高学歴を誇るとアウト!ひけらかすと得なことは何もない

  by あおぞら  Tags :  

高学歴のタレントがバラエティー番組で、その国立大卒の学歴に関し「努力の証明書として学歴がある」とのたまわったそうですね。そのタレントのご主人も有名私立大学卒業の為、発言の最初に「私たち夫婦は….」と言ってしまったことが、ちょっと痛い気がしますね、イタイ、イタイ!

そのタレントは国立大学を卒業しているので頭はいい筈ですから、この「努力の証明書」と学歴を例えているのは確かに賢い。しかし、こういう話は場所をわきまえて発言すべきで、バラエティ番組でそれを言うと反感を買うに決まっています。発言のTPOを考えられなかったから世間を敵にまわしたことになるのです。もし、子育て、教育に関しての講演会であれば、同じ言葉を発してもそれは賞賛されたことでしょう。時間のTime、場所のPlace、行事のOccasionにより洋服だけでなく、言葉遣いや言い回しも使い分けなくては折角の”高学歴”が台無しでしたね。

要は学歴も、美貌も、家柄も、身長も自分で誇った時点でアウトなんですね。

そもそも芸能界は決して高学歴が多い業界ではないので、そういう職場で真面目に自分の学歴を「努力の証明書」と言われても周りはかえって困ってしまうでしょう。逆に学歴はなくても料理上手で、子育てを自分流で頑張っている木下優樹菜の方が断然好感が持てるし、また芸能界ではその高学歴タレントより需要は多いことでしょう。

学歴の最高峰は東京大学。東京大学出身は希少価値が高い。しかし、こちらニューヨークの支社に派遣されている駐在員は、特に政府系の組織、銀行、商社などでは東大卒はもう当たり前のようにいらっしゃいます。東大卒は東大でもその差異は学部に重きを置くようで、同じ東大卒でも法学部は一目置かれます。ある重工業のニューヨーク支社はほとんどが東大卒でした。その世界になると学歴なんか誇っている暇はありません。仕事が山のように押し寄せてきて、任務を必死でやっています。社会に出たらもう現場勝負で、過去の学歴にこだわる時点で本業に自信がない表れか、現実に目を向けたくなく、輝いていた過去に焦点を当てるひ弱さが見え隠れします。

学歴は誇ればそこで粋じゃない、それにその学歴が半減します。警察手帳は見せる必要がある時に見せるもので、いつでもどこでも手帳を嬉しがって見せる警察官がいたら(まっ、いるはずないけど)アホらしくって、バカらしくって笑っちゃいます、所謂学歴を誇るってそういうことなんです。

高学歴保持者は極力それをひけらかさないこと。それに高学歴ではない人たちは何もひがむことなんてないんです。しかし、社会に出てからの努力はたゆむことなく継続すべきて、それこそ雑学で十分なんです、或はあるあるネタをいくつも覚えて生活に役立てることもできるし、クイズに強くなれるようにいろいろな調べ物や本を読むこと、これを継続していれば高学歴にあぐらをかいて何もしていない人たちを長い人生の中では十分追い越す可能性はあります。

なぜ学歴を誇るとアウトかと言うと、今まで過去の職場で東大卒を大勢見てきましたが、仕事が出来ない人に限って東大卒を誇るのです。これって本当にカッコ悪いなって思いました。誇れば誇るほど恥ずかしいのです。逆にフツウの大学出身者で仕事が出来る、また人間的にも魅力のある人の方が断然職場では受けがいいのです。そういう観点から過去にしがみつく高学歴より、目先の雑学!だって高学歴を誇っていてクイズがてんで出来ない人より、学歴なくても博識の人ってカッコいいじゃないですか、それに使える!

最後に高学歴を誇っていた皆さんは、ちょっと遠慮しましょう、そうすれば世間に受け入れられやすくなることは確かです。

ニューヨークから発信しています

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