『京都撮影所案内』『大映特撮写真集』刊行記念対談 高鳥都×原口智生「後世に“残す”ということ」

  by リットーミュージックと立東舎の中の人  Tags :  

2025年7月に刊行された高鳥都氏の著書『京都撮影所案内』(立東舎)。松竹撮影所と東映京都撮影所、時代劇の二大撮影所を取材した前代未聞のビジュアルブックとして高い評価を受けている。同年11月には、ホビージャパンから原口智生氏監修の『大映特撮写真集』が刊行。妖怪、ガメラ、大魔神などの貴重なスチール満載でこちらも熱い注目を集めている。

奇しくも撮影所にフォーカスした両書の刊行を記念し、必殺シリーズのインタビュー集でも名高い高鳥氏と特殊メイク・特殊造形アーティストとして活躍し、『さくや妖怪伝』『跋扈妖怪伝 牙吉』という2本の時代劇映画を監督してきた原口氏の対談が実現。濃厚な「京都撮影所ばなし」をここにお披露目しよう。

高鳥都(『京都撮影所案内』著者)
原口智生(『大映特撮写真集』監修)

『京都撮影所案内』
https://rittorsha.jp/items/25317417.html
著者:高鳥都
定価:3,520円(税込)
発行:立東舎

『大映特撮写真集』
https://hobbyjapan.co.jp/books/book/b668369.html[リンク]
監修:原口智生
定価:5,500円(税込)
発行:ホビージャパン

大映京都撮影所に捨てられていた貴重資料

原口 『京都撮影所案内』は出てすぐのころ紀伊國屋書店で見つけて、買ったんですよ。すばらしい本を作ってくれたなと、本当に感心しました。東映と松竹の撮影所をここまで細かく取り上げた本って今までないでしょう。

高鳥 ありがとうございます。おそらく史上初だと思います。ありそうでなかった本を意識しました。誰でもできそうな企画ですが、まだ誰も手を付けていなかったので。

原口 写真も多くて、すごく見ごたえがある。松竹は、ぼくの映画で助監督をやってくれた(服部)大二や録音の中路(豊隆)さん、照明のはの(ひろし)さんたちのような旧知のスタッフに取材していて、そういう親近感もあるし、東映の殺陣師の清家(一斗)さんのような若手にも取材してて、抜かりないですよね。それぞれの撮影所の個性が伝わるインタビューでおもしろかったなぁ。

高鳥 『京都撮影所案内』は2025年の松竹撮影所と東映京都撮影所を中心にしたビジュアル本で、それなりにやり遂げた実感もあるのですが、どうしても手が回らなかったのが、大映京都撮影所です。大映通り商店街とセットで撮影所も取り上げたのですが、やはり消化不良で……。

原口 もう取り壊されて、存在しませんからね。

▲大映京都撮影所の跡地は住宅街や小学校になっている

高鳥 そうしたらホビージャパンから『大映特撮写真集』という、ある意味で拙著を補完してくれる見事な本が出てくれました。京都と東京、両撮影所ごとに貴重な特撮映画の舞台裏をバンバン載せていて、まさに眼福でした。原口さんは大映京都撮影所に行ったことは?

原口 ありますよ。ぼくが初めて大映に行ったのが五社英雄監督の『十手舞』(86年)で、特殊メイクというほどでもないんだけど、傷メイクが必要なシーンで数日だけ呼ばれたんです。「京都の撮影所は怖い。東京者はいじめられるぞ」とよく言われてましたが、ぼくはペランペランしてるからなのか(笑)、そのへんは大丈夫でした。その前から京都の東映にも呼ばれてましたし。

高鳥 おおっ、そうだったのですね。

原口 『十手舞』は「これを撮り終わったら、もう取り壊し」という大映京都撮影所を使った最後の作品で、もうステージもA2しか残ってなかった。それから高山良策さんが作った4.5メートルの大魔神がステージの奥に残ってたんですよ。それもステージと一緒に壊すという話で……東京に戻って怪獣倶楽部の池田憲章さんにその話をしたら、池田さんが海洋堂の宮脇(修一)専務に連絡して、けっきょく海洋堂が100万円で大映から買い取ることになったんです。

高鳥 あっ、そのような経緯で海洋堂の本社に大魔神が鎮座してるんですね。もし原口さんが『十手舞』で大映京都に行ってなかったら……。

原口 壊されてたでしょうね。100万円で買って、そのあと大阪の門真市にある海洋堂に運ぶのに300万円かかったと聞きました(笑)。

高鳥 おっと!

