[©︎筆者コラージュ]
<リード>
「身体中に管を巻かれて延命治療を受け生きる屍となるくらいなら、死んだ方がいい」
そんな街角の声が聞こえてくる。読者の皆さんは映画「ミリオンダラー・ベイビー」をご覧になったことはあるだろうか?孤独な老トレーナー、フランキーが31歳の女性ボクサー、マギーの熱意に打たれ、二人三脚で世界王座を目指す人間ドラマだ。老いたトレーナーに31歳の女が弟子入りを志願。何度断っても諦めない彼女を、彼は受け入れる。師弟の絆を深めながら快進撃を続ける中、タイトルマッチで悲劇的な事故が起き、過酷な運命に直面する二人を描いた賛否両論を呼ぶ衝撃作である。クリント・イーストウッド氏監督と主演。モーガン・フリーマンという名優も脇を固める。
汚いやり口で勝利をモノにしてきた対戦相手ボクサーに「目には目を」「歯には歯を」で逆襲すると、セコンドのある椅子の角に首を打ちつけ、脊椎損傷でマギーは寝たきりになってしまう。マギーは生きる希望を失い、フランキーに「最後のお願い(尊厳死)」を託す。苦渋の決断を迫られたフランキーは…?
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<リード>
【1】根治しない難病やがん患者など介護疲れは「終末期医療(ターミナル・ケア)」へと続く道
【2】「E.キューブラー・ロスの看護理論:死の受容過程」を「入門編」として
【3】「尊厳死か?」「安楽死か?」福山好典教授が論文で問うたこと
【4】映画やドキュメンタリーで終末期医療(ターミナル・ケア)の現場を知る
<結び>
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【1】根治しない難病やがん患者など介護疲れは「終末期医療(ターミナル・ケア)」へと続く道
[©︎内閣府広報]
奇しくも日本初の女性首相 高市早苗内閣総理大臣が「所信表明」でも訴えてこられた「社会保障国民会議」政策で肝入りの「介護」問題は自身の伴侶が要介護者であることからも対岸の火事ではない。現都政では介護職の資格を取って東京都で介護現場で勤務する人材の奨学金負担を支援する制度はあるにはあるが、極めて少ない。ここはもっと大きく分厚くしていきたい」という「少子化対策」と「子どもの貧困」。「光と影に格差があるなら、『影』に『光を当てる』のが政治家や都知事の仕事だ」と豪語されるなら、家族に要介護者がいる場合、介護者には心身共に深刻な負担を強いられる。そしてその延長線上には「介護疲れ自殺」や「無理心中」が待ち受けている。「終末期医療(ターミナル・ケア)」へと続く道だ。高齢者福祉全体の向上を目指す「命の問題」と向き合い憲法25条「生存権・国の社会的使命」2項を形骸化させるべきではなく、労働問題の現場からの回避に向けた介入のあり方をいかに深刻視して位置付けるか?
政府は「子ども家庭庁」による「子どもの貧困」対策の莫大な予算を割くとも取れる傾向にある。しかし「若者支援」を1丁目1番地に据えることがひいては「超高齢化社会」の安心と幸せに繋がると言う。ならば戸外からは見えづらい「家族介護疲れ」の現場の声もどこまで掬い取れるか?最悪の場合「自殺」や「無理心中」に至る「命の問題」を未然に防ぐ、重大責務を国は果たせるのか?今や日本は下流どころではない「階級社会」の実態が浮かんで久しい。これこそを得票に繋がらないからと政治家が「自助」だといって切り捨ててはいけない。本来、セットであるべき「育児と介護政策」にまさに「光を当てるべき『影』である『アンダークラス』階級層に寄り添う『支え合い』政策』」を来たる2035年に迎える「育児・介護ダブルケア問題」について意識を向けるべきではあるまいか。
2035年の育児就業者数は22年比4.6%(37万人)増の844万人。男性の育児就業率と女性の労働力率(労働参加率)の増加を背景に男女ともに全世代で育児就業者が増える見込みだ。介護就業者数も約2割増えて420万人。育児と介護のダブルケア就業者数は3割強増加して21.2万人になる。育児も介護もしながらダブルケアで働く人は、同33.8%(5.4万人)増の21.2万人。ダブルケア就業者は、晩婚化や晩産化、高齢化を要因に、男女ともに全ての年代で増加傾向にある。
東京都の「介護政策」には「介護の職場人材確保」に比重を置き、戸外からは見えづらい「家族介護疲れ」問題の視点が欠けているように思える。「分かち合い・支え合い介護」を目的とした孤立化による東京都ワースト1の「孤独死(約82万人)」や一人での抱え込みを減らし「自殺」や「無理心中」に至るのを防ぐことに資する「命の現場」で「これから起きてくる『育児家族介護と労働のダブルケア現場』」についても耐性をつけていくべきかもしれない。
【2】「E.キューブラー・ロスの看護理論:死の受容過程」を「入門編」として
[©︎「林浩喜(ROCKY)」/「読売新聞社」]
