[©︎ X.com]
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読者の皆さんは「CRINK」(クリンク)という言葉をご存知だろうか?中国(China)、ロシア(Russia)、イラン(Iran)、北朝鮮(North Korea)の4カ国の頭文字を取った、軍事・政治的な連携を指す言葉である。ロシアのウクライナ侵略においてドローンや兵器の供給、技術協力を通じて西側民主主義に挑戦する、新しい権威主義的な連携として懸念されている。
軍拡へまっしぐらに突き進む世界。CRINKはロシアの戦争遂行能力を高めるだけでなく、西側民主主義の価値観に挑戦している。軍事演習や技術協力で軍事力を高め、トランプ米政権の「一国主義」に乗じて欧米の分断を企図している。
繰り返しになるが、第三次世界大戦へのカウントダウンは始まりつつある。米国の「一国主義」的な傾向に乗じ、欧米の分断を企図し、既存の国際秩序を塗り替えようとする国際社会への挑戦状だ。今こそ世界レベルの軍拡を阻止し、国際社会において、特定の兵器だけでなく、大量破壊兵器、通常兵器、そして軍隊の規模に至るまで、すべてのカテゴリーを包括的に制限・削減、さらには最終的な廃絶を目指す取り組みの「総合的な軍縮(Comprehensive Disarmament)」を国をあげて目指せ。
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【1】シリアのバッシャール・アル=アサド失脚から2年
【2】「憲法起草案」と待ち侘びる市民による市民のための「選挙」
【3】「バディア保安局」は、シリア砂漠地帯で過激派ISの掃討作戦任務を請け負う
【4】暫定政府と「シリア民主軍(SDF)」間で「14項目」取引合意
【5】イスラエル軍が付け込む「シリア宗派間対立」抗争
【6】イスラエル軍需産業から売却契約の延期と即座の投資撤退に圧力をかけよ
【7】ロシア軍事基地駐留認可する条件 シリア暫定政府
【8】「総合的な軍縮(Comprehensive Disarmament)」で軍拡を阻止せよ
【9】米軍の掌返し1000人駐留軍撤退「対IS利用」用済みのシリア
【10】国際法上の許されざる重大犯罪の真相解明と責任追及 シリア民主「革命」成就の立役者
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[©︎ロイター通信]
【1】シリアのバッシャール・アル=アサド失脚から2年
2024年12月8日にアサド政権が失脚してから2025年12月8日で丸2年が過ぎた。
シリアでは2024年11月27日にアレッポ西部の農村でバッサーシャール・アル=アサド大統領率いるシリア軍とアフメド・アル=シャラア率いる「シャーム解放機構(HTS)」間の戦闘が再燃した。11月30日までにHTSはアレッポ中心部の大体を掌握。イドリブ県全域で優勢な戦況となった。
それ以降、HTSは南部へと進軍し、12月6日にはハマーを制圧。翌7日にはホムス県内を、8日に首都ダマスカスへ突入した。同日、アサド大統領一派はロシアへと亡命したとロシア政府が公式に認めたことが報じられた。
これにより、50年以上続いたアサド一族政権は反体制派の本格的な蜂起により崩壊した。
アサド失脚以降、アラブの春に始まった内戦から約14年が経つ。シリアとイスラエルの軍事環境は極めて激しい変動にある。軍縮どころかイスラエルによるシリア南部への軍事介入が強化され、軍需産業への需要が高まっていたのが現状だ。
そして指揮を取っているのは「シャーム解放機構(アル・ヌスラ戦線)」主導者シリアの武装組織・別名「タハリール・アル・シャーム(HTS)」のトップ、現シリア暫定政府アフマド・アル=シャラア大統領だ。イドリブ州を支配し、巨大な組織に吸収合併した。それはシリアの領土のほとんどの治安を監視するということだ。アル=シャラア氏は重要な進歩を遂げた。深く分裂した部分を統合しようと努力する中でシリアは北東の広大な土地を「領土保全」として取り戻したのだ。しかし10年以上の間クルド人が主導する民兵同盟の統制下に置かれてきた。2026年1ヶ月の攻撃前でシリア領土のほぼ3分の1がクルド人の支配下にあった。
シリアの17万人以上がアレッポ、アル・ハサカ、ラッカなどの行政区を股にかけ、2026年1月早期以来、カミシリ、アル・マリキヤの中でも大規模な集中現象が起きている。
人道援助のアクセスは制限されたままになっている。優勢で安全な状態、関連する制限のある動向。そして「爆発性不発弾汚染(Explosive Ordnance Contamination: UXO)」を用い、評価と支援の提供に影響を与える。
人道支援に使う護送車は2026年1月25日〜27日に救命支援の搬送ができるようになったので、人道回廊の任務を受けた者は速やかに実行するよう促された。
不発弾(UXO)は極めて危機的なリスクを露わにした姿勢を撮り続けており,10件の記録に15人の犠牲者が出た、と期限の間中、報道されていたという。避難と奉仕で混乱が民間人に厳しい影響を及ぼし、中でも特に持続的な緊張のもとに子供、教育、健康、水道システムは制御されている。
シリアでは「不発弾(unexploded ordnance : UXOs)」と「戦争の残骸(explosive remnant of war : ERW)」を含む事件が急増してきており、毎日、民間の犠牲者が報告されている。
2024年12月以来、24人の子どもと13人の女性を含む141人の人々が198もの爆発物事件で殺害されてしまった。少なくとも114人の子どもたちと16人の女性たちを含む265その他の人々が負傷していた。
戦闘は続き、2024年12月10日、に起こった紛争で被った損害以来、機能不全に陥ってきたティシュリーン・ダム近くの地域に影響を及ぼした。結果として、マンビジ、アイン・アル=アラブ、東アレッポなどに暮らす41万人は汲み上げられた水や電気を8週間以上も奪われてきた。こうした不安の中で北東シリアでの恣意的な逮捕の報告が様々なコミュニティーの集合体間で緊張感を高めてきた。
アル=シャラア暫定政府と「シリア民主軍(SDF)」の間で、交渉が行き詰まる中で交戦が始まった。まず、国家機関に統合する。取引は昨3月、署名する運びとなっていた。そうこうしている内に年末に失効してしまった。ほとんど進歩がない中で、消極的なままその自律性を諦めるしかなかった。
アサド一族が失脚しロシアに亡命したとはいえ、シリア代理戦争はなおも続いている。今、改めて「移行期正義」を経て「シリア国民対話会議」、「暫定立法評議会」、「暫定憲法提言」の流れで独裁政権期から民主主義国家を志して人々は選挙への道筋をつけようとしている。ここに至る過程を改めてここで振り返ってみよう。
【2】「憲法起草案」と待ち侘びる市民による市民のための「選挙」
「シリア国民対話会議」、その政権移行における鍵を握る瞬間が訪れたのは、その2024年12月8日にアサド前大統領が「失脚」した後のことだった。
対話会議の1日の終わりに声明が発せられ、そしてそれは新たな「シリア憲法起草」に道を拓く準備をするには数多くの潜在的参加者にほとんど時間を割けなかった。そして表現の自由と人権の重要性を強調したのである。
暫定政権のアフメド・アル=シャラア指導者は早々にシリア人に対して呼びかけた。「今こそ立ち上がって団結し手に手を取り合って負傷した体を癒し数十年にわたる独裁政権の後に残った傷を洗い流しましょう」と。
「シリア革命」の性質とは、数十年にわたる長期のアサド一家とバース党による支配の完全なる拒絶が意味する「新たな憲法」を制定することだと期待されてきた。
その憲法がシリアの未来について多くを明らかにすることだろう。特に疑わしきが残るのは、多くのアル・シャラアの意向の中でシャラア氏が以前、旧「ヌスラ戦線」や「シリアのアルカイーダ」に属していたことを踏まえてのことだ。
アル・シャアラ氏は自身の過去と急速に距離を置き、大概はシリアの分裂を招くような発言を避けてきた。
「シリア国民対話会議」での代表者は作業部会間でも分かれていて、憲法、自由、経済、市民社会を含む異なる問題ごとに焦点を絞っていた。
国民対話のための「準備委員会」の委員であるフダー・アタッシー氏は会議の結論として声明を読み上げた。アタッシー氏によると、その準備委員会は「暫定憲法提言」と「暫定立法評議会」のためにシリア国家の未来を決断する助けを求めたいと呼びかけたという。
「憲法起草案」は権力間の均衡を成し遂げ、司法、自由、平等、法制度の国家の基盤を築くべきだとの声明が出された。
シリア暫定政府のアサド・ハッサン・アル=シャイバニ外相は新たな政権は「社会の中の女性の活動的な役割を信じる」と述べ、また「言論と表現の自由を含む自由の保護」を求めた。このことは「シリア人が政府に反するような演説をするだけで定期的に投獄されてきた前政権との大きな違い」を示す。
もう一つの権利の問題は、同じく閉会の声明の中にある「移行期正義」を成し遂げることや犯罪の責任者を拘束すること、責任者追及、暴力と煽動、復讐のあらゆる形を拒絶する立場を示した。
「移行期正義(transitional justice)」とは、紛争(戦争・内戦を含む)期、あるいは紛争後の社会における法の支配において、過去の大規模な人権侵害とその結果に対して折り合いをつける社会の試みの過程と仕組みの総体のことをいう。より簡潔に言えば、紛争が終結した後に、かつての政治指導者や軍事組織の指導者や実行者の審理と処罰について、行われる正義の実践のことである。
「国民対話会議」閉会の声明は、シリア国家の主権に対する明白な違反を呼びかけていたアル・アサド打倒以来、「シリア領におけるイスラエル軍」による侵攻を強く拒絶した。
