簡単に出来る努力と一筆箋の使い方

  by あおぞら  Tags :  

社会人の常識はなにか?と言うと大げさですが、当たり前のことを当たり前にすることが基本中の基本だと思っています。何かしていただいたら礼を述べる、何か送っていただいたら礼状を書く。この当たり前のことが出来ない人が結構増えているのではないかと思ったことが最近あったのです。

 

日本からご丁寧に羊羹を送っていただいたのです。こちらニューヨークには源吉兆庵もありますので、張り込めば高級羊羹も手に入りますし、日系のスーパーに行けばそこそこの羊羹も売っています。和洋のお菓子作りが好きな私は水羊羹くらいは簡単に作りますので、とりたて羊羹を熱望しているわけではありませんが、それでも日本からわざわざ高い航空運賃をかけて送っていただいたことに、嬉しさ以上に恐縮してしまいました。

 

年下の方でしたので、なんだか本当に申し訳なくて即COACHに走り、送るのに簡単でかつ実用的なキーホールダーにしました。その方が昨年結婚されていたので新しい住まいの鍵に繋ぐものは縁起もいいと考えました。贈られたものの2倍以上するようなお品を返礼とするのは『2倍にして返す』と本来は失礼に当たると思うのですが、ご丁寧に送っていただいた気持ちが嬉しくて、またCOACHはニューヨークに本社を置くブランドなので『本場から』の気持ちで、即行で郵便局から普通郵便で郵送しました。

 

きっと喜んでくれると思って連絡を待ちましたが全くありませんでした。きっと同封した私の手紙に「返礼はなさらぬように…..」の文字を”礼状すらも出さぬよう”に勘違いされたのかなと思いました。

 

先月、その方が博多に行かれたとのことで博多の焼き菓子を送ってくださいました。今回は重量が軽めなので受け取る側も多少安心でした。早速、礼状を書き、余計なことを書いて嫌われるとも思いましたが、前回当方からの贈り物に返事がなかったことに対し『返礼と礼状とは別物』と記したのです。早速手紙を頂戴して、やはり返礼と礼状を同じものと捉えていたとありました。そして素直に謝ってくださいました。

 

余計なことと思いつつも書いてよかったと思いました、正直ほっ、……

 

性格がいい、笑顔がいいと人は良い点を一杯もっていると思うのですが、肝心要の常識に非ず非常識カテゴリーに入れられてしまうと人間として烙印を押されたようなことになるかもしれません。この返礼と礼状の一件に関してもそうですね。

 

私自身もいろんな方々に非常識をやらかしてきたと思いますが、それでもやはりダメなところは私自身改めて、また聞く耳をもっていそうな方には、心を鬼にして指摘もいたしました。これからもその姿勢は続けたいと思います。

 

それでちょっと皆様にお薦めしたいことがあるのですが、一筆箋を身近なところに置いておくのです。何かを送るときにも一筆箋にちょっと書いて同封すると心がこもるし、また短い文章ですから余計なことを書きませんので文章力もつきます。何が必要で何がいらないかを、この一筆箋を使うことにより判断しなくてはなりません。

 

そして縦書きの文字に慣れることと、頑張って綺麗な文字を書けるように努力をするのです。悪筆は個性的とも言われますが、決して得はしません。短くても書く努力、そして美しい文字を書く努力、このふたつの努力はオリンピックを目指すほどの努力はいりませんので、簡単に出来る努力です。

 

騙されたと思って努力してみてください、1年後、3年後、5年後、10年後の人生がきっと変わっていると思いますから…..

 

 

 

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