特別展「古代メキシコ ―マヤ、アステカ、テオティワカン」に見た光と影と格差社会(辛酸なめ子)

  by 辛酸なめ子  Tags :  

スペインに征服されるまで独自の文化を築いていたメソアメリカ文明。紀元前1500年頃に始まったオルメカ文明 、紀元前1000年頃発祥のマヤ文明や、メキシコ高原で繁栄したテオティワカン文明、14世紀以降栄えたアステカ文明などが代表的です。

謎に包まれた古代メキシコの文明を一望できる展示が東京国立博物館で開催(9/3まで)。スピリチュアル好きとしては古代マヤ文明には興味がありました。有名なマヤの暦や美しいマヤ文字のレリーフなどを見て、漠然と、信心深くて素朴な民族を想像していたのが、この展示ではダークな一面も明らかに。

生贄にまつわる品々を展示

展示のキャッチフレーズは「祈り、畏れ,捧げた。」です。「捧げた」の部分が気になりますが、メソアメリカ文明においては、3000年の長きに渡って生贄の儀式が行なわれていたのです。映画「ミッドサマー」どころではない、部外者から見ると残酷な儀式が頻繁に開催されていました。

太陽や月の神、トウモロコシの神、豊穣の神などのご加護を得るため、人間たちは最も大切な命を捧げて、自然のサイクルを保とうとしていたそうです。生贄儀礼は「神々との契約」でした。今回の出展作品の多くは、生贄儀礼の奉納品です。像やお面など、顔が真顔でいちいち恐いのですが、生贄にまつわる品々だと思うと納得です。話が通じなそうというか、表情に人情が全く感じられません。「これから心臓をえぐります」「えっ嘘ですよね」という疑問を瞬時に封じ込め、本気でやるガチ感が漂っています。不気味な威圧感にフリーズしてしまいます。

メソアメリカ文明というとピラミッドが有名ですが、建築が進むたびに生贄が捧げられていました。地鎮祭みたいなものでしょうか。日照り、飢饉といった天変地異に対しても生贄が。多くは女性、子供、戦争捕虜などが人身御供にされ、手法は斬首、磔、食肉、火炙り、心臓を抜き取るなど……恐ろしすぎる文明です。人々は生贄が殺されている横で歌ったり踊ったりしていたそうです。日本の火渡りの祭とか御柱祭とかがかなり平和に思えます。

展示物に見た光と影と格差社会

▲装飾ドクロ

アステカ文明の「シペ・トテック神の頭像」という展示品も禍々しさがありました。「生贄となった人間の皮をまとった姿」で表される神様で、皮膚病と眼病を誘発する力と治癒する力を両方持っているそうですが、どちらにせよ関わりたくない存在です。「ミクトランテクトリ神の骨壷」という、目つきがやばい神様の像も。この神様は人間の血肉をひたすら貪り、生贄の執行者でもありました。生贄の心臓を抜き出すそうですが、もはや神様ではないのでは……と思えてきます。

▲モザイク立像

テオティワカン文明の「モザイク立像」は、真顔で口を開き、歯が見えているのが不気味です。月のピラミッドで生贄12体と奉納されていました。顔が怒っている「耳飾りを着けた女性立像」も生贄埋葬墓から発掘。怒気漂う表情で,生贄にされた死者の魂を封じ込めようとしているのでしょうか。テオティワカン文明の「羽毛の蛇ピラミッド」からも集団生贄墓が発見。

▲赤の女王

弱者が生贄にされるいっぽうで、王侯貴族の世界は平和だったようです。権力者は神格化されて、人間界と神々を結びつける存在とされていました。7世紀頃に栄えたバレンケの神殿では「赤の女王」と呼ばれる、赤の辰砂に覆われた女性の骨などが発見されました。「赤の女王」はパカル王の妃と推定され、マスクや冠、首飾りや腕飾り、足首飾りなど、天然石に覆われた装飾品を身に付けていました。鳥のような顔の頭飾りも目立っています。

展示会場には、「赤の女王」のお墓をイメージしたコーナーが。ゴージャスすぎる特権階級のお墓と、縛られたり首を斬られて複数人が一緒にされた生贄のお墓の格差が激しいです。生贄たちの犠牲のもとに国が繁栄し、また、国民を従属させるための見せしめにもなっていたのでしょう。庶民としては、「赤の女王」の豪華な装飾品に対して憧れるよりも反発の気持ちがわいてきました。

▲オルメカ様式の石偶

そんな中、心を和ませてくれたのは動物をかたどった像の数々。人とジャガーの特徴を併せ持つ「オルメカ様式の石偶」は絵文字にありそうな表情です。

▲鳥形土器

つぶらな瞳の「クモザルの容器」、アヒルをかたどった「鳥形土器」、なんともいえない表情の「ジャガーの土器」など。生贄儀式の出土品で人間不信になりそうなところ、動物たちが癒してくれました。今回、生贄関連の出土品が多数展示され、時空を超えて評価されることで、生贄の魂が少しでも慰められると良いのですが……。
 

開催概要

展覧会名:特別展「古代メキシコ マヤ、アステカ、テオティワカン」
期間:2023年6月16日(金)~ 9月3日(日)
場所:東京国立博物館 平成館
開館時間:午前9時30分~午後5時
9月2日(土)までは金曜日・土曜日・日曜日は午後7時まで
9月3日(日)は午後5時閉館

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト。東京生まれ、埼玉育ち。雑誌や新聞、ウェブなどに寄稿。 近著に「愛すべき音大生の生態」(PHP)「スピリチュアル系のトリセツ」(平凡社)、「電車のおじさん」(小学館)、「無心セラピー」(双葉社)、「新・人間関係のルール」(光文社新書)、「女子校礼讃」「辛酸なめ子の独断!流行大全」(中公新書ラクレ)など。