「自民党総裁選」候補者は東アジア脅威忌避の具体政策を示せ

  by tomokihidachi  Tags :  

[筆者コラージュ]

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2024年9月6日、出版記念シンポジウム「戦争ではなく平和の準備をーー新たな外交・安保政策はこれだ!」が東京都内・衆議院会館で開催された。
 時は与野党ともにトップを決める選挙戦を目の前に控える。政府は軍事費の大幅な増加や、さらなる米軍との一体化など急速に「抑止力強化」=軍拡を進めている。その中、「安全保障環境の変化」が口実にされているが、軍拡がさらなる軍拡をもたらし、「安全保障環境」を自ら悪化させてはいないだろうか?
 戦争への準備そのものが、戦争のリスクを増やすーーだからこそ、私たちは憲法によって、政府が戦争に備えることを禁じたはずだ。「戦争ではなく平和を構想していく」ために提言を示し、闊達な議論を共有する実りある機会としたい。

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「『自民党総裁選』候補者は東アジア脅威忌避の具体政策を示せ」
<リード>
【1】10年前の「集団的自衛権」閣議決定強行という「憲法論」不在の<破壊>
【2】「自民党総裁選」2024候補者は「外交・安全保障」の政策公約を論ぜよ
【3】インテリジェンス(諜報収集能力)先進国「シギント同盟」「UKUSA(ユクサ)」
【4】「国家シギント機関」を日本に導入すべきではない根拠と批判的反駁
<結び>
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【1】10年前の「集団的自衛権」閣議決定強行という「憲法論」不在の<破壊>

