引っ越し先で常に煙たい存在なのが、新聞勧誘員とNHKの集金人。
勧誘員、拡張員というのは、毎日新聞配達をしている人間とはまったく異なり、新聞の契約者を増やために営業を繰り返す人間たちのことです。
映画観賞券や洗剤などのサービス品を過剰に付け、契約者を騙してでも、強引に“カード”といわれる契約書をあげる。さもなければ、勧誘員には拡張団本体からの想像を絶する制裁が加えられてしまいます。さらに、新規の勧誘客とトラブルになれば、時には暴力までふるわれます。しかし勧誘員自身も強引なやり方を続けてきた以上、警察に被害届も出せません。
このような業界があることをいろいろと調べていくと、旧知のネタ元から「客の家に嫌がらせをしてストレスを解消している勧誘員」の杉下氏(仮名/36才)を紹介してもらうことができました。
<※写真はすべてイメージです>
僕自身、取材をしながら正直はらわたが煮えくり返る思いをしました。読者の皆さんには「こんな人間もいるんだ」ということを知っていただきたいと思います。
さて、彼がどんな方法で仕事のストレスを解消しているのか、とくとお聞きください。
※編集部・注:本記事は取材当時の内容に基づいたものです。本文中の内容がすべての新聞拡張業務に当てはまることを示す内容ではありません。
精神的に煮詰まる拡張員たち
丸野(以下、丸)「なんだか、『十九歳の地図※』みたいなお話ですけど、勧誘員になったキッカケを教えてください」
※『十九歳の地図』……中上健次の短編小説で、住み込みで新聞配達をする19歳の予備校生が鬱屈した日々を送るという私小説風の作品。本間優二主演、柳町光男監督で映画化もされた
杉下氏「ギャンブルとソープで遊び、借金を数百万円作ってしまい拡張団に身売りしました。街金融業者の紹介で、3年になりますね。誓約書にサインしただけで、拡張団(新聞購読の拡販を専門とする営業団体)が俺の借金を立て替えてくれました。それにネグラも用意してくれます」
丸「実際にどんな生活なんですか?」
杉下氏「コワモテの団長の元で指定されたエリアを回ります。玄関口で客に怒鳴られたり、コンクール(販促キャンペーン)でカードが取れないと、“総括”として上層団員にボコボコに殴られたり……もう最悪ですよ、この仕事は……。オレは営業能力がないので、“嫁さんが死にかけている”、“子供が難病で……と『泣勧』(ナキカン/泣き落とし勧誘)で、なんとかやってます」
丸「ほ~う、そんな方法まであるんですね」
杉下氏「怒鳴るだけの客はまだマシで、中には生卵をぶつけてくる客やホースで水をかけてくる客、風呂上りにフルチンで説教してくる客、包丁持って飛び出してくる客までいますよ」
丸「大変なんですね」
杉下氏「もうそれからは、5ヵ所も円形脱毛を発症しちゃって……。逃げ出したくても拡張団の会報誌に賞金首をかけられて、追われますし……ね。もう、飯が喰える、喰えないどころの話じゃなくなってきます。段々とヤケになってきたとき、先輩にストレス解消法を教わりました」
イライラのはけ口で、朝酒と「報復」
丸「なんなんですか? それって……」
杉下氏「“オレがスカッとする方法教えてやるよ”とついていくと、不良勧誘員が使う『喝勧』(カツカン/脅し勧誘)で、気の弱そうな相手を脅して契約は取ったり、めちゃくちゃだったんですよ。で、こっぴどく客に怒られたときがあったら、リストのその家に印をつけておいて、今度は休みの日にそのウチのカギ穴に瞬間接着剤をニュ~っと入れるんですよ。こりゃ、気持ちいいなぁって。気分がスカッとしてね。オレもそれからは、鍵交換を何度もさせるようにこの悪さを繰り返しました。交換すればかなり高額なので、いい気味ですよ」
丸「いい気味って……」
杉下氏「まぁ他の販売所でも、専業(販売所従業員)以外の団の人間はストレス解消に誰でもやってますから……」
丸「他には報復する方法って何があるんですか?」
杉下氏「軽いものは、ドアにツバとかタンを吐きつけたり、マジックで落書きをしたり、酒瓶に糞尿を入れて深夜に家の中に放り投げたり、団地の窓に石をぶつけてガラスを割ったり、階下のポストに用意していた《金かえせ!》と貼り紙したり、ね」
丸「ヒドいことしますね」
うるさい犬には天誅を……! ストレスで爆弾製造まで
杉下氏「猛犬注意のうるさい犬がいるところなんかには、ホウ酸入りのおにぎりなんかを投げ入れます。肉の佃煮が混ぜ込んであって食いつきがいいし。何度か繰り返すと、玄関先で死んだのか、もういなくなってます。うるさいんですよ、犬の咆える声が……」
丸「……」
杉下氏「もっとストレスでヤバいヤツもいますね、仲間内では」
丸「といいますと?」
杉下氏「もう、“あの家の一家全員、吹き飛ばしてやる”って言って、爆弾造ってるヤツがいますよ」
丸「ば、爆弾ですか!?」
杉下氏「飯田(仮名)って若造で、花火ほじって、テロリストが昔書いた本読んで……。勧誘したら、主人に何発も殴られたってことで、殺してやりたいんだと言ってました」
■
それから1ヵ月ほど経って、彼らが寝起きしている販売所でボヤ騒ぎが起こったということでした。寝タバコということで話はついたようですが、それからは飯田という青年の姿を見ていないとのことでした。真相は闇に包まれたまま。ただ爆弾で犠牲者が出なかったことは幸いでした。
いまだに杉下氏は借金を返すために新聞拡張の勧誘員として仕事を続けています。拡張員――彼らの中には何も失うものがない連中も多いということを憶えておいてください。
(C)写真AC