トラック野郎研究家として書籍『トラック野郎 50年⽬の爆⾛讃歌』を刊⾏した⼩川晋⽒と、その盟友として「強⾏ロケ地調査」を敢⾏している「かわらのジョナサン」こと川原和彦⽒。同学年の「トラック野郎」狂が、その思いの丈を存分に語り合う対談の第2回は、超合⾦、消しゴムやチョロQ、シングルカセットといったブツの話から、それぞれの推し作まで、話題は尽きることがありません。その深き「トラック野郎」愛を、ぜひ⽬撃してください!
『トラック野郎 50年目の爆走讃歌』
小川晋 著/立東舎 刊
定価3,300円(本体3,000円+税10%)
https://rittorsha.jp/items/25317420.html
「⼤井スタンプ」の思い出
川原 前回は1972年⽣まれの話をしましたが、我々が⼩学校に⼊学した夏に第9作『熱⾵5000キロ』が公開、冬に最終作となる『故郷特急便』が公開になりましたよね。でも記憶にあるのは、地元の映画館の道端の看板で『故郷特急便』を⾒たくらい。よく考えればやはり⼩学校⼀年⽣が⾒に⾏く映画ではない(笑)。同い年の男の⼦は「ウルトラマン」「仮⾯ライダー」「ゴジラ」等のヒーローものやロボットアニメを⾒て、超合⾦で遊ぶのが⼀般的。それらに⽬もくれず、⼤⼈が⾒るような実写映画である「トラック野郎」にハマった我々って……(笑)。⼩川さんは(⼩学⽣)当時、プラモデル以外でトラック野郎に関するモノは何か⼊⼿されましたか?
小川 実家がある東京町⽥市に「⼤井スタンプ」という、映画チラシやポスターを売るお店があったんです。店内は映画チラシが入った膨大なクリアブックがずらっと値段別に並んでいましてね。一緒に行った⼩学校のクラスメイトは「ガンダム」や、ちばあきおさんの「キャプテン」といったアニメのチラシを買っていましたが、私のお目当ては勿論、「トラック野郎」の映画チラシ。ここで初めて⼊⼿したのは『男⼀匹桃次郎』だったかな? その後、『天下御免』『度胸』『突撃』『北へ帰る』『熱⾵』『故郷特急便』と買い揃えていくんですが、だいたい1枚50円〜200円くらいで入手できたんです。しかし『御意⾒無⽤』は⾼額チラシとして取り扱われていて、数千円の値がついていたんですよ。今でもそこそこレアで、ヤフオクに出てくると結構な⾦額になりますね。これは流⽯に⼩学⽣の⼩遣いでは買えなくて、⼊⼿したのは⾼校⽣くらいだったかと思います。ポスターやパンフレットよりもチラシの⽅を先に⼿に⼊れたという。
川原 町⽥にも「⼤井スタンプ」ってあったんですね。それを聞くと、就職活動で東京に⾏った際に⼤井町にあった「⼤井スタンプ」で第6作のポスターを買いました。でも第1作のチラシがそんなに⾼額だったのは驚きです。私⾃⾝はチラシの認識が当時はなくて、社会⼈になってから数作品⼊⼿した程度です。
小川 チラシについて付け加えると、ある程度⼊⼿すると『爆⾛』と『望郷』がなかなか⾒つからないんですよ。’70年代以前の邦画チラシって、作ったり作らなかったりしていますからね。結論から⾔うと、この2作はちゃんとしたチラシが作られていないかと思います。『爆⾛』はプレスシート(メディア関係者向けに配布される非売品の公式資料)で代⽤、『望郷』は「トラック⾳頭」の宣伝チラシのみで、これとは別にB4サイズを2つ折りにした単色ものもありますが映画館のスタンプ等、館名入りを確認できていないので、一般のお客さん用に配布されていたものなのか否か、確証はありません。ポスターやパンフは、90年代くらいまでは古本屋でもちょっと探せば安価で買えましたよね。ポスターはトラックショップなかむらで製作したポスターカレンダー、パンフはBlu-rayボックスの付録として復刻されましたが、オリジナルの中古価格は高騰しています。
▲『御意見無用』の映画チラシ。裏面に各映画館名が印刷やスタンプで入るため、全種類を網羅するのは不可能である
「トラック野郎」のパンフは全作存在する?