▲「映画の町」をアピールしている大映通り商店街

原口 それから大映の宣伝部が保管していたスクラップとかスチール、そういう宣材も撮影所の中庭に捨ててあったんですよ。雨ざらしになってたものもありましたが、そこから妖怪や大魔神、怪談などの作品を抜き出して……それが今回の『大映特撮写真集』にも使われています。

高鳥 ギリギリだったんですね。

原口 いま大映作品の版権はKADOKAWAが管理していますが、そちらで保管してない旧作の写真もけっこうあるんです。『大魔神封印函』という4Kデジタル修復版 Blu-ray BOXでも、そのとき拾ってきた資料がずいぶん役に立ちましたね。さかのぼれば、徳間大映時代に妖怪ものや怪談ものの映画をLDにしたときもそうです。たまさか自分が拾った写真が役に立って、ずっと大映からKADOKAWAへと保管されていたんです。

高鳥 『十手舞』公開前の1986年4月に大映京都撮影所は完全閉鎖となり、いまは住宅街になっています。

原口 当時もA2以外のステージは残ってなくて、もう住宅が建ってましたね。オープンセットもなくなってて……だから『十手舞』もオープンの撮影は隣の京都映画を使ってました。

高鳥 その京都映画が90年代半ばに松竹京都映画となり、現在は松竹撮影所という名称になりました。

▲松竹撮影所のオープンセット

幻の特撮時代劇発掘と松竹京都映画

高鳥 その後、原口さんは特撮テレビ時代劇『白獅子仮面』(73年)のフィルムも発掘されていますよね。2005年に角川映画(当時)からDVD化されました。

原口 松竹京都映画で『跋扈妖怪伝 牙吉』(04年)を準備してたとき、撮影所のなかにエクラン社という大部屋俳優の事務所があったんです。もともとエクランは日本電波映画だったんですが、エクランの松本(保子)社長がオープンセットのゴミ捨て場に16ミリのフィルムを大量に捨てていて……。

高鳥 また廃棄!?

原口 東京の朝日興業という会社が活動停止した際にフィルムが返却されたんだけど、他社の作品もたくさんあって……ということで、フィルムの箱を開けてみたら『電人ザボーガー』とか『ハリスの風』とか書いてある(笑)。その返却されたフィルムに『白獅子仮面』もあったんですが、当時まだ見たことなかったんですよ。リアルタイムでは裏番組を見てて、再放送の機会もぜんぜんないし。

高鳥 まさに幻の特撮もの……。

原口 それで京都映画の園井(弘一)さんという編集の親方に相談して、試写室で上映してもらったんです。そしたらけっこうおもしろくて、ちょうど角川大映のDVDの担当者に「もう出すものがないので、なにか珍しい作品ないですか?」と相談されたんで、『白獅子仮面』のことを教えたんです。そこでフィルム原版の行方を調べたら、エクランの会長(松本常保)が生前、競馬のカタで大阪の三共教育映画に権利を譲ってた(笑)。その後、原版が東京現像所にあることが判明し、ネガからニュープリントを焼いてDVDにすることができたんです。

高鳥 けっきょく原版は東京だったんですね。80年代から東映や大映に出入りしていた原口さんですが、初めて京都映画に行ったのはいつごろですか?

原口 たぶん『必殺』の映画版で、工藤のおやじさん(工藤栄一)が撮ったやつじゃないかなぁ。

高鳥 えっ、『必殺!Ⅲ 裏か表か』(86年)ですか!

原口 そうだと思う。自分はテレビの『必殺』ってほとんど見てなかったんですけど、そのあと深作(欣二)さん、舛田(利雄)さんの映画もピンポイントでやりました。首斬りの処刑シーンとかコウモリが飛ぶシーンとか。それから『くノ一忍法帖』(91年)をやったり、けっこう京都映画には行きましたよ。

▲松竹撮影所の第5ステージ

高鳥 そうだったのですね。監督作の『さくや妖怪伝』(00年)も松竹京都映画との協業でしたが、まさか『必殺!Ⅲ』から参加していたとは……。

原口 ノンクレジットだし、ほんの数日ですけどね。当時、京都には特殊造形をやれる人がいなかったんですよ。昔は大橋史典さんという方がいて怪獣なんか作ってたんだけど、もう引退されてて……。だから京都映画だけでなく映像京都の仕事も受けてたし、東映京都もあるし、けっこう忙しかったですね。

