「原発事故の損害賠償に関する公正な処理を求める緊急提言」報告会テキスト起こし

  by 深水英一郎/ふかみん  Tags :  

国民負担で東京電力救済を行う法律が今週成立するとの見通しで、東電の利害関係者による賠償負担とエネルギー政策の改革は今回見送りとなるとのことです。これまで原子力政策の舵取りをおこなってきた自民党、公明党、そして現政権の民主党は密室で協議を行ない、現在は水面下での調整がおこなわれているとのこと。それにしてもより大きい負担をわたしたちに強いる法案を民主・自民・公明党が推す合理的な理由は、一体どこにあるのでしょうか。それとも、合理的な理由など存在しないのでしょうか。それを考えるヒントがこの報告会の中にあります。

以下の文章は、7月13日午前に開催された超党派勉強会『日本中枢を再生させる勉強会第2回」の中でおこなわれた「公正な社会を考える民間フォーラム」からの報告を抜粋してテキスト化したものです。今回の報告は、福井秀夫さん(政策研究大学院大学教授)、八田達夫さん(大阪大学招聘教授)、池田信夫さん(ブロガー、株式会社アゴラブックス代表取締役)の3名のみなさんによるものです。

福井秀夫さん(政策研究大学院大学教授)のお話

お招きいただきましてありがとうございました。政策大学院の福井と申します。本日は昨日発表させていただきました、「公正な社会を考える民間フォーラムの原発事故の損害賠償に関する公正な処理を求める緊急提言」についてご報告させていただきます。これは本日もご一緒させていただいています、八田達夫先生、池田信夫先生、それから本日はご欠席ですが久保利英明先生、それから原英史さんの5名が呼びかけ人になりまして、学者、弁護士、経営者等30人程度の差し当たりの賛同を得まして、アピールを出させていただいたものでございます。まず冒頭の一枚目のポイントだけ申し上げますが、現在の制度の法案は東電やあるいは東電の関係者、すなわち株主債権者、電気料金負担者、経営者といった言わばステークホルダーの利益を先に守って、彼らの守った分を他の電力管内の利用料金負担者や納税者に転嫁する。押し付けるという点で極めて不公正なものである。という風に考えております。

東電はほぼ賠償債務を完全に計上すれば、資産ではとても足りない債務超過だと言われておりますが、もしそうだとすれば、普通は粛々と会社更生手続きで破綻処理をするわけでございます。この場合には、当然行政指導で戻れるからではなくて法的に債権放棄を求められたり債権をカットされたり、それから経営者責任が問われたり、株価は減資してほぼゼロになったりという形で、自動的にステークホルダーが粛々と責任をとると、いう極めて優れた法制度が先進諸国ではどこにでも用意されてまして、日本でも例外ではございません。

その上で、国が最後まで責任を持つということを前提として賠償債務から切り離された新生東電が新しいエネルギー政策のもとで、きちんと電力に責任を持っていく。こういう切り分けが絶対必要なわけでございます。

それをあえて取らないで、迂回をして『機構』というものを作り、国が、あるいは他の電力管内の料金で負担をし続けて、債務超過に陥らせないようにさせる、すなわち破たん処理を取らせないことを前提にしたスキームがこれです。これは国民負担がかなり巨額に上るように仕組まれた法案ではないかというのが私どもの危機意識の根幹でございます。

実際にですね、東電には純資産が1.6兆円、借入金が3.4兆円。ということで、かなりの資産があるわけです。これを賠償債務に先に回さないでまず守るというのはちょっと考えられないことだと思います。それでですね、ポイントは次のページの1から4番までで、これはもう塩崎先生の案やみんなの党の案など、先生方のかなり多くの方々とまったく基本的に同じ提案でございます。現在の法案は撤回して法治主義の原則にのっとった新しい電力処理プランを作り直して、修正かあるいは廃案のうえきちんと再出発をしていただきたいということでございます。

