製作した作品すべてがアカデミー賞にノミネートという「カートゥーン・サルーン」の最新作、映画『ウルフウォーカー』が10月30日(金)よりYEBISU GARDEN CINEMAほかにて全国公開となります。中世からアイルランドで密かに伝えられてきた伝説で、眠ると魂が抜け出しオオカミになる“ウルフウォーカー”を題材に、生命への限りなく優しい眼差しで描く息をのむほどの美しい世界と不思議な物語が魅力です。トロント映画祭で初お披露目され、大きく話題にもなった本作について、トム・ムーア監督とロス・スチュワート監督に話をうかがいました。
T:トム・ムーア監督
R:ロス・スチュアート監督
●制作当初本作を監督するにあたり、まず考えたことは何でしょうか?
T:監督を始める時の想いですが、種の絶滅の危機であるということ、友情が大事であるということ、違う出自の人間同士でも友情を培うことができるということ、違う見方を持つ者同士が分かり合うことができるかもしれないということ、そして野生の重要性ということも伝えたかったんです。今失われつつある世界のなかで、秩序とかいわゆる文明といったもののなかで駆逐されつつある野性などを大事にしていったらいいというメッセージは念頭にありました。
R: 若い人、子どもにとって、個人の生き方というのは、世界や親が何と言おうと、自分自身の人生を貫くんだというような主体性を教えることになるんじゃないかと思います。自分が正しいと思う道を貫きなさいというメッセージです。
●おふたりで監督するにあたり、どういう役割分担をしましたか?
R:最初の数年間は分業しないでふたりでやってきました。特にストーリーディベロップメントをするところ、コンセプトやイメージ作りのところは共同で平等にやってきました。背景やキャラクター作りの基本的なところも一緒にやりました。次にストーリーボードに入った時に、それぞれ専門的な得意としている分野、トムの場合はキャラクターや、アニメーションの方に専念する、わたしは背景画の充実に腐心する、そういった分業が生まれたと思います。合成とか音楽の部分でまた、ふたりで一緒に共同で作業していくといったような道のりを辿りました。
T: つまりバラバラの分業があったというのは非常に少ない時期であって、ふたりであるということはよりプラスであり、お互いの足を引っ張り合うというよりもふたりであるほうが、ひとりでいるよりも良かったというような体験でした。
●制作過程でもっとも苦労したことは何でしたか?
T:最初のストーリー作りが非常に大変でした。特に当初、お父さんと護国卿を中心に置いていた物語の最初の部分を、ロビンとメ―ヴを中心に置いた物語に切り替えなければいけないという時にリライトの作業が大変でした。それから技術的な制作のプロセスの中ではいわゆるウルフビジョンと呼ばれる狼の主観から見た世界を描いていくというところが、工程的にこれまでにない挑戦的な技術でした。たった3分間の映像でしたけれど、非常に困難なことを成し遂げました。『かぐや姫の物語』の作り方にも似ているのですけれども、フレームごとに一枚一枚描き分けなければいけない。背景も絵も違うものを作らなければいけないので、より複雑でもっとディテールの細かい作業で大仕事だった。これは大きな挑戦でした。
●完成した映画を観て、いかがですか?
T:わたしは前作と比べてしまうんですけれど、視覚的にも複雑で難しい作業を乗り越えてきたし、より複雑なストーリー展開をすることができたという点で、大変満足しています。アクションアドベンチャーとしては今までにないような複雑なストーリーだということで、それはまさに最初に作りたいと思ったものを作り遂げることができたということは誇り高く思っていますし、わたしひとりというよりチーム全員が一致して、全員が10点中10点を成し遂げてくれたおかげで完成した映画だと思っていますので、わたしとしては点をつけることはできません。
R:トムさんとわたしはまだ、制作作業時期から近すぎるため、まだ点数をつけることができないのですが、何年か先に新しい新鮮な目で観直した時に何か思うところがあるかもしれません。採点するということであれば、それは観客の反応、あるいは関わったスタッフの反応だと思っていて、今のところどちらも好評でたくさんいただいていますので、それはそれで良かったなと思います。
●注目してほしいポイントは?