川原 でも子供だった我々は実際それくらいの感じで、前回も話しましたが私が入手したのは「光るトラック野郎」だけです。一応超合金に分類されるようですが、それもどうかとも思います。私はロボット超合金なんかに翻弄されず「ミニカー」一筋でしたが、そういう我が家にも唯一「太陽の使者 鉄人28号」の当時8000円ほどした超合金がありました(現存しています)。ただこれは私のものではなく妹のものですが(笑)。爺さんをそそのかして買って貰ったもので、妹にとって鉄人の超合金は爺さんと彼女を繋ぐたった一つの絆なんです。あ、どこかで聞いたような台詞だ(笑)。私は映画公開当時には何も購入しませんでした。そもそも映画としての認識がなかったもので。
小川 そうそう、超合⾦「光るトラック野郎」は何故か当時、⾒た覚えがないんです。駄菓⼦屋とかのガチャガチャで買えた「トラック野郎消しゴム」くらいですね。
川原 「トラック野郎」消しゴム、確かにありました。2つ3つ持っていましたが、残っているのは1つくらい。チラシも作品によっては無いんですね。私、その辺りの情報は弱いんですよ。後にオークションで手に入れられる頃には手を出さずに来たため、実際1~2作品しか持っていません。ポスターも同様です。でも中学~高校生の頃に映画専門の古書店と出会い、パンフすべてを当時は1冊300~500円で入手しました。
それから大学生の頃だったか、我が家のお寺での話ですが、夏のお参りなどに信徒が使用する団扇を入れておく箱があり、その中の整理を手伝っていたら「望郷一番星」と書かれた団扇を発見! 直ぐに手に取り、役員さんだったか、住職に話し「譲ってください!」と懇願。即答で「もってけ」と(笑)。あとは地元の映画館の館主と懇意になり、物置を漁らせて貰いポスターやプレスシートを頂いたくらいです。
▲『トラック音頭』発売時の宣材団扇
川原 パンフがBlu-rayボックスの付録として付いていたのを失念しておりました。ただ、実際のパンフでは第5作と第8作は併映作の『サーキットの狼』『水戸黄門』のパンフも同時掲載でしたが、付録では流石にそれがカットされている。そしてパンフは第4作までは存在しない。だけど第1作~第4作のパンフが存在するかのような情報がネットで流れたりしていたじゃないですか。あの根拠ってご存じですか?
小川 第1作〜第4作のパンフが存在するかも……という情報、確かに2ちゃんねるか何かで流れていたことがありました。しかし公開から半世紀も経過していますから、さすがに存在していれば1冊くらい、現物の情報が出てくるはずです。故にこの話は、眉唾ものだなと。⻄荻窪で開催した書籍『トラック野郎 50年⽬の爆⾛讃歌』の出版イベントでも、本当に存在するのか否か、ご質問された⽅がいらっしゃいましたね。これは会場でもお答えさせていただきましたが、第4作以前のパンフレットは、地⽅の映画館が独⾃に作成したものはあるかもしれません。しかし東映本社が作成したものは無いと思います。そもそも第5作『度胸⼀番星』のパンフレット前半部分には第4作までの作品紹介が載っていますよね? もともとパンフレットを作るつもりはなかったけど、これだけ⼤ヒットすれば……という感じで作ったのだと考えられます。それでパンフレットを作っていない第1作〜第4作をダイジェストとして掲載したのではないでしょうか。まあ邦画の宣伝材料って、洋画と⽐べて未知の部分が多いんです。「仁義なき戦い」は第4作『頂上作戦』のみ、突如パンフが作成されて劇場で販売されたようですね。そして『御意⾒無⽤』と同年製作で、東映が「トラック野郎」以上に期待をかけた『新幹線⼤爆破』さえもパンフは作成していませんから。