イスラエルはその軍事力をシリア、ゴラン高原間にある「緩衝地帯」へと動かし、そしてそれはイスラエル軍に非合法に占拠されたシリア領そのものなのである。イスラエルもまたヘルモン山を含む「緩衝地帯」の外側の地域を統制してきた。そしてイスラエルは夜通しの攻撃を含む軍事施設を繰り返し爆撃することを実施してきたのだ。
シリア南部ではイスラエル侵攻がクネイトラで続いており、その中で2人の青年が逮捕されている。その間にも空爆がダマスカスの田舎、ダルアー、スワイダーで報告されてきた。
これらの戦況を受け、「国民対話提言」はイスラエル軍のシリア領土からの即時で無条件の撤退を求めた。
それはイスラエルのベンジャミン・ネタニヤフ首相の脅威、イスラエルがシリア軍隊にシリア南部に配備することを指す脅威を拒否する姿勢だった。
「国民対話提言」はイスラエル軍のシリア領土からの即時で無条件の撤退を求めた。
それはイスラエルのベンジャミン・ネタニヤフ首相の脅威、イスラエルがシリア軍隊にシリア南部に配置することを指す脅威を拒否したのだった。
その会議はまた、イスラエルが示した宗派間の緊張を煽るような試みに反対してきた。それはシリアのマイノリティーであるドゥルーズ派で南部に住んでいる多くの人々を保護する意向があった。
準備委員会は「シリア・アラブ共和国」の団結と領土全体にわたる主権、断片化、分断、祖国の一部を割譲することを拒否している。
シリアの新政府はシリア北東部の大概の地域を制御してきた「シリア民主軍(SDF)」クルド人自治部隊と議論を重ねてきた。
米国はSDFを支援してきたが、自治政府のために、武器を放棄し幾らかの願いを表明することを躊躇してきた。
混乱に包まれた「国民対話会議」は拙速すぎるくらい取りまとめることを急いだ。
反体制派の最大組織「高等交渉委員会(HNC)」上級交渉人のジョージ・サブラ氏はSNSに投稿しにダマスカスで行われる「国民対話会議」の2日前、2025年2月23日に招待状を受け取ったが、フランスに亡命中であり、シリアへの渡航は間に合わなかったことを明らかにした。
批評家は「国民対話」の公表の性質がシリア人が「民主的多元主義」を推進している
選挙に向けた時系列の段階として提供された、僅かな詳細と共にいかに新たなシリアが築いていけるのか?を懸念してきた幅広い様式の一部となると語っている。
そこには、批評家が「準備委員会の中で表現の欠落だ」とレッテルを貼ってきたことに依った会談を超える疑いがあった。
しかしながら概算で600人のシリア人がこの「国民対話会議」に出席した。そしてその多くは選挙への道筋をつける重要な段階であり、数十年からの独裁政権から解放された新たなシリアを人々は信じている。
【3】「バディア保安局」は、シリア砂漠地帯で過激派ISの掃討作戦任務を請け負う
最近ISは米軍を監視するよう呼びかけ、シリア政府部隊が近年の攻撃に動機付けられているかもしれなかった。
BBCのサラフィー派ジハードに詳しい専門家は2025年12月13日に知名度の高いIS支持者がISに同情的で「シリア暫定移行政府」に対し攻撃の指揮を取ることを奨励している。
「決してどこに可能性があるのか分からない」シリアがグローバル同盟に加入して以来、同年11月10日にISを打ち負かすまで。その専門家もそのように話した。ISが奨励したそのシリアの支持者たちは指揮を取るため、シリアにおける米軍と同盟パートナーの動向に関する生活パターン分析に似ている。
その専門家は付言した。著しいISの支持者たちは協調的なオンライン・キャンペーンを立ち上げた。そしてそれは同情者たちに米国の市民を含む外国人を殺害するよう急がせたと「シリアの内務省(MoI)」は同年12月13日に表明した。それは米高官に可能性のあるISによる米軍への攻撃を警告するものだった。
同年12月14日には停戦中のガザでハマス幹部を殺害し、武器の量産を動機付けた。これに対しイスラエル軍が紛争を激化させ、やられたらやり返すの構図になっている。
攻撃者とあらゆる共犯者はこのシリアが仕掛けた攻撃の指揮を取ることができた。なぜならシリア政府が各州の安全保障を満たす上で迅速に地元の治安部隊勢力を拡大する必要があったからだ。安全保障には亡命したアサド独裁体制の失脚後に必要になってきた。
シリア内務省(MoI)のような省庁の治安部隊は小さな組織から巻き込まれることになる。その作戦の指揮を取っているのがアル・シャラア氏だ。情勢の変化は地元のシリア体制派を必要としている。迅速に人材を募集するためでもある。突然任された急増する安全保障の仕事の任務に取り掛かるから。地元の治安部隊は、このアプローチがISとの個人の関連で、もしくはパルミラの攻撃者のようにISと連携を保持したまま、シリア軍ないしはシリア内務省(MOI)の中で部隊に参加している。
シリア内務省の指揮下にある「バディア保安局(Badia Security Directorate)」や「バディア部隊」は、シリアの広大な砂漠地帯の治安維持、主に過激派組織「イスラム国(IS)」の掃討作戦を担当するシリア政府軍、またはその支援を受ける武装組織を指す。世界遺産パルミラ遺跡での攻撃者は約2か月前に一人の基地警備員として駐在させた5000人の従業員のうちの一人だった。シリア内務省(MOI)の広報官は2025年12月13日に声明で説明した。同年12月10日に、内部評価は過激派からの攻撃を警告するもので、その信念とシリア内務省(MOI)が同年12月14日に彼の解雇を計画していた、という。
その加害者は同年12月13日の勤務時間外にその攻撃を実行に移した。
それはどこでその攻撃者がISの活動メンバーだったのか、あるいはISと同調した信念を抱いていたのかが不明確なままだった。
同年12月13日と14日に米軍に協力するシリア治安部隊が5人、パルミラで逮捕されている。その攻撃には共犯者との繋がりが浮かんだ。そして分かったことはその攻撃はロンリーウルフ型ではなかったということだ。
ISは米国とシリア間で布石を打つために尽力している。この時点では不成功に終わったように思えた。なぜなら米国の高官が最近の攻撃を強化すると示していたからだ。またシリアのパートナーを支持する米国の政策はISを打ち負かすためのものだ。米国は近年シリア駐留に約1000人を維持し、「シリア民主軍(SDF)」への重要な情報と後方支援を提供していた。
また他の「シリア自由軍」のようなシリアのパートナーをも支援していた。米国の諜報機関はシリア内務省(MOI)部隊と共有している。最近数ヶ月のうちにその同部隊はシリアを股にかけて襲撃し対IS反撃を数多くの成功へと導いた。米国部隊もまた、「シリア民主軍(SDF)」部隊を支援し、シリア北部にあるIS関連の収容キャンプを管理し確保している。
米国シリア担当トム・バラック特使が同年12月14日に述べたのは、米軍部隊に関する攻撃は「無効」とせず、むしろ「強化された」ものとする米国のシリアパートナー支援の戦略であるとし、ISの復権を防ぐための行動だと見做す。
12月14日に米国務長官のマルコ・ルビオがシリア外務相アサド・アル・シャイバニ氏と会談した。そして通話の状態の読み取りを記録した。ルビオ氏が表明したのは「米国は支援を続けてきた」シリア政府のために共同テロ対策に尽力して。
第二期ドナルド・トランプ米大統領は12月13 日、ISへの攻撃を非難し、非常に深刻な報復を誓った。
トランプ氏は指示しなかった。攻撃はシリア政府との関与に向かう米国の政策を変えることになるだろう、と見られていた。
【4】暫定政府と「シリア民主軍(SDF)」間で「14項目」取引合意
[©︎ BBC]
潔い領土の損失の後、「シリア民主軍(SDF)」が「14項目」取引に合意し、ほぼ全ての譲歩を撤回した。その合意の核心とは SDFが支配していたデリゾール県とラッカ県の行政・軍事権限をシリア政府へ移管し、SDFを中央政府の武装組織に統合する。2025年3月に暫定政府と民主シリア軍(SDF)の間で合意された、14のポイントからなる停戦・統合の枠組みだ。
早期の交渉における政府から得られるものはあったはずだ。重要なメンバーが期待され、個人としてシリア軍と内務省に入ることが見込まれている。シリアとしても石油田とガス畑の回復が景気回復をもたらしてきたからだろう。これこそがシリアにおける最大の変化を示している。
「14項目」取引はこれで終わらず、2026年1月18日にクルド人主体の武装組織「シリア民主軍(SDF)」とシリア全土で「即時停戦」し完全掌握したと国営メディアが報じた。SDFとシリア政府軍の間では2週間にわたって戦闘が続いていた。今回の停戦はSDFをシリア軍および国家機関に統合する全「14項目」の合意の一部だという。
2026年1月6日頃から、アレッポ市シャイフ・マクスード街区、アシュラフィーヤ街区を占拠しているクルド民族主義勢力と暫定政権との交戦が激化した。これを受けて幾度かの「停戦」や「クルド民族主義勢力の政府への編入」について合意発表を経て継続してきた。
シリア政府は、SDFは刑務所や難民キャンプを運営し、クルド語を母国語として設定したことをつとに容認している。
数千ものイスラム教過激派組織IS拘留者とその家族もまた施設に保持されている。
そして有国籍及び無国籍クルド人とノウルーズ難民キャンプ がペルシャの祝日である新年にもたらされている。
その来るべく公表する日を前にしてシリアの首都ダマスカスの統制下にありながら。
想定するに、クルド人に触手を伸ばしているのかもしれない。彼らの権利はアサド一族前政権時代による50年の支配の中で否定されている。主にアラブ系からだったり。そこに生きる土着の人々が、部隊はクルド人自治部体の大多数住居地域に向かって移動し続けなければ致命的な衝突の可能性が高まる。そして報告によれば、トランプ政権を怒らせているとすでに報じられている。シャラア暫定政府は突然、「停戦」を公表した。SDFを4日間、詳細な計画のため地域の国家への統制を図ろうとしている。またそこの土着の人々がSDFに対してもはや憤慨している。しかしシリアの部隊は前進する。今、暴力のエスカレーションを阻止して生き延びることだ。