2つ目は、債務超過がほぼ明らかになっている以上、会社更正型の手続きで事業再生と被害者への損害賠償をきちんと行っていただく。まず東電自身の責任と、東電の財産と事業による最大の弁済を明らかにすることを法的な枠組みのなかでやっていただきたい。資産売却はもちろん、株主や金融機関に明確な責任を果たしていただこうと、そのうえで残る賠償債務は国の負担で返上するということでございます。被災者への損害賠償を最優先する。早期に支払いを実施することも当然だと思います。また、破たん処理をすると事業に支障があるんじゃないかという議論がございますが、事業が破たんするということと事業が止まるということはまったく別問題でございまして、破たん処理をしてもJALではちゃんと飛行機は飛んでいた。ということでございます。なおこれはもう社会性を問うかもしれませんが、独占企業だからかえって混乱は少ないんですね。独占だから混乱があるというような議論をする向きが一部にございますが、それはむしろ逆だと思います。すなわち需要側が逃げようがない地域独占の事業でございますので、いわば事業価値の維持はかえって容易でありまして、国が債務保証などで運転資金をきちんと供給する限り、事業に影響がでる可能性は極めて小さい。いう風に考えております。

なお、今朝の日経新聞に私が書いたものがでましたので、ちょっとだけ補足させていただきます。お手元に、経済教室という1枚紙をお配りいただいているそうでございますので、これの冒頭にございますように、国のほうは責任をもっと取るべきだ、という声があるんですけども、抽象的な東電とか国という法人格が責任をとるわけではなくて、東電の負担とは『株主や債権者などの利害関係者の負担』ですし、国の負担は『納税者の負担』だということでございます。この点は重要だと思います。

それから現在の法的責任の所在についてもずいぶん混乱した議論が世の中にみられますが、法的責任の所在は唯一の規律法として原子力損害賠償法というのがございます。これにだけ依拠して決定されるということで、この責任原則を法的に事後的に変えることができない。ということが大前提だと思います。

なおちょっとご紹介しておきますと、最安価損害回避者の理論という法と経済学の有名な理論がございます。アメリカなどでは判例でもずいぶん採用されている考え方ですが、損害を予防できる可能性が加害者、被害者、第三者のいずれか1人に主として委ねられる、という場合は、回避可能性がある者に無過失責任を全額課すのが、もっとも危険が少ない運用がなされるという考え方でございます。

原発事故ですと被害者に予防できる可能性はなかったわけですし、東電か国のいずれかがもしそうなら、彼に無過失責任を課しておけばよかったということになります。原子力技術は非常に専門的で、専門的な知見をもった官僚が少なかったこと。それから安全基準等の情報収集能力や管理能力でも、国はむしろ実質的知識では事業者にはるかに及ばなかったこと。おそらく将来も及ばないと思います。そう考えれば、最安価の損害回避者が東電であったことは明らかだと思われます。国が監督してたから国が責任あるんじゃないかと言いますけど、国の監督権が強かったということと、損害を容易に回避できたかどうかということとまったく別の問題でございまして、監督権が強かったからといって知識がなければそれは発動することもできないわけですから、これはやはり事業者が一番よく知っていたと考えるのが自然だと思います。

また、国策で原発を推進してきたから国も責任を負うべきだという主張もありますけども、国策で危険を推進してきたわけではないんですね。原発を推進したかもしれませんけども、だから危ない設備を作ってほしいと国は頼んだ覚えはないはずです。さらに「株主の権利を国が縮減するのは憲法違反だ」という、ちょっと奇妙な説を最近聞いたことがあるんですけども、それはちょっとおかしいと思うんですね。株を買うのは個人の自由でございますし、料金設定の時に株主の利益を織り込んだ基準で独占料金を決めてるからといって、不法行為責任のときに株主が免責されるようなことはありえないわけでございまして、いずれにしましても国の責任というものがオートマチックにですね、なんか国の納税者負担が先で株主が後だというようなところにジャンプすることは、ちょっと考えられないと思うわけでございます。

それでこの3条のこの原賠法の3条の責任ていうのは無過失無限責任でございまして、異常に巨大かどうかで決まる。ただ異常に巨大でもこの表にありますように、操作ミスが加わったり、例えば回避電源がきちんと設定されていたかどうかといった、人為的な回避可能性があった場合には有責ということになる。これは最後は司法判断を待たないと分かりませんが、有責の可能性は極めて大きいと思います。