川原 当時は、パンフレットやチラシの存在意義が重視されていなかったというわけですね。でもそう考えると、パンフを見つけ度肝を抜かれ購入したのが、映画終了後10年ほどしか経っていない頃だったのは、今考えるととてつもないことに感じます。そして何故か2000年代になって、新たにいろいろな商品が発売されたじゃないですか。これらは結構購入しました。「チョロQ」はコンプリート。作品によってはスペアを購入した物も。そして、チョロQを二回り位大きくした、モーター駆動で走って光る一番星号が製品化された物もすべて購入(爆走・望郷・突撃・故郷の4タイトル)。1/32 RCは爆走・望郷・男一匹・熱風の4作品。ただし爆走一番星は結婚祝いにと、友人がプレゼントしてくれました(笑)。
小川 元東映宣伝部の福永邦昭さんにどんな基準で宣材を作成するのか伺いましたが、詳細については未だわかりません。チョロQの発売初期、⼀番星号はもちろん、ジョナサン号まで作品ごとにセットで発売したりと、タカラトミーの⼒の⼊れようは凄まじかったですよね。ライバル⾞のボルサリーノⅡや、パッカー⾞の花電⾞福の神までリリースされたのは、驚きました。これは全10作まで作られるかもと期待していたんですが、『男⼀匹桃次郎』の⼀番星号が出たあとピタリと発売が⽌まってしまって。ここまで出したんだから、最後まで出してほしかったです。
川原 チョロQがフェードアウトしたのは残念でした。次はいつ発売するのか、待てど暮らせど……。
▲映画チラシか、はたまたプレスシートか? 今となっては明確な判断ができない『爆走』『望郷』の宣伝素材
「⼀番星ブルース」のシングルカセット
川原 福永さんは本当に大きな存在です。澤井信一郎さんが亡くなられ、トラック野郎関係の話は当時を良く知る方が激減している今、福永さんには私も聞きたいことはしっかり伺っておきたいと思います。
小川 澤井信⼀郎さんには晩年まで、⼤変お世話になりました。『トラック野郎』は助監督時代のことなのに、私の⾯倒な質問に対していつも親⾝になってお答えいただきました。調べれば調べるほど伺いたいことが湧いてきて、今でもお元気なうちにお聞きしておけばよかったなぁと思うことはたくさんあります。福永さんも当時のことをしっかりと覚えていらっしゃるので、すごく参考になりますね。
川原 澤井信一郎さんですが東映東京撮影所試写室で開催した上映会の帰り、助監督の吉崎元さんが、ご自宅までお送りするというので同乗させていただいたことがあったんです。その時、澤井さんが「私も色々な職業の人に出会ってきたけれど、地図を作っている人には初めて会った」とおっしゃられたのが印象深いです。「青年、ここが僕の家だよ」と。青年という年齢ではなかったですが(笑)。
我々が中学生の頃に「一番星ブルース」のシングルカセットが発売になりましたよね。地元のレコード店で見かけたにもかかわらず、買わなかった(買う踏ん切りが付かなかった)ことを後に悔やみました。「一番星ブルース」「トラック音頭」も、後にオムニバスCDに結構入るようになり、それで入手しました。そしてあの「東映傑作シリーズ」のCD3枚。今聞くとかなり残念な感じもありますが(笑)、第9作のようにマスター紛失になったものもあることを考えるとよく出してくれた!と思う発売当時は素晴らしい存在でした。
小川 「⼀番星ブルース」のシングルカセット、ありましたねえ。公開当時は出ていないのに、唐突にリリースされたのは覚えています。シリーズ誕⽣○○年とかではないと思うし、あれは何だったんだろう……? 「⼀番星ブルース」のシングルって、CDの時代が訪れても暫くは廃盤にならず、注⽂すれば町のレコード屋で買えたんですよね。東映⾳楽出版が発売した「東映傑作シリーズ」サウンドトラックCDは、⾳楽が盛り上がる⼨前でフェイドアウトになってしまったり、⼀番星号とライバル⾞の戦いが始まる際に使⽤された肝⼼なテーマが⼊っていなかったりと、普通の⾳楽CDに⽐べると⽐較的割⾼なのに、物足りなさを感じました。