【5】イスラエル軍が付け込む「シリア宗派間対立」抗争
[©︎ ARAB NEWS]
アサド前政権が失脚した後、権力を掌握して以来、シャラア氏はシリアの少数派を保護すると繰り返し誓ってきた。この国では宗派間の暴力によって死者が出る事件が相次いでいる。地中海沿岸に送られてきた後に、政府軍は残虐行為で告発された暴力によって死者が出る事件までもが相次いでいる。
シリア・ドウルーズ南部州アサド派・アラウィー派が幅を利かせる中心部であり、主にスワイダーのドウルーズ南部州でもある。
しかしてまたクルド人は恐れている。アル・シャラア氏が提供した保証の更新にも拘らず。
クルド人が抱いてきた願望の損失に次ぎ致命的な打撃は、米国では「裏切り者」として見做されている。トム・バラック駐シリア米特使は「始まりは(次に示す)目的」だったと語った。SDFとパートナーを組んでシリアに跋扈する反IS部隊として、大部分が失望している。そしてシリアにいるクルドの人々にとってシャラア氏は大いなるチャンスが巡ってきている。シャラア政権への移行期にあったとシリアのみならず西側諸国にもシリアの安全を保証する最大の機会が訪れている。
2025年2月2日、当局が確認したところによると、「イスラエル国防軍(IDF)」が行政区画と平和都市の裁判所だったクネイトラ行政区画からの撤退するに至ったという。だがインフラと民間文書の巨大な破壊の爪痕を残している。ダルアーの暴力事件もまた地元情報筋によると、別々の銃撃による6人の死者と15人の負傷者という結果的に市民の犠牲者を出してしまったという。
その会議はまた、イスラエルが示した宗派間の緊張を煽るような試みに反対してきた。それはシリアのマイノリティーであるドゥルーズ派で南部に住んでいる多くの人々を保護する意向があった。
準備委員会は「シリア・アラブ共和国」の団結と領土全体にわたる主権、断片化、分断、祖国の一部を割譲することを拒否している。
シリアの新政府はシリア北東部の大概の地域を制御してきた「シリア民主軍(SDF)」クルド人自治部隊と議論を重ねてきた。
米国はSDFを支援してきたが、自治政府のために、武器を放棄し幾らかの願いを表明することをも躊躇してきた。
【6】イスラエル軍需産業から売却契約の延期と即座の投資撤退に圧力をかけよ
[筆者コラージュ]
国際人権NGO「アムネスティー・インターナショナル」がそのメンバーと世界中にいる支援者の需要を満たす即座に止めるだけのことはあるイスラエルの国際犯罪の基本で政治的経済に関して呼びかけた。
今日、国家が彼らの実益を満たさなければ彼らの義務を果たさないといけない。禁じられた軍需産業に直接繋がるイスラエルの犯している犯罪、また効果的な法整備、効果的と規則。そして政治的経済的基本をイスラエルの軍需産業から売却契約の延期と即座の利益を求める投資撤退と売却で国際的犯罪をも犯した、そんなような身売りをすることを停止させようと、完全にではなく書類によるリスト化を始めたのだ。国際法に違反する犯罪に貢献するものとして同一視している。
彼らは米国の多国籍の「ボーイング」や「ロッキード・マーチン」を含むイスラエルの軍需産業の「エルビット・システムズ」、「ラファエル・アドヴァンス・ディフェンス・システムズ」、「イスラエル・エアロスペース・インダストリーズ(IAI)」、中国企業の「ヒクビジョン」、スペイン製企業「Construcciones y Auxiliar de Ferrocarril(CAF)」、韓国製軍産複合体「ヒュンダイ」、米国ソフトウェア企業「パランティア・テクノロジーズ」、イスラエル技術会社の「コルセット」、イスラエルの運用水道企業「メロコット」が列挙されている。
「ボーイング」の爆弾、手引きキット、違法な空爆が実行に移されたのは、ガザ地区占領を実行に移したことを文書化したからだ。
特別に、イスラエル軍は直径爆弾のようなものを「ボーイング製」の兵器、「統合直接攻撃弾」と「GBU 39 小口径爆弾」、一連のパレスチナ民間人への致命的な空爆を含む、多数の死者、多くの子どもたちを含むガザを股にかけて。
「ロッキード・マーチン」の供給と「F-16戦闘機」とイスラエルが育んできた「F 35戦闘機」の艦隊 イスラエル空軍の主力、そしてそれはガザの砲撃の間中、広範囲に使われた。
3大イスラエル軍需産業―「エルビット・システムズ」や国営の「ラファエル・アドヴァンス・ディフェンス・システムズ,」
「イスラエル・エアロスペース・インダストリーズ(IAI)」は、軍事とセキュリティーグッズ。そして数十億ドルの価値があるイスラエル軍は毎年、供給する。これらは調査と徘徊兵器を含む、ガザの軍事パレスチナ占領の残りの地域をイスラエルが継続して使ってきた「攻撃国境警備システム」、セキュリティ商品およびサービス を「アムネスティー・インターナショナル」からの更なる情報を要請されてー「エルビット・システムズ」は唯一の兵器産業―拒絶された「アムネスティー・インターナショナル」の懸念と議論はその企業が運営し、合法に則って 主権者、非認可された政府、国際共同体によって認識された件のことだ。
アムネスティーが呼びかけたのはこれらの株式会社にイスラエルの入植におけるビジネスからの離脱に持つべき責任感とそれを彼らがそこでリスト化し続けることだ。
アムネスティーはこれらの株式会社に彼らの人権責任を果たすことを呼びかけた。即座に全ての製品のやりとりを延期し、イスラエルの兵器、他の軍隊、安全保障や調査装備、他の重機など、部品や商品を配送し、直接的に人権違反と繋がりをもつようなパレスチナ占領と国家、公共機関そして、これらの販売を止めるために責任ある転用と彼らからの購買を止めることも含むものだ。
2025年1月から2月の間に136もの事件が起き、その間、農家が陸土や放牧している動物たちを狙い撃ちされる傾向にあった。結果として、61人の農家や羊飼いの死と他93人の負傷者が出てしまった。
2週間以上、敵意と衝突、「即席爆破装置(IED)」の攻撃が北東シリア、中でも特に東アレッポ、ラッカ、ハサカなどに甚大な影響を及ぼした。
2月の第1週には東アレッポのマンビジで2台の車が爆破された。結果として市民の犠牲者が出てしまった。管理当局によると、2月3 日には女性の農婦を乗せて運んでいた乗り物の近くで、車が爆破された時、19人の女性と1人の男性運転手が殺害された。
少なくとも13人のその他の女性と5人の子どもたちが負傷した。この事件が起きたのは2月1日に別の車を爆破した事件から2日後だった。そしてそれは少なくとも4人の市民が殺害された他、6人の子どもたちを含む9人の負傷者が出た。
2026年1月6日以降、現地での開発に関わる。政府軍と「シリア民主軍(SDF)」がアレッポと東シリアで結果として重要な国内避難民をまた出してしまった。避難従事の中断や人道アクセスを制限する。アレッポ、ラッカ、デリゾール、アルハサカ州といった。「停戦合意」の間、その後の延長は15日だと1月24日に公表された。
活発な緊張状態の低減に関連する貢献を幾らかの領域でする。その状況は壊れやすくローカライズされた治安事件と人口移動だとの報告を続ける。最近の開発が大規模な移住を引き起こしているという側面もある。一月前半の間に。第二の東部州への前進に続いて、特にアルハサカ州が。
いくつかの帰還の動きが観察されている。それに続くのが停戦だ。しかし多くの国内避難民の家族が、優勢な爆発性兵器の汚染に関する一般的な安全上の懸念から、もともといた居住地に戻ることができないでいるまま、損害を受けたインフラ、基本従事への限られたアクセスが支障を来す。
避難の規模は依然として大きく重要なものだ。2026年1月25日の時点で17万人以上の国内避難民(IDPs)。
アレッポ、アルハサカ、ラッカ州の27の地区にある178の共同体を股にかけて「国内避難民対策部隊」による記録がつけられている。追跡調整を複雑にし、そして援助を提供する。
国内避難民のパターンは強力な集中力をカミシリ地区に向け、見積もったところ97,900国内避難民。それに続くアルマキリヤ地区は概算で32,000にのぼる国内避難民を指し示している。
また国内避難民の人口は主に女性や少女、少年で構成されている。兼ねて彼らは共に代表して概算で国内避難民91%と不釣り合いにリスクを保護することを暴露した。結果的に健康、栄養状態、シェルター、教育、心理学的支援のニーズが高まっている。
【7】ロシア軍事基地駐留認可する条件 シリア暫定政府
ロシアのウラジミール・プーチン大統領はシリア暫定指導者のアフマド・アル・シャラア氏と会談した。前シリア大統領のバッシャール・アル・アサドの失脚以来、初めての首脳レベルの接触だった。
アル・シャラアの「シャーム解放機構(HTS)」集団によって率いられた抵抗勢力は電撃戦(艦艇に搭載された魚雷で戦う戦術のこと)の後、12月にロシアとの親交ある同盟国を追放した。そして戦争で荒廃した国家に置いたロシアの2つの軍事基地の命運を超えて疑問が残った。
ロシア側は、「シリア人国家の統制と主権、領土保全の支援における原則的な立場を強調したのである」との声明を出した。
ロシア大統領府は反体制派の勢力圏に対し、壊滅的な空爆を開始する2015年代の軍事介入の時に権力を掌握していたアル・アサド氏の現状維持を助けてきた。
2024年12月に反体制派は掃討された。ロシアは前アサド大統領の亡命を認めたのだ。国家の新たな支配者を含む多くのシリア人の怒りを買って。
ロシアが模索しているのはタルトゥース海軍基地とフメイミム空軍基地の安全保障だった。シリアの地中海沿岸とロシアの旧ソ連の外部にある、唯一の軍事基地における双方は新シリア政権の手中にあった。
2025年1月にはシリアがロシアにその軍事基地の駐留存続を認めることを交換条件にアル=アサドの帰還を必要としていたと報じられた。
