新体制で挑んだ第4回新潟国際アニメーション映画祭 困難ないまの時代を象徴する受賞結果

  by リットーミュージックと立東舎の中の人  Tags :  

例年3月に開催されていた新潟国際アニメーション映画祭が今年は2月に移動になり、運営メンバーも入れ替わって、装いも新たに実施された。『押井守の映画50年50本』『映画の正体 続編の法則』(立東舎)の編者で新潟市出身の鶴原顕央が同映画祭を徹底レビューする。

生まれ変わった映画祭

新潟国際アニメーション映画祭を立ち上げた主要メンバーが、広報スタッフや作品選考委員も含めて、昨年12月に第1回が開催されたあいち・なごやインターナショナル・アニメーション・フィルム・フェスティバルに集団移動したことで、否応なく新体制で挑むことになった今年の新潟。長編アニメーションに特化する映画祭という当初のコンセプトも名古屋に奪われてしまい、代わりに新潟は中編コンペティションのIndie Box部門を併設。商業映画だけではない、文字どおりのインディーズ(独立系)アニメーション作家にも着目する映画祭としての新たな顔を打ち出した。問題は、本当にクリエイターを支援し、育てていくつもりがあるのか。結論から言うと、どうやらその覚悟があるらしい。昨年12月の記者会見では「映画祭を50年やる」という言葉が出て、映画祭初日のトークフォーラム『アニメーションの未来像』では産学官提携で新潟をアニメ都市として発展させていく構想が語られ、その主軸の1つとしての映画祭の位置づけがアナウンスされた。米国ジョージア州に拠点を置き、クリエイターの国際交流と育成支援をしているKINNDship(キンシップ)代表のクアン・カッター氏からは「完成した映画を披露する場所としてだけでなく、これから作られるアニメーションの土台となる映画祭」の重要性が語られ、映画祭実行委員長の開志専門職大学アニメ・マンガ学部成田兵衛学部長からは大学院の設立と初等教育への参画構想が示された。先の50年発言もそうだが、教育機関だからこそ単年では結果が出ないことを知っている。クリエイターを育て、観客を育て、映画祭を育てていく。しぶとくやっていく必要がある。

体制が刷新され、生まれ変わったことで新潟で開催する意義を強く打ち出すことができた。新潟にはプロダクションI.G新潟スタジオや新潟アニメーションなどアニメ会社が11社あり、新潟出身のアニメ関係者や漫画家も多い。そういう理由もあって新潟で開催していたが、これまでは正直それ以上の意味を見出せずにいた。東京から押しかけて、映画祭が終われば、去っていく。開催期間以外はSNSの更新もほぼ停止していた。しかし今回は開催前から公式SNSが地元の商店街との交流を活発に投稿し、特別協賛に名を連ねる企業も地元紙である新潟日報社をはじめ、すべて地元企業、もしくは新潟支社、あるいは新潟の放送局。

開催が危ぶまれ、実際にコンペティション部門の募集開始の告知も遅れたが、新潟の人たちで運営する自立した映画祭としての存在感を強く見せつけた。

開催時期の問題点

昨年までは3月中旬の開催だったが、今回は2月下旬。映画業界全体が、日本時間3月16日の米国アカデミー賞授賞式に向かって盛り上がっていく、その真っ只中なのだ。賞レースを賑わしているアニメーション映画『アメリと雨の物語』や『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』の監督たちはキャンペーン活動に忙しく来日する余裕なんてない。12月のあいち・なごやインターナショナル・アニメーション・フィルム・フェスティバルでは急きょ『イン・ユア・ドリームズ:夢がかなうなら』の特別上映が実施され、アメリカからアレックス・ウー監督が緊急来日したが、あれは本当に悪く言ってしまえば同作が賞レースから外れたので来日する余裕ができただけなのだ。その年のアニメーション業界の注目を集めている海外の作り手たちが来日するチャンスがあるとすれば、10月〜11月がリミットであり、秋開催の東京国際映画祭には『アメリと雨の物語』のメイリス・ヴァラードとリアン=チョー・ハンの両監督が登壇している。

2月の開催には無理がある。これがアカデミー賞授賞式直後の3月中旬あるいは下旬の開催になると、昨年が好例だが、惜しくも昨年度のアカデミー長編アニメーション部門の受賞は逃したものの、オーストラリアの『かたつむりのメモワール』のアダム・エリオット監督が新潟国際アニメーション映画祭のコンペティション上映に合わせて東京経由で新潟を来訪し、「長かったキャンペーン活動の最後の地が新潟だ」と晴れやかな顔を見せてくれた。