川原 嬉しくもあり、物足りなさを感じた「傑作シリーズ」。でも人間、欲が出るんです。小川さんと出会って1年が経った2015年、互いの信用具合も高まり(笑)、CD『歌え‼トラック野郎スペシャル』の制作・発売の話が小川さんから舞い込みます。おまけ(2枚目)のサウンドトラック集の選曲を手伝ってほしいという依頼で、私は二つ返事でOK。ただ締切りが2~3日しかないという。だから仕事から帰り、夜8時くらいから作業を行い、確か2晩で全10作分を終えたような記憶があります。選曲コンセプトは「自分の欲しい曲を集めたCDにしよう!(笑)」というもの。実際、発売されたもののAmazonのカスタマーレビューは、メインを差し置いてサントラの方のコメントがほとんど。傑作シリーズには無かった、(ワッパ勝負)第2作のM-17や第3作のM-10、(クライマックス)第2作M-24や第3作M-30のフルバージョンは必須でしたから……私には(笑)。自分でも本当に良いモノを作らせていただいたと思います……自画自賛許されよ(笑)。でも本当にこういう話は、小川さんと出会っていなければ経験できないことでしたし、携わることができなかった可能性を考えると、ゾッとしますね。感謝の言葉しかありません。
小川 『歌え!!トラック野郎スペシャル』CDは、2014年に出版された徳間書店さんの『トラック野郎浪漫アルバム』に私が関わった際、その出版打ち上げでCDディレクターの⾼島幹雄さんと知り合ったのがきっかけだったんです。⾼島さんはそれまでにも多数のテレビドラマや邦画のサウンドトラックCD制作に関わっていらっしゃった⽅ですから、今までにはなかった、最⾼の「トラック野郎」サウンドトラックCDができることを確信していました。ただし、おっしゃるように締切りまで時間がありませんでしたから、ひとりでは到底間に合わない。なので、川原さんのお⼒を急遽お借りしようということになったのです。
川原 そう言っていただきまして光栄です。50周年のロゴデザイナーのマルユキ商店さんと劇中歌の解読と収集を行っていたため、次に発売になった『帰ってきた!!トラック野郎スペシャル』に採用された曲は結構所蔵していました。ロケ地も然り、劇中歌解読もハマっていましたね当時。「解読」が好きなんでしょうね、自分。
小川 CDが発売されて暫く経った頃、地元の県道を⾃転⾞で⾛っていたら、たまたま⾚信号で停⽌していたダンプの窓の隙間からこのCDの⾳が外に漏れていたことがありましてね。もちろん私⾃⾝が演奏しているわけじゃないけど、「あー聴いてくれてるんだ〜」と思ったことをよく覚えています。第2弾のCDは結構マニアックな内容でしたが、まだまだ収録しきれなかったですよね。『望郷⼀番星』で早朝、病気の仔⾺が元気を取り戻したのを確認した桃次郎が人知れず牧場を去る場面のテーマだとか……。
川原 どうしてもCDの収録時間の制限はありますから、『天下御免』のM-27(ハンドルを握る千津)など長尺の曲を入れると、小川さんも悔やまれる『望郷一番星』のマドンナに何も言わず牧場を後にする際に流れるテーマなどが非採用になったのもやむをえない(私は選曲しましたが……力及ばず不採用)。ちなみに、私は自車で聴く用に『傑作シリーズ』と『トラック野郎スペシャル』から自己ベストチョイスした盤を作り聴いております。ロケ地調査時に流しているアレです。
小川 2枚のサウンドトラックCDをリリースしましたが、おいしいところは2枚に凝縮していますから、流⽯に第3弾を出すのは無理でした。それにしても⾼島さん⽈く『熱⾵5000キロ』のみマスターテープが所在不明ということで、なぜ本作だけ⽋落してしまったのかは謎ですね。
川原 正直、CDは第1弾で終わりだと思っておりましたから、第2弾は「えっ!」という感じでした。おっしゃる通り第3弾を出すのは難しいでしょうね。第2弾でやりきった感じでしたから。
▲川原、小川の両氏が制作にかかわったCD『歌え!!トラック野郎スペシャル』と『帰ってきた!!トラック野郎スペシャル』
それぞれの「トラック野郎」
川原 例えば鉄オタに「乗り鉄」「撮り鉄」「録り鉄」「車両鉄」「模型鉄」「収集鉄」「路線鉄」「廃線鉄」等があるように、トラック野郎好きといっても、さまざまなタイプがいますよね。「デコトラ」「一番星号」「映出車」「ロケ地」「映像(作品)」「(スタッフ等)制作関係」「作品の歴史」「グッズ収集」「模型」etc.……小川さんは強いて言えば何好きに分類されますか?
