脚本家、市川森一さんが亡くなった。
ニュースでは『ウルトラマンシリーズ』や『淋しいのはお前だけじゃない』といった代表作が紹介されているが、私の記憶に一番強く残っているのは、1988年にNHK“銀河テレビ小説”枠で放送された『悲しみだけが夢をみる』というドラマだ。
主演したのは富田靖子さん。私は当時から大ファンで、彼女目当てにこのドラマを見ていた。
親友の伸子(有森也実)とともに宝塚音楽学校に入る、という夢に破れ、東京に出ていった知美(富田)は、数年後、浅草でストリッパーをしていることを実家に知られ、宝塚へと連れ戻される。
失意の中、故郷に戻ってきた知美を優しく受け入れてくれたのは、一人音楽学校に合格していた伸子だった。
東京から知美を追いかけてきた大学生(高嶋政宏)との再会や、刑務所を脱獄し、板前として働いている由克(柴俊夫)との出会いを通し、知美は一人の女性として成長していく。
タイトルに使われた“悲しみだけが夢をみる”という言葉の意味。
最終話、それはドラマの登場人物のセリフとして語られる。
「どんなに記憶が薄れようとも悲しみだけは忘れてはいけない。それさえ忘れなければ、人は夢を見続けることができる」
当時まだ十代だった私は、市川さんがこの作品に込めたメッセージをはっきりとは理解できなかった。
ただ、この印象的なタイトルとドラマのシーンの端々は、折にふれ頭によみがえってきた。
やがて私も大人になり、若い頃に夢見ていたのとは違う職に就き、それなりに悲しみも覚え、一人東京へと出てきた。
そんな経験を重ねる中で、いつの頃からか、このドラマが伝えようとしていたことがなんとなくわかるようになっていった。
思い返してみれば、何かを強く夢見ていたのは、いつも悲しみを感じていた時だった。
そもそも、今の生活に不満も不足も無いのであれば、夢などみる必要はないのである。
そしてまた逆のことも言える。
悲しくて、悲しくて悲しくてしかたがない時でも、自分の心をしっかりと見つめてみれば、そこには必ず夢が息づいている。
絶望することはない。夢は必ず悲しみと共にある。
もし今目の前に、悲しみも夢もない生活と、悲しみもあるけれど夢もある生活を差し出されたら、迷わず後者を選ぶだろう。
多分、人間らしく生きるというのはそういうことだと思うから。
長い時間がかかったけれど、ようやく市川さんがこのドラマを通して投げかけていたメッセージを受け取れた気がする。
あまり意識することはなかったが、こうして思い返してみると、それは今まで自分が生きてきた中で大きな指針になっていた。
あらためて、市川さんに感謝をしたい。そして、安らかにお眠りください。
※画像は市川森一さんの訃報を伝えるNHKニュースサイトより http://www3.nhk.or.jp/news/html/20111210/t10014543361000.html