新しい月が訪れて、まだ暗い朝、小さな灯りの中でパソコンを立ち上げる。見覚えのあるような女性の写真が目に入る。その人の名はローザ・パークス。ちょっと、心が痛くなった。今現在のアメリカに於ける黒人差別をあの世からどのように見ておられるのだろうか….
↑ 上部掲載写真のローザ・パークスについての説明は、以下、ウィキペディアから一部転用させていただく….
“リー”ローザ・ルイーズ・マコーリー・パークス(Rosa “Lee” Louise McCauley Parks, 1913年2月4日 – 2005年10月24日)は、アメリカ合衆国の公民権運動活動家。
1955年にアラバマ州モンゴメリーで公営バスの運転手の命令に背いて白人に席を譲るのを拒み[1]、ジム・クロウ法違反の容疑で逮捕されて著名となる。これを契機にモンゴメリー・バス・ボイコット事件が勃発。アフリカ系アメリカ人(黒人)による公民権運動の導火線となったことで、ローザは米国史における文化的象徴と見なされ、米国連邦議会から「公民権運動の母」と呼ばれた。
人権擁護運動の共有財産(共有遺産)として、その行動は国際的に高く評価されている。
私がローザ・パークスを知ったのは、ロサンゼルスの友人宅に遊びに行った際、LAメトロの駅名に女性の名前がついてあり、その人物を知らなかったので、検索して知ることになった。日本で生活していた頃は、全く知らない人物で、アメリカに移住してからも暫くは知らなかった。↑ 大写しの顔写真の左側に暗殺されたキング牧師の姿も見える。
2012年、当時のオバマ大統領は、ローザ・パークスが実際に乗ったバス、そのバスで白人男性に椅子を譲ることを拒否して逮捕されたバスに乗った写真が以下 ↓ のとおりある。このバスはミシガン州のヘンリー・フォード美術館に展示されている。
(※逮捕にローザ・パークスが座っていた席は同列の反対側だっそうだ)
ローザ・パークスのこの聡明で意志の強そうな ↑写真は実に偉大である。1955年当時の黒人差別は、それが当たり前の時代だった。それに南部のアラバマ州は法律で、あらゆるところで白人と黒人が分離されていた。今、考えると法で括られているのが恐ろしい限りだが、その南部のアラバマ州で起きた事件だったので特に衝撃的だったのだ。
ひとつの勇気が歴史的出来事となったローザ・パークスは92歳でデトロイトの自宅で死去。2005年10月24日のことで、死因は老衰。
本日、12月1日は、ローザ・パークスを讃える日である。以下の英文にある通り、1955年、白人乗客にバスで椅子を譲らなかったことで逮捕された日であった。
Rosa Parks Day is December 1, the day she was arrested in 1955 when she refused to give up her bus seat to make room for a white passenger.