小川 強いて⾔えば、「ストーリー」ですかね。命より⼤事にしている⼀番星号を、⾃分⾃⾝はマドンナに振られたにも関わらず、彼⼥の幸せのためにしゃかりきになって爆⾛する桃次郎の姿にしびれますね。
川原 ⼩川さんのマニアのジャンルである「ストーリー」。命より⼤事にしている⼀番星号を、⾃分⾃⾝はマドンナに振られたにも関わらず、彼⼥の幸せのためにしゃかりきになって爆⾛する桃次郎の姿……以前、⼩川さんと「もしトラックが⾺だったら?」という話をしましたよね。⼩川さんは、それでもこのストーリーに感銘を受けているから観るとおっしゃっていた。私は観ない可能性が⾼いです(笑)。⼀番星号がバスだったり、乗⽤⾞だったり、ノーマルのトラックでも⾃動⾞であれば観ると思います。それがゆえ、トラック野郎以外のトラックムービーも概ね観ています。好きな作品はまさに⾃動⾞を始めとした「地を⾏く乗り物が主役」の作品が中⼼ですから、⾃⾝の⾦字塔が「トラック野郎」シリーズになるのです。洋画も同様です。
小川 私は物語と、鈴⽊則⽂監督の演出術というか、⼈となりに感銘を受けました。もし⼀番星号が「トラック」ではなく「⾺」だったら……と考えたのは、あくまで極論ですよ。なんだか全国の「トラック野郎」ファンを敵に回してしまうかもしれないなぁ(笑)。
川原 「トラック」が「馬」の例え、私は好きですよ(笑)。ああ、そういう見方があるんだって感銘を受けましたからね。そういう「トラック野郎推し」もあるんだと。話が少しズレるかもしれませんが、「トラック野郎」って東映東京の現代版時代劇なのではないかと思うんです。というのも、オープニングのドタバタや中盤の物語、そしてラストの「助さん格さん懲らしめてやりなさい」や「お主、余の顔を見忘れたか!!」「う、上様……上様の名を騙る不届き者、出合え! 出合え!」が、トラック野郎だと「馬鹿野郎ッ、鬼台貫が怖くてワッパが廻せるか!」や「馬鹿野郎ッ、泣いてる暇があったら会いに行け、会いに行ってとことんぶつけ合うんだ!」になると思うんです。「暴れん坊将軍」徳川吉宗の刀「カチャッ」は桃次郎の「アクセルの踏み込み」グングン上がるスピードメーターの針! 殺陣は一番星号の蛇行・パトカー大破! まさしく「水戸黄門」であり「暴れん坊将軍」です。まぁ東映らしいプログラムピクチャーですよね。音楽も木下忠司さんと菊池俊輔さんですし。そういうところが小川さんの言う「ストーリーマニア」につながるのかな?と。
小川 とは⾔っても、「デコトラ」+「ストーリー」だからこそ「トラック野郎」が成り⽴つんだとは思うんです。桃次郎はマドンナに振られているわけだから、⼼の中で「ちっきしょ〜」という気持ちは消えるはずがないと思います。でも、それを顔や態度に出さない。本当はカッコ悪い男なんだけど、そこをぐっと我慢して⽬的地に届ける。そこが桃次郎の美学なんですよね。普段、沸点が低いから喧嘩っ早いし、思ったことはすぐ⼝に出す癖にね(笑)。
川原 「デコトラ」+「ストーリー」だからこそ「トラック野郎」……それはそうですね。桃次郎の美学って、多細胞の顔になった時は「結願だって言ってたな、どんな願を掛けた、嘘をつくなよ、正直に言うんだ」ですが、単細胞の時はそれこそ思ったことはすぐ口に出し老人・子供にも情け容赦ない。「この糞爺い出て来い」が、マドンナの関係者だと分かると「お爺様、我が身分卑しき松下金造のはいた数々のご恩……」ですからね。周りにいたら嫌な奴だなと(笑)。でも、そういうところも含め小川さんの推しの部分でもあるんでしょうね。私なんかは、デコトラや映出車も元来の自動車好きが故もちろん好きなのですが、そこに特化したマニアではなく、基本は映像・物語としての「映画」が好きで、トラック野郎の場合はオープニングシーン、ワッパ勝負、クライマックスで満足するような「一番星号」走行シーン好き。そういう人達も多いのではないかと思います。
小川 桃次郎がマドンナに振られた時って、いつも痛々しいですよね。そんな中で、特に『望郷⼀番星』で振られた時の、桃次郎の表情の変化が大好きです。終始渋い顔をしていたのに、それを押し殺して亜希⼦へ「おめでとう」と祝福する時に桃次郎の目もとがふっと優しくなるんです。それにつられて亜希子も、えっ?となる表情もたまりません。私はトラックよりもむしろ、そんなところばかりが気になってしまうのですよ。