 本書は2022年に閣議決定された「安保関連3文書」の折に、学習院大学大学院法務研究科の青井美帆教授(憲法学)と国際NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)」国際運営委員の川崎哲氏が共同座長として立ち上げた「平和構想研究会」が、その賛同者と共に平和政策提言をまとめた10章構成の良書である。
 青井氏は執筆稿に若干の変更と加筆を行い「<破壊>と<侵食>を超えていく」と題して10年前の2014年「集団的自衛権」が何の議論もなく閣議決定され、国家の有り様が変わってしまったことを<破壊>と名付けた。「自衛隊」に関する何か新たな施策を行う場合、安全保障の議論として憲法問題は不可否になる。法的根拠を作り合憲か否かを問われなければ法律は制定できない。だが、現状では<破壊>を要因として国会で「憲法論」の議論はしなくていいとされ「立法事実」そのものがないことになっている実態を有権者は知らされていない。
 立命館大学の君島東彦特命教授(憲法学)は「『憲法平和主義』の原点を確認すると9条と前文が不可分のセットにある憲法学+平和学の『関係論』を誰が相手なのか明らかにして具体化していかなければならない」と指摘する。通例となっている「抑止力の強化一辺倒」に向かう危機を回避するには、いきなり「日米同盟」をやめるのではなく「覇権主義的」「従属的なところ」は変えられるのではないか。
 日本帝国主義が破壊した東アジアの平和を克服するものとして憲法9条の根源「非武装」がある。この政府権力複合体に対する抑制をかける「立憲主義」には「積極的政策規範」としての「前文」を発展的に読み解く「『する』平和主義」が国会に対して一定の方向づけの規範となるのは確かである。
 軍事力に依らない「国際平和協力」として「Non Violent Peace Force(非暴力平和隊)」を始めとする多くの国際NGOの奮闘がある。
 また東アジアの文脈だからこそ、「和解」と「脱植民地」の問題と向き合っていかねばならない。その上で「『する』平和主義」を実践する「マルチトラック平和外交」を提言としたい。9つのトラックないしは主体が織りなすシステムとしての平和構築だ。
 東アジアの平和には「共通の安全保障(Common Security)」の考え方もまた、重要だ。
 冷戦前の1982年に元スウェーデン首相のオロフ・バルメ氏を委員長とするバルメ委員会の報告書「共通の安全保障」が取りまとめられた。「米ソは国家の存亡をかけて軍事競争するのではなく、軍縮によって共に生き残るべきだ」と訴えたことで冷戦の終結を準備した。そして今、国際NGOの「国際平和ビューロー(IPB)」と米国の平和活動家ジョゼフ・ガーソン氏も特筆すべき「東アジア共通の安全保障」を主張し平和への準備を整えている。
 これに加え地域的な安全保障の枠組み「欧州安全保障協力会議(CSCE)」は、かつての中立国フィンランドが「北大西洋条約機構(NATO)」と「ワルシャワ条約機構」双方の加盟国を包摂して創設された。敵対する集団を同一の傘のもとに置き相互不信を低減して冷戦を終焉させた組織として意義深い。その組織的枠組みを東アジアにも応用するとして「ASEAN+8(日本・中国・韓国・米国・ロシア・豪州・NZ・インド)」が可能性を秘めているのではないかとの包括的な平和の準備を実例を挙げて掲げた。
 「平和構想提言研究会」共同座長の川崎哲氏は「東アジアにおける戦争を回避し平和外交に転じるための議論の軸を立て明示していかなければならない」として、まず4つの提言を行った。本稿ではその詳細まで噛み砕いて報じる。
 第一に、「朝鮮戦争を終わらせるための朝鮮半島の平和・非核化交渉」
 具体的には(1)日朝平壌宣言(2002年)、(2)6カ国協議第4回会合での北朝鮮核放棄誓約(2005年)、(3)南北宣言(2018年)、(4)米朝首脳会談(2018年・2019年)などをベースとした朝鮮半島と非核化の交渉をしっかり行う。
 第二に、「中国と『互いに脅威にならない』ことを再確認する首脳間外交」
 核心となる中国への敵視政策を停止しなければならない。そもそも安倍晋三首相(当時)が2018年の訪中で習近平国家主席と日中首脳会談を行い、「日中平和条約」から40年の路線を再確認して合意したことも十全に意義がある。
 第三に、「東アジア版INF条約のような核・ミサイルを管理する軍縮条約への取り組み」
 冷戦終戦期から主にヨーロッパの安定に非常に寄与してきた「INF(中距離ミサイル全廃)条約」が米ロによって破棄された。ミサイル管理の国際的条約が欠落した中で、北朝鮮と中国のミサイル開発の脅威論が反撃できる能力保有で対抗しようとの軍拡競争を生んでいる。しかしむしろ相互に管理していく軍縮の条約づくりを目指すべきだ。
 第四に、「対中国、対朝鮮半島における『自治体外交』と『民間対話プロジェクト』の活性化」
 第四例のみ前出の君島氏からも提起された「沖縄県独自の自治体外交」について実践例を補足する。沖縄の玉城デニー知事は、北京・上海・台湾・シンガポール・ワシントンなどを訪問して海外事務所を設置するなど今、沖縄では改めて「台湾有事」の議論がなされている。2023年には沖縄県の地域外交に関する有識者による「万国津梁会議」を開催。2024年3月に地域外交の非軍事的な抑止力を示した。国際交流という人の往来を絶やさず、関係強化して不測の事態に備えようというものだ。
 ここで本書の第1章を執筆した川崎氏の提言に立ち返る。「軍事力に依らない平和の準備」を企図した実例3つにも議論は及ぶ。
 第一に、「核兵器禁止条約」第二に、「北東アジア非核兵器地帯」第三に、「武力紛争予防のためのグローバルパートナーシップ(GPPAC)」だ。
 川崎氏は一つ重要なこととして上記2つの軍縮条約自体は「条約」であり「法文書」だ。憲法の解釈論だけでやるのではなく、憲法に書かれている精神を「政策論」にして「『する』平和主義」を実践するのか?という問いを立てる。
 平和運動の一環として構想されたアイデアであり、「平和」をつくるための「ツール」として成立した条約を実践していく段階で、政府と市民社会が協働していくことこそが様々な軍備管理条約や国家間の「ASEAN地域フォーラム」含めた枠組みなどの具現化を叶える、私たち市民社会が大きな平和構想の主体となって活動していくべきなのだ、と会場に集った聴衆に危機感を投げかけると共に鼓舞した。

 そして今、「自民党総裁選挙」に出馬の意向を示している各候補者らに向けて、「これから『首相』になろうという大志を抱いているからにはこうした『外交・安全保障』の課題についても、きちんと語っていかなくてはならない」と釘を刺した。

【2】「自民党総裁選」2024候補者は「外交・安全保障」の政策公約を論ぜよ

[©️自民党総裁選広報]

 9月12日に告示、27日に投開票を迎える「自民党総裁選」に出馬表明している候補者は8名に上る。その内「防衛」政策の争点で各候補を見ていくと…
 高市早苗経済安保相は「国の究極の使命は国民の生命と財産を守り抜くこと。領土、了領海、領空、資源を守り抜くこと。そして国家の主権と名誉を守り抜くことだと考えている。今、総合的な国力の強化が必要だ」と訴えた。
 
