフィア16K没入空間で観た『オズの魔法使い』と、竜巻に飛ばされたアレ
そして今回訪問した際に上映していた『オズの魔法使い』だけで開幕から2026年5月までに、約300万枚のチケットを売り上げ興行収入は約3億7000万ドルに到達したという。1本の上映コンテンツで、ハリウッド大作の世界興行に肩を並べる金額クラスだ。
本来は1.37:1のスタンダードサイズで撮られた映像を、ドーム全周を覆う巨大な16Kスクリーン用に「拡張」してオリジナルでは映っていなかった納屋の脇、空、地平線、街並みを、1939年当時のスタジオセットの設計図と整合する形でAIが描き足している。映像の90%以上がAIで再生成・拡張されているそうだ。
音響面も新規収録。オリジナルの劇伴と歌唱は残しつつ、フルオーケストラで再録音し、スフィアのビームフォーミング・スピーカーに合わせて配置、そして極めつけが 4D効果。座席はハプティック振動し、風が吹き、霧が出て、香りが流れ、猿が飛ぶ、林檎が落ちる。
「ドロシーが台風(竜巻)でオズの国へ飛ばされる」 あの有名なシーンは、本作の見せ場のひとつとして再構成されている。
スフィアがどれだけ「すごい」のか、没入体験のディテール
本編が始まると、すべての方向(前方・上方・側方・後方)が16Kの映像で覆われる。視野の端まで映像で埋め尽くされるので、観ているうちに「自分が映像の中の住人になる」 感覚に変わる。
オリジナルの白黒パートでは観客はカンザスの農場の真ん中に立ち、ドロシーが「Over the Rainbow」を歌うあいだは空を見上げて雲を眺めるような気分になる。
そして圧巻が竜巻のシーン。スフィアの画面中央に渦が立ち昇り、座席は揺れ、頭上で雷が走り、目の前の納屋の壁が剥がれていく。
劇場内に吹き付ける風で本当に座席に座っているのに我々の髪が風で乱れ、葉っぱ(紙でできた小道具)が天井から舞い落ちる。「これは自分が竜巻に巻き込まれている」 と思えるような小道具と細かな演出が素敵だ。
オズの国に着いてからの色彩反転も鮮烈である。ドームの全周が一気にカラーになりエメラルドの花畑とポピー畑が一面に広がります。頭上はターコイズの空。西の魔女が登場すると座席は別パターンの振動に切り替わり、魔法使い登場シーンでは前方から本物の炎も吹き上がる。
翼の生えた猿の群れがドームの天井をぐるぐると飛び回るときには、客席のあちこちから子供の悲鳴と大人の笑い声が同時に上がっていた。
演出側の技術的すごさを一言でまとめるなら、映像・音響・触覚・嗅覚・気流を、1つのストーリーラインに完全同期させていることだ。
Sphereはすべての要素を組み合わせて「映画館の進化形」ではなく「物語に物理的に入り込む装置」という別ジャンルになっていることが分かる。
23億ドルかけた価値を、観客は75分でしっかり回収できるだろう。
そして竜巻のシーンの直前、ドロシーが家から飛び出して農場を駆けるカット。AIで拡張されたフレームの中、画面の端に古い木に縄でぶら下がった1本のタイヤ。
これを見た瞬間、私は心の中でこう叫んだ。
「あっ、顧客が本当に必要だったやつだ!!」
ご存知の方もいるかもしれないが、プロジェクトマネジメント、システム開発業界には、「顧客が本当に必要だったもの(What the customer really needed)」 という超有名なネットミーム/風刺画が存在する。
顧客が説明したもの、PMが理解したもの、デザイナーが描いたもの、プログラマーが実装したもの、コンサルが提案したもの、QAが書いたもの、ドキュメントに残ったもの、そして実際にリリースされたもの、がすべてバラバラの異形のブランコとして描かれ、最後のコマで明かされる正解(=顧客が本当に必要だったもの)が、「木の枝にロープで吊られた、ただ1個のタイヤ」 なのだ。情報システム導入の上流〜下流における要件のズレを、ユーモアで一発で説明する寓話として、日本のSI業界・PM教育の現場でもよく引用されているものだ。