これらの基地はロシアの国際的野心にとって極めて重要であることが証明されたのである。地中海地域とアフリカに影響力を及ぼす、ロシアにとっての拠点と同様、アル=アサドの支援活動の出発点として機能している。シリアの暫定政府は準備委員会の7名の委員がシリア国家の未来像を形作ると公表した。
国際共同体とシリア人からの多様性と包括性の要求は、乗り掛かった船のように思える。
しかし、このことは第1段階であり、そしてそれはアル・シャラア暫定政府下で全てのシリア人を交渉のテーブルに招き入れるための積極的な段階として見做され、何人かの分析官によって歓迎されてきた。とその本意を意味するものである。
【8】「総合的な軍縮(Comprehensive Disarmament)」で軍拡を阻止せよ
[©︎国連広報センター]
「総合的な軍縮」とは前説をおさらいすると、国際社会において、特定の兵器だけでなく、大量破壊兵器、通常兵器、そして軍隊の規模に至るまで、すべてのカテゴリーを包括的に制限・削減、さらには最終的な廃絶を目指す取り組みのことである。
シリア情勢を巡る軍拡を阻止せよ。安定化を図ることは、多面的な紛争の構造(政府軍、反体制派、複数の武装勢力、過激派、外国勢力)により国際社会の足並みを揃えて取り組むべき、非常に複雑な課題を抱えている。
(1)武器禁輸の徹底、兵器流入を物理的に断つ措置
(2)旧アサド政権及び関係者への経済へ金融制裁
軍事活動を支える資金源を凍結し、対外的な購買能力を制限する。
(3)国際条約・監視体制の活用/「国際条約機関(IAEA)」
保障措置協定を通じて原子力の平和的利用が転用されないよう検証を行うなど、不拡散条約(NPT)の枠組みを適用する。
(4)包括的な停戦合意の監視と国連安保理決議に基づく停戦の徹底を要する。軍事作戦の現場停止/軍備増強の必要性をなくす/敵対行為の凍結
(5)政治的解決の追求/国連安保理決議2254号/シリア間対話(ジュネーブ協議)平和的な政治移行プロセス
(6)周辺国・地域大国の動向抑制/代理戦争に直接介入してくる諸国に対し、武器供与や軍事訓練の停止を働きかける外交努力が求められる。
(7)軍事バランスの管理/地域安全保障の枠組みを構築する努力
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シリア・イスラエル間の情勢は軍事衝突が激化し、旧アサド政権の失脚後にイスラエルはシリア国内へ軍事作戦を拡大。
2025年12月時点でイスラエル軍はシリア国内への攻撃を600回以上実施しており、平均して1日2回以上のペースで空爆や地上介入が行われている。
ゴラン高原の占領・緩衝地帯。イスラエルはシリア南部の武装勢力排除を名目に介入を続け、同地域を予見可能な将来にわたって占領するとしている。
イスラエルと応戦するシリアのアル・シャラア暫定政権はこれまでも「停戦合意」の試みを繰り返してきた。
2026年1月には両国間で安全保障協定の交渉が再開され、同年1月末に停戦が合意された。しかし相互不信感から緊張は継続しており、不安定なハイブリッド・セキュリティー体制になっている。
主な標的として、イラン関連施設、化学兵器研究施設、過激派組織ヒズボラに関連する武器の流出阻止が主要な目的とされている。
イスラエル軍はレバノンとシリアの国境近くで乗用車に爆弾を投下した。少なくとも4人が殺害された。レバノン保健省が声明を出した。レバノンの国営メディアが報じたところによると、犠牲者の一人がシリアのハレド・モハマス・アル・アフマドという名の国民だった。
イスラエル軍はその空爆を確認し、Xに投稿して非難した。それはレバノンの「パレスチナのイスラム聖戦(PIJ)」のメンバーを標的にした。それはその非難に証拠を提供しなかった。
イスラエル軍の襲撃を行った。レバノン東部のベカー地方(ベカー高原)に位置するマジダル・アンジャル(Majdal Anjar)で。
「PIJ」はパレスチナの領土を占拠しており、パレスチナ国家建国のためのガザでハマスと並んで戦ってきた。それもまたレバノンの武装勢力、「ヒズボラ」と同盟を結んでいる。そしてパレスチナ人との連帯で北イスラエルで攻撃を開始した。2023年10.7 で始まったガザのジェノサイド戦争も始まった後だった。
イスラエルとヒズボラは2024年11月に「停戦合意」したが、イスラエル軍はレバノンへの連日近い攻撃を実行し続けてきた。アメリカが仲介した停戦違反を犯しているのだ。
国連によると、その敵対行為を停止する合意をして以来、イスラエル軍が1万以上の空爆と地上攻撃を開始した。
「国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)」は2025年年末11月に表明したが、停戦合意後、イスラエル軍攻撃から少なくとも108人の民間人犠牲者―21人の女性と16人の子どもたちも含めていることを検証した。
新たなシリア軍は複数の武装集団から中核人材を引き抜こうとしている。内戦の最終段階を迎える中、支配的な役者として現れた。
戦闘機のかなりの部分が「シャーム解放機構(HTS)」製のもので「ファテフ・アル・ムビン」に所属する部隊のものだ。
「アンブレラ・グループ(地球温暖化問題の国連交渉において、EU以外の西側先進国:日本、米国、カナダ、豪州、NZ、ノルウェー、アイスランドなどやロシア、ウクライナで構成される緩やかな連携グループ)」が複数の「HTS」と繋がりをもつ編成がまた法人化されて部隊に組み入れられる。追加される要素は 吸収されてきた。トルコが支援する軍事同盟シリア国防軍はシリア北部を股にかけて作戦を指揮するのだ。
南部司令部からの部隊はドウルーズ派を含む、新進軍に編入された。10月の半ばにシリア軍がその統合による最大の推進力を3つの「シリア民主軍(SDF)」に分割された。そのSDFはクルド人自治部隊率いる米軍が支援する軍事、武装集団だ。
シリア国防省は新シリア軍を運営している。内戦時代の軍事再燃を通じた再旗揚げにより、これらのグループの本来のアイデンティティは正式な軍の名称に置き換えられた。
彼らの個人的、国内構造を保持する間、そのシリア国防省は新たな分割と併合の他2025年3月以降、形づくりし続けた。
前例のない成長を軍人材の中にもたらした。2025年11月の時点でそこには少なくとも23人に十分統合部門がシリア軍にはある。分割には見積もるところ、概算で2,400から3,600の個人軍人がおり、西側諸国の軍隊の小さな通常旅団と同規模である。
実は2026年1月の「停戦合意」の背景にはシリア暫定政府とイスラエルの交渉があった。
シリア史上14年以上続いている内戦でシリアでの敵対行為の停止(停戦)、被包囲地域への人道支援物資の搬入、および政治的解決に向けた対話の橋渡しとの外交努力として「ジュネーブ・コミュニケ」に基づく「国際シリア支援グループ(ISSG)」がある。平和的な政治移行プロセスに「シリア間対話(ジュネーブ協議)」を行い、「政治的解決の追求として「国連安保理決議第2254号」を決議した。はるか昔2015年に発足した米国・ロシア・サウジアラビア・トルコなど関係諸国や国連、欧州連合(EU)で構成されるシリア内戦の解決を目指す枠組みを打ち出した。停戦の仲介、人道支援のアクセス確保(人道タスクフォース)、政治的対話の推進を主な目的とし、日本も参加した。現状のシリア情勢の外交努力のヒント位にはなるかもしれない。
旧アサド政権の軍拡を阻止するため。失脚したアサド一族の経済・金融制裁として軍事活動を支える資金源を凍結した。
旧アサド一派の軍事資金源は麻薬「カプタゴン」取引と石油、「資金洗浄(マネーロンダリング)」が主だっている。実態のない会社ペーパーカンパニーを悪用し犯罪によって得た「汚れたお金」の出所を隠蔽し、正当な資金に見せかける地下組織の常套手段だ。
特に金回りのよかった旧アサドの資金源だった麻薬「カプタゴン」の闇ルートを断て。
また国家でいえばイランは親イラン民兵組織「ヒズボラ」を軍事訓練してシリアに派遣、ロシアと防衛や経済の包括的パートナーシップ条約を結んでいる。ロシアはシリア軍事介入を通じて反体制派と対峙した。
代理戦争に直接介入してくる周辺諸国に対し、武器供与や軍事訓練の停止を働きかける「外交努力」が求められている。
そのうち小池百合子国会議員(当時)が唯一シリアを視察したことがある。「シリア・フレンズ会合(Friends of the Syrian People)」は、遅ればせながら2012年から開催されたシリア内戦の解決を目指す国際的な枠組みであることに言及しておく。アサド政権の武力使用を非難し、シリアの主権・領土一体性を保ちながら、民主的な移行を支援・協議する目的で、欧米やアラブ諸国を含む多くの国が参加してきた。
【9】米軍の掌返し1000人駐留軍撤退「対IS利用」用済みのシリア
米国の公式報道によれば、シリアに駐留していた1000人部隊の全軍を米国は撤退させている。2026年2月上旬に、米軍は南シリアのイラクとヨルダン国境付近に位置している「アル・タンフ基地」から撤退してきたことを確認した。その基地はISグローバル同盟のための作戦の重要な拠点として機能した。そしてそれはシリアとイラクの広大な地域を統制された時点で。2017年に重大な損失を被る前まで。「米国中央軍(CENTCOM)」とは「秩序ある離脱は、意図的かつ条件に基づいた移行の一部である」と表明してきた。
「WSJ」の報道によれば、しばらくの間、シリアに駐留していた米軍部隊のより広範な撤退が翌2ヶ月さらに部隊を展開しろと指示を出した。第二期米ドナルド・トランプ政権が少なくとも2026年1月以降、完全撤退を検討していた。
クルド民族主義勢力(シリア民主軍)とシリア暫定政権が2026年1月6日時分から激しい交戦を始めたが、第二期トランプ米政権下で駐トルコ大使兼シリア特使を務めるトム・バラック氏によれば「IS対策としてのシリアの軍事的役割はもはや用済みだ」とシリアを見限っている。