川原 桃次郎が亜希子に振られた時の表情の変化に目が行き、気になってしまうのは小川さんらしいところだと思います。映画って個々の好みがあってこそですから。私の場合、当て馬ドンに「一生本番無しか」「人間にもこういう奴がいるんだよな、ドンか」という伏線からの渋い顔してドンに近寄り「兄弟、あ~ん~」って言うところが好きだったりします。とは言っても一番はその後のクライマックスです。あれがあってこそ「トラック野郎」だと。そういう意味では小川さんの場合は「大衆娯楽劇」の部分が主で、私の場合は「娯楽活劇」部分が主。そういった視点の差ですね。それがまた良いわけですが。
▲『一番星北へ帰る』のチラシ、プレスシート
『望郷⼀番星』と『幸福の⻩⾊いハンカチ』の近くて遠い距離
小川 「トラック野郎」って「どの作品を観てもみんな同じ」といった、マンネリズムの代名詞のようなイメージを持つ⽅が多いような気がしますけど、マドンナを⽬的地へ届けるために、⾃分の⼤事にしているデコトラをボロボロになるまで爆⾛する、というストーリーに類似した映画って、ありそうでないんですよ。そこが私にとってツボなんです。よく「男はつらいよ」とも⽐較されますよね? 寅さん、私も⼤好きですよ。おいちゃん役が森川進さんだった、シリーズ初期は特に。だけど、桃次郎と寅次郎の性格は全然違うから、似ているっていう感じがしない。寅さんは基本的にウエットですし。
川原 全く同意です。過去に某ネット百科事典に書き込んだことがある言葉ですが、鈴木(則文)作品が「動・俗」なら山田(洋次)作品は「静・雅」だと思うんです。ネット百科事典では「トラック野郎」と「男はつらいよ」の対比の話ではありましたが、同じことは監督にも言えるのではないかと。ちょうど1976年公開の『トラック野郎 望郷一番星』に対し、翌1977年公開の『幸福の黄色いハンカチ』は同じロードムービーの部分を持ち合わせ、舞台も同じ北海道。まりも(近海郵船フェリー)からの降車、釧路駅前、美幌峠、阿寒湖温泉、小清水原生花園、網走駅などロケ地は結構被ります。『黄色いハンカチ』のオープニングで山田洋次監督のテロップが出るファミリアの走行シーンなんて、その1年くらい前にトラックがバーストして崖から落ちる直前に走っていた場所と同じなんです(笑)。恐らくほとんど同じ場所からカメラを回していたと思われます。でも作品の毛色は全く違う。かたや大衆娯楽活劇、かたやヒューマンドラマ。『幸福の黄色いハンカチ』は第一回日本アカデミー賞を総なめにする名作。前年にアカデミー賞は未だありませんでしたが、もしあったとしても『望郷一番星』が獲ることはなかったでしょう……。逆に『望郷一番星』は12億3千万円の配給収入を記録したのに対し、『黄色いハンカチ』は望郷一番星の5~6割程度※の配収だったと思われます。一般の人達が千円を投じてでも観たい作品と、評論家が一票を投じる作品には大きな差があります。そこが「トラック野郎」の勢いであり、民衆が求める真の娯楽であるゆえんなのかなと思います。そして再三にわたり話に出していますが、子供の頃から祖父の影響で地図好きになり、一番星号はどこを通ったのかが気になるようになり、これが私のロケ地解読を行うきっかけです。他には大学が商科(会計学)専攻だったためか、映画製作の経緯から、各作品の状況(配給収入やニュース)を調べるがゆえ、大学生時代に新聞縮刷版をコピーしたりしていたら、世の中には似たようなことをしている人も居るんだと分かりましたが、何枚も上手でした(笑)。
※具体的な数字が発表されていないため、1977年の10位の配収7.5億未満として予想。
小川 図書館所蔵の新聞縮刷版やマイクロフィルムは、「トラック野郎」研究に関わらず、当時の空気を凝縮した記録ですからね。⾃分の知らない、どんな情報か記載されているんだろうと、期待しながら⾒ていましたよ。
川原 私の推しは作品的には第3作『望郷⼀番星』ですが、⼩川さんは第1作『御意⾒無⽤』でしたよね?
