▲主演のアンドリュー・ガーフィールド
(文=小路紘史監督「ケンとカズ」/『キネマ旬報 11月上旬特別号』より転載)
〝武器を持たない男が主人公の戦争映画〟
〝武器を持たない男が主人公の戦争映画〟という特殊な設定を持つメル・ギブソン監督の「ハクソー・リッジ」。戦争映画の王道的ストーリーを突き進みながらも、その設定が明確なテーマを与えます。とても観やすくて、あっという間に物語、そして戦争と信念の間で強いジレンマ(相反することに板ばさみになって、どちらとも決めかねる状態)をかかえる主人公に感情移入してしまいます。
〝銃を持たない〟という信念を持つ主人公デズモンド・ドス役を演じるのはアンドリュー・ガーフィールド。どこか気弱そうな表情の中に〝決して折れない信念〟を宿しています。
そして、彼をとり巻く人間関係が丁寧に、そして的確に描写されてゆきます。
ヒューゴ・ウィーヴィング演じるドスの父親。丁寧な役作りがなされていて、説得力がとにかく凄まじい。戦闘シーンのない前半では、佇まいと、静かな芝居だけで〝戦争の不条理〟を見事に演じきっています。「この役者ってこんなに演技上手かったんだ……」と不勉強ながら思ってしまいました。
同時に、ドスの恋人との関係は非常に希望に溢れている。これでもかと王道の演出。少し恥ずかしくなってくるくらいに。
メル・ギブソンの演出力に脱帽
一方、仲間の兵士たちも、今までの戦争映画を踏襲しながら類型的になっていない。「ああ! 俺は今戦争映画を観ているんだ!」と快く、改めて実感させてくれます。
前半1時間は、とにかく素晴らしい演技で描き出される、主人公を取り巻く人間関係に心をわし摑みにされました。
そして、中盤、デズモンド・ドスの〝銃を持たない〟という信念を問う軍法会議へと至る展開は一見、「これって、偽善的では?」と疑わせるのですが、いやいや、それは後半への丁寧な前フリ。信念が真に試される後半の戦闘シーンは、凄まじい映像的説得力持って〝戦場のリアル〟が描き出されます。
観客は信念を試されたデズモンド・ドスと共に苦悩し、ドスが「僕に何をしろというのですか?」と神に問う瞬間に聞こえてくる叫び、そしてドスの決断、行動に打ちのめされ、いつしか涙しているはずです。
まさにこの瞬間のために丁寧に積み上げられた要素を集約させ〝武器を持たない男の戦争映画〟に説得力を持たせ傑作に仕上げた監督メル・ギブソンの演出力に脱帽です。
「いったいどうやってこの映画を演出したんだよ! 傑作だよ、メルギブ!」
名作「マッドマックス」(79)ほかの主演俳優でもありながら、優れた映画監督であるメル・ギブソンは、新作を撮るたびに〝観る者の心臓をえぐるような体験〟を与えてくれます。「顔のない天使」(93)「ブレイブハート」(95)「パッション」(04)「アポカリプト」(06)……監督する映画はとにかく力強い傑作ばかり。スケールの大きい天才監督である一方、破天荒な行動の数々から彼は、〝ハリウッドの大問題児〟とさえ呼ばれています。
しかし「ハクソー・リッジ」ブルーレイの特典メイキング映像を観ると、俳優・監督として巨大過ぎる〝メル・ギブソン〟という名前のイメージとは正反対の、緻密で繊細な演出を温和に行う彼の姿があって驚きました。「確認してから考えよう」「任せるよ」「少し暗すぎる?」次々と温厚な言葉でスタッフ・俳優に指示を出します。この監督が本当に〝ハリウッドの大問題児〟なのか? 大仰に振舞うことをせず芝居場では、俳優の近くへ寄って話しこむ姿さえみせる。役者と非常にプライベートな空間を築いているのです。
▲演出中のメル・ギブソン監督
昔、映画の専門学校で監督コース講師だった映画監督ダグ・キャンベルに「学生映画もメジャー映画も監督の仕事は変わらないよ、プレッシャーや規模は違ってくるかもしれないけど役者の声を聞いてスタッフに指示を出す。どの世界に行っても『映画作りは映画作り』だから。区別なんかするなよ」と、教えられました。現場でのメル・ギブソンの姿は、その教えそのもののように映りました。まるで友人たちと週末に集まって自主製作映画を撮っているかのような雰囲気なのです。だからメル・ギブソンの作品では演技が際立ち、役者がとても素敵に映るのだな、と納得させられます。
また、監督メル・ギブソンの〝映画への探求〟は俳優たちとの仕事に留まりません。「ハクソー・リッジ」は今年開催された第89回アカデミー賞Rで録音賞、編集賞を受賞しています。「メッセージ」「ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー」「ラ・ラ・ランド」を抑えての技術賞受賞は「監督がどれだけ映画のディテールにこだわったか?」の証だと思います。実際、以前から「ブレイブハート」「パッション」「アポカリプト」でアカデミー賞の技術部門のノミネート・受賞をしています。ここにも彼の繊細さが出ていると思います。
次の新作を見られるのが何年先になるかわからないですが、僕はこれからも〝ハリウッドの大問題児〟と呼ばれながら限りなく繊細な演出をするメル・ギブソンが作る映画を心より楽しみにしています。
11月3日発売
「ハクソー・リッジ』
●2016・アメリカ・カラー・16:9(シネスコ)・音声1(英語・オリジナル Dolby TrueHD Dolby Atmos)音声2(英語・オリジナル DTS-HD Master Audio DTS Headphone:X(tm))音声3(日本語・吹替 Dolby TrueHD 5.1ch サラウンド)〈以上BD〉16:9LB(シネスコ)・音声1(英語・オリジナル ドルビーデジタル5.1chサラウンド)音声2(日本語・吹替 ドルビーデジタル5.1chサラウンド)〈以上DVD〉・本篇2時間19分
●監督/メル・ギブソン 脚本/ロバート・シェンカン、アンドリュー・ナイト
●出演/アンドリュー・ガーフィールド、サム・ワーシントン、ルーク・プレイシー、テリーサ・パーマー、ヒューゴ・ウィーヴィング、レイチェル・グリフィス、ヴィンス・ヴォーン
●スペシャルエディション封入特典/ブックレット(16P 特典ディスク/スペシャルエディションBD:85分 スタンダードエディションBD&DVD:32分予定 〈映像特典〉特別メイキング映像、キャスト・スタッフ取材&インタビュー集、日本版劇場予告篇
※映像特典は、スペシャルエディションとスタンダードエディションで収録分数が異なります。
●11月3日発売 5800円+税〈スペシャルエディションBD〉、4800円+税〈スタンダードエディションBD〉、3800円+税〈スタンダードエディションDVD〉
●発売元:キノフィルムズ/木下グループ・販売元:バップ