次に茂木敏充自民党幹事長は「台湾有事は日本の有事にも発展する危険性が極めて高い。日本の安全が確実に守られる。さらには台湾海峡の平和安定が確保されるような措置を取っていきたい」と意欲を滲ませた。

 また、石破茂元自民党幹事長は「今、ウクライナで起こっていることは明日はこのアジアで起こるかもしれない。長く防衛の仕事をやってきた私が今回、自民党の総裁になり、内閣総理大臣にならねばならないと思った理由の第一は日本を守ることである」と自らの防衛閣僚としての経験に自信が込められていた。

 林芳正官房長官は「拉致問題担当相」でもある。「2人の娘をもつ親としての痛切の極みだ」と述べた上で岸田文雄現首相が直接のハイレベル協議を行いたいと説明してきたことについて「しっかり引き継ぐ」と表明。その上で「経験してきたモノを全て使って解決に向け努力をしたい」と意気込みを語った。防衛力や軍備は「今までになく複雑な安全保障環境に置かれている。外交における日本が積み上げてきた信頼を活かして国益を増やすための外交をする」として「外国に向けては存在感や強さを示すべきで優しくできるためには、力がなければいけない」と語った。

 対して河野太郎デジタル相は「自衛隊への原子力潜水艦配備について議論する必要がある」と述べた。「日本も原潜を配備して(他国の潜水艦が)東シナ海から太平洋へ出るところを押さえる戦略をとる。こういう議論をしなければいけない時代だ」と説明し「米英豪の安全保障枠組み『AUKUS(オーカス)』に日本が加わるべきだ」とも提起した。
 また、憲法改正については、自民党がまとめた9条への自衛隊明記など改憲4項目を「まず発議して改正するのが第一番目」と説明した。新しい総裁任期の3年以内に、発議に必要な衆参両院本会議で3分の2以上の賛成が得られるような案を「しっかり出して、国民投票に持っていきたい」と強調した。

加藤勝信元官房長官は自民党憲法改正実現本部の事務総長を務めている。改憲については「方向性を同じくする政党とも連携して、自衛隊と緊急事態条項を明記する憲法改正を実現する」と語った。だが、果たして「国防」の在り方として「自らの命を投げ出してでも国民が国を守るために戦う」という常識が現実の民意を汲むものかは疑問が残る。

 若手に人気の高い小泉進次郎元環境相は、出馬表明後の政策公約に「労働市場改革の本丸『解雇規制の見直し』」を訴えたが、まさかの河野氏との政策バッティングで物議を醸している。経験不足が指摘されている小泉氏の防衛政策への発言とは、遡れば2022年「安保関連3文書」が閣議決定された際に「私の地元横須賀はこれから『サイバー防衛人材』の育成拠点となる。横須賀にある陸上自衛隊は日本最古の駐屯地で通信学校があるが、2023年『サイバー学校』に改編され、陸上自衛隊だけでなく、海上自衛隊・航空自衛隊のサイバー防衛人材の育成をも担う。横須賀の人口増(人口減の速度を遅らせる)や活性化に繋がることは間違いなく、デジタル化・DXという流れが不可避な時代に、サイバーセキュリティはコインの裏表のようなもので横須賀の代名詞になる」と豪語していた。

他方、小林鷹之前経済安保相は「政策公約」の中の安保政策として「防衛力の強化。国家安保戦略の確実な執行、防衛生産基盤強化、自衛官の抜本的処遇改善、能動的サイバー防御の法整備」を掲げると共に「新たな外交戦略『BRIDGE』。価値観や利害対立が顕在化しつつあるグローバルサウスと欧米先進国の「架け橋」となり、国際秩序を強化する役割を果たす。米中とは異なる、日本にしかできない方法で世界をリードしていく」従来の国防路線の抑止力の「対抗軸」を示した。さらに我が国初となる「経済安全保障戦略」の策定、インテリジェンス機能の強化を提言している。
 
 上川陽子外相は9月11日に出馬表明し、「覚悟を持って国難にあたり、日本の新しい景色を作っていく」と発言。経済政策の柱として物価対策と賃金アップ、成長産業の育成、経済の強靱化の3項目を掲げた。一方、「外交防衛政策」では現政権の外交の進化のほか、実効性ある防衛力の強化、経済安全保障リスクへの対応などの政策公約を盛り込んだ。
「NHK」の世論調査、「次の自民党総裁に誰が相応しいと思うか?」を尋ねたところ、石破茂氏が28%、小泉進次郎氏が23%、高市早苗氏が9%、河野太郎氏が6%、上川陽子氏と小林鷹之氏が同率で4%だった。
 ここまで「2024年自民党総裁選」各候補の特に「防衛政策」公約の実態を見てきた。
 
