△『ハイ・フォン:ママは元ギャング』レ・ヴァン・キエ監督
“アクション”を武器に世界で活躍する女優は、何人存在するだろうか? ベトナムのゴー・タイン・バン(英名:ベロニカ・グゥ)は、2019年現在において、その答えとして挙げることのできる稀有な女優の一人だ。『グリーン・デスティニー』(00年)の続編にあたるNetflixオリジナル映画『ソード・オブ・デスティニー』(16年)でハリウッドデビューを果たし、『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』(17年)、Netflixの『ブライト』(18年)と、立て続けに大作に出演。そして、母国ベトナムで主演したアクションスリラー『ハイ・フォン:ママは元ギャング』(英題:Furie)が5月22日からNetflixにて配信される。
メコンデルタの田園地帯とサイゴンの都市部を舞台にした『ハイ・フォン』で、バンは幼い娘を児童売買組織に誘拐されて奔走するシングルマザー”ハイ・フォン”を熱演。自らすべてのアクションをこなし、ベトナムの総合武術”ボビナム”を全編にわたって披露している。また、本作はすでにベトナム、アメリカで封切られ、本国では18歳未満鑑賞禁止の制限を受けながらも、『キャプテン・マーベル』や『アベンジャーズ/エンドゲーム』を上回り、2019年の興行成績(5月3日現在/Box Office Mojo調べ)で2位につけるヒット作に。2週間の国内興収は1,350億VND(約6億6,000万円)に達し、アクション映画としてはベトナム史上最高の成績をおさめている。
2007年の『The Rebel 反逆者』以降、ベトナムで文字通り「唯一無二」の存在として君臨し続けてきたバンだが、自ら企画・製作も務めた『ハイ・フォン』を持って、アクション映画からは身を引くという。果たして、何を思いこのプロジェクトに臨んだのか? ガジェット通信は、3月に開催された第14回大阪アジアン映画祭で、監督のレ・ヴァン・キエ氏へのインタビューを敢行。『ハイ・フォン』誕生のきっかけや撮影の裏側、そして、女優・プロデューサー・監督としてベトナムのエンタテインメント業界で戦い続ける、バンの魅力について語ってもらった。
母国ベトナムのための“最後のアクション映画”
――この企画は、いつ頃からスタートしたのでしょう?
プロジェクト自体のはじまりは、ゴー・タイン・バンさんがNetflix『ブライト』(17年)に出演されていた頃です。彼女は当時、『ソード・オブ・デスティニー』(16年)や『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』(17年)などハリウッドの作品でも活躍していましたが、LAでお会いした時には「年齢も考えるとアクションは次で最後にして、もっと大きな意味のある作品に取り組みたい」と、おっしゃっていました。
――ハリウッドでの作品にあまり満足していなかったのでしょうか?
満足していなかった、とは思いませんが……それ以前に彼女はアメリカ人ではなく、ベトナムから来た女優ですから、「いずれは母国ベトナムの人たちに楽しんでもらえるような作品を、自分が中心になって作っていきたい」という想いを持っていたんです。『ハイ・フォン』に関しては、最後のアクションを全編自分自身でしっかりやりながら、演技者としての存在感もしっかりと出せる作品にしたかったそうです。特に「“母親”としての演技しっかりとやりたい」と希望されていました。
『ハイ・フォン:ママは元ギャング』海外版予告 FURIE (2019) Official Trailer(YouTube)
https://youtu.be/SXiWz0yLLdE
――アクション映画を撮られた経験がないにもかかわらず、なぜ監督を引き受けようと思われたのですか?
私にはアクション作品の経験はありませんでしたが、映画作りで最も重要なことは、ベースになるドラマがしっかりしていることだと思っています。主演のバンさんは素晴らしい女優さんですし、いいアクションチーム(※編註:『ゴースト・イン・ザ・シェル』のスタントマン=ヤニック・ベンがアクション監督)も抱えていたので、アクションについては心配することはありませんでした。ですから、私がやるべきことは、全体のストーリーを上手くまとめることだったんです。そういった意味で、十分にいい作品にする自信はありました。
――監督ご自身が重視されたのは何ですか?
