数年前から行きつけのうどん屋の味がどうも落ちた。
店長が変わってからというものダシがキかなくなっていき、とうとう先月、決定的に不味くなったのだ。
新任の店長がキかすことの出来なかった、ダシ。
前任の店長が守り続けた、ダシ。
それは、愛想の良い接客である。
作り笑顔ではない人柄がそのまま顔に出た笑顔で、丁寧にひとりひとりと目を合わせ「何にいたしましょうか?」と注文を聞いてくれる前店長は、投薬中の吐き気に悩まされ激安290円のかけうどんをやっとこ完食する私の「すいません・・・かけうどん並、で。」という言葉を、しっかりと最後まで聞いてこう言った。
「はい!かけうどん並、ありがとうございます」
炊事をする気力がない、長時間出歩けるほど体力がない、家にこもっていては気も滅入るから外食しようとはしたものの一人前を欲すほどの食欲もない。
そんな私の注文を聞く新店長には愛想もクソもない。
こんなにも何も無いのだから、ダシなど出ようはずがない。
うどんの味はきっと変わっていないのである。
前店長がダシをキかせ続けられたのは、愛想の良い接客がいつでも誰に対しても変わらなかったから。
新店長は肝心な最後の調味をし忘れているのである。
【変わらない味エースコイン】
62年の長きに渡り素朴な味の代表格として君臨し続けるエースコイン。
おばあちゃんちにあるお菓子のエースである。
おばあちゃんが孫に出してくるお菓子は、いったいどこの店に流通しているのかと思わずにはいられない、シニアの世界でのみ流行っていてロングセラーを誇る基本的にオブラートに包まれているおやつが出てくるものだが、ゆぅてすまんが大半が孫のクチには合わない。
おばあちゃんはお菓子を食べたいのではなく、お茶を飲みたいのである。
だからお茶がすすむようなモサモサしたお茶請けを好むので、お茶を飲まない孫にはモサモサするだけのおやつタイムとなる。
たまにしっとりしたカステラが出てきたかと思えば、強制的に添えられるアメともキャラメルとも言えないオブラートに包まれた白い歪な物体が3コ。
上下の奥歯の接着剤と化すとくに味がない白いアメみたいな何かは、おばあちゃんちの白いアレで家族全員に通じる。
下界の人間には味わい難きラインナップであるおあばちゃんちの漆の菓子器に入っているモサモサお茶請けの中で、孫の手が伸びるのはエースコインと黒かりんとうである。
このふたつのエースには、素朴な味がするのに味が濃いという特徴があり、共通してモサモサするのに喉の渇き限界まで食べてしまう中毒性があるのだ。
「ん?こんなに大きかったかな?」
大人になってからもおやつをしっかりと食べている私だが、おばあちゃんちに行くことがなくなってからエースコインから遠のいた。
エースコインはおばあちゃんちで食べるおやつだからである。
高校生時分までおばあちゃんちでエースコインを食べていたが、こんな大きさではなくひとくちでパクパク食べ続けていた記憶がある。
食道の水分はすべてエースコインに吸われながら飲み込んだ、あのモサモサ感。
「カルピス飲むけ?」
とおばあちゃんが夏の定番カルピスをあおりながら孫にも同じ濃さで出してくる、カルピス。
おばあちゃんちの乳酸菌増量キャンペーンは終わらない。
モサモサをドロドロで流し込む、夏。
懐かしく良き想い出に、耳の付け根がだる~くなる今日この頃である。
【昔の記憶の修正を、お客様相談室でしてみます。】
186発信を求められ録音と番号表示の了承を予め求める旨のアナウンスが流れることが多いお客様相談室に電話をかける時、我が家の固定電話は番号非通知設定をしているので最初のコールがいつも無駄に終わる。
『はい、日清シスコお客様相談室、オノです。』
「あのぅ、提案があるのですが。」
『はい。どういった提案になりますでしょうか?』
「えっとですね、エースコインについてなんですが、まずはいくつか確認したいことがあります」
『はい。どういったことでしょう』
中年女性とおぼしきオノさんは、100%聞く姿勢。
「パッケージですけどね、コレ昔は透明の袋で中身が見えている状態でエースコインて書いてるシンプルなパッケージでしたよね?」
『ええ。パッケージのほうは、発売当初から変わっておりまして、現在はアルミ蒸着フィルムという素材のパッケージとなっております』
「もう透明なのはない、ということ?」
『はい。こちらのパッケージで素材は統一しております』
「これを戻してもらうわけにはいかないですかね?」
