どんな人間であっても首尾一貫とした行動を取ることはなかなかできるものではないでしょう。どこかでふらつき、どこかで余計な一言を発してしまうことは誰にでもあることだと思います。だから、人間はこうした失点ををカバーするために勉学であったり仕事であったり日常生活で努力を重ね、「自分自身の考え=信念」を持つようになりまわりの人達から「信用と信頼」を勝ち得ていくのだと思います。
しかし、
「あの時ああしていなかったからお前は駄目だったんだ」
「実はあの時、最低最悪な状況であることは認識していた」
「自分の与り知らないところで行われていたことだ」
「私はそれやっちゃ駄目ですよと助言していた」
「第三者がやったことなんです」
とこのような後出しじゃんけんの発言ををしてしまったり、「周りに任せる」ということができずに全てのことに顔を出すが全てのことに責任を負えずに周りをかき乱すだけで終わってしまったり、人としての信義を簡単に破ってしまったり、事実関係と異なることを公の場所で発言したり……
こうしたことをしてしまっては、本人は努力しているつもりでいても「相手から信用されなくなり、信頼もされなくなる」でしょう。
迷走する民主党政権がこうした姿をさらし続けていると思います。
「政治は国民を写す鏡だ」と言います。政治の世界に限らずこうした状況は一般社会でもよく見られる光景ではないでしょうか?
信用と信頼は1度失うと取り戻すことは難しい。
東北地方太平洋沖地震以降、日本社会はより混迷を極めつつあるような気がします。こうした時代であるからこそ、「信用と信頼」というものを考えるべき時代であると思います。