3月なら大物が新潟に来てくれる可能性がある。では2月に早めたメリットはどこにあったのか。2月なら春休み公開の日本アニメを新潟でいち早く上映するチャンスになりうる。日本の最新アニメ映画を観たとなれば、海外からのクリエイターやジャーナリストたちには、いい土産話になるはずだ。しかし今回そんな映画は1つもなかった。公開日ギリギリ直前まで作りつづけるのが日本アニメの特徴でもあるので、映画祭に合わせて完成させるのも難しいが、すでに完成している春休み映画も数本あった。交渉に失敗したのか、それとも新作アニメを招待する気がないのか。日本の新作アニメとして上映されたのは蕗谷虹児賞受賞の伊藤秀次氏が原画を担当した『ChaO』と『ホウセンカ』、コンペティション部門の『トリツカレ男』、大川博賞受賞の岩井澤健治監督の『ひゃくえむ。』。いずれも昨年の作品であり、公開済みの映画である。

『ChaO』 (c) 2025「ChaO」製作委員会

『ホウセンカ』 (c)此元和津也/ホウセンカ製作委員会

蕗谷虹児賞受賞の伊藤秀次氏と『ホウセンカ』の伊藤絹恵プロデューサー夫妻

『トリツカレ男』 (c) 2025 The Obsessed Production Partners

『ひゃくえむ。』 (c) 魚豊・講談社/『ひゃくえむ。』製作委員会

開催国の長編映画のワールドプレミア上映がないと、映画祭としては華やかさに欠ける。事実、長編コンペティション部門の日本以外の映画の大多数も国内のほかの映画祭で上映済みであった。東京や名古屋の映画祭には来ていた海外ジャーナリストたちを今年の新潟で見かけなかったのはベルリン国際映画祭と時期が重なっていたせいなのか、それとも「上映される長編映画すべてを鑑賞済みだから行く必要なし」と思われてしまったせいなのか。最新アニメを招待するコネクションを新潟が持ち合わせていないと思われても仕方がない。コネクションに関していえば、長編コンペティションと中編Indie Boxの両部門を審査員3名が担当するが、『サリーを救え!』や『ニャンてこと!』で知られるフィリピンのアヴィッド・リオンゴレン監督を現状の新潟のコネクションでは審査員として招聘することはできず、アニメーションの国際プロデュースと企画・配給をしている株式会社ニューディアーの土居伸彰氏の尽力を必要としたのである。

『サリーを救え!』 (c)SavingSallyFilm

『ニャンてこと!』 (c)Rocketsheep Studio

陽気かつ真摯なアヴィッド・リオンゴレン監督を審査員として招いたことで、かつてなく賑やかな映画祭になった。新潟の力で運営していくことも重要だが、協力者のサポートも不可欠だ。同じことは上映作品の日本語字幕にも言える。どう訳すかという解釈の問題ではなく、単純な表示ミスや漢字の誤変換、あるいは英語字幕は出ているのに日本語訳が表示されない箇所が、今回の映画祭で上映された中編を含めた外国映画全18作品中3作品にあった。これら3作のうち2作は今回の映画祭のために用意された字幕であるから、チェック体制が整っていれば防げたはずだ。それだけ慌ただしかったということだが、上記の審査員就任の交渉も含めて、新潟の映画祭であることを強くアピールしつつも、助け合える箇所は助け合うべきだ。

長編グランプリは『アラーの神にはいわれもない』

中編部門が新設されたことで、2023年の第1回で審査委員長を務めた押井守監督が創設した傾奇賞と境界賞は消失し、長編部門はグランプリと審査員賞の2賞、中編コンペティションのIndie Box部門もスワン賞と審査員賞の2賞、そして両部門から新人賞であるゼングレヒトシュターター賞を選出して、計5賞を競う映画祭へと変容。長編コンペティションは上記『トリツカレ男』を含む計7作品、中編部門は5作品ずつ2プログラムに分かれて計10作品が上映された。