「WSJ」のオフィシャル・サイトによれば、シリアから部隊を撤退するとした決断はイランとの緊張の高まりが故、中東の他の場所で近年米海軍や空軍部隊を築き上げてきたことには繋がらないという。
最近数週間、トランプ政権は対イランに軍事行動を起こす脅威に晒してきた。反政府デモ抗議者、欲求不満者、取り締まりに応じて核交渉が進行中である。
2025年2月5日に「国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)」は約27万人のシリア「庇護希求者(aylum-seekers)」が国境を跨ぎ、祖国へ戻ってきたと報告した。多くの帰還してきた家族らは、国内避難民(IDPs)とその他、住居、土地、不動産の文書を含む法律文書を喪失している。2月6日にUNHCRは「シリア難民及び国内避難民(IDPs)の自発的帰還のための運用枠組み」を公表した。
旧アサド政権時代から不条理な仕打ちに耐え「民主革命」を志してきたシリア革命の戦士たちの声に今こそ改めて耳を傾けてみよう。アサドが失脚したとはいえ未だ代理戦争の交戦は続いている。ようやく明るい兆しへ向かっているシリア暫定政府。その陰では悲痛な思いを抱えながら「命」と向き合ってきた三人のシリア人の語りを傾聴する。
2025年1月26日、国際NGO「Stand with Syria Japan」が主催したシリア緊急企画第3夜「シリア移行期正義ー国際法上の許されざる重大犯罪の真相解明と責任追及、そして訴追の展望」を視聴した。
【10】国際法上の許されざる重大犯罪の真相解明と責任追及 シリア民主「革命」成就の立役者
◆「シーザー・ファミリー協会創設者」のマリアム・ハッラーク氏
[筆者撮影]
シリア・ダマスカス郊外出身。「シーザー・ファミリー協会」創設者。シリアで約35年間、教育者および校長として教育活動に従事していたが、2012年に息子・アイハムさんがアサド政権の拘禁施設で拷問により死亡したことを契機に、同じ境遇の家族と共に2018年に協会を設立。息子はダマスカスで歯学を学びながら平和的抗議に参加していたが、大学で拘束され、強制失踪の末に死亡。2014年公開の「シーザーの写真」により遺体が確認された。
シリアの50年間にも及ぶ「強制失踪」という問題がどれだけ残酷か。2011年「アラブの春」当時、平和的な抗議デモによる「自由」と「尊厳」を訴える「革命」から始まった。ハッラーク氏の息子アイハムさんは当時、大学の医学部を卒業し、修士課程に入る予定の研修医だった。デモで崩壊を叫び始めてから旧アサド政権はデモ参加者を拘束するなど特に2012年の段階で「弾圧」を強めていった。やがて一部の若者たちは政権に「退陣を求める」スローガンを掲げ始めた。それを聞いた政権当局の怒りに火がつくことになる。
アイハムさんは「メディア及び表現の自由センター(SCSM)」を通して「革命」に積極的に参加し始めた。さらに※要確認「侵害紛争秘匿センター(VDC)」で違法な侵害行為などを記録する活動にも従事していく。
SCSMセンターに空軍情報部が押し入り、そこにいた5人の女性含む全13人のメンバーが拘束された。また、拘束しただけではなく、PCなど事務所を破壊し尽くし「証拠隠滅」を図ったという。アイハムさんは、シリアの首都ダマスカス西部メッゼ地区で33日間、拘束された。アイハムさんは毎日2時間拷問された。開いた深い傷が2箇所あったが、傷口をさらに痛めつけてどれだけ耐えられるか?が試されていた。その後、軍事裁判所に移送された。
そこにいる何人かの拘束者が裁判を受けさせられる異常に不潔な格好を強いられた。そこで受ける裁判とは「演劇」のようなもので裁判官はただ治安当局から送られた「書類」だけで「お前は何という名前だ?」とその文面を聞くだけで終わってしまう。なんの権限もないものだ。その後、アイハムさんは「アドラー市民刑務所」に移され3ヶ月の拘束後に釈放される。「アドラー市民刑務所」は強制収容所とは違い、面会や電話をかけることができる。
アイハムさんは2回拘束されている。既に2ヶ月拘束されていて、その後続けて3ヶ月拘禁された。釈放時、アイハムさんの状態は体重が15kg減り、劣悪な衛生状態に置かれて皮膚病を患い、拷問による腎臓からの出血が認められた。
1度目の3ヶ月の拘束からマリアムさんの元に無事に帰ってきたのと違い、2012年11月5日にアイハムさんが2回目の拘束を強いられる。
11月5日の約1週間前に、ベイルートでいわゆるシリアのあるべき未来のために「移行期正義」や「自由」などを話し合う作業部会があった。しかし、帰宅して翌日に本来、学生を守るべき「学生連合」によってアイハムさんは拘束されてしまう。
アイハムさんと1人の同僚が医学部の中のあらゆる拷問道具が揃っている部屋に連行され、プラスチックの紐で手を縛られ吊るされてその場にいた13人に身体中を殴られる暴行を受けた。ペンチで足の爪を剥がされ、針で耳を突き刺したり歯を抜こうとされたり木と鉄の棒で頭を殴打されアイハムさんは気絶してしまった。にも拘らず、熱湯をかけられて無理矢理気を取り戻させられた。その後、治安当局の215支部に連行される。
215支部に連れられて行った先でアイハムさんは昏睡状態にあった。衣類を脱がされ所持品全てを奪われた。内部には30人いて、中には医師もいた。内出血ではないが、青い色素が変わってしまっている。医師は監禁された部屋の窓越しに「体の状態を見ると、死にそうだ」と呼びかけたという。しかし無念にもその4日後に帰らぬ人となった。
当時、アイハムさんの容体を診た法医学者が検死して死亡を確認、額には「320」という番号を貼られたという。
しかし「生死確認の旅」はここから始まった。マリアムさんは祈る想いで息子の安否を訪ね歩いて回った。一回目の拘束の際と同じく3ヶ月で釈放されて戻ってくるかもしれないという僅かな希望を抱きながら、まず病院にいた患者さんから息子は215支部に連行されたと聞いた時、胸騒ぎがした。拘束されて5日後、礼拝のためアイハムさんの部屋に行ったらTVの横にアイハムさんの写真がありアイハムさんの兄弟が「お母さん、それをどけてよ」と言って目が合った気がして不思議なことに「アイハムが亡くなった」という虫の知らせのようなものを感じ取ったのかもしれない。1月31日に息子と一緒にいたムハンマドさんという拘禁者がその膝の上で亡くなった息子の葬式をしていたと耳にした。しかし同時期に刑務所から出た人から「アイハムさんは生きているぞ」との証言も聞かれ、本当の生死が不明だった。そこでマリアムさんは軍事司法局に足を運び、書類を持参してダマスカス法務省、内務省、治安当局を巡り歩きたらい回しにされたという。
この間、マリアムさんは脅迫を受けたこともあって他の子どもたちにも秘密にしていた。
マリアムさんは「殺したいなら殺しなさい。何があっても構わないわ」という気持ちだった。最終的にはマリアムさんがいたティシュリーン軍事病院の待合室で法医学による「死亡証明書」の手続きを待っていると、約15人ほどの若者の遺体が透明な袋に入れられ運ばれてきた。「死亡証明書」は2012年11月11日に死亡と記されておりムハンマドさんの証言が裏付けられた。マリアムさんの息子の生死を訪ね歩いた旅の中で得たものもあった。シリア人の苦しみや痛みをずっと感じてきたから私だけが取ってきた行動ではない。多くの夫や息子たちを探す50〜60人の女性たちは、役所に行くも大きな声では話せなかった。
「旧アサド政権下では本当のこと、反対することを言ってはいけず、声を上げられる状況にない「強制的な沈黙」というものがいかなるものなのか?を皆さんに知ってほしい」と訴える。
「死亡証明書」に書かれていた「死因」は「心肺停止」となっていたが、全ての拘禁者が同じ死因になっており、旧政府が管理する中で真の死因は分からなくされている。証明書を受け取った後でも、ID、パスポート、モバイルなど何の所持品も返ってきておらずアイハムさんの遺体だと言っても真偽が分からない状態だった。
それ故、マリアムさんは息子の生死を確認する旅を終わらせなかった。6ヶ月ほどどこに埋葬されたのか?どこに遺品はあるのか?を探し続けた。旧政府の人間に埋葬場所をもう一度聞くと、「お前を拘束するぞ」と脅迫された。住居にも脅迫しに訪れたのでベイルートまで避難したところ、「シーザーの写真」を見つけた。その中に息子の遺体の写真を見つけたという。「シーザーの写真」を見るまで「もしかしたら実はまだ生きているんじゃないか?との一縷の希望を持っていた。しかし他人が死亡の事実を確認したために息子の死を信じざるを得なくなった」と語る。「シーザーの写真」に写された他の遺体を見るに、「目玉を抉られていたり、骸骨化していたり、生きたまま焼かれていたりという酷い亡くなり方を息子はしないで済んだだけでもまだマシだったのかもしれない」と神様の慈悲に救われたと思う。
マリアムさんは2012年に息子アイハムさんが旧アサド政権の拘禁施設で拷問により死亡したことを機に、同じ境遇の家族と共に2018年に「シーザー・ファミリー協会」を設立。
国際人権NGO「Human Rights Watch」などと接触し、活動を共にしてきた。ベルリンで裁判が行われ、映画にも出演。治安当局の責任者を裁くためのシリア人の「苦しみ」を表現する証言活動にも参加した。「シリアのメディア及び表現の自由センター(SCM)」の活動にも参加している。
「シーザー・ファミリー協会」の活動は広い範囲まで会員がいる組織であり、ドイツのベルリンを中心にオーストラリアやカナダ、あるいはシリアの近隣諸国までにも拡大しているがトルコにも多くの会員がいる。
1人1人の「アカウンタビリティー:犯罪を犯した人がどういう裁きを受けさせるのか?」責任を問うていくことが第1の目的になっている。また私たちはいまだに家族が死亡しても埋葬をされていない遺体がどこへ行ったのかも分からない。それを明らかにするために集団投棄などの場所を捜索し調査を求めている」
第3に法的な手続き、いわばエンパワメントをいかに実践していくか?
