10年目のクライシス(バブル崩壊狂想曲) 4

  by takagishigemi  Tags :  

第四章
「危機からの脱出」
  講師の先生には、このままでは倒産であることを話していたから、退職金の話はでなかった。講師をクビにできたお陰で、
• 退職金を出す必要がなくなった。
• 融資を受ける必要がなくなった。
• 高校クラス、通信制が軌道に乗り始めた。
 あれは、まさに千載一遇のチャンス。神様のご加護だった。
「もうダメだ」
 と思った時に、生徒が来てくれ、知恵を絞って金策に走り回っていた。娘の大学入試が迫っていた。
もちろん、守りだけに奔走していたのではない。この地区は少子化だし、過疎の町だし、何より進学に興味がある人がほとんどいない。だから、心の中で見捨てた。
 当たり前だが、マナーやエチケット、採点官に対する思いやりが欠ける英作文は高く評価されない。学力だけではなく、そういう人間的な深みがないと見込みがない。浅い理解では京大などの難関大は合格できるものではない。
 実は、私に京大を7回も受けさせたのも直接的にはA子ちゃんの影響が大きい。
「この子は日本の宝だ。何としても志望校に合格させなければ」
 と思った。出来ることは何でもやる。娘以外の人間で、私にそんな思いをさせたのはA子ちゃんが初めての生徒だった。
もっと大きなマーケット。そして、ネームバリューのあるもの。私ができることを考えた。それも、お金がないのでタダで出来るもの。そこで考えたのが、京大生むけの英作文の添削の通信生。その構想は以下のようなものだった。
• 全国をマーケットにして
• 京大という日本で有数の知名度を利用し
• 京大を受けて、成績開示をし、
• ブログやYoutubeの動画は無料だから、広報する。
 京大は、毎年1万人くらい受験する。Z会の仕組みはわかっていた。添削者に質問できないのが弱点だし、添削者の実力が開示されていない。信用できない。
 この1万人の1%でもお客様になってもらえたら100人だ。見込みはある。写メやスキャンを使って親切丁寧にやれば受け入れられるはず。そう信じたものの誰もやったことがない試み。どうなるか分からなかった。
「私は英検1級、通訳ガイドの国家試験に受かっている。大丈夫だ」
 やるしかないのでセンター試験に願書を出したら受験会場は三重大のある教室。偶然にも、長女と同じ教室で受験だった。
A子ちゃんは、あるクラブに所属して大会で入賞する成績をおさめていることは耳にしていた。ところが、高校2年のある時、自主的にそのクラブを引退した。理由は分からなかったけれど、成績が伸び悩んでいたのが理由だということは推測できた。
 私は、彼女の覚悟というか気魄に驚いた。
「先生はバツイチでも、1回結婚できたからいいですよ」
 と笑っていた。言葉の端々にクラブばかりか、彼氏も結婚も何もかも犠牲にしても医者になるんだという決意が満ちていた。彼女のクラスがある時は、楽しかったけれど緊張した。
「この仕事を始めてよかった」
 私にそう思わせてくれた塾生の子は多いが、彼女はダントツの存在だった。
  結局、Z会は8年間、京大模試は河合と駿台あわせて10回。センター試験は10年連続して受け、京大の二次試験は7回受けた。そして、成績開示を塾のホームページ、Youtube、アメブロ、フェイスブックなどで公開した。
 高校数学は、オリジナル、1対1、チェック&リピート、赤本をそれぞれ2周やった。
 全力を注いでも、必ずしもうまく行くとは限らない。そして、その時に誰も手は貸してくれない。家族のためなら鬼にも夜叉にもならなければならない。私は娘たちのためなら悪魔に魂を売ることも辞さない覚悟だった。
 学校のように、人工的に与えられた「愛」や「絆」ではなく、踏まれて蹴られて地面を這いつくばって、絶望のどん底でもがき、戦って、それでも残った思いだけが「愛」や「絆」と呼べるもの。
世の中は移り変わってゆく。それなのに、何もせず抵抗勢力にしかなれない人と仲間にはなれない。自分の愛する人たちを守るには、そういう自滅していく人たちと関わるわけにはいかない。
「勝手に滅びろ!」
 私は、手を貸してくれなかった人たちを恨み、呪いの言葉をはいていた。
人は親子でさえ、なかなかうまくいかない。バツイチになった私は夫婦でもうまくいかないことを知っている。ましてや、他人で「絆」が結べるのは一生に何人いるのだろう。
そういう現実を知っている塾生の子たちは
「また、学校の先生がきれいごとを・・・」
 とバカにするのだ。
A子ちゃんは家庭環境にも、経済的にも恵まれていなかった。多くの生徒は、過酷な環境に置かれるとグレるか性格が歪む。しかし、彼女は厳しい環境を自分を育てる肥やしにできる稀な子だった。
「政策金融公庫と奨学金と私のバイトで何とかする」
 そういうA子ちゃんだった。そして、ある時ボソっと
「お母さんが生命保険を解約するって・・・」
 と小さな声でつぶやいた。

 英検1級、通訳ガイドの国家試験、国連英検A級、ビジネス英検A級などを持つ英語講師。京都大学を7回受け、英語8割、数学7割。名古屋の河合塾学園、名古屋外国語専門学校などを歴任。アメブロ「受験生」ランキング1位。youtube 動画38万回再生。「英語の資格を取ろう」(法学書院)で紹介されました。アメリカの中学校で英語指導経験あり。少林寺拳法二段、ジャッキー・チェンと一緒にテレビ番組に出たことあり。

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