リツイート10,000近く!ネットで話題の「◯◯の乱」「◯◯の変」「◯◯の役」の違いに歴史学者が結論を出していた!

  by 松平 俊介  Tags :  

「トウギャッター」のみならず「ねとらぼ」でも取り上げられたので驚いているのだが、
日本史の事件の名付け方の法則が話題になっている。
「◯◯の乱」「◯◯の変」「◯◯の役」の違いに対するツッコミ
あるツイッターユーザーが、以下のようにつぶやいたところ、9,920ものリツイートがされる人気のつぶやきになったのだ。

これ分かってたら勉強捗ってたなあ
「変」…成功したクーデター。成功して世の中が変わった、という勝者の視点から。
「乱」…失敗したクーデター。反乱が起きたものの鎮圧した、というこれも勝者の視点。
「役」…他国や辺境での戦争。他国からの侵略(元寇=弘安の役)でも使われる。

結構ネット上でもツッコミが入っている。概ね「失敗した変や成功した乱が結構あるじゃん」ということである。

治承寿永の乱は確かに以仁王のクーデターは失敗しましたが、最終的に平氏政権は反乱軍である源氏に滅ぼされてますよね。

このツイートを受けて、元のユーザーも「あれも大分乱暴なまとめ方のようなので、詳しくはねとらぼ様が補足していますのでご参考頂ければと思います。」と述べているのだが、私が色々と調査したところ、厳密に言えば中々この問題は根が深いようだ。質問サイト「教えてgoo」や、おもしろ雑学サイト「デイリーポータル」でも以前から話題になっていた。ところが、この問題は既に1983年(昭和58年)にある歴史学者が膨大な歴史史料を調査し、ほぼ結論が付いている問題なので、今回はそれを紹介したい。

「◯◯の乱」「◯◯の変」「◯◯の役」の違いは歴史学者が既に結論を出して、ネットで論文が公開されていた

実を言うとこの「◯◯の乱」「◯◯の変」「◯◯の役」の違い、既に歴史学で何度も問題になっていた。

 

そんな中、学習院大学長の故・安田元久氏が1983年(昭和58年)に『歴史事象の呼称について : 「承久の乱」「承久の変」を中心に』という論文を書かれている。安田氏は鎌倉時代研究で有名な方である。平成8年1月23日に77歳で自宅の失火でなくなられている。

 

実はこれ、学習院大学が過去の論文をネット上にアップしており、だれでも自由にPDFを読めるようになっているのだ。

安田論文「歴史事象の呼称について」(学習院大PDFファイル)

安田先生は大前提で、「教科書では呼称の統一が意識されているが、統一をする場合の根拠は必ずしも明白ではないし、不用意にも、その学問的・思想的根拠に一貫性を欠いている面も見受けられる。」とした後、以下のように結論づけている。

「乱とは「世の乱れ」「戦乱」「大規模な政治的抗争・内乱」などを言う

変とは「凶変」「変事」「政治変革の陰謀事件」などを意味する。

乱と変の差は、世の中に対する影響力の差。

役は、戦いと同じ。」

 

乱は「反乱」「内乱」だった!

安田氏による、乱と変の使い分けは以下の通り。

「乱とは「世の乱れ」「戦乱」「大規模な政治的抗争・内乱」などを言う。その日本史上における諸事象に対する適用例を示すと、
1)政治権力に対する武力による反抗、すなわち叛乱事件として、
藤原広嗣の乱、薬子の乱、承平天慶の乱(松平注:平将門の乱、藤原純友の乱と同じ)、平忠常の乱、保元・平治の乱、和田氏の乱、三浦氏の乱、応永の乱、上杉禅秀の乱、大塩の乱、佐賀の乱
2)政治権力の収奪による内乱状態
壬申の乱、承久の乱、元弘の乱、南北朝の(内)乱、永享の乱、応仁・文明の乱」

成功とか失敗とかは無関係に、大規模な戦乱・内乱の意味なんですね。この他に「三州錯乱」(松平元康の今川家からの独立)というのもあり、乱を起こした側が勝利して政権交代を果たしているケースが結構ある。

