文明の利器に支配されない憧れ

  by あおぞら  Tags :  

日本とニューヨークでは夏時間の今は13時間の時差があり、日本より13時間遅れた当地では月末までに送らなければいけないメールがあった場合、ニューヨークの午前中に送信しないと日本では8月31日付けで着信されない。当たり前のことなのだが、この手の時差の問題はニューヨーク支社で働く駐在員も同じように神経を遣うことだと思う。

 

さて、メインのメールで送信できなかったのでタイム・ワーナーと言うケーブルテレビとインターネットを使っている会社に電話をすると25分間待たされて、よくやくカスタマーサービスが対応した。どうやらここら一体トラブルで私だけの問題ではないと知り多少安心する。

 

インターネットが機能しないと悲しいくらいに狼狽してしまう。これは人間として機械に支配されているようで情けないとも思うのだけど、生活に欠かせないものなので不安になってしまうのだ。

 

先週、友人がマンハッタンを歩いている時にi-phoneをすられてしまって自己嫌悪に陥っていた。本人はスキのない人なので、スリにすられた事実を受け入れられなかったことと、i-phoneが生活に欠かせないものになっていたため、失うことにより生活に支障をきたしたのだ。

 

コンピューターやi-phoneは今の社会では生活の必需品なのだけど、どうもこれらに人間が支配されているような気がして時に残念になる。

 

ブータンにも携帯電話が普及している。あのブータンにである。

 

自分は大都会に住みながら文明の利器を使いつつ、パソコンも電話すらも通じない場所に憧れをもつ矛盾はなんなのだろう。

 

ネット社会は本当に便利で、海外に住みながらもこうして記事を送信できるのである。ファックスで原稿を送信するでなく、郵便で送ることなく、書き上げたものを【公開】の箇所をクリックするだけで記事として反映するのである。

 

ありがたい、実にありがたい。

 

しかし、パソコンも電話すらもなかった時代に憧憬を抱く気持ちはなんなんだろう…….

 

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