どうもどうも、特殊犯罪アナリスト&裏社会ライターの丸野裕行です!
本当に裏社会ライターってのは因果な商売でして……。
イヤな取材の経験が山ほどあります。
SM好きのヤクザが血まみれプレイしているところへ出くわしたり、チャイニーズマフィアのところに偽札の取材をしに行ったり、取材中にネタ元と一緒に拉致されたり、取材しようと思った相手が目の前で自殺しちゃったり、取材先のケンカに巻き込まれて留置場にぶち込まれたり……ね。
どこにでもいるわめき散らしている人
一番ドキドキした、いや三番目くらいにドキドキした取材は、駅の中で何かに怒鳴っているオヤジに突撃取材したときですかね。
ほら、よくいるじゃないですか、何が不満なのか、何かが見えているのか、ひとりで怒鳴っている人ですよ。
僕が地元で有名な怒鳴りオヤジを実際に目にしたのは、一昨年の冬でした。今の妻と街へ出ようとしたときでした。電車を待っていると、「ゴオォラァァ! 何でオレのことに○×◇%$#!」と突然の怒声に見舞われました。
「おっと、こりゃヤバいオヤジだな」とオヤジの周辺がモーゼの十戒の如く人垣が割れていくわけですよ。何に対して怒りをぶつけているのかわからないオヤジは、一見普通に見えるんだけど、サンダル履きなんですよ。冬なのに。
もちろん周りの客たちはみて見ぬフリを決め込んで、電車を待っているんですね。
電車が到着して来たんだけど、怒鳴り散らしながら電車に乗ってくるから、すでに乗っている乗客たちは、隣の車両に移動したりしているんですよね。なんか、面白いなって思いながら見てたんだけど、まさかそいつに取材をすることになるとは……。
極秘指令! ヤバいヤツに話しかけてこい!
それから数ヶ月、お世話になっている裏モノ系雑誌の編集部から、僕のところに「前に話していたその男を直撃して、何を伝えたがっているのかを聞いてきて!」という地球がひっくり返ってもお断りの依頼が舞い込んできました。あ、あいつじゃん、と。正直言って、コワいよ、あんなやつ。
しかし、担当編集者の期待を裏切るわけにはいかないので、僕は“怒鳴りオヤジ”を直撃することにしました。
夏も終わりを告げそうな8月後半の昼下がり。実際に取材することになりましたが、あんな剣幕のオヤジ、恐ろしいよ。もし刃物でも持っていたと仮定すれば、話しかけた瞬間にブスッといかれるなんてこともあり得ない話じゃない。
空振りの日が続く
僕は、関西某市の駅で怒鳴りオヤジがやってくるのを待ちました。
でも、いつ何時やってくるのかわからない怒鳴りオヤジを待つというのは、なかなかの苦行ですよね。
汗だくになりながら、僕は待ち続けました。その間に読んだ本といえば、皮肉にも尊敬する北方謙三先生の『夜を待ちながら』。バカヤロウ。
昼過ぎから夜7時まで。駅員さんに怒鳴りオヤジのことを訊ねると、やってくる時間はまちまちらしいし。
駅員さんが言うことには、改札の入口辺りから、意味不明なことを大声で叫んでいるそう。でも、誰かに危害を及ぼすようなことはないらしいのです。
結局のところ、三日間ボウズ状態で、心が折れましたよ、そりゃ。もう、死んじゃったらしいですよ、とか言って編集部に電話を入れようかな……。
ついに対決!
そのときは、派手な夕立が通り過ぎたあとに、何の前触れもなくやってきました。
「おーい! オレになにをしてくれたっていうんや!○×?#$%&!」
手狭な駅構内に、耳をつんざくような怒声が響いたとき、怒鳴りオヤジはやってきました。通い続けて通算4日目。正直、来てほしくなかったなぁ。ターゲットはやってきた。でも、以前にも増して2倍以上の怒鳴りっぷりでのしのしとホームの階段を上がっていきます。
話しかけたいが足が拒否する
話しかけるのも憚られる雰囲気の持ち主。よく芸能人が持つという「話しかけるなオーラ」ってこんな感じなのかな……。いや、違う。この人は「話しかけてはいけない人」なのだから!!
