東尾理子の”82分の1”の確率について考える

  by あおぞら  Tags :  

 

 

東尾理子さんは聡明な印象を受けますし、きちんと育てられたお嬢さんのようにお見受けします。二世タレントの括りでなくプロゴルファーとして自分の実力を頼りにプロになり、そして芸能界でも活躍、結婚に至った….と認識しています。

 

待望の妊娠をマスコミに発表した時は、世間もお2人の苦労を知っていたので祝福していたのでしょうが、東尾理子さんのブログで生まれてくるお子さんがダウン症である確率が82分の1と記されており、それが世間を騒がせました。

 

元マラソンランナーの松野明美さんが熊本市議会議員になっているのは今回初めて知りましたが、ダウン症のお子さんがいらして、6月21日号の女性セブンの記事に『公表するようなものではないと、私は思いました…』と東尾理子さんのお腹のお子さんのことを語ったそうです。

 

五体満足で生まれてくる赤ちゃんを家族が手離しで喜ぶのが理想でしょうが、障害を持って生まれてくる赤ちゃんもいます。障害を持つ親でしかわからない苦しみもあるでしょう。だから私は松野明美さんの考えに同意します。

 

東尾理子さんがブログに発表する前には、きっとご主人の石田純一さんに相談はされていると思いますが、もしそうであれば石田さんが『発表することはいいことだね』と後押しをしたのだと思います。石田さんは東尾さんより随分と年上ですが世間相場の考え方はできない方のように思えるのですね、今までの言動からして。これは胸の内にしまっておいた良かったですね。

 

秘すれば花です。

 

健常な赤ちゃんが生まれれば、有名人の彼らのもとには『良かったですね』『おめでとうございます』のメッセージが集まることでしょうが、それによりダウン症のお子さんを持つ親御さんの心境を慮るとやるせない気持ちになります。

 

「82分の1の確率」にこのような表現は不適格だとは思いますが”やり逃げ”のような無責任さを感じてしまうのです。何でもかんでも世間に公表することは必要でしょうか。これは自分達が有名人であるという特別意識の現われのような気がするのです。

 

理想の社会は障害者であってもなくても社会から受け入れられ、更に成熟した社会では健常者より不便を強いられる障害者の方々を優遇するものであると思います。健常者と障害者には仕切りがない社会であるべきなのですが、日本は残念ながら障害者に手厚くはないのです。

 

東尾理子さんのブログの「82分の1の確率」は世間に周知の事実として知れ渡りました。今はその公表是非よりもダウン症の実態について今まで知らなかった人たちが知ることが出来たことは良かったと思います。

 

画像: from flickr YAHOO!

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