1つある重要なポイントは、東電自身がご自身の文書で免責の場合の17条じゃなくて有責を前提とする国の支援という条文の16条で国の支援を要請しているという事実がございます。この事実をもってしても、東電の責任というのは有責を前提に考えざるをえない。そうするとですね、有責が前提だと国の債務保証契約の賠償補償契約の1200億円という減資がありますが、これを超える分はこの16条で損害賠償のために必要な援助を行うということになっておりまして、東電がぎりぎりまで資産売却等を通じて賠償をした後は、その後は全部国が面倒を見ると書いているわけで、国がなんか無責任なことを日本の法律では決めているというプロパガンダが大変蔓延しておりますが、これはまったく誤りだと思います。既に現行法で国が援助すると書いているわけで、これの具体化をするのが今の政府の責任だと思います。すなわち、国が足らざるをきちんと補うという賠償の責任を明らかにして、その前にまず破たん処理できちんと東電のステークホルダーには負担していただく。これを作ればいいわけでありまして、何もややこしい機構を作って破たん処理をさせないことを前提のスキームでやる必要はなかったのではないかということでございます。先ほど佐藤先生にいただいたご指摘ですが、順位がですね、一般担保付社債が優先で賠償債権が劣後するというご指摘がございました。これは確かにそうなんですね。電気事業法とそれから会社更正法を合わせて読みますと、担保付社債の方が優先がある。しかし、一番下の段にちょっと書いておきましたが、会社更生法の実務では優先権のある債権に満額あててからでないと次順位の債権の弁済に充てられないというわけではございませんので、格差があればよいというのが実務ですので、東電の資産からもちゃんと賠償債権にあてることはできる。例えば、一般担保付社債が5なら賠償債権とか一般債権は3とかですね、これは更正実務のなかでかなり柔軟に行うし、それを裁判所がむしろ推奨してきている。相対的な優先順位というのが裁判所実務である。ということでございますので、東電の資産からもまずまわる。残った分を原賠法16条で、いずれにせよ国が面倒みるということになるわけですから、被害者救済にはまったく問題がないと考えております。誰が政府案と違うかというと、政府案もいずれは国が面倒をみるということが前提なんでしょうが、東電の資産には手をつけないで先に他電力の懐に手をつっこむ、ないしは納税者の懐に手をつっこむ。ここが極めて徹底的に大きな違いだということでございます。それからもう1つよくある批判にですね、巨額の社債がデフォルトすると金融不安になるという脅し文句がございます。これもまったく理由はないと考えております。なぜならば、銀行や政府がかなり多数の貸付や社債をもっておられますけども、本当にそのデフォルトで信用創造機能になにか累が及ぶことになれば、そのときのためにこそ塩崎先生はじめのかつてご活躍いただいた金融安定化スキームとうのがあるわけでございまして、いざというときには公的な資本注入をすることによって、そのいわば危なくなった銀行だけを救えばいいというわけですね。なにも貸付債権まるごとですね、社債や一般債権まるごとを救うということは金融安定化とはなんの関係もないということでございます。私からは以上です。

八田達夫さん(大阪大学招聘教授)のお話

八田でございます。今日はお招きありがとうございます。今の福井さんが基本的なことを全部説明してくださったのですが、多少補足いたします。まずは論点として、他の電力会社の利用者に負担させるべきかというのが1つ。もう1つが東電のステークホルダーとそれから国とでどれだけ賠償について負担するか。その2つが論点となっています。そのまず第1のほうの東電以外のところに負担させるべきかどうか。これは実際の問題として石炭と石油はなかなか上がらないのに電力の値段だけ上がる。石油会社石炭会社は大喜びですね。みんな実業界は石炭石油にシフトしている。電力から離れていく。もしその離れていく理由が、電力の燃料が高いからだということであれば当然離れていくべきなのですが、実際のところは燃料が高いわけではなくて人工的な値上げによるものだということになれば、これは資源の効率的な配分の観点からみてももっとも望ましくないので、これはやるべきではないと言えます。つまり国債なり税なりで賠償は払うべきで、電力の料金で払うべきでないということです。したがって他の地域に負担させるということはありえない