高鳥 さらに東京の仕事もありますし。

原口 そうそう。まだ出入りする前でしたが、京都映画が大火事になったときも裏手の友禅の工房にいたんですよ。だから火事の煙は見てて、そのとき『必殺』の小道具もずいぶん燃えたみたいですが、かんざしや手槍なんか「これ残ったから」ということで後日、小道具さんがくれたんです(笑)。でも、自分は『必殺』を見てないから価値がわからなくて、知り合いに預けました。

高鳥 うわっ、そのあたりの話、ぜひあらためてじっくり聞かせてください。原口さんの監督作『さくや妖怪伝』は、かなりスケールの大きな特撮時代劇でした。

原口 特撮だけど、なるべく合成カットでも現場でやれるものはやっちゃおうということで、雷のシーンではアークという照明を使って一発でやったりして、工夫してくれました。やっぱり京都映画のスタッフって優秀なんですよ。『さくや』の特撮監督は樋口っちゃん(樋口真嗣)ですが、そのあとキャメラマンの江原祥二さんを自分の作品で東京に呼んでますし。

高鳥 あ、たしかに樋口監督の『隠し砦の三悪人』(08年)や『進撃の巨人』(15年)は江原さんが撮影を担当していますね。京都から東京に呼ばれたという共通点から「平成の宮川一夫」と呼ばれていました。

原口 そういうきっかけになったのはうれしいですよね。『牙吉』のときは『さくや』のチーフ助監督だった服部大二にパート2を撮ってもらったし、いま大二も監督として活躍してますよ。

『京都撮影所案内』『大映特撮写真集』の企画秘話

原口 高鳥さんは『必殺』の本をいくつも出していますが、『京都撮影所案内』もその流れですか?

高鳥 はい。2022年の『必殺シリーズ秘史 50年目の告白録』から始まって4冊、毎回スタッフのみなさんを取材する度に松竹撮影所のオープンセットや装飾倉庫などを写真に撮っていて、いつかカラーで大きく見せたいなと思っていたんです。あの古ぼけた長屋なんか、たまらないじゃないですか。

▲オンボロ長屋は松竹撮影所の代表的存在

原口 松竹だけなら簡単そうですが、東映も一緒というのがえらい。

高鳥 やるなら両方の撮影所を取り上げなければ、いろんな意味でダメだと思いました。これまでのお付き合いもありますし、松竹はあっさりOKでしたが、東映はどうかな〜と思っていたのですが、予想に反してこちらも即OK。同じ立東舎で『あぶない刑事インタビューズ「核心」』という本を出した効果があったのかもしれません。両撮影所とも競うように協力的で、ありがたかったです。

原口 一見とっつきにくいけど、いい人たちですからね。高鳥さんが職人さんたちにインタビューをしてきた実績も功を奏したのだと思います。

▲東映京都撮影所の入口

高鳥 ありがとうございます。『大映特撮写真集』の成り立ちを教えてください。

原口 ホビージャパンで特撮本を編集している小沢涼子さんの企画なんですが、ちょうど2025年って『ガメラ』(65年)の60周年だったんです。『大映特撮写真集』の前に出た『昭和ガメラ PhotoArchive』編集の際に、大映の特撮関係の写真がKADOKAWAにどれくらい残っているかを確認することができて、「いましかない!」と企画が実現し、ぼくもお手伝いしました。

高鳥 なるほど、たしかにホビージャパンから『昭和ガメラPhotoArchive』と『昭和ガメラPhotoArchive』が立て続けに刊行されていますね。

▲『昭和ガメラPhotoArchive』(ホビージャパン)

原口 そう。だから『大映特撮写真集』はガメラ60周年のドサクサで成立した本なんですよ。編集の小沢さんの手腕です。高鳥さんの本もそうですが、こうやって記録として“残す”ということが大事ですよね。

高鳥 東映京都撮影所も東映太秦映画村のリニューアルでオープンセットの江戸の町並みが一新され、古い建物はなくなってしまいました。数年前、たまたま必殺本の取材のついでに観光客として旧オープンの写真を撮っていたので、『京都撮影所案内』では新オープンとの比較をすることができました。

▲2024年に完成した東映太秦映画村の新オープンセット

原口 『大映特撮写真集』は京都と東京、ふたつの撮影所に分けた構成が大きいですね。特撮文筆家の金田益実さんが「東のガメラ、西の大魔神」という区切りをつけてくれましたが、東西でまったく違うんです。

高鳥 そのあたり、巻末の対談でも原口さんと樋口真嗣さんが話題にしていましたね。

原口 どうしても京都中心になっちゃう(笑)。かつては東宝も京都に撮影所があったし、戦後は東映、大映、松竹が京都と東京に撮影所を持っていて、それぞれ時代劇、現代劇に分かれていた。同じ会社でも、その棲み分けは大きいですよね。子供のころ『大魔神』(66年)と『大怪獣決闘 ガメラ対バルゴン』(66年)の二本立てを映画館で見ましたが、やっぱり違うんですよ。

高鳥 同じ大映でも撮影所によって作品の質感が違う?

