裏社会ライターと名乗り出したのはいつ頃だっただろうか?
23歳の頃に書きたかった小説が角川書店の賞レースに引っかかり、そこから文章を生業にすることになった。それまでの様々な経験をしてきたので、それをちょろっと書いて実話系の雑誌に送ったら、見事に掲載。ブチ抜き8ページになってしまったことをキッカケに様々な場所への潜入取材などを任されるようになってしまったのだ。
チャイ〇ーズマフィアへの取材や違法賭博サロンへの潜入、闇金融の仕組みを探るなどなど、まあまあ危険な目に遭ってきたわけだが、やはり怖かったのは拉致監禁の経験。それも2回!
なんで2回も死ぬの生きるの体験をしなきゃならんのか…それはやっぱり、裏社会を綱渡りするような取材対象者と一緒にいる機会が多いから!
今回は、私が経験した本当の拉致監禁体験のお話を聞いていただきたい。
拉致、それは突然やってくる
平成24年5月某日昼・兵庫県川西市。ちょうど違法なものを様々な建物の建設予定地の土台にコンクリートを流し込んで埋めてしまう生コン業者の記事を上げた直後のことだった。私は、その業者を紹介してくれたとある組合の関係者・F氏へのお礼を兼ねた会食の席にいた。
「いやぁ~今回もディープなネタになりました。ありがとうございました!」
「よかったわ~、もっと激しいネタほしいって言われるから、こっちもドキドキするねん」
「すいません、どんどんやってください!」
F氏のグラスにビールを注ぎ、ご機嫌をうかがう。すると、ガラス張りの個室を覗き込む、ジャージとスーツ姿のガラの悪い連中の姿。な、なんや?
それから2時間ほど談笑し、会計を済ませて、外へ出ると、
【キキキキィィィィィ~‼‼‼】
と私の体すれすれに黒塗りのクラウンと最高クラスのベンツが鼻先を突っ込んできた。わわわわ、な、何ぃぃぃぃぃ、これ!!
と思っていると、先ほど外から食事をしている私たちを覗いていたイカつい男たちがとび降りてくる。ひ、ひひひぃぃぃぃ!!
いきなり飛んでくる拳が腹の筋肉を捉え、前のめりの姿勢のまま動けなくなった私。ぐっ!い、息がで、できない!
そのままF氏と私はその黒塗りの車に乗せられて、ビニール袋をかぶせられ、後ろ手にジジジ…と無機質な音のなるタイトロックで締め上げられ、体の自由を奪われた。
どうにか車が走った道を覚えようとする
真っ暗になる視界。こ、怖い! 怖すぎる! でも、そのまま死んでたまるかという気持ちはある。なんとなくポンコツな三半規管を駆使して、方向ぐらいは覚えておかないと…。車の曲がる方向さえ覚えておけば、なんとかさっきの店に帰るくらいはできるだろう。
右、左、左、右、右、右、ひ、あれ、右か? 左か? 急ブレーキ? 急発進? もう頭の中が恐怖感で支配され、どっちに曲がったのかさえ分からなくなってくる。
「おい、そいつは関係ないぞ」
おっと、Fさんが何か言ってる。
「黙っとけF! こいつスーツ着とるやんけ! おまえんところの若い奴やろ」
「いや、ウチの組の奴やない。フリーライターの兄ちゃんや」
えっ? ウチの組? どういうこと? Fさんって怖い職業の人だったの?
「フリーターがこんな格好してるかい!」
うげっ! またまた腹に衝撃波が! ぐごごごごごぉぉぉ、苦しい! で、でもぉ、あのぅ、それよりフリーターじゃなくって、フリーランスライターなんですけど…。
そうこうしているうちに、どこかへ到着したらしいのだが、ここは一体どこ? 一歩外に出ただけで鼻孔に飛び込んでくるのは機械油の臭い。熱した金属の臭い。それにドリルのような音。工場か? 何かの工場なのか?
袋をかぶせられたまま、脇を抱えられ、2階へ。
よし、こんなときには嗅覚が頼りだ
そのとき、近くの飲食店から食べ物の匂いがかすかに漂ってきた。ん? この匂いは! ラーメンだ!オレはここにいる! ラーメン屋の隣の工場の2階に拉致監禁されている! どうにかして誰かに伝えなければ!
ケツを突っつかれながら【カン!カン!カン!】と金属製の階段を駆けあがらされ、ソファーらしきものに寝転がされた。袋をはがれると、目の前に広がったのは、3~4人の血気盛んそうな若者とスーツ姿の40がらみの男がひとり。もちろん、今にも地下格闘技でもはじまりそうな雰囲気だ。
「おい! その兄ちゃんはホンマに関係ないんやて、よ。ウチの組に電話して確認とってみろや」
F氏はこんな場には慣れたような口調で飄々と話している。おいおい、もっと言ってくださいよ! 誤解ですよ、誤解なんですって!
「おまえ、名前なんて言うんじゃ!」
「ま、丸野です。丸野裕行です! お願いです、確認とってください! 僕、こんなところで死にたくないんです! 僕、年老いた親と嫁と、子供と、別れた前の嫁とその間に生まれた長男と…」
「もうええわ! 黙っとけ!」
どうにか誤解を解こうと、必死でしゃべると、脚に先のとがった靴が飛んでくる始末。脛に激痛が走る。
こ、殺される! あ、そうだ! こうなったら、トイレの窓か何かから、自分の居場所《ラーメン屋の隣の工場の2階に監禁されている》という手紙を紙飛行機か何かにして遠くに飛ばして知らせよう!