『こちらで私から戻すというお返事は致しかねますが、お客様からの貴重なご意見として担当部署にお伝えさせていただき、今後の商品の参考にさせていただきたいと存じます』
出たな、担当部署や商品開発部に伝えるお客様の貴重なご意見。
まだまだ、早い早い。
「う~ん・・・ええっと。まだこれだけじゃなくて、確認したいことが他にもあるんですけどね」
『はい。どういったことでしょうか』
オノさんは、聞く姿勢。
「中身ね?こんなに大きくなかったと思うんだけど。もっとひとくちでパクパクいってたような・・・大きさ変えました?」
『大きさが昔と比べてどうだったかということはわからないのですが、グラム数に関しては変化はございません』
「古銭の種類ですけど、これも増えてません?昔は小判なんて入ってなかったと思う。丸いヤツばっかりで四角もなかったと思うねんけど、35年くらい前はね」
『そうですね、こちらの商品なんですが、型に押して作っておりまして、その型が1つ2つ増えていくといったことはありませんので、種類に変化はございません』
こんなにもスッパリと何も変わっていないと言い切るオノさん。
変わらない味、エースコイン。
そう。
ロングセラーの使命は、絶対に変わらないことなのだ。
発売当初からエースコインであることを貫いているエースコイン。
素晴らしい。
「あのですね、サイトを見てるんですけど、エースコインのパッケージは3種類と書いてあるんですが、私がいま食べているエースコインのパッケージは鯛のヤツなんです。この3種類以外にもあるってことですよね?」
『はい。鯛のパッケージは季節限定のお正月向けのパッケージとなっております。通常は大入と書いてあるパッケージがお正月向けになるのですが、季節限定として鯛のパッケージもございます』
「そうでしたか。ところで相談なんですが、このサイズねぇ・・・大きいです。なんとかひとくちサイズにしてもらえないですかね」
「そうでしたか・・・ひとくちサイズがご希望ということですね」
「ええ、エースコイン、なんしかモサモサしてるでしょう?」
「ええ・・・それは・・・そうその・・・」
「クチとノドの水分を根こそぎ取っていきますもんねぇエースコイン、おいしいんですけど」
「ええ・・・はい・・・ええ・・・」
オノさん、もう一息だな。
「小さい頃からねずーっと食べてるねんけど、ずーっと変わらずなんせモサモサしてるんですよねぇ~エースコイン。好きだけど」
最後にフォローを入れる抜かりのなさ。
「ええ、そうですね・・・ずっと変わらない、そのような食感かと・・・」
変わらないこと、それがロングセラーの使命。
「んじゃ飲み物なしでとても食べられないカンジになっちゃうんでね、ひとくちサイズにね、変えていただくようにしてもらえればと思います」
「はい。ひとくちサイズをご希望されているというご意見のほうは、担当部署にお伝えさせていただきたいと思います、ありがとうございました」
【そして恒例の、最後の質問です。】
「ああそれからオノさん」
『はい。』
「ちなみになんですけど、オノさんの年齢はおいくつですか?」
『私の年齢ですか?』
お客様相談室に電話をかけている私にとって、年齢を聞きたい登場人物はひとりしかいないが、聞かれたオノさんはこれまでの相談室オペレーターの御多分に漏れず、自分の年齢を聞かれているかどうかの確認を私にとる。
「ええ、オノさんの年齢です」
『そうでしたか・・・私の年齢は40代です』
「あ~やっぱり~40代だと思いました。私、42歳なんです。同世代ですね」
『そうなんですね』
女性はハッキリと年齢を言わずに○代と言う傾向にある。
「エースコイン、食べてました?子供の時」
『私は、エースコインを食べる機会があまりなかったもので、食べておりません』
「そうなんですね・・・ありがとうございました。ひとくちサイズね、どうぞよろしくお願いします」
しつこいまでにひとくちサイズを提案して電話を切る私に、おばあちゃんちに行く機会がなくエースコインを食べそびれて40代になったオノさんは、最後まで担当部署に伝えると言い続けた。
ひとくちサイズになったら、オノさんにも食べて欲しい。
エースコインビギナーには、ひとくちサイズが優しいから。
きっと古銭の種類を確認しながら食べることになると思うが、
オノさんもご承知の通り、20種類全てが一袋に入っているとは限らない。
画像(題字):筆者撮影