長編コンペティションのグランプリに輝いたのは、日本でも翻訳本が出ているアマドゥ・クルマの小説『アラーの神にもいわれはない─ある西アフリカの少年兵の物語』(人文書院)をアニメーション化したベルギー・カナダ・フランス・ルクセンブルク合作映画。翻訳本の副題が示すように少年兵の物語であるが、アラーの神は何に対していわれはないのか。原作本では一人称の主人公の少年兵が『アラーの神さまだってこの世のことすべてに公平でいらっしゃるいわれはない』と冒頭でタイトルの本当の意味を明かす。映画はこのタイトルの真の意味を最後にテロップで表示する。そして少年兵の数は30万人に達するのだと。

『アラーの神にはいわれもない』 (c) Creative Touch Studios

日本語としては少年兵だが、チャイルド・ソルジャー。実際は、幼い子どもだ。原作は寓話であり、その映画版はアニメーションであるから、子どもが自動小銃を手にしている姿を見ていられるが、現実に引き戻された瞬間に、数字の重みが胸を締めつける。

熱気に包まれた『ニムエンダジュ』Q&A

長編部門の準グランプリに相当する審査員賞を受賞したのは、ブラジル・ペルー合作映画『ニムエンダジュ』。1900年代初頭、ドイツの民族学者カート・ウンケルは南米グアラニー族と交流し、ニムエンダジュ(グアラニーの言葉で「自らの家を建てし者」)という名を授かる。このフィールドワーク人生をアニメーションで描いていく。

『ニムエンダジュ』 (c)O2 Filmes

同作は昨年12月に名古屋でも上映され、英語が苦手だというタニア・アナヤ監督のためにスペイン語の通訳者が用意されたが、上映後の観客とのQ&Aもマスコミ記者会見も、翻訳が上手く噛み合わず、監督のトークが弾まなかった。だが今回の新潟では的確な通訳がなされ、アニメーションのテクニックの話題まで踏み込んだ。新潟と同じ翻訳チームが名古屋にもいたが、タニア・アナヤ監督の通訳は担当せず、逆に新潟は通訳者の組み合わせが絶妙だった。名古屋では笑顔を見せなかったタニア・アナヤ監督が新潟では微笑んだ。

会場が熱気に包まれ、トークが白熱していく。コンペティション部門で観客とのQ&Aを上映後に実施するようになったのは2年目からだが、この4年でいちばん盛り上がった質疑応答だった。トークの内容は受賞結果とは関係ないが、審査員賞を獲得して当然の映画であり、実写映像に線を描き加えてアニメーションにしていくロトスコープ技法を基盤としつつも、動画としてではなくキーフレームの1枚の画像に対してロトスコープを用いて、アニメーションの動きはアニメーターが手描きで芝居をつけている。実写のようなアニメーションをめざしているのではなく、画家エゴン・シーレのような絵をアニメーションとして動かすことをめざしている。今回の映画祭の本予告映像の冒頭で使われているのが、まさにこの『ニムエンダジュ』だ。



120年前にニムエンダジュが先住民と交流した。その痕跡をたどるようにタニア・アナヤ監督たちも先住民と交流して、ニムエンダジュが生きていた時代をアニメーションとして再現してみせた。

中編Indie Box部門スワン賞は『オートカー』

中編部門のグランプリであるスワン賞を受賞したのはポーランド出身のシルビア・シュキウォンツ監督の『オートカー』。ポーランドの少女がひとり長距離バスでベルギーに向かうが、まわりの大人の乗客たちが怖い動物に見えてしまう。監督自身が8歳のときベルギーに移住した、その心情をアニメーションに仕立て上げた。バスから降り立ってみれば、乗客たちは動物ではなかった。17分の映像のなかに確固たる物語展開があり、精神的な成長を強制させられた少女の不安と葛藤が描かれる。

『オートカー』 (c)Sylwia Szkiladz – OZÙ Productions – Amopix – Vivi Film – Novanima – RTBF

審査員賞を受賞したのは韓国のイ・サシャ監督による『ザ・ポップスター・ウォーター・ディアー・アンド・アイ』。仕事に追われ、孤独をかかえる主人公は、ポップスターアイドルのウォーター・ディアーに救いを求めて幻想の世界に入り浸るが、多忙と孤独が主人公を現実に引き戻す。