「E.キューブラー・ロスの看護理論:死の受容過程」は看護学の世界で著名な「ターミナル・ケア」だが、死とその過程が5段階として著されているため、発表されてからしばしば、この“段階”という言葉が問題となり、「死にゆく人が必ずしもこの段階をたどるわけではない」などの批判があった。彼女が何より心を痛めたのは、死にゆく人に起こる心身の変化が周囲の人々に理解されずに孤独なまま亡くなっていったことであった。
第一段階「否認と孤立」:患者は診断を知らされると衝撃を受け、それを自己防衛する手段として否認という反応を見せることが多い。それは不快で苦痛に満ちた状況に対する健康的な対処法で、ショッキングな知らせを受けたときにその衝撃をやわらげるものとして、この否認という機能がある。患者はそこからしだいに回復していく。
第二段階「怒り」:否認の段階から、怒り・激情・妬み・憤慨などの感情に変わる。「どうして私なのか」という激しい気持ちは、見当違いにあらゆる方向へと向けられ、あたりかまわず周囲に投げつけられる。これが問題となるのは、私たちには患者の怒る理由が思い当たらず、本来、患者の怒りとその対象となる人とは関係ないのに、それを自分個人に向けられたものとして、私たちがとらえてしまう
第三段階「取引」:取引を試みる段階である。第2段階で自分以外の人間や神などに対して怒りをおぼえ、その後、この「避けられない結果」を先に延ばすべくなんとか交渉しようとする段階に入っていく。たとえば、神などの大いなる力に対して、よりよい行いをすることで延命を乞うといったことである。
第四段階「抑うつ」:大きく分けて2つの事柄が関与している。第一に、重い病気が発覚し入院治療となるとお金が必要となり、貯金を使い果たしてしまったり、長期に仕事を休まざるをえなくなったりするため、離職や休職を余儀なくされることから生じる抑うつだ。
第二には、死期の近い患者にとっては、この世との永遠の別れのために心の準備をしなくてはならないという深い苦悩から生じる「抑うつ」である。1つ目を反応的な抑うつ、2つ目を準備的な抑うつという。
第五段階「受容」:患者にある程度の時間があり、これまでのいくつかの段階を通過するにあたって何らかの援助が得られれば、自分の置かれた状況に対する怒りや抑うつが軽減して、最後のとき(死)が近づくのを静観するようになる。
医療従事者や一部の患者にとっては常識の範囲の学説だが、読者の皆さんはご存知であっただろうか?いま一歩踏み込んで「安楽死」についてオランダとドイツの医事法からターミナルケアと「命」の問題を通して「生きるとはなにか?」を問うてみたい。
[©︎フォトジャーナリスト 久保田弘信氏]
【3】「尊厳死か?」「安楽死か?」福山好典教授が論文で問うたこと
ここで、姫路獨協大学の福山好典教授氏の執筆された「医事法研究」(2021年3月)から「ドイツ刑法217条(業としての『自殺促進罪』)の例外的合憲性」と「安楽死の生命倫理」の狭間を読み解いてみよう。
ドイツに刑法217条(業としての自殺促進罪)違憲判決の事例とオランダの認知症患者に対する「安楽死」に関するオランダの「生命倫理」を問う最高裁刑事判決の新展開があった。
「極限まで苦しんだものは『例外的に合憲だ』という判決だ。
人工呼吸器の装着や恒常的な医療、介護を必要とする重度の四肢麻痺の女性が15グラムのナトリウム・ペンとバルビタールの自殺目的の取得を許可(麻薬法3条)するよう連邦医薬品医療機器庁(以下、BfArM)に申請したところ、「BfArM」は、住民の必要な医療ケアを保障するというこの法律の目的と両立し得ない取得許可を禁止する麻薬法5条1項6号を根拠にこれを却下した。
だが、一連の訴訟を経て、女性(異議決定の数日前の自殺)の夫が「BfArM」に「許可義務」があったとして確認の求めた事件で、連邦行政裁判所第三法廷は、2017年3月2日に「基本法1条1項」と結びついた2条1項の「一般的人格権」は自己の意思を自由に形成しそれに従って行為し得ることを前提に、どのように、いつ自己の生命を終わらせるべきかを意思決定する「重篤」かつ「不治の病」の権利をも対象とするとし、これを根拠に麻薬法5条1項6号を憲法適合的に解釈し、「自殺念慮の取得者」が「重篤」かつ「不治の病」のため「極限的苦境にある場合」に自殺のための麻薬の取得は住民の必要な医療ケアを保障するという法律的目的と例外的に両立し得るのである。
本判決は、業としての自殺介助(特に臨死介助団体によるそれ)を刑事規制の対象とする刑法217条を違憲無効とした。
本判決が「健康な人間」の自殺介助の権利承認を含意することの影響も大きいと見られている。
また著名なオランダの「安楽死」に関する生命倫理上の最高裁判決の事例も見ていこう。