つまり Sphere の中の、AIで拡張された、世界最先端の16Kスクリーンに描かれた、あのタイヤと木は、プロジェクトマネジメント業界の聖典の最終コマそのもの だったのである。
美術設定上は単に「アメリカ中西部のどこにでもある農場の風景」 を描いただけのはず。Google DeepMind の生成AIも、まさかこのタイヤがミーム界の最終兵器だとは知らずに綺麗に生成したはずだ。そこに「正解」が確かに映っていた。
ドームに渦が立ち、座席が揺れ、葉が舞い、納屋が剥がれ、そしてあの木とタイヤは、ドロシーの家もろとも、一瞬で空高く吸い上げられて消えた。
23億ドルかけた最新鋭の没入装置の中で、プロジェクトマネジメント業界の長年の課題が、文字通り風に乗ってオズの国へ運び去られた瞬間 だった。
あれは「上流工程で握ったはずの顧客要件」 が、開発の途中で 「外部環境という名の竜巻」 によって吹き飛ぶ様子を、1939年のMGMと、2025年のGoogle DeepMindと、ラスベガスのSphere Entertainmentが、23億ドルの予算と最新AIを総動員して見事に再現してくれた瞬間でもある。(もちろんそんなことはない)
もしあなたがSEあるいはPMで、ラスベガスへ出張する機会があるなら、ぜひスフィアの 『The Wizard of Oz』 を観てほしい。16KのAIリマスター、4D効果、フルオーケストラの新録、ハプティック座席、香り、風、そのすべてのテクノロジーは「顧客が本当に必要だったタイヤと木」 を、最も派手な方法で吹き飛ばすために存在していた。最高の体験である(違)
終わった後でも楽しいSphere(スフィア)
Sphereの『The Wizard of Oz』は、ラスベガスへ出張する機会のあるエンタメ業界で働いている方、大画面映画が好きな全員、ITプロフェッショナルに強く勧めたい。
上映の中盤、AIで拡張されたカンザスの農場のどこにあのタイヤが吊られているか、どう吹き飛ぶのか、ぜひ自分の目で探してほしい。
そして竜巻に飛ばされた瞬間、私と同じく心の中で軽く合掌してほしい。「顧客が本当に必要だったもの」 は、いつだって彼方へ飛んでいくのである。
公演開始の60分前にはアトリウムに到着しておくと、円形ロビーのLEDアートとオズ仕様のフォトスポットをじっくり楽しめる。
席は「中段・センターやや後方」が個人的にはおすすめ。前すぎるとドームの上端を見上げ続けて首が疲れる。中段から見上げると、視界全部がスクリーンに包まれる絶妙な角度になる。
上映中は撮影禁止ではなく(ストロボ・三脚はNGらしい)スマホで気軽に撮れる。
アトリウムには公式グッズショップがあり、Sphere × OzのコラボTシャツやマグカップが買える。また上演終了後は会場内部で物語の世界観をイメージした展示がたくさんあるので帰る道中までもが楽しい。
ヴェネチアン宿泊なら徒歩7分、ストリップ中心部のホテルでも UberやLyft で5〜10分。終演後は同時に数多くの人が出てくるので、帰り道にはご注意。
スフィアは今後、中東はアブダビで作られる予定で先日建築予定地も公開されたばかり。そして日本のお台場でもクールジャパン機構とSBIによるスフィア誘致に関するニュースが最近出たばかり。全天球モニターでガンダムとか最高に楽しいだろうな、と思いつつ今後各地でもそれぞれのコンテンツが楽しめるかもしれませんが、今は実機はラスベガスにしかないので、ぜひ機会があれば体験おすすめです!
スフィア https://www.thesphere.com/
スフィアチケット https://www.ticketmaster.com/sphere-tickets-las-vegas/venue/189524
スフィア FAQs / Policies & Ticketing – Sphere公式 https://www.thesphere.com/faqs