キャパシティー・ビルディング的な実践。特に国連や国連関係の強制失踪者たちの権利あるいはその他の権利を訴えていくための法的な手続きをいかにしていくか?会員間で共有、勉強会を開きいかに声を上げていくか?というスキルを習得する活動。
例えば、会員が語学研修をする仕掛けを設け、PCスキルを身につけ、収入を得るためにちょっとした手仕事や職業訓練をするなども一つの活動だ。
いわゆる強制失踪者の家族の子どもたちや学生にも授業料を支援する。それ以上に大きいのは「精神的な医療支援」だ。
「2024年12月8日に起きた『旧アサド政権の崩壊とシリア解放』はシリア人全てにとって大きな重要な瞬間であり、こんな喜びを感じたことはなかった」
奴隷がサイドナヤ刑務所という劣悪な環境下に置かれて拷問を受ける状態から解放されたが故に、多くの人々はもしかしたら生存者がいるのではないか?と一縷の希望を持った。そのサイドナヤを訪ねても「行方不明」など生死が証明できず何もかもが分からない状況に置かれた。残された人々の苦しみはまだ続いている。
マリアムさん自身は息子の死亡を探し当てた「シーザーの写真」で決着が着いてしまった。
シリアの各所に収容所があることは知っていたが、それ以外にアサド氏は「秘密収容所」を造っている。そのアサド氏は亡命したが、まだ(刑務所の)看守などの責任者は逃亡してしまっている。問題を残したままシリアが解放されたため100%喜べるわけではない。
「シーザー・ファミリー協会」が行方不明者などの被害者遺族と写真を持ってダマスカスのウマイヤド広場に集いスタンディングデモをした。この問題が解決するまでは真のシリア解放はない。
アサド氏が残したものはゼロ以下のマイナスのものを残して亡命してしまった。インフラもそれ以外のものも破壊した。そのため暫定政府がそれを活かしていこうとはしているが動向は遅い。今、外交に力を入れている可能性を模索している。シリア人は非常に強い民族なので、ずっと旧アサド政権に押さえつけられてきた。だが旧アサド政権下での状況でもシリア人は生活を楽しんできたし、実際シリア新暫定政府になって内政に変化がなければ、それはおかしいことで、私たちの要求が受け入れられなかったり、おかしな方へ向けば、変化が起きるまで声も上げるし耐えていけると思う。
シリア人は黙ってはいない。受け入れ難いものが突きつけられたら、私たちはまた声を上げるし、それでもダメならもう一度立ち上がる。そのくらいシリア人は強い人たちだ。
強制失踪を含む全ての犠牲者のケアなしにはシリアの未来などない。私は内政にもっと尽力してほしいと願う。
◆「ホワイトヘルメッツ」代表 ラエド・アッサレーハ氏
[筆者撮影]
1983年シリア・イドリブ県生まれ。「ホワイト・ヘルメッツ(シリア民間防衛隊)」代表。
元々は電気機器を販売するビジネスマンだったが、2011年の「シリア革命」で平和的な抗議活動を組織し、アサド政権の弾圧を避けるために一時トルコに避難。
2012年末にシリアへ戻り、難民や「国内避難民(IDPs)」の支援に尽力した。2013年にはイドリブで始まった民間人救助活動に参加し、2014年にホワイト・ヘルメッツ代表に就任。組織を急速に成長させ、これまでに12万8000人以上のシリア人の命を救い、その命懸けの救助活動は世界的に高く評価されている。
一時トルコに避難するも、2012年末にシリアに戻り、難民や「国内避難民(IDPs)」の支援を行う。旧アサド政権から多くの人々を守り希望であり続けた。2013年には自身の故郷でもあるイドリブ県で始まった民間人救助活動に参加し、2014年にホワイト・ヘルメッツの代表に就任。組織を急速に成長させ、これまでに12万8000人以上のシリア人の命を救い、その命がけの救助活動は世界的に高く評価されてきた。2012年の段階で、政権支配地域外にいた際、旧アサド政権はシリア市民が享受すべき消火活動などの全ての救援活動サービスから手を引いてしまった、いわゆる「集団懲罰」という政策を取ってきた。そこでサービスが享受できない代わりに、政権制圧地域ではないところに小さな集団を作って、いわゆる救助作業に従事するようになった。
いわゆる「ホワイト・ヘルメッツ」という組織になったのは2014年10月。ボランティア3300人、救助者数12万9000人で構成される。
2024年12月8日、旧アサド政権崩壊後、全国に展開している以前の政権地域も含めて市民のためのサービスや攻撃がないので、その地に行って市民が安全に暮らせる生活で必要な救助活動などをしている。それは14年間で支配された地域では欠落した状況を埋めていた。
「ホワイト・ヘルメッツ」が結成してから11年が経つが、私たちのメンバーで死亡したのは316人だ。中でも一番酷い攻撃は2回に渡り連撃する「ダブル・タップ攻撃」で約300人という大多数が死亡している。
ロシアが同じ場所に空爆をする。10分後くらいに同じ攻撃をする。できるだけ多くの市民やメンバーを殺戮するためにロシアは「ダブル・タップル」という「戦略的な攻撃」を行なってきた。
14日間に起きた隊員及び市民が狙われた「ダブル・タップル」攻撃で約300人の隊員が亡くなっている。特に酷かったのは2014年〜2016年に渡って攻撃された悪名高い「樽爆弾」を政権軍が使用して単なる樽というだけでなく樽の中に200kg〜500kgの釘やガラスの破片などを詰めた状態で破壊装置として安価な火薬を使って空から市民に向かって落とす、という極めて愚かな爆弾攻撃があった。
その他、2013年には国際的に禁じられている化学武器を使ってシリアの東グータ地区に攻撃した事件もあった。いわゆる1番攻撃してはならない場所を攻撃する人の生活を麻痺させる場所にも行った。
あるいは2017年に2018年にドゥーマでサリンによる化学兵器攻撃やスカッド攻撃、白リン弾などで学校や水源、発電所、病院にも攻撃した。14年間で1万校が国際法に違反した攻撃を続けられてきた。
――「Stand with Syria Japan」山田一竹理事:「化学兵器」だけではなく、センセーショナルなものにも勿論、病院や学校などの施設の破壊が毎日行われてきた。ラエド氏自身も狙われてきた。その途方もない攻撃をしていた旧アサド政権の目的とはなんだったのか?自国のインフラ破壊や市民の犠牲を戦略的な攻撃目的だけでは説明しきれない残虐性を感じる。
私たちが救ったのは、いわゆる武力による攻撃だけではなく、旧アサド政権とロシアが世界に向けて行った「プロパガンダ」による非常に大きな「世界」からの攻撃を受けている。国際社会に対して私たちの名前を貶められる攻撃を受けてきた。「ダブル・タップ攻撃」に対してもその他の攻撃、あるいは救助活動にしても同一のプロパガンダで貶められてきたわけだ。個別に挙げれば、西側諸国(米国、イギリス、フランスなど)のエージェントと言われたり、サウジ・トルコ・カタールなどのエージェントだと言われたり、ウクライナのエージェントとか、テロ組織の「イスラム国(IS)」のエージェントだとか、旧「ヌスラ戦線」のエージェントとも言われてきた。これらのプロパガンダは「ホワイト・ヘルメッツ」の活動に影響したのか?活動自体というより、人々の生命を助けるためにやっているので、謂れのない汚名を着せられて逆にメンバーを精神的に追い詰めたり、参ってしまうこともあった。
国際NGO「Stand with Syria Japan」山田一竹代表:日本でもプロパガンダは酷く、説明責任があるので果たしたいと思う。東京外国語大学の青山弘之教授や中東情勢の専門家らがしている誹謗中傷やシリア支援のNPO法人「Piece of Syria」の中野貴行代表理事ら専門家たちのプロパガンダを市民社会に広めてきた。ホワイト・ヘルメッツの救助活動を自作自演と批判し、アルカイーダを通じた同様の誹謗中傷もなされている。人を傷つけるような「ナラティブ(物語)」だった。
私たちはボランティアで人命救助をしているだけであり、外で何を言われているのか、知らなかった。しかしながら非常に傷ついた命を賭けて活動し続けてきて「真実とは違う」と伝えてきたんだけれども、このような酷い状態が続いたのでまやかしの言説が広められてしまった。
プロパガンダを正す説明に対し、SSJの「シリア人の苦しみに寄り添い、正しい理解を伝える活動」に対して謝辞を述べた。
「移行期正義」について。シリア解放が進む中、一番重要な理解であると考える。「ホワイト・ヘルメッツ」はこれまで見てきたように命懸けの救援活動に加えてこの「移行期正義」に向けて正義の重要性をずっと追求してきた組織だ。
11年間、私は様々な現場に赴きカメラやヘルメット付きのカメラを使って、行われてきたいかなる犯罪の酷い状況が眼前で起こっているか?その攻撃をつぶさに記録として撮影してきた。所持している数千もの記録の内容は、化学兵器、学校や病院などの重要施設に対する「国際法」違反の文民への攻撃。国連や国際組織に協力しながら「戦争犯罪」の証明として使える記録を提出してきた。
市民が安全に平和に生活していくための大きな資料になっていくもので、「移行期正義」を実現していく上で誤解した記録とは非常に重要な意味を持ってくる。様々な記録から市民の安全が守られる。意味のある記録を様々なところで使用している。
今となっては「正義」の実現あるいは可能性に今だから言われてきたことだが、「ホワイト・ヘルメッツ」は活動初期からこれに則って、その辺りのトレーニングをしてきている。
ガスマスクをしていても「予防措置」として行うことで救助活動にあたるのと同時に記録を取る作業をして2017年春には化学兵器が落とされ、以降、まず最初に駆けつけた人たちがガスにやられた。亡くなってはいないが30人〜40人の人たちがガスの影響を強く受けたことがあった。
――山田理事:アサド政権が支援をピンハネしてきたことは国際的にも知られている。略奪や地震のような深刻な問題は、ホワイト・ヘルメッツの活動に甚大な影響を及ぼしたのか?
