芸能と娯楽文化の発信地として隆盛をきわめ、戦前には浅草と一、二を競う歓楽街だった神戸・新開地。
1970年代以降衰退し、今では労働者相手の安価な飲食店、ギャンブル施設がばっこするドヤ街と化しているが、名店、珍店も多いため関西の酒飲みの間では黄金郷(エル・ドラード)として人気の高いスポットだ。
今回ご紹介するのは、そんな新開地のメインストリート『新開地本通り』の中ほどに暖簾をはためかせるこのお店。
『正宗屋』
「生ビール280円!」などと書いた派手な看板で安値を売りにする近隣の飲食店とはことなり、外観からわかる情報はこの店が正宗屋であるということだけ。
なんとも重厚で風格のただよう店構え。
「敷居の高い店なのかな……」と尻込みしてしまう人もいるだろう。
ところが、いったん店内に入るとそこはいたって大衆的で、ほんわかと一見さんにも居心地のいい空間。
年輪を顔に刻んだハンサムな老大将は「いらっしゃい」と愛想いいしメニュー表の価格も良心的だ。
正宗屋の魅力は何といってもこの大将の料理の腕。
大将にかかればどて焼き、わかめ酢、ほうれん草のおひたしといったありふれたアテ、お惣菜がピンと洗練された究極の一皿に変わるのだ。
「こんな美味しい酢くらげ食べたことない!」と声をかければ「うちのは生ですけど、乾燥したやつでもうまくもどせば美味しいですよ。70度、煮えてるのか煮えてるのか頼りないくらいの湯で戻すんです。」とはにかみながらこだわりを語ってくれる。
もちろんメインディッシュも板前としての技量が光る。
質のいい肉の旨み、ジューシーさをいささかも損なわずに焼き上げた『くじらやき』。
自家製の梅肉タレとホロッとした舌ざわりのコラボレーションで関西の夏のおとずれを演出する『はも湯びき』。
丁寧に骨をとりのぞき、チューリップのような感覚でガブッといただける『手羽先やき』。
いずれも素材に関する知識、それを調理する確かな腕を持つ者だけが創りうる美味の極地だ。
チープな味わい、家庭的な味わいをよしとする飲食店が主流の新開地にあって正宗屋の立ち位置は特殊。
筆者が「新開地の美味しい店を教えて」と聞かれた時に必ず挙げる名店だ。
店構えがしっかりしているからか、大衆酒場ながらお客の品が良く女性や若い方にもおススメ。
三宮、元町などの都心、ハーバーランドなどの観光地からもさほど遠くない立地なのでぜひ多くの方に訪れていただければと思う。
『正宗屋』
神戸市兵庫区新開地2丁目5-5-106
営業時間 14:00~22:00
定休日 水曜※2015年の8月13日~18日は夏季休暇中です。