防衛省は今年8月末に2025年度予算概算要求について、過去最大の8兆4989億円とする方針を固めた。海上自衛隊にサイバーや電磁波領域の作戦能力を統合する「情報作戦集団」を新編の航空自衛隊で宇宙領域を担う「宇宙作戦団」創設も盛り込む。
 海自の「情報戦部隊」は艦艇や航空機は持たない見通しで、実際の戦闘に先行して生じる「電子戦」や「サイバー戦」などの機能を一元化する。米海軍で同様の機能を持つ第10艦隊を念頭に2022年策定の防衛力整備計画に創設が明記された。
ここで一つ前の「防衛政策」に立ち返ろう。小林氏が「我が国初となる『経済安全保障戦略』の策定、『インテリジェンス』機能の強化」を提言していた。
 「シギント 最強のインテリジェンス」<共著・茂田忠良氏/江崎道朗氏>(ワニブックス)から紐解こう。

【3】インテリジェンス(諜報収集能力)先進国「シギント同盟」「UKUSA(ユクサ)」

[©️「『シギント』最強のインテリジェンス」茂田忠良氏・江崎道朗氏 共著<ワニブックス>]

 「インテリジェンス」には、「ヒューミント(人的諜報)」、「シギント(信号諜報)」、「イミント(画像諜報)」、「マシント(計測・特徴諜報)」などの多様な分野がある。その中でも「シギント」は最も秘匿されている最重要分野だ。
 2022年末に政府が「国家安全保障戦略」以下の「安保関連3文書」を閣議決定した中でも、今後力を入れていく分野の一つとして「インテリジェンス」を掲げている。
 2013年に諜報枠組みのできた「ファイブ・アイズ」とは、通称「五つの目」。正式には「UKUSA(United Kingdom-United States of America)協定」に基づいた、機密情報を共有する「シギント同盟」のことで、その協定の名称から「UKUSA(ユクサ)」と呼ばれる。
 情報収集に関しての最強のインテリジェンス部門が「シギント」だ。中でも「UKUSA」は「世界最強のシギント機構」だと見做されている。
 「シギント」は3分野に大別される。
1)コミント(COMINT:通信諜報)
2)エリント(ELINT:電子諜報)
3)フィシント(FISINT:外国計装信号諜報)だ。

1)「コミント」とは…電話、携帯電話、無線通信、インターネット、FAXなどの情報を大量に入手して分析すること。さらに2つの分析手法に差別化されている。
 (a)「トラフィック・アナリシス(通信状況分析)」
 …通信トラフィック(通信のやり取り)を分析する手法で、例として海軍艦隊や陸軍部隊の組織編成・所在地や動向を把握することができる。
(b)「クリプト・アナリシス(暗号解読)」
 …「暗号解読」と聞いて日本人が想像する例として戦前から日本の外交暗号や海軍暗号が米国に解読され損害を受けた影響などのシチュエーション。

2)「エリント」とは…レーダー波から兵器体系まで特定する。軍艦や戦闘機は敵を探知するのにレーダーを使い、対空機関砲や地対空ミサイルもレーダーを使う。兵器体系を把握。

3)「フィシント」とは…ミサイルの性能分析にも使える。「テレメトリー信号(対象の遠隔監視)」から得られる情報。例えば、ミサイル発射実験の際、ミサイルの状態を地上で把握しなければならない。故に決まったデータフォーマットで頻繁にデータを送信する。送信データは通常、単なる数字の羅列だが、実はそのデータを正確に解釈できれば、そのミサイルのロケット・エンジンの状況や燃料消費量などの状況が分かる。こうした情報をベースに北朝鮮を始めとする「核戦力」の主体となるミサイルの性能や開発段階までもが分析できる。

 日本政府は「安保関連3文書」で「サイバー安全保障分野の対応能力を欧米主要国と同等以上に向上させる」と明記した。「アメリカ並みにするぞ」と宣言したのである。
 すなわち「シギント」とは、多様な情報ソース、データソースがあって、それを総合的に分析したものだということを押さえておきたい。
 こうした基礎知識を踏まえて日本という島国を顧みた時に、「日本には国家シギント機関がない」という現状が浮かぶ。「敵を知らずして、どうやって国家を守るのか?」という課題が突き付けられている。すなわち、本稿の冒頭から掲げてきた「戦争ではなく平和の準備を」という原点に立ち返ると、「日本政府」という「政府権力複合体」からいかに「情報戦」に対する提言を「安保関連3文書」を通して批判的に読み解き反駁できるのか?が命題になる。
 