何年にも渡ってそのようなことは行われてきている。やはり、冒頭に触れた旧アサド政権の「集団的懲罰」という政策の考え方に紐づいているものだ。旧アサド政権の意向に沿わない攻撃であるとか、罰を受けている。旧アサドに反対しているから街全体が「集団的懲罰」の対象になっている。だからいくら支援物資をグータ地区やダマスカス近郊で、包囲された中で支援物資が届かなくさせた。ガリーアなどは3年間も包囲され助けることができず、人々の苦しみがより深まっていった。それに対して国連が機能不全に陥り頼りにならなかった。
――山田理事:残虐で過激な攻撃が行われてきたと思う。その中で子どもたちも大きな犠牲になってきた。全市民が対象だが、瓦礫の下から赤ちゃん、子どもを助ける映像を見て知ることも多かったが助けることが出来ない場合の違いとは?
子どもたちはこうした場合に一番弱い存在だ。子どもたちを助けられる時は嬉しいし、宝物でも見つけたような感覚、大きな喜びを得られた。しかし、助けられなかった場合、単にシリアの子どもたちの生命を失っただけではなく、彼らの担うはずだったシリアの未来というものを失った、という大きな痛みを感じた。
――山田理事;過酷な現場であり、プロパガンダに晒され続けても続けてこられた救助活動の原動力とは?
「ホワイト・ヘルメッツ」は約11年間継続してきたけれども、その中で落ち込んでしまったこともあった。世界の多くの人々に私たちの活動のことを無関心でいられた時も含まれる。人の命を助けるという活動を通してポジティブなことが起きる度にそれが糧となり、原動力となってこれまで活動を続けてこられた。それでも犠牲になった人たちがいる。多くの隊員が死んでいった。その中で日々人を助けるという成果を出せたのである。
2024年12月8日にアサド政権が崩壊してからも3人が犠牲となったが、「(ホワイト・ヘルメッツの)あなた方の存在が希望になっているはずだから」と救助した人々に言われた時にそれが原動力となる。
――山田理事:プロパガンダにも負けずにシリアの真実やシリアの側に立ち続けることが重要だと改めて感じた。シリアが解放されて「移行期正義」についてが重要なテーマだが、実現性というものは?これだけの人々が亡くなっているその展望は?新たなシリアに対するラエドさんの想いについて
シリア解放の後、多くの機会が訪れることになる。10年間ずっと思い続けてきた夢や目的が実現する可能性が出てきた。それら全てが「移行期正義」に繋がるものである。
人々が普通の安全で平和的な生活を送れる状態になり国が発展していくこと。「庇護希求者(asylum-seeker)」や「国内避難民(IDPs)」の方々が祖国や元いた住処に戻れるようになることなど「復興」も含めて私は期待している。
さらには日本が「災害対応」に非常に大きな経験値を持っている国として防災面でも学びを得たい。「国際協力機構(JICA)」が「ホワイト・ヘルメッツ」をメディアからの攻撃に防戦してくれたことに深く感謝する。解放後の開かれた新しいシリアに日本の皆さんを歓迎したい。
◆国際弁護士のイブラヒム・オラビー氏(刑事訴追・アカウンタビリティ専門)
[筆者撮影]
国際法を専門とする「法廷弁護士(Guernica 37国際正義チェンバー所属)」。オックスフォード大学より「公共政策博士号(MPP)」取得。マンチェスター大学にて法学士(LLB)及び「安全保障と国際法修士号(LLM)」を修了。国際法と人権、刑事訴追の最前線で活躍する世界トップクラスの専門家。
2013年、シリアにおける法的専門知識を提供するNGO「Syrian Legal Development Program SLDP)」を設立し、強制移動、拷問・強制失踪、国連メカニズム、人道支援の促進など、複雑な法的課題に対するトレーニングをシリアの市民社会組織やアクティビストに提供してきた。同時に「国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)」のシリア関連問題に関する法律顧問を務め、重大な国際法違反の現場と国際機関をつなぐ架け橋としての役割を果たした。
――山田理事:旧アサド政権が崩壊したが、シリアにとって非常に歴史的な転換となった。現在の移行期において責任追及を確保するために優先事項は何だと思われるか?
大きな規模の犯罪がこれまでにも行われてきた。旧アサド政権下に置かれてきたシリアでは、国際社会の中でも抵抗してきて非常に複雑な状態に置かれ続けてきた。被害者の「サバイバー(生存者)」の話を聞き、人々を支援の中心に置くこと。専門家などと連帯して「正義」というものが実現可能なのだという言説に立ち返る。「正義」は全うできるから急ぎ過ぎない。
被害者や犠牲者、サバイバーを中心にしたアプローチが重要になってくる。いかにそれを実現できるのか?まず、彼らを認め存在を意識することだ。シリアではゆっくり、ゆっくりと被害者とサバイバーに対する緩やかなスタートからだ。新たな暫定政府として経済や国の再建に向けた取り組みで多忙である。彼らをプロセスで巻き込んでいく必要がある。またただの目撃者であったり被害者である人々に対して専門家である必要がある。
第1の新たな政府の課題というのは大規模な犯罪が発生してきたこと。被害者やサバイバーに対し抑圧的な対応をしてきたことが非常に多い。当然ながら加害者の数も多く、インフラがシリアにはない。これまで長きにわたり抑圧的な旧政権下で例えば司法システムが訴追するメカニズムが制限されてきた。
復讐も起きてしまう事態を可能性もある同じ社会にいる加害者から防がなくてはならない。そうした線引きが被害者にとっては難しい挑戦になる。持ち合わせるリソースが非常に少ない中で、いかに優先順位をつけていくか、集団墓地や遺体廃棄場など守らなければならない。シリアのアサド前大統領がロシアに亡命したが、まだ国内に旧アサド政権で高官だったり末端に至るまで加害者や戦争犯罪者が残っている。新政府は少ない兵士で守りを固め、包括的なセキュリティーの安定化を図る実践的な挑戦をしてきた。
同じ社会に犯罪を犯した人がいる。多くの罪を犯した加害者はパスポートを持っておらず、必ずしも海外に逃げることができない。実際犯罪を犯した人がシリアに留まる。そして今、新たな暫定政権と旧アサド前政権を崩壊に至らせた2024年12月8日以前の戦闘で、アサド氏に奪われた私たちの領土を取り返す以上、旧アサド政権側の兵士たちも武器を降ろせば一定の政治的安全保障として「恩赦」を付与す約束をしている。
「2国家正義」はアサド政権だけの問題ではない。アレッポやダマスカスなどの流血するような戦いではないのだ。サバイバーの「信頼」という気持ちや感情、サバイバーの権利を守ることがせめぎ合いで難しい。犯罪を犯した兵士たちで逃げることができなかった恩赦に守られた加害者は、しかしながら加害者であるという事実には間違いない。この線引きが難しい。どこに住居しているかを知っている者もおり、被害者側は当然その直接的な復讐を始めることになったということも考えら得るかもしれない。
もちろん、被害者側からしたら相対するのは加害者であるから、非常に大きな痛みを抱えている。武器を捨て投降した兵士たちに対する「恩赦」という対処は信頼を守ると同時に、サバイバーの信頼という気持ちや感情、権利をも守るということとのせめぎ合いで難しいのだ。
――山田理事:新たな暫定政府というのは、次の「移行期政権」にどのように取り組んでいるのか?
さらにアサド政権だけの犯罪ではない政府とは?
現状、移行期政府に対して彼らと問題認識を共有し、声を上げている。旧アサド政権からの移行政権とはまた違った形で、そこには「憲法的な非常に難しい制度的問題」があった。
現在の新たな暫定政権は戦略を実践するとか作り上げるという権利がないのではないか。
旧アサド政権のコンサルティング・レベルの実際的な話し合いの場で国際的な戦略を立てるにはいかなることができるのか?話し合いや議論などコンサルタントの観点で私たちが注意をしていかなければならない。今の暫定政府とは一時的な暫定政権であって、国際的な組織と同様「ミーティング」を行なっている。また証拠保全と起きた犯罪の記録のアーカイブ。どのような戦略を立てていくべきか?という段階でもある。
今現在のシリア暫定政府は「シャーム解放機構(HTS)」だが彼らも旧アサド政権からすれば1%にも満たないが犯罪を犯している。比較にならない数だ。個々の加害・被害の問題で見れば、今の新たな指導者でアル=シャラア氏率いる新暫定政府を担う要職にある人々にはある程度の賠償など犯した罪に対するものを実施、もたらすようにしなければならない。これも1つの暫定政権がしなくてはならない挑戦だと思う。
同時に完全な「正義」というものはなく、全ての「完全な正義」というものはない。少し悪性が低い犯罪に対してはそれに見合った賠償という手段があるわけで、さらに深刻な犯罪に対しては、より重要で大きな賠償や「正義」の補償が必要になってくる。
旧アサド政権に対しては象徴であって「完全な正義」ではないと言える。そしてそれに対する行いとは、旧アサド大統領の訴追に対して困るのは「司令官」であって、犯してきた罪の責任を負う人間だ。
化学兵器使用の件では、フランスから既にアサド氏が権力の座についていた大統領であり、様々な司法的取り組みが始まっていて「化学兵器の使用に対する件で国際犯罪逮捕状」が出ている。政権崩壊以前からこのような取り組みが始まった。アサド氏がまだ生きていること。またロシアに亡命して留まっていることはシリアの「正義」の追求にとって「良いことだ」と私は考えている。
――山田理事:1つの理由として、「正義」の話と糾弾してきた。今、シリアで何が起きているのか?