被告人(1950年生まれの女性で、老年医療専門医かつ被害者の家庭医、本件安楽死実施後に引退)は2016年4月22日頃、デン・ハーグ某所において、アルツハイマー型認知症に罹患していた被害者(当時74歳)を故意により、かつ予謀に基づき、薬殺したとして、オランダ刑法第289条「謀殺罪」に問われた判例。被害者は、同年10月、12月にわたり認知症の母を介護した経験を踏まえると、最後に別れの言葉もろくに交わせないなどといった自分が経験した辛い思いを家族にはさせたくない、またそのような惨めな思いはしたくないと意思表示した上で、認知症が進行して「機が熟したと思う」場合には安楽死を「自らの意思で」希望する旨の条項も含まれた書面による生前意思表示(本件事前指示書)を作成した。
被告人が「安楽死」を今、実施するか否か、入所するか否かを問いかけたところ、被害者は全く支離滅裂な返答に終始した。この時点で被告人は被害者の意思無能力を確信。安楽死が実施された2016年4月には、他の医師も被害者の意思無能力を確認しており、首尾一貫しない言葉を口走っていた。
被告人側は、当該殺害行為は「安楽死法」2条所定の各要件(相当の注意基準)を充足しつつ実行されたものであり、かつ「死体埋葬法」刑法293条2項に基づき「犯罪不成立」であるとして「無罪」を主張した上で、予備的に本件起訴自体が公訴権濫用であるとも主張した。
なお、検察は、被告人が協力的であることや既に医師会などから懲戒処分を受けていたことも考慮し、刑法9条a「象徴的有罪」のみとし、具体的な求刑は一切問わなかった。
オランダのデン・ハーグ地方裁判所(de Rechtbank Den Haag: RBDHA)は、「本件被告人は安楽死法等所定の要件を全て充足していた」として「無罪」を言い渡した。
また、認知症の場合であっても、「絶望的で耐え難い苦痛は常に存在し得る」と考えられる。関係証拠によれば、この「苦痛の存在」も認められ、被告人もそれを確信するに至っていたことから、安楽死法2条1項bも充足していたと解される。
[©︎A.I.]
【4】映画やドキュメンタリーで終末期医療(ターミナル・ケア)の現場を知る
医学書や看護学の書籍は難解なものが多い。ここで世界的に普遍的な「極限的苦境」の場合を「尊厳死」を通して考えさせられる珠玉の映画で現場の理解を少しでも深めてみよう。
2026年5月9日に「地域在宅医療のいまと明日を考える」映画「明日香に生きる」上映とトークが開催される。
[©︎(株)アスツナグエイゾウ/共催:R’STAFF /後援:日本ホスピス・緩和ケア研究振興財団]
また…
◆「いのちが一番輝く日 あるホスピス病棟の40日間」は日本で初めてホスピス病棟の日常を記録したドキュメンタリー。患者が最期の日々をどのように過ごし、家族がどう寄り添うかを描いている。
本作は、新聞記者を経て、現在はテレビドキュメンタリー番組やCM、企業PR映像などの演出を手掛ける、奈良県在住の溝渕雅幸の劇場用 初監督作品。2008年夏、細井先生が出演するテレビ番組の制作を担当したのをきっかけで、ホスピスを舞台にしたドキュメンタリー映画の制作を着想する。2011年12月から40日間、スタッフとともに滋賀県にあるホスピス病棟の患者やその家族に密着して記録した映像は、初のホスピス施設の日常を描いた作品として大きな注目を集めた。
[©︎((株)「ディンギース」]
<結び>
活字離れ、SNS中毒などの比較的子ども若手層が抱える習慣病は今後も増え続けていくだろう。
だが高齢者の中でも「SNS依存症」に陥る傾向が目に見えて膨れ上がっていくというから驚きだ。日本の「少子高齢化」について高市政権の掲げる大きく三つの論点について振り返って整理しておこう。
(1)高額療養費制度見直し(2)診療報酬改定(3)「攻めの」予防医療
立憲民主党が掲げる「医療制度改革」の「日本版家庭医制度」の関連について。「高額費制度上限引き上げ」を2025年12月に社会保障審議会
医療保険部会で十分な議論を尽くさず、決定した。
高市早苗首相は「高額薬剤の普及で医療費全体が年々増加する中で、高額療養費も医療費全体を上回るスピードで増加している。高額療養費とは患者にとって大切なセーフティーネットであり、現役世代の負担軽減という観点も考慮すべきだ」
社会保障制度改革全体の中で最後のセーフティーネットである高療費をいかに位置付けるか。
今、「日本の社会保障国民会議」の舵取りを有識者のみならず市民が一丸となって参画すべき時がきた。
さらに今、女優の福本莉子が主演を務めるNHKの連続ドラマ『勿忘草の咲く町で ~安曇野診療記~』が、2026年6月28日午後10時から放送開始となる。信州・安曇野の小さな病院を舞台に、看護師と医師が患者一人一人と向き合う姿を描くヒューマンドラマで、「地域医療」と「終末期医療」の現実に迫る注目の作品。リアルとフィクションが混在する各作品を通して日本人の「生命の倫理観」が改善に向かうことを望みたい。
[©︎「NHK」][©︎「KADOKAWA」