 「権力複合体」である政府の手の内を把握することが第一義的に必要だ。
 いざ戦争になれば、世界各国のサイバー軍組織は、当然の軍事作戦として、敵側のインテリジェンスのみならず、インフォメーション・システムを破壊し、それによって敵の作戦遂行を妨害してくる。すなわちサイバー軍事作戦においては攻撃する側も守る側も、hシギント機関の協力なくしてまともに戦えないのである。まず、「矛」を持たなければならない。日本には「行政通信傍受(国家安全保障のためインテリジェンス機関が実施する通信傍受)」の権限やシステムが存在しない。形式上、「司法通信傍受(犯罪捜査のため裁判所の令状を得て実施する通信傍受)」であれば行うことができるが、他国に大きな遅れを取っている。我が国から外国のインテリジェンス機関をハッキングしたら違法行為になってしまう。対して外国からのハッキングは取り締れない。
 
 本書の共著者、元内閣衛星情報センター次長の茂田忠良氏は「自衛隊サイバー防衛隊や、陸海空その他のシギント組織を強化・整備すると共に、米国の「中央安全保障サービス(CSS)」のような統合調整機構「日本版CSS」も設置すべきだ。これら三者が連携できるシステムを整えていかなければ決して戦えない。国家シギント機関は防衛省設置されたとしても、そのトップは防衛大臣ではなく首相が任命する。
 新たに創るなら、「ナショナル・インテリジェンス」の組織とする必要がある。
 国家を代表している大統領や首相のニーズに応えるもの。一方、各省庁や軍や自衛隊各自のニーズに応じて動くのは「デパートメンタル・インテリジェンス」であり、「サービス・インテリジェンス」だ。米国では「大統領に直結した国家諜報長官が統制するものだ」という合意ができている。相互信頼関係が築け、インテリジェンス・コミュニティが非常にうまく機能している。
 対して日本の場合は政府組織全体の傾向として、まだまだセクショナリズムが強いので、首相・内閣官房を中心としたインテリジェンスの連携・協力体制をしっかりとした整合性を取っていかねばならないだろう。」との命題を提言している。

 ここに至って問題の炙り出しは済んだ。権力者の手の内を把握したら次は茂田氏の提言に対し批判的に読み解き反駁の議論を試みて帰結としよう。

【4】「国家シギント機関」を日本に導入すべきではない根拠と批判的反駁

[筆者コラージュ]

 2022年12月末に「安保関連三文書」(国家安全保障戦略)の原型となった「自民党安全保障調査会」(小野寺五典会長)による「新たな国家安全保障戦略等の策定に向けた提言」では、「一般に、受動的な対策に止まらず反撃を含む『能動的な防衛』により攻撃者の目的達成を阻止することを意図した情報収集も含む活動」と定義している。
 上記を踏まえ米国と英国が定義している「アクティブ・サイバー・ディフェンス」とはあくまで「防衛」を指す。補足すると英国では公表資料の中に「サイバーセキュリティの分析官が自己のネットワークに対する脅威を理解し、攻撃を受ける前にこれらの脅威と戦いまたは防衛する措置を講ずること」と書き込んである。
 日本の「能動的サイバー防衛」では反撃を含めているが、米英との違いは「脅威情報の事前把握」であり、日本の「インターネット接続先における対抗措置の事前設置」とは内容にかなりのズレがある。

 第一に「シギント」とは最強の「インテリジェンス(諜報収集能力)」であり、日本は世界に大きく遅れを取っている。日本の防衛省・自衛隊はそれを補うように人工衛星やGPSなどでインテリジェンスに秀でた米国に依頼心を持って事を起こすには、米軍の懐に入り込み、そこから「情報戦」を戦うようになりがちであり、これまで以上に米軍との「武力行使の一体化」を増長させてしまう。

 その根拠として2003年に勃発した「イラク戦争」の実例を挙げる。実はイラク戦争当時、航空自衛隊のイラクミッション拠点はクウェートではなく、カタールのアル・ウディド米軍基地内に置かれた。そこで「多国籍軍航空作戦指揮所(CAOC:Combined Air Operation. Center)」に「空輸計画部」を置き、事実上、米軍の指揮下で活動。すなわち「戦闘地域」で米軍の作戦に日本の自衛隊が完全に組み込まれて活動していたことになる。事実上の「米軍との武力行使の一体化」が大手を振ってまかり通っていた。事実、「多国籍軍航空作戦指揮所(CAOC)」下にあった陸上自衛隊は米英の「諜報工作員」として戦場で「スパイ敵視」され、自衛官の生存権が脅かされていたのだ。