小川 そうですね、10本の中でどれか1本と⾔われたら、間違いなく『御意⾒無⽤』です。これはいつになっても私の中では変わりませんね。ものすごく荒削りな作品だけど、⼤事な部分はすごく丁寧に撮っています。桃次郎だけでなく、マドンナ・洋⼦と夏⼣介さん演じる明とのやりとりも⼼に沁みます。「俺はその道を選んだんだ! さよなら……」と強引に別れを告げる明の台詞が悲しみを誘います。
川原 シリーズものの作品は、⼩川さんのように第1作推しの⽅が結構多いと思うんです。基本⾻格というか基礎⼟台ですから、よく分かります。荒削りながらも基本要素をすべてぶち込んだ、町⾷堂のボリューム満点五⽬野菜炒め定⾷のような感じ。特に『御意⾒無⽤』は、ほとんどにおいて不利な状況にもかかわらず、⼤成功を収めた。それがゆえ、後のシリーズにつながったわけですが、実は私の場合はそのつながった第2作以降の⽅が……というのは「⼀番星ブルース」も好きですし、作品⾃体の派⼿さやトラックやFU(2代⽬⼀番星号のベース⾞輌)も好みですから。まあ、その辺りはシロート⽬です。
小川 トラック野郎シリーズ第1作、『御意⾒無⽤』が好きなのは、結果的にシリーズとなりましたが、本作は「シリーズものを作ろう」という思惑ではなく……何というか、ネタをもったいぶらないで、すべてフルスイングで挑んでいる感じがいいなあと思うんです。あと、桃次郎とマドンナの接し⽅がストレートで好きです。マドンナに対して「⾦でカラダ売るなんて、⾒損なったよ!」と罵倒して泣かせてしまうような、マドンナに⼀⽬置かずに接する桃次郎が。そういうシチュエーションって本作以外、無いかと思います。
川原 小川さんの「ネタをもったいぶらないで、すべてフルスイングで挑んでいる感じ」は、まさにその通りかと。私は『望郷一番星』推しですが、それは『御意見無用』でホームラン、『爆走一番星』で場外満塁ホームランを飛ばすような爆発的なヒットを記録した恩恵と、夏興行のため製作時間・制作費がふんだんに掛けられ、さらには警察からの制約も未だ無く、おまけに舞台は北海道でライバルは14tトレーラー、演者は梅宮辰夫。猥雑さへの制約もなく、喜劇・悲劇・活劇が三位一体となった、二度と邦画では作れないような大衆娯楽活劇の最高峰の1作品だと思うためです。そして鈴木監督も「イキの良さと面白さではこの作品が随一だと思われる。自画自賛。許されよ」と言われるくらいですから。子供の頃、自身の記憶に残ったシーンが多いのもこの作品。トラックが崖から転落大破、トラックが吊り橋を渡りきる、涙のバケツリレー、20tの荷を積んだワッパ勝負、40tの荷を積んだクライマックス等々。小川さんじゃないけど、こういう物語の作品って本作以外無いんです。
小川 『望郷⼀番星』、トルコ⾵呂のシーンもためらいのようなものが全くなく、潔いですね。菊池俊輔さんの⾳楽も、⽊下忠司さんに負けず劣らず素晴らしいです。「トラック⾳頭」は本来、和やかで楽しい歌だと思うのですが、聴く度に吉川団⼗郎さんが演じる、宮城縣のトラックが崖から転落するシーンが思い浮かんで切なくなります。⽂太さんも星桃次郎を演じることに対してまだまだノリに乗っていますよね。早くも本作がシリーズの最⾼潮だと感じます。
川原 『御意見無用』『爆走一番星』『望郷一番星』の勢いが1976年8月5日の「一番星号押収」で水を差されることになり、ここから歯車が狂い始めた感もありますね。そうは言っても10作まで続き、50年経った現在もこれだけ支持してくれる人がいます。このトラック専⾨誌業界に『カミオン』+『トラック魂』が発売されているのも凄いこと。映画会社や企画会社ではなく、有志で(公開50周年の)上映会を大々的に開催・満員になるなど、このファン達の力は他の映画じゃ考えられないと思うんです。主人公である菅原文太さんが逝去され、5ヶ月せずに相棒役の愛川欽也さんも逝去され、所属事務所や企画会社ではなく、一般有志で追悼イベントを企画して行ったなんてトラック野郎くらいではないでしょうか。
2015年7月19日に茨城県大洗港にて菅原文太さんと愛川欽也さんの追悼イベント「感動をありがとう桃次郎☆ジョナサンよ永遠に」が、映画「トラック野郎」制作時に尽力された哥麿会初代会長やデコトラを創成期から行った方々、有志6名が企画し開催。当日は一番星号(熱風5000キロ仕様)やジョナサン号、龍馬号を始めとするトラックが全国から600台以上集まるなど、他の映画では過去に例を見ないようなイベントが執り行われたもの。
いかがだったでしょうか? 「トラック野郎」を巡る対談は今回もとめどもなく続き、あっという間に時は過ぎ。きっと次回はさらにパワーアップした、熱量マックスの内容をお届けできることでしょう。それまでは『トラック野郎 50年⽬の爆⾛讃歌』を読んでお待ちください!
