街が…… 泣いてやがる!!…
F県のある街に到着した松田は愕然とする。震災でボロボロになった民家。地割れだらけの路面には牛の死骸が放置されている。街の惨状を茫然とする松田の視界にある男が映る。
人影がないゴーストタウンで男はガイガーカウンターで放射能を測定していた。
こ・・・こんな こんなことになるなんて・・・・・・
大きく振りきれた針をみて、男は涙を浮かべる。
別冊漫画ゴラク最新号の『ザ・松田 ブラック・エンジェルズ』(以下、『ザ・松田』)はこんなショッキングなシーンから幕を開けた。
『ザ・松田』は別冊漫画ゴラクで連載されているアクション漫画。主人公の松田鏡二が毎回、得意の空手で悪党に制裁を加える娯楽活劇だ。
作者は平松伸二。「地獄へ落ちろ!」「このド外道が!」といった思わず口ずさみたくなる名台詞で有名なベテランマンガ家である。平松は少年ジャンプでデビューしたのち、出世作となった『ドーベルマン刑事』(原作:武論尊)や、全裸会議や、身体を女体化するマッスルコントロールが話題になった『マーダーライセンス牙』など、針が振り切ったアクション漫画を描き続けている。
そんな平松のヒット作であり、もはやライフワークと化しているのが『ブラック・エンジェルズ』である。
『ブラック・エンジェルズ』は1981年から少年ジャンプで連載された人気漫画。自転車にスポークを武器に、悪党共に制裁を下す、殺し屋、雪藤洋士と暗殺集団「黒い天使」を主人公とした現代版『必殺仕事人』だ。
漫画連載自体は85年に一度終了したのだが、2000年代から始まった80年代ジャンプ漫画再評価の流れに乗り、2000年に『マーダーライセンス牙&ブラック・エンジェルズ』(以下、『M&B』)として一度復活した。 だが、小学生の頃、それなりに『ブラック・エンジェルズ』にハマり、殺し屋を夢見て、自転車の車輪をシャーと回したり、トランプを友達に投げて怒られてた身としては復活した当時は「なんで?」と素直に喜べなかった。なんだか妙にホストっぽくなって、80年代のストイックな魅力がなくなった雪藤の顔を見ながら「そもそも、お前死んだじゃん」とツッコミを入れるのが精いっぱいだった。
ただ、『M&B』を読んでいて、一度だけ「おぉ」と驚いたことがある。人気キャラクターだった松田鏡二の再登場である。
松田鏡二は元刑事の「黒い天使」で、空手の技で悪人を裁く男だ。外見は、松田優作そのままで、作中では「なんじゃこりゃぁ~」という名台詞も引用されている。 『ブラック・エンジェルズ』本編ではすでに死んでいたのだが、雪藤同様なぜか生きていて、作中ではジャンボジェットを正面から受け止めるような無茶なシーンを相変わらず披露している。
ここで登場した松田が読者に評判がよかったのか。『M&A』の連載は終了したのだが、掲載誌を別冊漫画ゴラクに移し、2010年に新しくはじまったのが、本作『ザ・松田』である。
このシリーズでは、松田が行く先々で出会う外道を鉄拳制裁でぶっ殺していく物語で、雪藤も松田を影からサポートするキャラとしてゲスト的に登場する。 というか、いつの間にか主役が、雪藤から松田へと交代していたという方が正解だろう。
クールな雪藤から熱血馬鹿の松田に主人公が変わったことで、作品のトーンは大きく変わった。一言でいうと作品が妙に明るく大雑把になったのだ。というか、大雑把すぎて妙なユーモアが生まれてしまったという方が正解かもしれない。
『ザ・松田』では時事ネタが多く、現在発売中の第一巻では尖閣諸島の問題や、歌舞伎役者の市川海老蔵をモデルにしたらしき男が登場する。ただ、彼らがワイドショー的に小馬鹿にされるゴシップ的な内容かと言うと少しだけ違う。 たとえば尖閣諸島の問題を扱っても、松田は日中問題には一切興味を抱かない。しかし国のために力を注ぐ役人が、大けがをしたのに、冷たくあしらう大物官僚が出てくれば「お前らそれでも人間か!」と激怒する。一方の海老蔵の問題にしても、彼自身は滑稽な小物として描かれ、松田が本当に制裁を加えるのは、彼の後ろでうごめくマフィア的な組織に対してである。
それを踏まえた上で、最新号の『別冊漫画ゴラク』を読むとは実にスリリングな所に踏み込んだと言える。
未読の方のため、あらすじを簡単に説明しよう。
日本中をバイクで放浪する松田はゴーストタウンとなったF県にたどり着く。そこで松田は自殺を計ろうとしたある男をたまたま助ける。彼はF県の副県知事で、街の惨状を見て責任を感じ自殺を図ったのだ。 命を助けられた副知事は県知事と大物衆議院議員と某電力会社(作中では強満電力と表記)の社長が連なる会議に参加する。 事故に対して無神経な発言を繰り返し、再び原発を再稼働させることばかり考える彼らを目の当たりにした副知事は、彼らの罪(前知事の汚職事件をねつ造し、追放に追いやった)を告発しようとするが、殺し屋に命を奪われてしまう。
その後、物語は、煙が立ち込める原発で働く作業員と、避難所で暮らす人々に、謝罪をする強満電力の社長が土下座をする姿(しかしその表情は冷たく達観している)が描かれる。
今号はここで終わっており、次号ではおそらく最後に登場した雪藤と、副県知事の仇を撃とうとする松田が、彼らに制裁を加えるのだろう。
それにしても、ここまでストレートな怒りを描いた漫画は実に久しぶりで、心が震えた。
もちろん、今の福島や東電で起こっていることは、ここまで単純なことではない。彼らを簡単に外道と切り捨ててしまうことに抵抗を感じる人も少なくはないはずだ。
だが、漫画というものは元々こういう通俗的なものではなかったのか。ましてやここは別冊漫画ゴラクだ。誰もが思っているが口にできない弱者の怒りを救い上げストレートに吐き出すこと。それこそが、大衆文化の先端を走る漫画がまずやるべきことではないだろうか。細けぇことはその後だ。
現在、岡山の吉備川上ふれあい漫画美術館では平松伸二原画展が開催されている。 歳月を重ね、円熟と引き換えに表現が小難しくなっていくマンガ家が多い中、よりシンプルでストレートになっていく平松伸二の動向から目が離せない。