T:モノの見方ですね。いわゆる敵と味方とか言われる関係性の中でも、相手に共感を持って見つめることができれば理解が生まれるという点でしょうか。そこに注目してほしいと思います。そういう見方が健全なモノの見方だと思います。
R:それから友情に関して、ですね。どんな分断や違いがあったとしても友情は成立するんだということです。その辺を発見してほしいと思います。
●今回の作品を作り終えて「何か達成した」と感じたことはありますか?
T:大変自由になった感覚を持っています。これでやっと新しい主題とかテーマを追求したり探求したりするような開放感があります。そして3部作の最終回を完成させたということで、やりたいことをやり尽したという思いがあります。つまり伝説とか神話を元にした作品作りとはこの次の作品はまったく違うものに参入できるのではないかという開放感に浸っています。
R:どんな監督も撮影が終わった時は達成感を持っていると思います。たとえ5分、10分の短編であろうとなかろうと。実際やるよりも長編アニメーションの映画というのは時間がかかりますけれども、わたしたちだけでなくスタッフ全員がこれで一息ついたという達成感を感じているんじゃないかと感じています。これでようやく新しい違うことに歩み出せるんじゃないかという感覚を持っています。
●監督業について、大事にしていることは何ですか?
R:ストーリーですね。過去には『ブレンダンとケルズの秘密』などではアートディレクターをやったりしました。当時はアートというのはとても大事だったのですが、監督となった今はストーリーがもっとも根幹で重要ではないかと思っています。というのも、ストーリーがなければ観客を導いて行くことができませんし、観客が簡単に退屈してしまったり、気持ちが離れてしまったりする危険性があるからなので、そういった意味でも監督にとって一番重要なポイントはストーリーだと思います。
T:わたしもロスさんの意見に同感ですが、それに加えて長年、毎日毎日何年間も同じ作業をしていく中で、ある種の情熱というんでしょうか、それを言葉にしていくことが薄れてしまう危険性があります。そもそもどういうメッセージが念頭にあったかということを忘れないで、一人一人のスタッフや、参入してくるスタッフや関わりのある人たちにそれを同じテンションで伝え続けていくということがかなり困難なところで、難しいところだと監督としては思います。
●いまの仕事をしていてよかったと思うこと、辞めたいなと思ったことは?
T:『ブレンダン~』の後、ほかの仕事もあるかななんて考えたこともありました。アニメーションっていう仕事の一番魅力的なものはコラボレーションがある、たくさんの人が協力してより良いものを作っていこうと結集したエネルギーが生まれるのがこの仕事の素晴らしいところだと思うのですが、その自分に迷いがあった時は、自分は撮影アーティストになれないかなと迷った時がありました。これは本当に100%の人生を注ぎ込まないとできないような仕事だと思います。それは天職でなければやってはいけない仕事だと思いますので、わたしは諦めました。
R:辞めようと思ったことはないですが、アニメーションの仕事が終わったらイラストレーションとか、絵を描くという作業をしていて、そこで息をついて違う世界に身を沈めるということができるおかげで、両方を楽しむことができています。つまり絵の仕事をする、そしてすぐまたアニメーションの仕事に戻っていくという、ちょうど今アニメーションの仕事が終わりましたので、今年以降、暫くは絵画のほうに没頭して、絵画の展覧会のほうに力を尽そうと思っています。
●作品の日本公開を受け、日本の映画ファンには何を感じ取ってほしいですか?
R:もちろん心温まる物語として楽しんでほしいと思っているのですが、一方ではテーマとしては環境の問題ですね。
T:種の絶滅の危機にあるこの時代において大きな問題だと思います。今までにない近現代の中で生命の多様性が失われていくということは大きなメッセージとして伝えたいと思っています。もう一つは学びの場として、敵と思っている人間、恐れていたりあるいは憎むように仕向けられている人間は、実はそれほど悪い奴じゃないじゃないかというテーマがあります。一日でも相手の立場になって考えてみたら、そいつがそれほど悪い奴じゃなくて、場合によっては友情さえ生まれ得るんだというテーマも一つのメッセージとして盛り込んでいます。
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