原口 そう、特撮の技法やセットの建て方もぜんぜん違う。それから自分は大映の妖怪映画に多大な影響を受けているので、それらをまるごと取り上げた写真集を小沢さんが企画し、こうして携わることができたのは光栄でした。

▲貴重な現場スナップ満載の『大映特撮写真集』

高鳥 大映京都の関係者にお会いしたことは?

原口 あります。『大魔神』の特技監督だった黒田義之さん、キャメラマンの森田富士郎さん、照明の美間博さん……大映京都のお歴々にお話をうかがう機会があったんですが、基本的に京都は「特撮班」というくくりがなくて、本編のスタッフが特撮も担当してるんです。

高鳥 一班体制ということですね。

原口 おそらく「映画は一本である」という考えなのかな。森田さんは理系の技術者なので「東宝の特撮より自分たちのほうが上だ」というプライドが強かったですね。自分は東宝も大映も大好きなんですが、その誇り高さはひしひしと感じました。円谷英二も当時『大魔神』を見てると思うんだけど、日記などに評価が見当たらない。おそらく大映の特撮に刺激を受けたと思うんですけどね。

写真のセレクトと構成の順番

高鳥 『大映特撮写真集』の作品や写真のセレクトはどなたが?

原口 まずは編集の小沢さんが選んで、そのあと金田さんや識者のみなさんに「この作品にも特撮シーンがあるよ」と教えてもらったそうです。どこまで特撮の範疇にするかが難しくて、大映の場合ワンシーンだけ特撮という作品も多いんです。ぼくも手持ちの写真で「あ、これも特撮あった」と気づいて小沢さんに追加で教えたりして、ギリギリまで大変だったと思います。たぶん誰も見てない作品もあるから、今後も一覧のリストは更新されていくでしょうね。

高鳥 『京都撮影所案内』の場合、まず全ページの写真を自分で選んで、ページごとにラフを切って……それこそ編集者じゃないから、初めての経験で大変でした。大半は自分で撮った写真だし、たくさん入れたいけど、やはりメリハリはつけたいので、そのせめぎ合い。

▲東映京都撮影所は現在11のステージが稼働している

原口 そうなっちゃいますよね。

高鳥 ラフをもとに担当編集の山口一光さんと相談し、デザイナーの倉田由紀さんがブラッシュアップしてくれました。しかし、やっぱり写真の差し替えが多発したり、あれこれ迷惑をかけました。『大映特撮写真集』の場合、KADOKAWA所蔵の写真と原口さんの私物の比率はどのくらいですか?

原口 KADOKAWAの提供が大半ですが、ほかにも混ざってますね。『あしやからの飛行』(64年)という日米合作映画が大映京都の特撮として重要で、こちらの現場スナップは自分が撮影所で拾ったものと郡司模型(製作所)のものを両方使っています。ぼくが持っていた写真もジャンルごとに詳しい人に委ねて、預けてたんですよ。それを小沢さんに入手してもらい、かき集めました。

高鳥 写真そのものも相当きれいですね。

原口 ネガから残ってる作品も多いんですが、新たにプリントするより当時の乾板や紙焼きの写真のほうがピントがバシッと合っててシャープだったりするんですよ。焼き付けもアナログだから、手焼きのよさですよね。

高鳥 先ほどの「西の大魔神、東のガメラ」という言葉どおり、本の構成としては京都撮影所の作品からはじまってます。

原口 年代的にも大映の特撮は京都から始まっていて、そこは編集サイドの方針ですね。写真的にも東京より京都のほうが見ごたえがあるし、その前に『昭和ガメラ PhotoArchive』が出てますから、今回は京都に花を持たせようかと。

高鳥 『京都撮影所案内』も「西の松竹、東の東映」ということで、あえて規模の小さい松竹撮影所から始めました。東映より松竹のほうが社歴が古いこともあって問題なく、表紙の写真は松竹の空撮が上、東映のステージが下……それで各所OKをいただいてたんですが、土壇場で「東映が下なのはいかがなものでしょう」と子会社の担当者から意見が出て、愛社精神を感じましたね。しかし、上下逆だとデザイン的に成立しないので、そこは納得していただきました。東映のほうだけステージの壁に「TOEI」という社名が入ってますからと。

