石川啄木の代表歌の『故郷の 訛り懐かし停車場の 人ごみの中に そを聴きに行く』を習ったのは中学の頃だったと思う。今でもスラスラ思い出せる。上野駅構内に啄木のこの短歌が書かれてあるそうだ。東北出身の啄木がお国言葉を懐かしがって、どの停車場に出向いたのだろう….
東京駅でなく東北の玄関口の上野駅にこの美しく淋しく侘しい短歌の歌碑はふさわしい。
所変わってニューヨーク、上野駅ではないけれど祖国を懐かしむ時、日本人が集う場所がある、その人ごみの中にそを聴きに行くわけではないが、日系のスーパーマーケット、日曜の夜7時前には地味なニューヨークに根ざした日本人達がレジの列に並んでいた。その姿を見たときに懐かしの啄木の歌が浮かんできたというわけだ。
人は生まれた土地で一生過ごす人もいれば、生まれた土地を遠く離れて暮らす人もいるし、それが国内の場合もあれば海外の場合もある。人はニューヨークと聞けばさぞかし派手な暮らしを想像するようだ。しかし、まぁ日系のスーパーマーケットに並ぶ日本人達の実直なこと驚くばかりである。
熊本にあるスーパーのダイノブがニューヨークのミッドタウンに店を構えたのは4年前。バーガーキングの店舗跡に入店した。鰻の寝床のような細長い店舗に所狭しと日本の食品が並んでいる。日本人だけでなくアメリカ人のお客も多いが、日曜の夜は圧倒的に日本人がレジに並ぶので、その光景だけ見ていればまるで日本のようである。
人間の味覚はやはり慣れ親しんだ味が一番しっくりくる。外国生活が真新しい頃はあえて日本食を避けてみたりするけれど、やはり戻るところは日本の味なのである。日本人は髪を染めても、美容整形して西洋人もどきにしてみても、基本は日本人なのである。
不思議なものでニューヨークに暮らすことにより、より日本人らしくなっているような気がしている。
冬時間に入り夜の7時前ではあたりは暗く、平日の昼あたりはビジネスマンたちがごった返すミッドタウン。その賑やかな場所でも日曜の夜は人足は少なくガランドウとしている。
黒いレギンスに黒いダウンを羽織り夜に同化して日系スーパーで買った重い重いレジ袋を下げて帰る私は、俄かに石川啄木の気分になっていた。
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