『ザ・ポップスター・ウォーター・ディアー・アンド・アイ』 (c) LEE Sasha, KIAFA AniSEED

クィアであるイ・サシャ監督は、まわりが結婚や就職をしていくなかで、孤独をかかえ、アイドルとアニメーションという虚構の世界に救いを求めた。前述の『オートカー』と同じように監督の心情を映像化している。パーソナルだからこそ具体的な心情が込められており、その制作背景を知らずとも観客に気持ちが届く内容になっている。

長編と中編の両部門から選出されるゼングレヒトシュターター賞は、アルメニアのナタリア・ミルゾヤン監督の中編『ウィンター・イン・マーチ』が受賞した。ウクライナ戦争をきっかけにロシアから離れることにしたカップルの苦難を、糸を使ったパペットでアニメーションにした。ストップモーションというと、手作りの温もりを感じるものだが、本作は寒々とした光景が映し出され、街の崩壊に合わせて糸で縫われた窓がほつれていく。ナタリア・ミルゾヤン監督が友人から聞いた話を映像化した16分のアニメーションだが、完成までに3年を要し、その3年間でウクライナの状況が改善したかといえば、なにひとつ改善していない。

『ウィンター・イン・マーチ』 (c) Rebel Frame, ArtStep-studio, The Estonian Academy of Arts, Black Boat Pictures, White Boat Pictures 2025

長編グランプリの『アラーの神にはいわれもない』も含めて受賞5作は、劇中の時代設定や舞台は異なれど、いずれも困難な状況を描いている。民族学者の『ニムエンダジュ』も最後にテロップで悲劇が語られる。今年の審査員を務めたのは上記のアヴィッド・リオンゴレン監督をはじめ、在日欧州文化機関ネットワークEUNIC Japan会長のホセ・ハビエル・フェルナンデス・ディアス氏、そして実写映画『PLAN 75』の早川千絵監督の3名。意図的にそういう作品を選んだわけではなく、結果的にそうなっただけだろうが、いまという時代の生きづらさを象徴する作品が顔を揃えた。

イランの長編アニメーション『ジュリエット&ザ・キング』

今年の新潟は受賞作以外も良作が上映された。長編コンペティション部門の『ジュリエット&ザ・キング』は、19世紀後期を舞台に、パリで西洋演劇を鑑賞したイランの国王が、ステージに立つ白人女性ジュリーに一目惚れ。ジュリーを母国に呼び寄せ、国王みずからロミオを演じて『ロミオ&ジュリエット』をやろうとするが、イランでは女性が舞台に立つことは禁じられていたから、反感と嫉妬を買うことになる。

『ジュリエット&ザ・キング』 (c) Hoorakhsh studios

すでに多くの人が指摘しているように、ヒロインの顔がディズニーの手描きアニメーションのそれにソックリだが、西洋を象徴しているからディズニーに寄せたデザインになっており、劇中で異物として機能している。アシュカーン・ラハゴザール監督は来日する予定で上映後のQ&Aも映画祭スケジュールに組み込まれていたが、イランの情勢と万が一に備えて来日を断念。上映前にビデオメッセージが映し出され、監督がその事情を説明した。本編ではシェイクスピアの幽霊が出てきて、シェイクスピアもジュリーに一目惚れ。自分が書いた戯曲『ロミオ&ジュリエット』の悲劇の結末を変えてもいいと申し出るコメディになっている。だが監督本人は現実を前に身動きが取れなくなってしまった。イランという遠い国の事情を身近に痛感させられた。

この『ジュリエット&ザ・キング』と同じようにステージに立つことで夢を実現しようとする主人公を描くのが、韓国のプ・ピョジョン監督の中編『ミュージカル・パイパーズ::ザ・パイド・パイパー』だ。人間と鼠人間(ラティアン)が同居する世界で、大きな耳と尻尾を持つラティアンはマイノリティとして差別を受けている。卒業演目として『ハーメルンの笛吹き男』をやることになり、ラティアンの学生が主役に立候補するが、同級生からバカにされる。

『ミュージカル・パイパーズ::ザ・パイド・パイパー』 (c)Rambu

こちらはアメリカのテレビアニメーション『スティーブン・ユニバース』を連想させる絵柄だが、よく見ると、監督の顔に似ている。ドイツ留学中にパンデミックが発生し、アジア人ゆえに差別を体験させられたプ・ピョジョン監督が、己の境遇を虚構世界に翻案し、差別を受けてもなお夢を実現したい主人公の情熱に己の気持ちを託している。主人公がステージに立つことに成功したように、監督もアニメーションを完成させた。この『ミュージカル・パイパーズ::ザ・パイド・パイパー』はYouTubeで本編をフル鑑賞可能である。