変は変事・異変である

つぎに変とは「凶変」「変事」「政治変革の陰謀事件」などを意味することが多く、またときには、一つの倫理・道徳的あるいは政治的立場からの批判的判断をふまえての「不当な事件=異変」を指した。その適用例を見ると、
3)政治権力者たる天皇・皇族、あるいは将軍などが獄逆・配流などに遭い、(一つの立場から見て)不当な立場に置かれた事件
承久の変・正中の変・元弘の変・嘉吉の変
4)政治上の対立による陰謀事件
長屋王の変・応天門の変・承和の変・安和の変・鹿ヶ谷の変」
今風に言うと、「事件」に近いかな?

乱は世の中が変わった事件、変はあまり変わらなかった事件

安田先生は更に、
「2)を乱と呼称することには何らの疑問もない。それらは、まさに戦乱なのである。また1)4)は、そ
の時点での政治権力者側から見ての叛乱であり、また変事であって、歴史事実としては結局その政治権力者によっ
て鎮圧されている。そしてこの乱または変に際して、それらの事件を発起することが「乱逆」であり、発起主体は「乱逆人」「謀叛人」とされた。1)4)はこの点で共通するが、1)の乱と4)の変という呼称の差異は何か。それは一つには事件の規模の大小にもよるが、1)の場合には支配的政治体制の変革にも及びかねない叛乱事件を含むのに対し、4)は何れも政治的支配層の内部におこった権力闘争であって、たとえ事件の発起主体が勝利を得ても、支配体制や支配権力の構造の上で大変革が期待されるといった性質をもっていなかった点に注意したい。

一般的に呼称する乱と変の差は、主としてこの点にあり、変という呼称は政治的・社会的変革を意味するものではなかった。」といっています。

要するに、今風に言えば政党内部の争いが我々の生活には何らの問題がないようなもので、コップの中の争いが「変」であり、政権交代で景気が良くなったとかそういう話が「乱」なんですね。
(こうしてみるとテレビ局が国政選挙番組で乱というワードを使いたがるのはよく分かるなあ。定義として正しいんですよ)

役は戦いと同じ

ネット上で流布している「役は辺境の戦乱」という言い方も正しいとはいえない。安田氏は以下のように言う。

合戦・戦・軍・役・陣などは、一般に武力集団の衝突、あるいは武力・軍事力を行使しての闘争を意味する呼称であり、その間にそれぞれの語の本来的意味の差はあるとしても、古くからの慣習的用例からすれば、その呼称・表現の差はあまり問題とならない。実際に古くからの歴史叙述の諸例を見ても、その呼称は著者の好みによって自由に選択されてきたように思われる。

事実、冒頭の画像のように、関ヶ原合戦を「関ヶ原の役」と呼んでいる本も存在しており、特に「辺境の戦いだから役」という定義があるわけでもないようだ。歴史学者によっては、「役は、漢字の成り立ちが『主君に命じられて武器を持って赴く』という意味なので、私の研究している「徳川将軍家から見た外様大名の動きの研究」にふさわしい。従って自著では戦いは全て役と表記する」という人もいる。

こうしてみると、ネット上でたくさん流布しているからといって、必ずしも正しい訳ではなく、やはり専門家の意見を聞くことが大事なのではないだろうか?
(トップ画像はgoogle画像検索より引用した書籍の表紙画像)

企業のニュースリリースライターを足掛け4年経験。現在はライターのみならずwebディレクターやテレビ番組の企画にも関わっている。タウン誌や飲食関係の媒体の制作にも携わる。 大学時代は書家や歴史作家について修行をしていたことも。(雅号:東龍) 地域の埋もれた歴史を掘り起こしたり、街歩きをするのが好き。これまで関わってきた雑誌は「散歩の達人」「週刊SPA!」、放送局では主に関東ローカルテレビ局の企画を担当。

ウェブサイト: http://touryuuuan.blog.jp/