PROFILE
⼩川晋(おがわ・しん)
1972年、東京都町⽥市出⾝。2001年、⽇本映画学校(現・⽇本映画⼤学)演出科を卒業
後、『キューティーハニー』(2004年 庵野秀明監督)や『⽕⽕』(2005年 ⾼橋伴明監督)等で装飾⼩道具を担当する⼀⽅で、⽇本娯楽映画の映像⽂化を研究。特に『トラック野郎』に関しては、幼年期にたまたまTV放映で観たシリーズ第1作『御意⾒無⽤』のクライマックス、ズタボロになった⼀番星号の爆⾛シーンに強烈な衝撃を受けて以来、果てしなき探究を続ける。2014年『トラック野郎ブルーレイBOX 2』(東映ビデオ)ブックレットの構成・解説、翌年リリースのCD『歌え!!トラック野郎』及びCD第2弾『帰ってきた!!トラック野郎』(ユニバーサルジャパン)のサウンドトラックディスクの選曲・掲載データ作成に従事。2022年、デコレーショントラック専⾨雑誌「カミオン」(芸⽂社)で、『トラック野郎』シリーズ全作を担当した美術監督・桑名忠之⽒が作成したロケハン記録で撮影当時
を同⽒と振り返る「スクラップブック回想記」を連載。著書に『映画トラック野郎 ⼤全集』、共著に『実録やくざ映画⼤全』(ともに洋泉社)、『アデュ〜 ポルノの帝王 久保新ニの愛と涙と⼤爆笑』(ポット出版)、『不良番⻑浪漫アルバム』(徳間書店)など。「トラック魂(スピリッツ)」(交通タイムス社)で約3年間掲載された連載記事をまとめた『トラック野郎 50年⽬の爆⾛讃歌』を昨年10⽉に刊⾏。
川原和彦(かわはら・かずひこ)
1972年北海道恵庭市出⾝。幼少期からの地図好きと⾞好きが⾼じ、TV放映で観た⼀番星号を始めとするトラックの爆⾛シーンに釘付けとなる。地図好きとトラック野郎好きな⼦供が、⼀番星号の通った軌跡を地図で追っていたのが功を奏し、ロケ地の本格的調査研究をはじめる。1991年札幌学院⼤学⼊学後、映画研究会に所属し、同⼤学卒業後は⾃⾝の趣味を⽣かし、地図調製業を⽣業とし現在に⾄る。
国内Aライセンスを取得し、モータースポーツ(レース・スノートライアル・ジムカーナ等の⾃動⾞技活動)を2000年頃から開始、現在も継続中。全⽇本選⼿権の参加経験あり。
2011年ロケ地の現地調査を本格的に開始する。
2015年リリースのCD『歌え!!トラック野郎』及びCD第2弾『帰ってきた!!トラック野郎』(ユニバーサルジャパン)のサウンドトラックディスクの選曲・掲載データ校正に従事。
2017年に新潟⽇報社がシリーズ5作⽬「度胸⼀番星」の40周年特集記事を掲載するにあたり、ロケ地アドバイザーとして同⾏協⼒したのを機に、同年トラック専⾨雑誌『カミオン』(芸⽂社)の協⼒を得て、⼤⼈の⾃由研究「トラック野郎ロケ地調査」として不定期特集を開始し現在に⾄る。

