
『あのね、恋は革命ですよ。自分の中の常識が全部ひっくり返っちゃうようなものなの。「お似合いの人」とか、「良さそうな人」とかじゃ永遠にひっくり返らないでしょ。つまり、そんな程度の奴とは恋は始まらないってことですよ』(『すいか』より)
『今のままがそんなにいいとは思ってないのに、この生活を壊したくないと思うのはどうしてなんだろう』(セクシーボイスアンドロボ』より)
彼らが紡ぎだす言葉の数々に、視聴者は時にハッとさせられ、また、時に「そうだよな」と深く頷く。
視聴者の心に温かい息吹を吹き込む脚本家・木皿泉が今、人気である。
『木皿泉」とは、妻鹿年季子氏(写真左)・和泉努氏(写真右)夫妻による共同ペンネームである。
彼らは2003年のテレビドラマ『すいか』で、連続ドラマの脚本を初めて手がける。
同作は視聴率こそ奮わなかったものの、そこに描かれるキャラクターたちの親近感や温かさ、そして、彼らの紡ぎだすセリフが視聴者の胸を打ち、第二十二回向田邦子賞を受賞した。
その後も『野ブタ。をプロデュース』、『セクシーボイスアンドロボ』、『Q10』等のテレビドラマの脚本を手がけることとなるが、氏はそれほどテレビドラマを手がけた本数は多くはない。その為、ファンが木皿氏の作品に触れられる機会は、氏が手がけるラジオドラマのみという非常に限られた状態であった。
しかし、2013年の今年。木皿氏は躍進を見せる。
4月に自身初の小説となる『昨夜のカレー、明日のパン』を出版。
6月には氏が初めてアニメの脚本を務めたという劇場映画『ハル』が公開になる。
更にはエッセイ本『木皿食堂』の出版を始め、ラジオドラマ『道草』、そして、単行本が絶版となってしまっていた『すいか』のシナリオ本が文庫本として蘇る等、2013年に入り、木皿泉氏の持つ『世界観』や魅力が世に認識され始めたのだ。
それは、裏を返せば、世間が木皿氏の『世界観』を求めているということではないだろうか。
東日本大震災の癒えぬ傷、原発問題、ワイドショーを賑わす陰惨な事件、ウソを並べ立てる政治家、そして、目まぐるしく過ぎていく日常…。
右を見ても左を見ても、現実は目を背けたくなるような辛いこと、そして、その中で自分自身が、『いかにしか生きて行くか』という選択に迫られる日々。
そのような毎日の中で、木皿氏が紡ぎだす『こんな生き方をしてもいいんじゃない?』と背中を押してくれる温かさを持った言葉の数々に、人は自然と癒やされたり、『今のままでもいいんだ』『いや、もっとこうして生きてみよう』など、人生の小さな転換のキッカケを与えられているのではないだろうか。
だからこそ、木皿氏の作品が今、こうして高く評価されているのであろう。
道草をすると、時として、思いがけない発見をすることがある。
今までの道とは違う、素敵な風景が見える発見、薄暗い路地の家に獰猛な犬が居る発見…。
良い発見も悪い発見も、すべては道草をして、体験してみなければ分からないことである。
道草が許されにくい現代社会の中で、木皿氏の作品は「こういう道草をするのも悪くないよ」と、視聴者や読者にそっと、人生の『道草』の素晴らしさを提案をしてくれているのだろう。