第二に「シギント衛星」は世界では「欧州連合(EU)」の「ガリレオ」、ロシアの「グロナス」、中国の「北斗」などが該当する。側位衛星は対応する受信機を設置することで、自身の位置情報特定以外にも、弾道ミサイルの誘導に利用するなどの戦闘行為における武器の命中精度向上に寄与しているという。
翻って日本政府は2023年夏に「宇宙安全保障構想」を策定した。宇宙からの安全保障と宇宙における安全保障の2軸で取りまとめる方針を打ち出し具体的には「宇宙からの安全保障」について、「自衛隊」や海上保安庁などが宇宙空間を利用して「情報収集(諜報)能力」を大幅に強化することで、情報戦対策の整備を図ろうという狙いがあった。

根拠として「攻撃抑止」の鍵を握るのは敵の射程圏外から対抗措置を取る「スタンド・オフ」防衛能力などが日本の場合、該当する。しかし「敵性国家」の脅威早期検出をし、迅速な反撃にシフトするための「衛星監視データ」の活用など表向きには「諜報能力強化」を謳った「宇宙軍拡」の恐れが高まっているのが実態だ。
今後の「情報戦」は「宇宙・サイバー領域」まで見据えて「本来任務」を「作戦計画」から米国と「武力行使の一体化」で共に「平和ではなく戦争の準備」に突っ走ることしか待ち受けていない道だ。

 「宇宙軍備管理(宇宙軍縮)」における現行法で最重要とされるのは、「宇宙条約」第4条「領土権・請求権の凍結」。「平和目的=非侵略」とは必ずしも一致しない。故に事実上、平和と安全のための「南極条約」並みにむしろ「非軍事化」を達成することができると見做されている。実質的要素を検討したその条約案とは、現状、「宇宙空間における兵器配置防止条約(PPWT)」のみである。

 第三に日本版「シギント機関」創設競争に走れば、国家安全当局が制約を受けず、自在に国家安全保障活動を展開可能にするとすれば、外国人や組織人の誰もが「スパイ行為」に問われ摘発されるリスクが増すことになる。「インテリジェンス活動」としての横行する「サイバー・エスピオナージ(スパイ行為)」と「民間企業の利益のための企業秘密の窃取」とは明確に差別化されなければならない。だが、これは中国のケースで考察してみると、中国の国策である。

 根拠として中国の人民解放軍のサイバー攻撃に関連する組織は「技術偵察局(TRB)」である。「TRB」は中国の主要な「シギント」の収集・分析組織であり「情報作戦民兵部隊を演習活動に参加させることで民兵部隊を現役部隊に統合することに取り組んでいる」という。事実上、「サイバー諜報活動」の実施が既に為されているのだ。
 中国由来の攻撃者が「台湾」を拠点とするテクノロジー組織を過度に標的にしていることが観測された。これは「技術的独立」と「支配」という中国共産党の「国家主導型ハクティビスト」の目標支援のために断行され、その中国由来の攻撃者による「経済スパイ活動」と一致している。
 
事実、「中国人民解放軍61419部隊」を背景に持つ「Tick(ティック)」と呼ばれるサイバー攻撃グループが関与した可能性が高いサイバー攻撃について発表していた。同サイバー攻撃では日本企業も対象となっていたと日本の外務省が確認済みだ。(2021年7月19日)。
中国のサイバー攻撃に日本の「一般企業の脆弱性」が狙われる実態が昨今でも止まない事実が露呈したのだ。中国「反スパイ法」は「国家情報法」と共にビジネス環境を悪化させる
国家安全活動の「柱」に位置付けている。

第4に、「シギント」のカテゴリーに含まれる「メタデータ」は標的の使用したインターネット通信メタデータを分析することで、その人物像や生活習慣、生活実態を浮き彫りにして「丸裸」にする「人物分析」が含まれる。米国の「国家安全保障局(NSA)」が運用する「エクスキースコア」という世界各地の収集拠点で「メタデータ」と「コンテンツデータ」を一次的に記録する所謂「バッファー記録装置」のようなもので「NSA版のGoogle MAP」機能を持つ。ターゲットが「暗号通信」を使うと逆に場所情報を知られてしまい確実に追跡していく仕組みだ。
たとえ「インテリジェンス先進国」政府(特に前出の「AUKUS」)に産業スパイやテロリストと接触を図ろうとする狙いがあったとしても、グローバルな一般市民のクレジットカード利用履歴情報やインターネット、電子メール(WEBメール)、携帯電話、SNS、銀行開設口座、スマートフォンの位置情報、Google MAPなどの個人情報を「国家権力」が収集して「産学官民」無差別に「プライバシーの保護」を侵害する。すなわち憲法における「基本的人権」の保障を「国家権力」に法益侵害されることに等しく「通信の秘密」の保障にも該当する。