それでは東電管内ではどうするかというと、これは原則論からいったらもう福井先生がおっしゃったように東電のステークホルダーが負担すべきですが、これさらに言えば河野先生がおっしゃったように、視点としては国民の賠償負担をどうやって最小化するかですね。そうすると、賠償は東電がやらないところは全部国民がやるわけです。税か国債でやるわけですから、それを最小にするするためには東電の資産を最大の価値で売却しなきゃいけない。ということになります。そして、その売却するのはですね。例えば送電線のような規制された料金のところはキャッシュフローはわかりますから、それなら国が買ってもいいかもしれない。他の発電所なんかは色んな技術をもったところがありますから、それは国際入札で最大の価値をあげるということが、いずれかの段階で必要なんじゃないかと思います。
ここで我々が提案したなかではですね。実は具体的な発送電分離とかそういうことはまったく言っていないし、そこでの形態はどこだっていい。

極端な話、東電が全ての発電施設と送電施設を持ち続けることが、これからのキャッシュフローを最大化するならそれでもいい。発送電分離もあり得る。そこは再生のプロセスを考えるところで考えればいいと思います。

我々の主張は、「他の電力会社に負担させるべきではない」「東電のステークホルダーが全額負担をして、そして一度整理されたうえで再生を考える」というものです。後者に関しては、今後エネルギー政策をどうするかという視点を入れていく必要があると考えています。

最後に触れたいのは、今回の政府のスキームというのは、個別の破たん事件ごとに法律を作っていこうという事後的な処理ということになります。しかし、そんなことをしていたら原則が崩れてしまう。これはもう日本の企業再生法で全部処理できます。それから損害賠償も、もちろん細かいところは損害賠償に関してスキームの法律を作る必要があると思いますけど、現状の原子力損害賠償法をちゃんと理解してやることが大事。これを1つごとにやるなんてのは、国際的にもたないやり方です。あくまで原則に沿ってやる、ということです。以上でございます。

池田信夫さん(ブロガー、株式会社アゴラブックス代表取締役)のお話

 
池田です。僕はもう補足の補足みたいな話になってしまいますけれども、実は僕のブログでこの問題について書いていたということもあって、色々なテレビ番組に出演を要請していただいたりしております。三日前、日経CNBCさんの番組で民主党の城島さんと討論したんですけども、そのときもこの話題が出ました。1つの問題は城島さんがおっしゃるには党内でまだまだ非常に議論があると。彼の印象だとやっぱりこの問題って、なるべく処理しないでくれというほうの方々の声は非常に強いと、なるべく東電を大事にしてやってくれという方の声ばっかり聞こえてくるもんでなかなか動きにくい。という話と、もう1つやっぱりかなり後ろ向きのお話なんですね。政治的になかなかアピールしにくいと。僕はその時に申し上げたのは、むしろあまり後ろ向きの問題と捉えないで、これを機会に電力事業が再生するきっかけとお考えになったらどうでしょうかと。例えば、今八田さんがおっしゃったように発送電分離というのは論理的には別の問題ですけども、例えば再生計画を立てる際にですね、発電設備を売っちゃったら発電機能はなくなるわけだし、送電網を売ったら送電機能はなくなるわけですね。そして実際に更正計画を立てる場合には、どっかの設備を売るということで処理する。東電の場合には、発電設備が1.8兆円、送電設備が5.4兆円あるんですよ。両方売ったらだめですけど、どっちかを売る。例えば5.4兆円の送電設備を国に売るというオプションはあると思うんですね。その場合東電は、東京発電会社になる。送電網は国が持つ。他の国でもこういう例はあるわけです。例えばそういう形で、電力の自由化を推進するという前向きな話と一体でお考えになれば、もちろんこれは会社更正の問題とは別問題ですけども。政治家のみなさんにとっては、選挙区に行って後ろ向きの話をする、という意識ではなくて、これによって我々は日本のエネルギー産業を再建させて、市場原理をエネルギー産業に導入するんだという風に考えて欲しい。そんな前向きなモチベーションがあるんじゃないだろうか、というのが私の補足であります。

――ありがとうございました。

[編集協力:猫目さん、取材協力:東京プレスクラブ]

ブログメディア『ガジェット通信』発行人。シュークリームが大好きです。