シリア人がいかに旧アサド政権崩壊後に生き生きとしているか?その有り様を元大統領が遠方から見ていることは非常に喜ばしいと思う。「正義」に関していうと、今まで色々な諸国にその需要があったけれども、もともと大きな重責の地位に就いていた人間などが政治的な駆け引きに使われてきた。一例として、今、ロシアが表に出ていってアサド氏を何かしらの政治的駆け引きに使うなど引き渡す可能性もある。
証拠はもう十分にある。裁判所など司法的なプロセスを経ていくことは「良い傾向にある」と言えるという。
――山田理事「国際刑事裁判所(ICC)」「ハイブリッド裁判所」「特別法廷」など国際的な法的メカニズムについては、責任追及のための重要なツールだと見做されている。旧アサド政権下で行われた犯罪に対してこれらのメカニズムのいずれがどの程度効果的な対応をできるか?
これまでの13年間でシリアのグループや市民組織、国際的な同盟関係にある組織や国と証拠を保管するメカニズムというものを創ために尽力してきた。このようなメカニズムは訴訟に向けた事案に向けても証拠を集めてきたわけだが、旧アサド政権はこうした活動を受け入れてこずシリアで禁止してきた。
今、新たな暫定政府というものがこのメカニズムの現在シリア国内にあって、証拠へのアクセス権に取り組んでいるそうだ。
初歩的な話になるが、ICCは旧アサド政権では国際条約や「ローマ規程」に批准しておらず、基本的に「管轄権」さえなかったけれども、ICCの検察官がシリアに歴史的な訪問をして現在の指導者とも面会をし、共に協力し動いていくと発表した。現在その国際的な手法「国際的メカニズム」を使うこととシリア「国内の支援メカニズム」をいかに使っていくかが問われている。
「国際的メカニズム」とは文書化するというメカニズムを指し、事案を創りあげていくことだ。ただし、裁判所の話になると、現状ではICCのみである。過去にはカンボジアやレバノンなど「特別法廷」が歴史的に建てられてきた。国際的メカニズムと国内的メカニズムを併せた「ハイブリッド法廷」のような裁判所が今後、シリアにも使われてくる可能性はある。
――山田理事:今、「国内的メカニズム」の話があったが、もう少し詳細を伺いたい。
シリア国内の法廷の話。シリアに建てるなら、たくさんの司法改善が必要だ。新たな法律を創る必要もあり、新たな裁判官を配置するアポイントメントが必要で、新たな憲法を創る必要も出てくる。故に、多くの司法改善をしなければならない。その上で「国内法廷」を設置することだ。ただ、同時に証拠保全や被害者、サバイバーの話を聞く。生死を調査し。真相解明をすること。こうした調査は国内でしかできないことであり、非常に重要なことである。
――山田理事;イブラヒム氏も引率されてきた「化学兵器の責任追及」とは?
化学兵器の扱いは、旧アサド政権崩壊前と後とで大きく変わってきた。まず、私たちが戦略的にこの問題を考えた時、政治的な関心や国際的なサポートというのが西洋諸国というだけではなく得られる東洋諸国やそれ以外のグローバル諸国でも化学兵器使用問題だと断言できる。我々は戦略的に中心に据えて取り組んできた。
この化学兵器の問題というものに対する訴追の動向とも分けて考えるか、より広範にわたり取り組んでいくのかが問われている。
国連作業部会が組織された「化学兵器使用問題」に関して、日本政府は加盟している。同会では化学兵器問題に関してシリアだけの問題ではなく、それ以外の諸国の問題でもある。しかし、シリアの「化学兵器使用問題」は主たるトピックだったわけだ。シリアのより大きな「正義」の枠組みに取り込むのか?特殊な使用と鑑みて分けて考え扱っていくべきなのか?という闊達な議論が交わされている。
専門家としての私の体験からはまだ答えが出ていない。もっと多くの対話を被害者組織のシリアの市民組織から得て支援と対話を必要としているという理解を通じて進めていくべきだ。大きな枠組みに問題で揉めた場合、多大な時間がかかってしまう。化学兵器使用問題の「正義」の追及をした場合。一方、少ない時間で「正義」を追及できるという可能性があるのであれば、それとは別に「化学兵器使用問題」に対してだけの「正義」を追及するという手法が考えられると思う。ただ、これをすることでシリアで起きた国際法違反の凶悪犯罪が化学兵器使用のみだったという間違った世界の認識を持たれることは避けなければならないと現状では考えている。
シリアの国際的社会のメカニズムの話をしているが、私もそうだが、見ている方も同じく被害者やサバイバーの多くは国際社会に対する深い不信感を持っている。それは旧アサド政権に対する無関心や放置し続けた結果でもある。長年あったこの状況を打破して改善し、どのように「定義」を追求していくか、どのような手段があるのか?考えていきたい。
社会というのは時代を変えることに長い時間がかかるということだ。ただし、国際社会とは1つではない。例えば、ある国の「市民」と共に立ち上がってきた。一方でグレーなところもあった。それとは別にシリアの人々に背を向けた諸国もあった。重要な指摘であるが、国際社会全体を通してシリアを見捨てたという感情もあるということをなぜ、受け入れられないのか。白黒つけるという問題ではなく、再建であるとか、加害者の訴追とか今後、復興していく上でのパートナーシップもあるので、どのような国が現状いかなる動きをしているかも重要なファクターになってくる。制裁を解除しようという動きか?再建を支援しようとしているのか?国際社会に対する信頼というものが、過去だけでなく今の動向も重要になってくる。
山田理事:日本政府としてはシリアの独立に何ができるのか?
私は日本政府に期待したい。非常にポジティブであり積極的な関わりをシリアのためにしてほしいと考えている。2点ある。1点目は大きな枠組みの国際支援というものにも期待したい。会議やミーティングというものが介在するということ。選挙や支援、アカウンタビリティーへの支援など。日本政府からはもう少し技術的な支援も期待できると思っている。
一例として、アカウンタビリティーという失踪者の捜索。集団遺体廃棄場などの発掘作業。なんとか身元の確認をするなどの作業や技術的な支援にも期待できると思っている。
また「正義」を語る時は、ただ法的な「正義」というだけでなく様々な「正義の形」がある。さらに「経済」の再建も1つにあるというのも、旧アサド政権は長きにわたりシリアの市民を抑圧してきて市民の最低貧困レベルを貶めてきた。私たちシリア人が「経済」の再建を得られるのは、生きていく術や仕事などを得られるような職業訓練支援も得ることができる。
「正義」の追求は急ぎ過ぎてはならない。これは司法であるとか裁判などの形を取る。
現在の暫定政権というよりは、あくまでも転換期の政権であり、大きな約束も急いですること。それが結果としてネガティヴなものを招くことになる可能性がある。
私も含めてシリア人の多くは、そもそもまず、何が起きたのか?理解する必要があるので真実の追求と吸収するための時間が必要なのだ。どのような犯罪がどれだけ犯されてきたか?知る権利がある。それを急ぎ過ぎてはならないと言ったのだ。シリアの「正義」を実現するために過去の記録から今、何ができるか?を話していく。
例えば、ルワンダの事例もあったけれども、今まで無数の戦争というものが起きてきて「移行期正義」というものは今まで数多く起こってきた。ただ、全てのケースとは違うということを強調したいし、シリアも違う。一方で良いニュースとは、私たちには一国の政府の専門性は出来上がっているということだ。様々な専門家がいて様々なプロセスというものが出来上がっていて過去にもすでに既成のものがあった。その中から私たちはシリアのための司法や専門性、知識というものを過去の事例から取っても、シリア人によるシリア人のための「移行期正義」を私たちなら創っていくことができる。
シリアのどこが同盟国で、シリア人を見捨てずに立ち上がり続けてきてくれたのは誰か?ということだ。日本で言うところの国際NGO「Stand with Syria Japan」やここに参加してくれているような皆さんだ。先日も皆さんは暗く厳しい状況の中で私たちシリア人の前に立ち上がると言うこと以外にも、なんの見返りもなかったような状況で、それでも私たちと共に立ち上がることをしてきて下さった。非常に心強く、共にシリアを良くするチャンスにようやく辿り着けた。12月8日の転換期を超えて多くの非常に大きな可能性がある。皆様と共に祝いたいという瞬間でもあったことをお伝えしたい。
“I hope, I wish”という言葉を使うけれども、すでにそういう言葉を使わなくてもいい状況になった。すぐにダマスカスで皆さまと祝うことができると言うことを(実現せず)祈るのではなく、大願成就して祝うことができるという喜びを分かち合いたい。
<結び>
シリア民主「革命」成就を勝ち取ったシリアの民を代表して語ってくれた勇気ある誇り高き3名。
「移行期正義」を経てまた改めて草の根の結束が停戦合意のその先の選挙に向けた新たな憲法起草という民主主義国家への道を切り拓いていく未来を迎えてほしい。

