木竜麻生/スタイリング=TAKAFUMI KAWASAKI (MILD)、ヘアメイク=RYO
撮影=近藤みどり
文・インタビュー=那須千里/『キネマ旬報 2019年8月上旬号』より転載
やっぱり笑いって真剣勝負なんです
大森立嗣、橋口亮輔監督らのもとで助監督をつとめてきた野尻克己の劇場長篇監督デビュー作「鈴木家の嘘」。同作で富美を演じた木竜麻生が第92回キネマ旬報ベスト・テンの新人女優賞を受賞すると、授賞式には野尻監督が花束を持ってかけつけた。二人の出会いは「まほろ駅前狂騒曲」(14)の撮影現場。当時チーフ助監督だった野尻監督と喫茶店の店員役で出演していた木竜は、現場ではほとんど言葉を交わさなかったが、野尻監督は「目に力がある」と思ったのを覚えているという。時は流れ、木竜のオーディションからワークショップを経て撮影を終えるまで約5カ月間を共にした本作は、実の兄を自死で亡くした野尻監督の体験が基になっている。
野尻:劇中で富美の思うことは僕自身が思ったことです。自分の見てきたものを信じて演出することは心がけていましたね。それと木竜さんが生きてきた中で出合ったものとを擦り合わせて、お互いに信じられる人物像を作り上げたいと思いました。自分の身に起こったことを映画にしようとしたときに、僕だけの個人的な話になってしまうのが嫌だったし、エンタテインメントにすることを意識していたので、笑えるようにしたいなという思いがありました。
冒頭で富美が父親の幸男(岸部一徳)を迎えに風俗店へ駆けつけたとき、彼女の意図とは関係なく自動ドアが開いたり閉まったりするくだりがある。そこには演出のコメディセンスだけでなく、富美の戸惑いやシュールな状況の滑稽さも表れており、「この映画、面白いのかも……?」という予感を感じさせる。シリアスな題材を扱いつつも、本作の根底に流れているユーモアは、撮影現場でも発揮されていたのだろうか。
野尻:「それがね、やっぱり笑いって真剣勝負なんですよ。病院のシーンなんて胃が痛くなりましたから。撮るのが怖くて仕方なかったです。気をつけたのは、この人物だったらこう動くというところをちゃんと踏まえること。まあ、僕が笑えれば大丈夫かなと」
木竜:「現場で岸本加世子さんに怒られてましたよね? 監督がモニターを見ながら笑うから『監督笑わないで! 感染るでしょ!!』みたいに(笑)」
野尻:「岸部さんの力の抜き加減とか、岸本さんの力の入り方とか、同じシーンでも一人一人テンションが違って面白いんですよね。その中で富美は最も複雑で、結果的に一番嘘をついて気持ちを隠して生きてきたのも彼女だった。それに気づいたときは我ながらいい脚本が書けたと思いましたけど、演出するのはなかなか大変で、病院のシーンは正直『懸けて』ました」
木竜:「私は大先輩たちに囲まれて、そこで起こったことに素直に反応するしかなかったんですけど、監督はそれだけで大丈夫と言ってくださったんです。皆さんのやってくださることに、あなたが思ったり感じたことで反応すればいいからと。だから私自身は特別に何もしていないときがたくさんあったはずなんですけど、敢えて何かをするわけでもなく、富美としてその場にいることができたんです」
人間であり家族である複雑さ
実はクランクインを控えた一週間前、木竜は野尻監督から「顔つきが変わってきた」と指摘されたそうだ。
木竜:「『怖い顔をしている』って言われましたね」
野尻:「ちょうど新体操の練習をしていたから、富美が体操の演技中に兄のことを思い出して踊れなくなるシーンのことを考えちゃってたんでしょうけど、普通に親や親戚の前でそんな顔はしないだろうという話をして」
木竜:「私はすぐ頭でっかちになって考え込んでしまうタイプなんです。その頃は台本を読んで新体操の練習をして、帰ったらまた台本を読んで、という繰り返しに生活が侵食されていて。でも富美は日常の中で徐々にいろんな感情が出てくる子なので、ご飯を食べて寝る普通の生活を心がけるようにして、そこからクランクインの前日までは台本も開きませんでした」
野尻:「木竜さんはまだカメラの前でも自分の地を隠しきれないところがある。今回はそれが吉と出ましたね」
完成から公開を見届けた今、「鈴木家」の物語を通して向き合った「家族」への思いに、変化はあったのか。
木竜:「脚本を読んだとき、これは自分たちの話であり、自分たちの家族の話だと感じられる作品だと思ったんです。作品に関わる過程を通して思ったのは、愛と憎はすごく近いということ。悲しみと怒りもそうですし、気持ちというのはそれぞれが一つの範疇に定まっているわけではなくて、何かのタイミングで敏感に波打つもの。そういう複雑さが人間であり、家族なんだなと思うんです」
野尻:「僕はこの映画を作るまで家族という存在の価値がわからなかったんですよね。ただ、兄が亡くなったとき、それを覆された。家族というものを一度受け入れないと撮れなかったんです。だからといって解決することは何もなくて、映画のラストもただみんなが一緒の方向を向いただけなんですけど、そうせざるを得ないものがあると認めた瞬間に、苦しくなくなったというか。しょうがないというのかな(笑)。ちょっと荷物は重くなるけど、そのぐらい背負ってもいいんじゃないかなと思えた。それが宿命なのか、世間の言う『愛』なのかもしれないけど、この先もずっと考え続けたいと思ってます」
野尻克己(のじり・かつみ)
1974年生まれ、埼玉県出身。熊切和嘉、大森立嗣、石井裕也、橋口亮輔らの監督作品でチーフ助監督をつとめる。4年をかけて書いた脚本「鈴木家の嘘」で劇場映画監督デビュー。キネマ旬報ベスト・テン第6位に選ばれたほか、数々の賞を受賞した。最近はドラマ『きのう何食べた?』の演出も手がけている。
木竜麻生(きりゅうまい)
1994年生まれ、新潟県出身。映画初主演作となった「菊とギロチン」の花菊、「鈴木家の嘘」のヒロイン・富美役の演技により、第73回毎日映画コンクールスポニチグランプリ新人賞、第40回ヨコハマ映画祭最優秀新人賞、キネマ旬報ベスト・テン新人女優賞などの新人賞を受賞。新作「東京喰種 トーキョーグール【S】」が公開中。
「鈴木家の嘘」
●リリース中
●BD 4,800円+税、DVD 3,800円+税
●映像特典(特典映像とオーディオコメンタリーを収録!)
・メーキング特番:『鈴木家の嘘』ができるまで
・主題歌:「点と線」(明星/Akeboshi)MV
・劇中CMフルバージョン
・舞台挨拶ダイジェスト
・撮りおろしオーディオコメンタリ―
・予告編集
●2018年・日本・カラー・16:8LB(ビスタサイズ)・音声 日本語(リニアPCM5.1ch)(BD)、ドルビーデジタル5.1ch(DVD)、本篇133分+特典映像
●監督・脚本/野尻克己 撮影/中尾正人 照明/秋山恵二郎 美術/渡辺大智、塚根潤 録音/小川武編集/早野亮
●出演/岸部一徳、原日出子、木竜麻生、加瀬亮、岸本加世子、大森南朋
●発売・販売/TCエンタテインメント
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