原口 いかにも東映らしい話ですね。

▲松竹と東映の両撮影所を表紙にした『京都撮影所案内』

高鳥 でも、その気持ちもわかります。たしかに東映から始めるのが常道だと思うんですが、小さな撮影所から始めて大きな撮影所を案内するほうが本の構成として楽しめると思ったんです。東映のオープンセットは映画村として一般公開されてますが、松竹は関係者以外立入禁止なので、その珍しさもふくめて。

原口 自分は2010年に現場の仕事を引退したので、その後は松竹撮影所もたまにしか行ってないんですよ。だから当時と比べて様変わりした部分もあるし、あらゆる細部まで記録してあるから興味深かったですね。

映画村の竜、リアべ号、撮影所への恩返し

高鳥 今年3月のリニューアルで東映太秦映画村から太秦映画村に名称が変わりましたが、そのタイミングで港町がなくなり、名物の竜もいなくなりました。

原口 あれは二代目ですよね。初代の竜は目が赤くて大きくて、大橋史典さんの造形なんです。夏とか天気がいいと、水の中にいても映っちゃう……それが撮影の邪魔だった(笑)。昔の映画村には特撮のミニチュアセットもあって、ちょっとショボいネッシーみたいなのがいて、それも大橋さんの造形でした。

▲映画村名物の竜、2026年の第1リニューアルオープンに伴って姿を消した

高鳥 うわぁ、見たかったです。たしかにオープン当時のパンフレットを見ると、本格的なミニチュアセットが載っていました。

原口 東映京都には、もうひとつ思い出があるんですよ。あるとき「ステージをきれいにして、CMでも使えるような貸しスタジオにしよう」と先々代の岡田裕介社長からお達しが出た。それでスタッフが大掃除をしてたらステージのホリゾントの裏から模型が発掘されて、自分のところに送られた写メを見ると『宇宙からのメッセージ』(78年)に出てきたリアベ号という宇宙船なんですよ(笑)。

高鳥 東映が誇るSF大作の模型がそんなところに!

原口 暗くてシルエットみたいな画像だけど、一発でわかって「これヤバい!」。そのリアベ号って、もともと映画村の資料館に展示されてたんですよ。それで樋口っちゃんたちと一緒にサルベージしようと京都に行ったら、もう撮影所長まで挨拶に出てきて大騒ぎ(笑)。で、第13ステージのホリゾントの裏にそのリアベ号があったんだけど、めちゃくちゃスキマが細いから樋口っちゃんは入れない(笑)。ぼくが無事に保護しました。

高鳥 いやぁ、いい話ですね。撮影所の倉庫には多数の小道具が保管されていますが、まさかステージの裏側にまであったとは思いませんでした。

▲東映京都撮影所の装飾倉庫

原口 『京都撮影所案内』という本にはスタッフたちの苦境や問題意識もしっかり残されていますが、前提として撮影所への愛着を感じます。

高鳥 そうですね。両撮影所のよさが一目で伝わる本にしようと思いました。近年は本数もやや増えて「時代劇ブーム」と報じられる機会もありますが、まだまだ気楽な状況ではない。せめてもの恩返しとして自分のできる後押しはしていきたい。伝統や文化……時代劇ってそういう堅苦しいカテゴライズをされがちですが、まずは質量ともに娯楽としての復権を望んでいます。

原口 たしかにそうですね。

高鳥 あらためて原口さんから見て、京都の撮影所はどのような場所ですか?

原口 現代劇も作ってますが、やっぱり時代劇が基準になっていて、時代劇が体に染みついてる人たちの集まりですよね。たとえば智ちゃん……山下智彦監督は映像京都の解散後、京都組を立ち上げてがんばってますし、大二も松竹で活躍している。以前は東京から監督を呼んで、京都の演出部が下につくケースが多かった。要はハコとスタッフだけ京都……そのジレンマがすごくあったみたいで、いま生え抜きのメンバーが監督や技師として活躍してるのはうれしいですよ。もっと彼らの時代劇が出てくるといいなと思います。

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というわけで、『京都撮影所案内』と『大映特撮写真集』にまつわるトークは、ここまでとなりました。その後も高鳥氏と原口氏の対話は止まらず、近くの居酒屋に移動して終電まで繰り広げられたとか。今回の記事が両書の新たな読者を生み出し、時代劇の活性化につながることを願っております!(立東舎編集部)

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