4年連続の片渕須直監督

運営体制が入れ替わり、上映部門にも変更があったが、第1回から連続して新潟に来てくれているのが片渕須直監督だ。制作中のアニメーション映画『つるばみ色のなぎ子たち』について2時間ノンストップで語ってくれた。

『つるばみ色のなぎ子たち』は、清少納言がいた平安時代の京都をアニメーションで再現しようとする野心作。十二単を着た女性たちが描かれた平安時代の絵巻を見ると、1枚の絵の中で、寝そべっている姿と座っている姿が混在している。描き分けているのだから、絵が下手で寝ているように見えてしまっているわけではない。ではなぜこの女性たちは寝そべっているのか。匍匐礼(ほふくれい)をしているのだと片渕監督は考える。日本に唐の文化が流入したことで宮廷での礼法が中国式の立礼に変わったが、唐が滅び、宋の時代に移行して、宋とは貿易のみで文化の流入はなかった。だから中国式の立礼をやめて、かつての匍匐礼に戻ったのだろう。『枕草子』にも「はひぶし(這ひ臥し)」という言葉が載っている。この匍匐礼をやるのに、ちょうどいいのが十二単だということまで片渕監督は調べ上げた。さらに十二単と畳の組み合わせが最適であることも分かった。では、当時の人たちはどの距離から這って近づいて行って礼をしていたのだろうか。調べてみると、タイではいまも王族に対して匍匐礼をしている。タイの人に聞いてみると、どの距離から身を伏せるのかは分からないと言われた。分かったところでタイと平安時代の日本の事情は異なるだろう。

このようなトークが2時間つづく。驚異のリサーチ能力である。そしてそれを惜しげもなく開示する。しかし調べ上げたところで平安時代を完全再現することはできない。だが調べて、すこしでも近づくことで、当時の人々の精神性を知り、当時のドラマを見つけようとしている。どういう着物を身にまとって、どういう仕草をしていたのか。調べた結果をアニメーションの芝居に活かそうとしている。お披露目はまだまだ先だろうが、こんなに完成が待ち遠しいアニメーションはない。

来年は3月19日に開幕

今回の映画祭では、引率の先生に伴われて地元の小学生たちがクラス単位で最終日前日の午後2時15分上映開始のスペイン映画『ノルベルト』を鑑賞した。

『ノルベルト』(c)Pink Parrot Media

世界の潮流部門として上映されたこの映画は、色褪せたグレーランド出身の主人公ノルベルトが、顔に色を塗ってカラーランドに潜伏してスパイをしているという設定。画像を見れば分かるが、優秀なスパイではない。母国がカラーランドへの侵略を開始するが、知り合った仲間と共にこれを阻止しようと奮闘する。

一筋縄ではいかない、変な映画なのだ。来場した小学生たちには貴重な鑑賞体験になったはずだ。生徒全員が会場に置いてあった映画祭のチラシを手にとり、開場時刻までそれを熟読。そしてそのチラシを持ち帰った。これが映画祭最終日前日であったことが、つくづくもったいない。

なるほど、給食後の上映開始か給食前に上映が終了する午前の回ならば近隣の小中学生が校外学習として映画祭に来ることが可能だと分かった。来年の新潟国際アニメーション映画祭は3月19日から24日までの開催が宣言された。ほとんどの学校が春休みに突入してしまう。校外学習として映画祭を活用できるとすれば、初日の19日(金)しかない。夕方の開会式の前から作品上映を開始してしまっていいだろう。協力者を活用し、地元民に活用される映画祭になっていくべきだ。

(文と写真:鶴原顕央)

『押井守の映画50年50本』

https://rittorsha.jp/items/19317409.html
著者: 押井守
定価: 2,420円(本体2,200円+税10%)
発行: 立東舎

「1年に1本のみ」という縛りで選ばれた、
50本の映画解析。
キューブリック、タランティーノ、ポン・ジュノからデル・トロまで
押井守の映画半世紀!

(執筆者: リットーミュージックと立東舎の中の人)

リットーミュージックと立東舎の中の人

( ̄▼ ̄)ニヤッ インプレスグループの一員の出版社「リットーミュージック」と「立東舎」の中の人が、自社の書籍の愛を叫びます。

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