最後に立てられる「問い」として「通信の秘密」とは「憲法」第21条2項後段において規定され「電気通信事業法」第4条を始めとする関係の法律で具体化されているものだ。憲法上の「通信の秘密」保護の前提には国民各人の「通信の自由」があると解されている。ならば、「通信の秘密」は、「通信の自由」を保護する砦となる「基本権」であるにも拘らず、なぜサイバーセキュリティー対策を講じる上での「障壁」として位置付けられることになるのか?

[©︎イメージ画像]

「通信の秘密」に関する規定がこれを阻むというのは、論理的な「矛盾」を呈していると言えるのではなかろうか?国内外の「法的根拠」からこの問題を深掘りしてみよう。

本来、「憲法」及び「電気通信事業法」などで保護される「通信の外形的事項」についても「通信の秘密」の範囲に含まれるという通説がある。
その「法益侵害」行為は3つに大別される。
(1)知得…第三者が積極的意思を持ち「通信の秘密」を知ろうとすること
(2)窃用…本人の意思に反して自己又は他人の利益のために用いること
(3)漏洩…他人が知り得る状態にしておくこと

 「サイバーセキュリティー」対策を実施する上でその対策が「通信の秘密」を侵害するものとして「違法性」が問われるか否かが争点となってくる。
 法的には刑法で定められた「違法性阻却事由」の5つの争点がある。
 第一に「緊急行為としての正当化事由」1)正当防衛 2)緊急避難
 第二に「日常行為としての正当化事由」3)法令行為 4)正当業務行為
 第三に「超法規的違法性阻却事由」5)法益侵害の被害者による侵害への有効な同意
上記に該当しないケースが「通信の秘密」を法益侵害し違法となる恐れがある。 

だが、忘れてはならないのは「安保関連三文書」(2022年12月)に基づく「サイバーセキュリティー」の確保等の推進の中に位置づけられた名目だ。
(1)「サイバーセキュリティ」の確保
(2)「個人情報」などの適正な取り扱いの確保
(3)情報通信技術を用いた「犯罪の防止」
(4)高度行動情報通信ネットワークの「災害対策」
上記を掲げ、これまで「情報」分野は「総務省」に権力が集中していたところを一気に内閣府直属の最大権力掌握機関まで格上げされた「デジタル庁」の設置によって、長たる主任の大臣はデジタル相の河野氏ではなく、「内閣総理大臣」であることに「既得権益の濫用リスク」が常に問われる「権力複合体」の極みを危惧するのである。
 日本国内でもこれまで相次ぐ「個人情報漏洩」のトラブルや「保険証」などとの「紐付け何でも一元化」の方向性で国会でも「マイナンバー」や「マイナンバーカード」制度への議論が紛糾してきた。上述の制度を巡り浮き上がった「脆弱性」を突かれ、「個人情報」や「機密情報」などの「情報資産」をいかに「他国の国家主導型ハクティビスト」に狙われないようにすべきか?
 この際、参考になるのは「直接的なサイバー攻撃対象を通信業者が法的根拠に基づき実施している諸外国の実例」だ。

[©️「サイバーセキュリティの確保と通信の秘密の保護―この20年の議論と能動的サイバー防御導入に向けた課題―」落合 翔著<国立国会図書館調査及び立法考査局 国土交通課>]

