無防備なジャンプ台
先月末に熊本県のゆるキャラ『くまモン』がバンジージャンプに成功したという報道を聞いて、気になっていた筆者。
「くまモンのように飛べたら、さぞかし気持ち良かろう…」
すっきりしない体調が続いていたのである。「厄払いをせねば」そう考えていた矢先のことであった。「景気づけにもなりそう…」バンジーを飛んだらいいことずくめっぽいと踏んだ筆者は、さっそく実行しようと立ち上がったのである!
くまモンが飛んだのは77メートルの橋からだったのだが(スゲー)、筆者が挑戦したのは、都内で唯一バンジージャンプが飛べるという、よみうりランド(稲城市)のアトラクションで、その高さは22メートル。ビルの7階と同じ、とのこと。ハ…ハ…。
「ま、アトラクションなんだから安全に決まってるよね」
現地に着いた筆者は、迷うことなくバンジージャンプに直行したのだが…。
た、高い!
想像してたより高い位置にジャンプ台があるではないかっ。見上げてみて思ったのだが…、22メートルって、こんなに高いのだっけ。
それにジャンプ台や、そのジャンプ台に向う階段が、もうヤバいの。
大工さんが工事の時に組むようなアレ。 ただの「鉄骨の足場」という感じの鉄塔。 強風が吹いたら壊れちゃうんじゃないか? と悩んでしまうほどのスカスカ具合。いや、頑丈にできていることはわかっているのだが、普段、コンクリートに囲まれて生活している筆者からしたら、相当無防備な作りに見えてしまうのである。
本当に安全なんだろうか…。
ジャンプ台を見上げているだけで心拍数が急に上がり出した筆者は、立っていられなくなった。誰かが飛ぶのを見てから行こう…。近くのベンチに座り込み、こう思ったのだった。
無駄とわかり行くことに
漬物石みたいにじっと座って待つ筆者。しかし、誰も現れない…。
少し離れたところのベンチにも、その場を動こうとしない一人の男性の姿が。筆者と同じ考えなのか、不安そうにジャンプ台を見つめており、なかなか飛ぼうとはしない。
まだか…。
誰か…。
きょろきょろと辺りを見回している間、隣のアトラクション『クレージーヒュー・ストン』からは絶えず楽しそうな喚声が聞こてくるのだった。親子連れや、女子小学生らしき仲良し4人組みなどで盛況。あれ? きょう平日なんですけど…。創立記念日か? ま、いっか。それにしてもあれですね、今どきの小学生って何しゃべってるのかぜんぜんわからんよね。
そんなことをぶつくさ考えながら、何気なくふっと横を見たら、さっき座っていた男性の姿が消えていた。
飛ぶのか!?
「おおっ」と思いジャンプ台や階段、受付の辺りを見まわしてみたが…、誰もいない。
逃げやがった!!!
筆者はもう待っていても誰も来そうにないと思い、ジャンプすることにしたのだった。
不安から多弁に
係員にチケットを渡し、書類を記入して体重計に乗る。荷物をロッカーに預ける。追加料金を支払うと、記念映像を撮影してDVDに焼いてくれるサービスがあるらしい。しかし筆者は、それどころではなかった。
「バンジーで事故は起こしたことないんですよね?」
「大丈夫ですよねっ? ねっ?」
安全の確約を取ろうと必死だったのである。「大丈夫ですよ」感じの良さそうなお兄さんが心強い返事をくれた。それでも筆者は落ちつかなかった。
「すごい怖いんですけどっ」など、もし自分が言われたとしても100%「知らねーよ」と切り捨てるであろうたわ言も、お兄さんは「皆さんおっしゃいますよ」「心配ないですよ」と、慣れた口調であやしてくれながら、ばばっと筆者の装備を素早い手つきで完成させたのであった。
あとは、飛ぶだけである。
お兄さんに見送られ、鉄塔を上り始めた筆者。
手すりをぎゅっぎゅっ、と握りながら、一歩一歩、階段を上っていくのだが…。足場が常に揺れているような気がしてならない。今、首都直下型地震とやらが来たら、どうなるんだろう。想像したくない。こわい。
飛ぶ前からこんなにビビっていて、良いのだろうか。
風が吹いただけで「ガタガタガタガタ…」と音をたてて震える階段。その度に「ひぇー」としゃがみ込む筆者。
何でバンジーやろうなんて思ったんだろう。こんなとこまで来て。足が震えてる。横も下もスカスカだから怖いよう。もう上りたくない。安易な思いつきで「景気づけ」とか言いやがって。さっきまでの自分をぶん殴りたい。
完全に、来たことを後悔していた。
飛んだみたい
頂上まで上りきると、ジャンプ台のそばで従業員の女性が待っていた。
ああ、いよいよである!
へたりと座り込んだまま、また動けなくなってしまった。筆者のあまりにも余裕のない表情を気の毒に思ったのか、「平気ですかー」と気さくに声をかけてくれる女性。また「事故が起きたことはないんですか…」と聞いてみたが、「大丈夫ですよ」お兄さんの時とまったく同じ返事であった。もう逃げられないのである。
「青いバーを押して出てきて下さいー」
「黄色の線からつま先を出すようにして、立って下さいね」
手すりを離さずに、じりじりとジャンプ台に近づいていく筆者。黄色の線からつま先を、と言うが、黄色の線の先は空なのである! 何もないのである!
だ、出せない。
「では、両手を頭の後ろに組んで下さーい」
えーっ。
「手すりから手を離すんですかっ、こ、こわいっ」
筆者が気絶しかけていたその時、足元の黄色の線の下、もっともっと先にある地上が目に入った。ベンチに座っている数名の男女が、こちらを見上げているのである。
飛ぶか飛ぶまいか、楽しそうに迷っている、といったような雰囲気。様子見するつもりだな? くそっ。くそっ。そんなことする奴は大っ嫌いだ! えーんえーん。
男女に向かって恨み言を漏らしていると「下は見ない方がいいですよ」と女性がアドバイスをくれた。
「真っ直ぐ前を見て下さい」
「はいっ」
「カウントに合わせて、膝を曲げずに」
「はいっ」
「そのまま、ぱたん、と倒れるように」
「はいっ」
ビビッて動かない下半身のわりに、やたら勢い良く返事する筆者。
あまりにも怖すぎて、誰にでも従いたい気分だった。しかし物分りが良い分、スタート時間は近づいてきていた。
何か話さないと…。
っていうか、この人はこんな場所で働いていて怖くないのだろうか。その辺のことを聞いてみようか。
ぶつぶつ考えていたら、なんとカウントが始まってしまったのである。「3、2、1」と女性の声がマイクにのってそこらじゅうに響いている。
え~っ。
地上で見上げている男女が、筆者が飛ぶのを息をのんで待っているのがわかる。
きゃああーっ、と隣のアトラクションから絶叫が聞こえてくる。「バンジー」と叫ばれたが頭が真っ白で、その瞬間のことはよく覚えていない。
気づいたら、バウンドしていた。
舌かんだら大変だからと口を閉じて飛んだはずだけれど、びょーんびょーんと跳ねているあいだに、「ひょえー」だとか「うきゃー」だとか、へんな声が出てしまっていた。
数回上下したあと、ゆっくりとマットに落とされる。
無事だった!
気持ち良かったとか、鳥みたいだったとか、飛んだ瞬間のことがどうしても思い出せないのだが、無事に着地できたというだけで、うれしかった。
「うぉー」「やったー」「地面だ」装備を解いてくれたひとや、その辺の関係ない人と握手しまくってしまう筆者なのであった。