そんなことを考えながら、全員に睨まれたまま、うずくまっているのみ。開いた窓からは、自由に空を飛ぶ鳩の姿が見える。いいなぁ~、こんなとき、鳥になれればなぁ~なんてバカな妄想をしながら、F氏と敵側の話を聞くことになる。
絶対に殺され、六甲山に埋められること確定!
「おい! F! おまえ、ウチのオヤジにようも恥かかせてくれたなぁ!」
突然の40がらみの男の挑発。おいおい、なに、なに!
「ウチかて、恥かかされたやろうが…」
「おまえ、覚悟しとけよ! ま、ちょうどええわ。ワシ、おまえのこと、あんまり好きやなかったから、なぁ」
「俺もや、いつかブチ殺したろうと思ってたわ」
おいおい、やめて! やめて! Fさん、一体何言ってるの? そんなこと言ったら相手を刺激しちゃうでしょ…、ね!!
「一発ぶち込むだけや、すまんからな! 最後まで苦しましたる!」
「おい、やってみいや!!」
「ちょ、ちょ、ちょ、みんな仲良くしましょうよ! 話し合いで解決しましょ!」
怖すぎて小便を漏らしそうになった私が間に入ったらなんとかなるんじゃないのかという淡い期待…。
「おまえは黙ってえ!!」
次は相手側だけではなく、F氏までもが私のひと言を一蹴した。それを皮切りに大激怒で怒鳴りあう両者。若者が割って入るくらいだ。もう、やめて! お願いです! もうやめてください! お願いですから…! もうウ〇コまでも漏らしそうです…。もう、絶対殺されるよ…。はい、ポア決定! 私はそれから現実逃避するように心の中で念仏を唱えはじめた。
深夜2時、その時がくる
あたりは暗くなり、金属音はまったく聞こえなくなった。【ぐ~…】と鳴る腹。体は本能に正直で、いかん、腹が減った。でも、どうも相手さんはこちらのディナーのことなんて考えてくれないらしい。あ~あ、でも死ぬ前くらい、母が握ってくれたおにぎりと甘いタマゴ焼きくらい食べたかったなぁ。
F氏は、目を瞑り、何も話さなくなった。殺される前ってこんなものなのか…。あっけねぇ~!
それに、いかん。昼の会食で飲んだビールで腹を冷やしたのか、大きい方がしたい! しかも、何度かこらえたのだが、もう限界だ。
「あ、あのぅ、ちょ、ちょっとすいません。トイレに行って大がしたいんですが…」
「はあぁぁぁぁ~?」
「ですから、ウ〇コしたいんです」
「おまえ、どうせ殺されんのに、ババしたいんかい?!」
「どうせ、殺されるからしたいんです…」
「ええやないか、ダイゴ、トイレ連れて行ったれ」
ダイゴと呼ばれた下っ端の若者に2階のトイレに連れて行かれるのだが、チャンスだ! サイフの中の感熱紙のレシートか何かにSOSのメッセージを書いて、トイレの窓から遠くへ投げればいい! 拾ってもらえるように千円札か何かで包むか…! 刑事ドラマか何かで観たぞ! よし!
と、思ったら、ダイゴくん。ドアを開けたまま用を足せというじゃない…。あ~あ、これじゃ、どうしようもないよ。最後にせめて、スッキリだけしておこう…。
「おまえ、くっさいババしやがって! ゴオラララァァァ!」
人間の生理現象である排便をしただけで、そこまで怒られることある? というほど頭をはたかれる。勘弁してよ…。
用を足して戻ってきたとき、昼にはいなかった男が一人増えていることに気がついた。何? 何? 何? 大人数でリンチでもする気? もう勘弁してよ!
「おい、おまえ。もう帰ってええぞ、Fんところの若い奴違うんやろ? もう早よ、帰れ! 早よ、いね!」
えっ! 殺されなくていいの? やった!!!!!
追い立てられるように工場を後にした私は、今まで味わったことのない、なんともいえない解放感に満たされていた。生きた心地が一切感じられなかった場所から生還したのだ。
いったい、何やったんや…。Fさん、大丈夫なんかいな? でも、俺には関係ないこと…。他言無用ということにしておこう…。
で、工場の1階で視界のひらけた私は愕然とした。なんと、ラーメン屋が隣にあると思っていた店は、工場の向かいの国道を挟んだ向かいの牛丼屋だったのだ。いくらメッセージを書いて、窓から飛ばしたところで、私が工場の2階にいることなどわかるわけがない。
腹ペコの私がそのあとにその牛丼屋
で丼を腹いっぱい食ったことはいうまでもない。
喧嘩の理由
後日、F氏から詫びの電話がかかってきた。
大丈夫だったのか? 無事だったの?
「悪かったなぁ、丸野くん。あの件の数日前に、地元のスナックでウチのオヤジと向こうのオジキがカラオケの順番で揉めたんや。そんなしょ~むない話やねん。ウチと向こうは兄弟分の組やから。ごめんな、堪忍やで」
なんじゃそれ! そんなことで拉致だの、監禁だのするなや! アッホか!