世界に目を向ければ、上記のうちの一つ、欧州(EU)の「GDPR(EU一般データ保護規則)」個人情報保護法+補完的ルールが「被害防止措置」となり、法益侵害から保護する法的規定である。
EU域内の個人データ保護を規定する法として、1995年から現在に至るまで適用されている「EUデータ保護指令(Data Protection Directive 95)」に代わり、2016年4月に制定された「GDPR(General Data Protection Regulation:一般データ保護規則)」が2018年5月25日に施行された。GDPRのルールの一つに、日本も2019年に受けた「十分性認定」があり、日本企業にも影響を及ぼす懸念があるものだ。
「十分性認定」とは「EU域内と同等の個人情報保護水準にある国だとする認定」を意味するものだ。GDPRでは、原則的にEU域外への個人データの持ち出し(移転)を認めておらず「越境移転規制」というルールを遵守する必要がある。十分性認定を受けた国には、この越境移転規制が適用されなくなり手続きが簡易になる。
「補完的ルール」は、GDPRと「個人情報保護法」の違いを埋めるために定められたルールを指す。「個人情報保護法」で行き届かない部分の保護を目的としているため、より厳格な内容が定義されている。具体的には上述、「十分性認定」は「越境移転規制」が免除されるものであり、「個人情報の保護」自体は免除されない。
 「十分性認定」を受けているからと安心せず、自社の状況にあわせて個人情報保護法+補完的ルールやGDPRの遵守が求められる。
また、民間のブラックハッカーにも歯止めをかける数々の「サイバーセキュリティ」や「サイバーレジリエンス」の「ベストプラクティス」として、「ランサムウェア(身代金ウイルス)」や「DDos攻撃」ないしは「ボットネット」などの脅威対策に信頼できる「イミューダビリティ」を伴う検証と、「3・2・1」ルールに則った「ゼロ・トラスト・セキュリティ」モデルを段階的に運用していくか、「産学官民」問わず情報セキュリティ対策に各自の「情報資産自衛権」の意識改革が急がれる。
今後の情報漏洩で罰則や制裁が厳格化される中、日本企業の対応としては、GDPRを念頭に置いた「世界レベルの『個人情報保護』の枠組み」を整えていくことこそが肝要である。
 
<結び>
 日本には表だった「国家シギント機関」がないのが現状だ。しかし「シギント」別名(信号諜報)という「インテリジェンス」は一見、聞こえはいいが防衛のための魔法の政策ではない。むしろ「平和ではなく戦争の準備」へと突き進み「武力行使の一体化」をさらに増長させる陸海空だけでなく「宇宙・サイバー領域」も含む「軍拡」を進める道だ。またスパイが横行するのが常態化している日本で国家安全当局が機密情報取得の制約を受けなくなれば、外国人や組織などの誰でも「スパイ行為」に問われ摘発されるリスクが増すだけである。さらに「シギント」を推進すれば、「国家権力」による「メタデータ」収集分析で標的の「人物像」が丸裸にされる。狙いが産業スパイやテロリストではなくとも「産学官民」問わず「個人情報の保護」が法益侵害される。「情報資産」を守り「通信の秘密」を保護すべき「憲法」本来の在り方が10年前の「集団的自衛権」閣議決定強行という<破壊>によって議論さえままならずに国家の在り様が変わっていく。
 これらのデメリットを回避するためにも国策で進められている次世代への「情報学」の学びは必須である。技術的な機械操作に馴染みのない中高年層でも新たに研修を受けようという苦手意識克服の意欲に溢れた尊敬すべき方達も確実に存在している。今や小学生から「プログラミング学習」を行う時代。サイバーセキュリティー技術レベルと共に「情報資産自衛権」の意識向上改革が伴えば、日本の「インテリジェンス」は片手落ちにならないかもしれない。
 「戦争ではなく平和の準備を」の題目で、もう一つの国民的是々非々の議論を闊達にする一石を投じられれば幸いである。

tomokihidachi

2003年、日芸文芸学科卒業。マガジンハウス「ダ・カーポ」編集部フリー契約ライター。編プロで書籍の編集職にも関わり、Devex.Japan、「国際開発ジャーナル」で記事を発表。本に関するWEBニュースサイト「ビーカイブ」から本格的にジャーナリズムの実績を積む。この他、TBS報道局CGルーム提携企業や(株)共同テレビジョン映像取材部に勤務した。個人で新潟中越大震災取材や3.11の2週間後にボランティアとして福島に現地入り。現在は市民ライター(種々雑多な副業と兼業)として執筆しながら21年目の闘病中。(株)「ログミー」編集部やクラウドソーシング系のフリー単発案件、NPO地域精神保健機構COMHBOで「コンボライター」の実績もある。(財)日本国際問題研究所「軍縮・科学技術センター」令和元年「軍縮・不拡散」合宿講座認定証取得。目下プログラミングの研修を控え体調調整しながら多くの案件にアプライ中。時代を鋭く抉る社会派作家志望!無数の不採用通知に負けず職業を選ばず様々な仕事をこなしながら書き続け、35年かけプロの作家になったノリーンエアズを敬愛。

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