やはり、脚本です。どんなドラマにするか? どんなアクションをどこに挿入するか? 例えば、クライマックスの電車のアクションはどこにするべきか? 田園地帯がどこにあるのか? 要素とディティールを、脚本の上で完璧に構成することを第一に考えました。そういったことを脚本にきちんと書き込んで骨格をハッキリさせておけば、アクションシーンだけが暴走することはありません。自分で言うのもなんですが、いい具合にバランスをとれたと思います(笑)。
PHIM HAY 2019 – BTS HAI PHƯỢNG | FRENCH ACTION TEAM(YouTube)
https://youtu.be/8YS9kWS6MmM
――映画の舞台がメコンデルタなのはなぜでしょう?
この映画を撮るにあたって、例えば香港映画のような、革ジャンにジーンズみたいなものではなく、ベトナムらしい服装を求めていました。なので、ベトナムの伝統的なアオババ(※編註:メコンデルタ地方の女性が着る伝統的な衣服)を着てもらう、というアイデアが最初にあったんです。そうするとハイ・フォンも、その服を着るにふさわしい役柄でないといけない。最初にアオババを着たバンさんのビジュアルを発表したときには、「どんな映画なんだろう?」と興味を持ってくれた方も多かったのですが、批判する方もいました。アオババを着てアクションすることに、無理があると思われたようです。ただ、話の流れを見てもらえれば、アオババを着たまま都市部に移動していく流れに納得してもらえると思います。
――都会で生きてきた女性が、田舎のコミュニティに受け入れられず、再び都会に戻っていく、という物語と符号していますね。
服装を使った理由付けがおかしいと、観客はすぐに「ダメな映画だ」と、見放してしまいますから。私自身は、この映画をアクションだけではなく、しっかりとしたハートのあるものにしたかった。ですから、全体的にベトナムのフィーリングが伝わるような、伝統的な衣服だったり、その地方の言葉だったり、細かな要素を沢山盛り込んでいます。
ベトナム総合武術“ボビナム”と生々しい暴力描写
――ベトナムらしさだけではなく、世界を意識して作られていると思いましたが。
撮影のレベルは国際基準でなければならないと思っていました。私はUCLAの映画学科で学び、ハリウッドの作品も沢山観てきたということもあるので、『ハイ・フォン』をどこに出しても通用する「クリーン」な作品にしたかった。この表現が相応しいかどうかはわかりませんが、技術的には『ザ・レイド』(11年)や、『96時間』(08年)のようなレベルを目指しました。
――『ザ・レイド』のシラットのように、本作ではボビナムという格闘技を導入されています。
アクションについても、日本の武道や中国の武術とも違う、やはりベトナムらしい個性的なものを打ち出したいと思っていました。ボビナム自体は、バンさんが『The Rebel 反逆者』(07年)に出演していた頃から学んできたものですし、今回彼女が「やりたい」と主張したこともあったので取り入れています。ただ、格闘シーンがボビナムばかりになってしまうのもバランスが悪い。最も重要なのは、この映画のアクションが“生き残るための手段”である点です。一つひとつの技を見せるのではなく、娘を取り戻すために戦い、それ以外の目的では戦わない。自分もやられて痛い思いをするし、手近にある工具や果物など、何であろうと武器にする。そういった、サバイバルのためのアクションを見せるのが目的です。
――たしかに、生々しい暴力的なシーンも多いですね。
もちろん、この映画のどの格闘シーンでもボビナムを取り入れてはいます。バンさんが格闘の終盤に見せる、蹴り技、足技が特徴的ですね。相手の首に登って、足で挟んで投げるアクションもそうです。ただ、こういった技ばかりを見せてしまうと、トーナメントの試合を順番に撮ったかのような、アクションが物語から切り離された映画になってしまいます。そうならないように、バンさんとアクションチームで、リアルな動きと派手なアクションの落としどころを見極めながら撮影を進めていきました。
ホア・トラン スタントリール Hoa Tran – cascadeur Quoc Thinh – stunt Viet Nam(YouTube)
https://youtu.be/qS1qwxACLN8
――クライマックスでバンさんと死闘を繰り広げる、ホア・トラン(Hoa Trần)さんが、動きもビジュアルも非常に迫力があってよかったです。彼女は、もともと俳優さんだったのでしょうか?
