映画『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』母娘がウォルト・ディズニー・ワールド近辺で暮らす超効果的な“アイロニー”

映画『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』を鑑賞しました。これが下馬評通り映画史に残りそうな傑作で、アメリカの慢性的な貧困&格差社会の問題を、少女の目線を通じてポップな映像で描いていました。本作が傑作である理由は、超予想外のラストをはじめ、さまざまな要素の積み重ねにありますが、実はロケ地があの「フロリダ ウォルト・ディズニー・ワールド・リゾート」近辺というエリア設定も見逃せないです。単にディズニーランドに近いだけじゃなく、フロリダという点がすっごくミソなのです。

映画の舞台は、フロリダ州のキシミーというところ。確かに「フロリダ ウォルト・ディズニー・ワールド・リゾート」(以下ワールドと略します)と近いですが、地図でみるとそうでもない気がします。ディズニー・ハリウッド・スタジオまで約12キロ、ディズニー・スプリングスまでは約9キロ。JR新小岩駅と東京ディズニーリゾートくらいの距離はありそうですが、そのキシミーにあるモーテル「マジック キャッスル イン アンド スイーツ」に、映画に登場する母娘が暮らしています。暮らしているというか、基本は宿泊施設のモーテルなので、日本で言うネットカフェ難民のような感じでしょうか。フロリダのワールド付近のモーテルには実際そういう人々がいるそうで、このモーテルも実際に営業しています。ホテルズドットコムで調べてみると、日本円で一泊5,000円いかない程度。なるほど、その日暮らしの、たまに延滞も許しちゃうウィレム・デフォーみたいな管理人がいれば、暮らせはしそうです。朝食も<コンチネンタル ブレックファスト>と表記が。昨年夏にアナハイムのモーテルに筆者が宿泊した際、朝食だけ盗んでいく地元のチンピラみたいな若者に遭遇したことがありましたが、ハウスキーピングもありなんとか暮らせてしまいそうです。

で、本題の<単にディズニーランドに近いだけじゃなく、フロリダという点がすっごくミソ>ということの理由について。フロリダにはモーテル暮らしの貧困層が実際にいるという事実ももちろんですが、世界中のほかのディズニーランドに比べて、フロリダのワールドは、それ単体で完結しているという特性があります。その敷地面積はJR山手線の内側の1.5倍で、そのなかに複数のパークスやディズニー直営の商業施設、ホテルなどが大集合しています。ゲストは、寝ても覚めてもディズニーの中。その没入観は、東京ディズニーシー・ ホテルミラコスタの比ではないです。どこまで行っても、ディズニー、ディズニーで、徒歩で移動する概念がないほど。すなわち、排他的と言えば排他的で、フロリダのワールドは、まるでひとつの街のように見事に完結しています。ここを目指す各国のゲストも、直営のホテルに泊まるためにお金を貯めまくって遊びに来ます。

これに対してアナハイムは、ちょっと事情が違います。アナハイムは直営のディズニーホテルよりも、ディズニーランド反対側に位置するハーバー・ブルーバード沿いのモーテルのほうが、料金が安い上に実はパークまで近い。深夜までファミレスやコンビニがあって便利ですが、ワールド近辺のモーテルに観光客がいない理由は、皆、直営に泊まるからなんですね。映画に出てきたカップルがハネムーンで、この安モーテルに泊まることになり、けんかをしていましたが、それはもう当然と言えば当然なのです。つまり、フロリダのワールドは映画の母娘にとっては近くてもっとも遠い場所として、超効果的なアイロニーを生み出す枠割を担っているというわけです。

もともとウォルト・ディズニーは、アナハイムに地球上で最初のディズニーランドを建設した際、その近所にまったく関係ない企業によってモーテルを作られてしまったことを嫌がったとされています。それを踏まえてフロリダにワールドを建設していて、最近ではミニーバンという公式の移動手段もワールド内に新たに導入。Uberよりも圧倒的に高い値段設定ではあるものの、Uberでは入りきれないエリアにも行けるようにするなど、ウォルトの遺志を継承するように没入観の確保をしているところでもあります。これはディズニーにとってみれば、すっごく重要なことです。アナハイムにおいては現状、その課題はクリアできない問題になっています。

それゆえ母娘の社会からの疎外感が、より一層際立つわけです。社会の外側にいる感が強い。別にディズニーを悪として描いているわけではないですが、アナハイムがロケ地だとしたら、効果は薄目だったでしょう。完全なる蚊帳の外ではなく、モーテル自体がゲストにちょっと役立ってる感もあるので、共存感が出てしまうわけです。アナハイムに行ったことがある人はわかると思いますが正直、直営よりも安くて便利だったりするわけで(笑)。サブプライムローン、貧困から抜け出せない人々を描くにはディズニーは映画的に対照的な存在になりやすいけれど、アナハイムではパンチが弱かったのでしょう。それと後もう一点、フロリダがロケ地で効果的だった理由がありますが、それは映画を観ればわかるかなあと思います。

それにしてもアカデミー賞では、作品賞にノミネートさえされなかったんですよね。謎。もう本当、アカデミー賞とか何の意味があるんじゃと思ってしまいますが、映画『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』、ワールドの存在感を今一度アタマに入れていただいてぜひご覧になってください。

※トップ画像は、「フロリダ ウォルト・ディズニー・ワールド・リゾート」を移動する「ミニーバン」。

映画『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』
http://floridaproject.net

(C)2017 Florida Project 2016, LLC.

ときたたかし

映画とディズニー・パークスが専門のフリーライター。「映画生活(現:ぴあ映画生活)」の初代編集長を経て、現在は年間延べ250人ほどの俳優・監督へのインタビューと、世界のディズニーリゾートを追いかける日々。主な出演作として故・水野晴郎氏がライフワークとしていた反戦娯楽作『シベリア超特急5』(05)(本人役、“大滝功”名義でクレジット)、『トランスフォーマー/リベンジ』(09)(特典映像「ベイさんとの1日」)など。instagram→@takashi.tokita_tokyo