怒鳴りオヤジは、ぶるんぶるんと何が入っているのかわからないコンビニの袋を振り回しながら、コンクリの床を凝視しながら、がなっています。こえ~!
怒鳴りオヤジの元に行きたい気持ちはないけど、行かなければいけない使命感はある。しかし、いかんせん足が前に出ないんですよ、これが。
自分を奮い立たせ、何とか話しかけてみました。
「あのう……」
怒鳴りオヤジの声がピタリとやんで、石のように固まってしまいました。刺されなくてよかった~!
「あのう、すいません! なにかあったんでしょうか?」
ひと言声をかけましたが、怒鳴りオヤジには、僕の声など届いていないかのように、再びの怒声。
「なんぎゃ~! おまえは!」
「…どうして、駅でいつも怒鳴ってらっしゃるんですか?」
怒鳴りオヤジが一瞬僕の顔をギロリと凝視してくる。
「あのう! すいません! お話だけでも聞かせてください!」
「ええ!いらん!」
「いつも、気になってたんです! 僕でよければ、お話聞かせてください!」
すがるような眼でしつこく食い下がると、怒鳴りオヤジは、その場に立ち止まりました。
「僕、ずっと気になってたんですよ、あなたが何を訴えたがっているのかが……」
「知らぁん!」
「お願いします! 聞かせてください!」
男が語る半生
僕は説得し続けました。すると、怒鳴りオヤジはぶら下げていた袋を床に置いて、ごくごく小さな声でつぶやきはじめたんです。それは、人生の独白でした。
「オレはぁ…」
「は、はい」
「チラシをこれから作るんや!」
なんだ、おっさん。ちゃんと喋れるんだ。なぜあんなに大声で…。
「いいことひとつないやないか! 確かに南さんの誘いは断ったのは悪かったけどなぁ」
突然、南さんという人物が登場したが、おそらく自分の人生を左右する人だったんだろう。
「あのう、お仕事は何をされているんですか?」
「仕事はベスタの三次請け負いや。ライターの火が付くとこを作る東大阪の金型工場。ええ職人やったんや」
「ほほう、そうなんですか」
オヤジは何か喋ったあとに、こちらの顔をいちいち見てくる。どうも、相槌を打ってくれるのを待っているようだ。安心するらしい。
それほど話を聞いてくれる人間がいなかったのか。ちょっと気の毒だなぁ……。
パンと縁がある男
「そこから、仕事は安いし、ひどい目や。文化(住宅)住んでたんやけど、身体の調子が悪い。仕事は安い。ホンマに安いんや。バイトや。ほとんどMバーガーのバイトや。Mバーガーで働いた方がマシや~」
なぜか、Mバーガーを連呼する。本当に不思議な話し方をするオヤジだ。
「買い叩かれとるんや。出勤日数減らされてるし、仕方ないから京都のYのパン工場で夜中に働いているんやけどな。オレ、パン嫌いなんや」
あれだけMバーガーと言っておきながら、Yパンの工場で働いていながら、パンが嫌いというのは理解に苦しむ。
「12時間働いとったら、ヘルニアやヘルニアになっとるんや。全部、あいつらが悪いんや!」
だんだんとヘンな方に軌道修正をはじめたよ! このオヤジ! ヤッバいな! やっぱヤッバいな!
「あいつらというのは?」
「みんな俺のことを誰かに報告するんや! 攻撃してくるということは、被害を受けているオレに……ナンギャァァァ~!」
あ~、そうなるのね。やっぱそこに行き着くのね。叫んじゃうわけね!
それから男は、勇気を持つチラシなるものを500部刷って、近くの住宅に投函していくという謎の作業の話をしていました。やっぱり、ヤバい人なんだよね。
スッと踵を返す男。うん? どこに行くんだろうか?
「今からどこに行くんですか?」
「腹減ったし、家帰って、トースト食べる」
まったく僕には理解できないオヤジでした。
(C)写真AC