いいえ。彼女はスタントパーソンなので、これまで顔を出して映画に出演したことはないです。今回のような、善悪のキャラクターがハッキリしている映画では、悪役が悪く見えれば見えるほど主人公が引き立ちますが、そんな迫力のある女優さんを見つけるのは非常に難しい。それに、バンさんは『The Rebel』から12年もの間アクションスターとして君臨し続ける、最もタフで強い女優さんですから。ベトナムのアクション映画の歴史の中でも唯一の存在なので、彼女が苦戦したり、負けるかもしれないと思わせるような相手を女優さんたちの中から見つけることは不可能に近かった。今回はたまたま紹介してもらったトランさんに出演してもらえて、本当によかったです。ベトナムでは、彼女は今や話題の人ですよ(笑)。
ゴー・タイン・バンのファイティングスピリット
――ハイ・フォンは物理的にも精神的にも、非常に強い母親です。キャラクターを描くにあたって、気を付けたことは?
やはり、バランスだと思います。母親のキャラクターとしては、ジェニファー・ロペスの『イナフ』や、ハル・ベリーの『チェイサー』のような、リアリズムを重視した人物として描く方法もあります。一方で、『ワンダーウーマン』のようなファンタジー的な強さも、この映画の主人公には欲しかった。『96時間』のリーアム・ニーソンだって、60歳を過ぎた初老男性なのに、体重100キロを超える巨漢に勝てるなんて、普通に考えればおかしいですよね。
――実際のバンさんのイメージを、ハイ・フォンに重ねて描いた?
ハイ・フォンとバンさんには共通している部分もありますし、そうでない部分もあるからです。まず、バンさんは子どもを持っていないので、実生活では母親ではありません。ただ、ハイ・フォンの父と娘の関係については、バンさんとも重なる部分はあったと思います。それと、困難や障害を糧にして次のステップへと進んでゆく姿は、女優としての彼女と共通するかもしれません。バンさんは、男社会のベトナム映画界で無名の女優の頃から頑張ってここまで成功してきました。監督、プロデューサーも自分でやり、マーケティングにも自ら関わって戦ってきました。無意識のうちに、そういった部分がハイ・フォンのキャラクターに反映されて、豊かな表現に繋がっているのかもしれません。
――バンさんは初監督作『フェアリー・オブ・キングダム』(16年)では、最大手の興行チェーン・CGVとのトラブルを報じられました。会見で悔し涙を流す涙を流すバンさんを見て、「ベトナム映画界で戦っている」ように見えたのですが。
『フェアリー・オブ・キングダム』会見の様子 [8VBIZ] Ngô Thanh Vân bức xúc, bật khóc vì phim Tấm Cám không được chiếu ở rạp CGV(YouTube)
https://youtu.be/G3U8s6ugcjc
『フェアリー・オブ・キングダム』は興行としては成功したのですが、公開時の配給について、CGVと揉めることになってしまったそうです。彼女は公平に映画が公開される機会を求めていたのですが、CGV側に制限されたので会見で泣いてしまった、という話を聞いています。もっとも、私も報道で知ったので、詳しい経緯を知っているわけではないのですが。ただ、確かにあの会見は、彼女が“戦っている”イメージを持たれる象徴的な瞬間になったと思います。バンさんはとても強い信念を持ち、常にその考え方に忠実に従ってキャリアを積んできた方なんです。
――製作者としてのバンさんは、ベトナムの映画界できちんと評価されているのでしょうか?
バンさんはプロデューサーとして4、5本の映画を製作していますし、監督もしていますが、それでも本人は、「製作者としては過小評価されている」「もっと尊敬を集められるようにならないといけない」と思っているはずです。それが、彼女のファイティングスピリットなんです。だからこそ、『ハイ・フォン』には血の一滴まで捧げたんだろうと思います。それだけ苦労してきた人との仕事だったので、私もそれなりに苦労しました(笑)。この映画は彼女にとっては肉体的にもキツイものでしたし、経済的な意味でもある種のギャンブルのような作品だったんです。べトナムでは、リスクの大きい作品だと思われていましたから。検閲の問題(※編註:ベトナムでは18歳未満鑑賞禁止のレーティングにあたるC18で上映)もありましたし、予算的にも恵まれていたわけではありません。上手く乗り越えられたことには、自分でもびっくりしています(笑)。
『ハイ・フォン:ママは元ギャング』はNetflixにて5月22日より配信スタート。
インタビュー・文=藤本 洋輔
映画『ハイ・フォン:ママは元ギャング』
監督・脚本:レ・ヴァン・キエ
出演:
ゴ・タイン・バン
マイ・カット・ヴィー
ファン・タイン・ニエン
ファム・アイン・コアNetflix作品サイト
https://www.netflix.com/jp/TITLE/81075519